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異世界召喚被害者の会。閑話集  作者: 中崎実


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そのろく:まわりくどい心遣い

家令(ハウススチュワード)のジャハドさんの回想する昔と、現在のひとコマ。

本編の「忍び寄る日常(https://ncode.syosetu.com/n1418ef/12/)」あたりの日常風景です。

「ここにも、もう戻らんかもしれんな」


 閑散とした玄関に立ち、あたりをゆっくりと見回しながら、黒衣の魔導卿がぽつりと呟いたのをジャハドは今でも覚えている。


「旦那様、お忘れ物はございませんか」


 そう聞くのも最後かもしれない。そう思いながらいつも通りの会話を交わした。

 ラハド五世の愚行でこちらに引きずり込まれておおよそ40年。戦場でも宮廷でも苦労の多かった主がようやく、本来の人生に戻ろうとしているのだから、それを引きとめる言葉は持たなかった。


「おそらく大丈夫だろう」


 出立にあたって、主が持ち出しを決めたのは、小さな鞄に入るわずかなものだけだ。


「監視は続ける必要があるし、資産の管理もあるから、連絡は入れる」

「かしこまりました。こちらからの連絡は、いかがいたしましょうか」

「これまで通りで良い」


 両手の杖と片足でゆっくりと歩を進める主の、損なわれたほうの足は、床から離れる事なく引きずられたままだ。


 昔はとにかく不機嫌な魔術師だと思っていたが、その不機嫌がろくに眠れもしない痛みのせいだとジャハドが理解したのは、部下になって半年ほど過ぎた頃のことだった。弱音を吐く事はないが、ジャハドの妻が時折勧める痛みどめのお茶を魔導卿が拒んだ事は、これまでに一度も無い。


 生国であれば治療が可能かもしれないと聞いてから、主が心を決めるまでに5年かかっている。


 動くようになるとは約束できない、と言われてもいるらしい。

 主にとって、動かない足はこちらで受けた理不尽の象徴のようなものだ。治せるかもしれない希望と、治療失敗の恐怖に板挟みになり、悩んでいる姿も時折目にするようになっていた。


「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」


 そう見送ったジャハドはその時、主はもう戻らないだろう、と寂しさを感じていた。


──────────


 二度と来ないと思っていた主だが、またもや王宮に迷惑を掛けられてこちらに戻ってくる羽目になったというから、世の中判らないものである。

 いや、王宮が迷惑千万なだけなのだが。口に出しさえしなければ不敬を咎められることも無いから、王宮の手落ちだと思うのは構わないだろう。


「我が家の中でなら、口にしても構わないぞ?」


 そして主は以前と異なり、皮肉たっぷりな言葉をあまり使わなくなっていた。


「旦那様、思っていても言うべきでない事はございます」

「大丈夫だ、サエラにもはっきり言ってあるから」


 よりによって女王陛下にはっきりお伝えしたらしい。

 もっとも主であれば、それを言う資格もあるだろう。先王の愚行の被害者でありながら、世のあり方を変えた魔導師であり、動乱期の女王陛下を支えた英雄の一人でもある主に、この世界は大きな借りを作っている。


 主の自由を奪っていた足を治したのも、結局は生国の技だ。


 つまるところこの世界は、主の力を借りるばかりで、主に何か返しては来なかったのだろう。


「どうした?」


 声を掛けられて、考え込んでしまっていた事に気が付いた。


「いえ、旦那様の足の具合はいかがかと、気になりまして」

「極めて快調だよ」


 昔と異なり、目立って他人と違うところの無くなった片足を軽く叩いて、主はそう言った。


「よろしゅうございました。お国とは気候も違いましょうが、問題はございませんか」

「痛みも無いし、もう杖は使うなと言われているくらいだ」

「杖なしで、よろしいのですか?」


 片手だけに持つようになった杖も体重をあまりかけていない事が多いから、かなり良くなっているのだろうとは思っていたが、そこまでとは思っていなかった。


「まだ不安だが、主治医は使わない事に慣れろと言うんでね」

「それはたいへん、喜ばしい事でございます」

「たしかにまあ、それはそうなんだが」


 以前に比べてずいぶん素直な答が返ってきた。


「40年ちかく歩いてなかったわけだから、自信が持てない」

「旦那様がそうおっしゃるとは、珍しい事でございますね」

「私だって、自信がない事の一つや二つはあるさ」


 とはいえ、それを口に出せる余裕も出来たのだろう。

 昔の、ひたすら神経を張り詰めていた主だったら、己の弱味を見せるなど絶対にしなかったはずだ。まして今のように、世間話のごとく軽く話すなどはありえなかっただろう。


「お変わりになられましたね」

「そうか?」

「はい」


 ふうん、と言いながら首をひねっている様子は、見た目の年齢相応に見えた。


「まあ良いか。ああそうだ、高橋が来たらこれを出してやってくれ」


 主が指差したのは、主が持ってきた菓子だった。


「こっちは高橋に持たせてやる分だ」


 上品な美しい菓子が6つほど入った箱は、なるほどタカハシ書記官の家族分だったのだろう。


「こちらはいかがいたしましょう?」


 別の紙箱に入ったものについて問うと、


「君らで分ければ良い」


 と、返ってきた。


「わたくしども、でございますか?」


 使用人の人数を考えれば行き渡る数だが、さすがに異世界の菓子を下げ渡されるとは思っていなかった。


「君たちは私の使用人だ、私の生活を改善させるために必要と言えば、異世界産だろうが問題はないだろうさ。ああ、包装紙や箱は、用済みになったら焼却処分を。物証が残るのはさすがに拙い」


 要するに、ただの土産ということだった。


 相変わらず、判りにくい気配りをする主である。

 もっとも貴族にとって、使用人とは家具と同じ。そこに居ても人間とは見做(みな)さず、必要を満たすために存在するだけの、道具と同じ存在だ。そんな貴族の流儀にある程度ならう必要がある主としては、配慮をあからさまにしない必要もある。


「かしこまりました。階下で、今後の参考とさせていただきます」


 実際には、階下のお茶で楽しむことになるだろう。主もそれ以上は期待していない。

 鷹揚にうなずいた主に一礼し、ジャハドは箱を手に退出した。

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