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十四章

 「お若いのに敬虔ですね」


 「いや、俺は別にそう言うつもりで来たわけでは」


 教会の礼拝堂で、美しい聖歌を聞いていると、上品そうな老婦人に話しかけられた。


 「おや? 信者さんではないのですか?」


 「申し訳ありませんが、違いますね。もしかして、洗礼を受けていないと教会に入ってはいけないのですか?」


 「そんなことはありませんよ。教会は、いつでも広く門を開いています。ところで、お隣、よろしいですか?」


 「ええ、もちろん。気づかずに、すみません」


 婦人は静かに俺の隣に座った。


 「それで、今日はどのようなご用で?」


 「……俺の大切な人が教会に行ってみたいと言っていまして、でも彼女は来ることはできないので、せめて俺が来て、こんなところだったって話だけでも聞かせてやろうかな、と」


 「そうですか。それで、こちらに足を向けられたのですね」


 「ええ。あと他に、登山と海水浴にもいかないと。ああ、あと神社と寺にも。ってすみません、神様の前で他の寺とか言って」


 「主はそのようなことでお怒りにはなりませんよ。安心してください。それにしても、そんなに想われるなんて、その方も幸せですね」 


 「そうだと、いいんですけどね」


 俺は苦笑して、夫人に返した。

 喜んで、くれるかな。

 忘れろって言ったのに、何をしているのですか! って怒るかな?


 そう言えば、美弥子は結婚式をあげるなら、教会でウェディングドレスが良かったのかな? それとも、神社で白無垢かな? どちらにせよ、似合いそうだ。

 うんと、可愛かっただろうな。


 俺は教会の祭壇を見つめた。

 真っ白なウェディングドレスに身を包んだ美弥子の姿を思い浮かべると、胸の奥が熱くなり、不意に涙が滲んだ。


 「あ、シスター! そんなところにいらしたのですか?」


 すると、教会の奥から一人の女性が小走りで駆け寄ってきた。


 「予定が立てこんでいるのですから、急いでください」


 「あらあら、見つかっちゃったわ」


 「え? し、シスター?」


 この人、教会の人だったのか。


 「私は悩める子羊のお話を聞いていましたのよ? これも立派なお役目。遊んでいるわけではないのですよ?」


 「それならばせめて、修道服に着替えてやってください」


 「あら、そう? じゃあ私はこれで失礼しますね。お元気で」


 「はい。ありがとうございました」


 俺はシスターさんに頭を下げて、教会を後にした。



                   ○



 「よう」


 俺は、ある一つのお墓の前で、そう声をかけた。


 「さっき、教会に行ってきたよ」


 俺はお墓を布で綺麗に拭いたり、周りに落ちているごみを拾ったりしながら話しかけた。


 「綺麗なところだった。ステンドグラスって言うのかな、あれは。とにかく綺麗だった。他にも、いろいろあった。聖像とか、いろいろ。でも詳しくないから名前はわからなかったよ。美弥子と一緒に行ったら、きっと、説明してくれたんだろうな」


 俺は花を供え、線香とろうそくに火をつけ終わると、しばらくの間目を閉じ、手を合わせた。


 「俺、明日から仕事なんだ。初仕事だ。新卒じゃないから苦労したけど、なんとか入れてもらえたよ。実習の時は緊張したけど、今度は……いや、やっぱり緊張するよ。どんな子がいるかな。俺はその子らに、どんなことを教えられるかな。できれば、勉強のこと以外も教えたいな」


 風が花を揺らす音だけが聞こえる中、俺は一人で話し続けた。


 「俺、やっぱり弱いから、たまにすごく辛くなって、寂しくなって、泣きたくなって、しんどくなって、死にたくなる時があるんだ。……でもさ、俺まだ美弥子のこと忘れられていないから。だから、まだ生きてみるよ。俺、頑張ってみるよ。もし、また辛くなったらさ、ここに来ていいかな? ここで、美弥子と話をしてもいいかな?」


 俺がそう聞くと、俺の耳を、一つの柔らかな風が優しく撫でていった。


 「そうかよ。ありがとう」


 俺は心の底からの礼を言い、帰り支度を始めた。


 「それじゃ、また」


 俺は軽く手を振ると、駐車場の車に向かった。


 ああそうだ。

 帰ったら、手紙の続きを書こう。

 返事の続きを書こう。


 遺書っていうのは普通一方通行で、返事なんて届かないけれど。


 美弥子の手紙は決して、遺書じゃないから。


 だから、俺は美弥子に返事を書く。


 読んでくれると、嬉しいな。



                      ○



拝復。


 美弥子、久しぶり。

 手紙、ありがとう。


 俺は今――――――

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