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十一章・3

 「こんにちはー」


 あたしは暖簾をくぐりながら挨拶をした。


 美弥子ちゃんもおそるおそると言った様子で、あたしの背中にくっつきながらついてきた。ま、そりゃそうか。こんな薄汚い店、始めてだったら怖いもんね。


 「へいらっしゃい! お、なんだ、嬢ちゃんじゃねえか!」


 すると、店の奥で暇そうに新聞を読んでいるおっちゃんがこちらを見て嬉しそうに言った。


 「あいかわらず声がでかいんだよなあ……。久しぶり、おじさん」


 「おう! 久しぶりじゃねえか。寂しかったぜ」


 「あいかわらず暇そうだね」


 「うるせえ。余計なお世話だ」


 おじさんはふんと鼻を鳴らして怒ったように言った。でも、本当は怒っていない。それくらい付き合いで分かる。


 「ん? 何だ嬢ちゃん、今日はお友達を連れてきたのかい?」


 おじさんはあたしの後ろに目をやると、意外そうな顔をして聞いてきた。


 「さすがおじさん。かわいい女の子はすぐに見つけるんだから」


 「失礼だな。かわいい男の子だってすぐに見つけてやらぁ」


 「……」


 「冗談だよ! 真に受けんな!」


 「……いや、ないわー」


 いやホントまじないわー。


 「ま、そんなことは置いといて」


 「待てよ。流すんじゃねえよ」


 「この子は三園 美弥子ちゃん。あたしの友達」


 「無視かよ、まったく。……しかし、へえ、嬢ちゃんの友達かい」


 おじさんはこちらに向かって歩いてくると、岩のようにごつごつとした手を差し出してきた。


 「はじめまして。俺はこの店をやっている伴場ってもんだ。よろしくな」


 「あ、えっと……」


 「おじさん顔怖いでかい近い。美弥子ちゃん怖がってんじゃん」


 「あ、いえ。そんなことは!」


 美弥子ちゃんはあたしの背中から出ると、おじさんの前に立った。


 「あの、はじめまして。三園 美弥子です。えと、よろしくお願いします」


 美弥子ちゃんはそう言って、その小さな手で、おじさんの大きな手を握った。


 「おう、よろしく」


 「ほらおじさん、早く作ってくれないかな。ニヤニヤしてないで」


 「に、ニヤニヤなんかしてねえ! わあったよ。いつものでいいか?」


 「うん」


 「美弥子の嬢ちゃんは?」


 「あ、えっと」


 「ああ、同じでいいよ」


 あたしは戸惑っている美弥子ちゃんに代わって答えた。

 だいたい聞く前にメニューを出さんかい。美弥子ちゃん初めてなんだから、わかるわけないじゃん。


 「わかった。ちょいとお待ち」


 おじさんはその、月面みたいに草一本生えていない頭にタオルを巻いて、厨房の中に入っていった。


 「じゃ、座ろっか」


 「あ、はい」


 あたしと美弥子ちゃんは向かい合わせでテーブル席についた。


 「えっと一咲子さん、ここは?」


 「ここは『ラーメン伴場(ばんば)』。あのむさいおじさんと、あとかわいらしい奥さんが切り盛りしているラーメン屋さん」


 ま、全然繁盛してないんだけどね。あたしが来た時に他のお客さんがいるの見たことない。もう趣味でやってるの? ってレベル。


 「見てのとおり全然繁盛してないけど、でも味は最高だから。安心して」


 「そうですか。それは楽しみです」


 「いらっしゃい、一咲子ちゃん」


 「あ、奥さん。こんにちは」


 あたしと美弥子ちゃんのテーブルに、綺麗な女の人がおしぼりとお冷を持ってきてくれた。この人が奥さん。


 「あら、今日はお友達と一緒?」


 「うん、そうなんだ。美弥子ちゃんって言う子なんだ。かわいいでしょ」


 「あら本当。かわいい子ね」


 奥さんはそう言って美弥子ちゃんに微笑みかけた。


 「あの、こんにちは」


 美弥子ちゃんも奥さんの優しい微笑みを見て安心したのか、さっきよりもはっきりと言った。


 「はい、こんにちは。わたしはあそこにいる人の妻の、伴場 清美(きよみ)です。一咲子ちゃんがお友達を連れてきてくれて、わたし嬉しいわ」


 「あたし、連れてきたことないもんね」


 「え、そうなのですか?」


 「うん、美弥子ちゃんが初めてだよ」


 やだ、今のセリフちょっとやらしい。何言ってるんだあたし。


 「はいお待ちどう。いつものやつな」


 おじさんは両手にお盆を二つ持ってやってきた。


 「中華スープハリガネ厚切りチャーシュー煮卵のせ野菜多め背脂ましましと、鶏のから揚げマヨネーズ添えだ!」


 「な、何ですか今の? じ、呪文?」


 おじさんがつらつらと言った言葉に、美弥子ちゃんは目を丸くしていた。そりゃそうか。

 あたしたちの目の前に、湯気が立ち上っているラーメンと、衣がじゅうじゅうと音を立てている唐揚げが並べられた。


 「あとで炒飯も持ってくるからな! それじゃごゆっくり!」


 「ま、まだ出てくるのですか?」


 「おう! 嬢ちゃんはいっつもこのメニューなんだ。たくさん食ってくれて、俺は嬉しいよ」


 「それは金づるとして? 」


 「ちげえよ。わかってて言ってんだろうが」


 「へへ」


 「はい、炒飯もお待ちどうさま。ほらあなた、わたしたちはこれで。二人きりにしてあげましょう」


 炒飯を持ってきてくれた奥さんは、おじさんの大きな背中をぐいぐいと押していた。


 「お、おい、押すなよ。それじゃお嬢ちゃん達、ゆっくりしていってくれ!」


 「うん、ありがとー」


 「あ、ありがとうございます」


 そしておじさんと奥さんは店の奥に行ってしまった。

 まあ、店に出ていても客は来ないだろうし、いいんだけどね。店としてはそれで良いのか知らないけど。


 「普段、こんなに食べるのですか?」


 「いつもはそこまで食べないけど、ここだとたくさん食べちゃうんだよね」


 もうこの店の経営はあたしで成り立っているんじゃないかと思うくらい。


 「きっと、安心できるから、かな」


 「安心?」


 「なんか、あの二人が、お父さんとお母さんみたいで」


 あたしは二人の顔を思い浮かべた。


 あたしが初めてこの店に来たのは、お父さんが亡くなってすぐだった。

 ここに来られたのは、本当に偶然だった。


 その時のあたしは、何にもやる気が起きなくて、やることもなくて、街中をあてどなくふらふらしていた。

 お父さんが亡くなって、お母さんもお兄ちゃんもいろいろ忙しそうで、でもあたしにできることは何もなかった。

 あの日あたしは、歩き回ってお腹が空いていたので、このお店に入った。どこでもよかった。

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