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六章・3

 「つっきー……」


 「何だ?」


 「まだこねないといけないのですか……?」


 「まだまだだ。もっと粘り気が出るまでだ」


 「ハンバーグの道は険しいですね」


 美弥子は弱音を吐きながらも、真剣な表情でタネをこね続けていた。これなら美弥子にでもできる作業だ。道具も使わずに済む。


 「……疲れたら言え。代わるから」


 「大丈夫です。これは私がつっきーに頼まれたお仕事です。わたしがやります。……おいしくなーれ……おいしくなーれ」


 美弥子は何事かをブツブツとつぶやきながら、一生懸命こねていた。

 しばらくして、十分に粘り気が出てきた。これなら焼いても崩れずにしっかりと固まってくれる。


 「……よし、そのくらいでいいぞ。……ありがとう、美弥子」


 俺がそう言うと、美弥子が目を丸くして俺を見てきた。


 「え……? つっきーが、初めてわたしに……ありがとうって言いました!」


 美弥子は大きい声で言い、手を振りまわして喜んでいた。人が礼を言ったくらいで、そこまで喜ぶなよ、まったく。


 「やめろ、ひき肉まみれの手を振るな。飛ぶ。やめろ」


 「わたしもっとがんばりますよ! つっきー次は何を?」


 美弥子はやる気をますます出していた。


 「次は成型だ。形を整える。俺が一つやるから、見ていろ」


 俺はタネのおよそ四分の一を手に取り、両手にそれぞれ叩きつけるように投げて形を整えた。真ん中を少しへこませることも忘れない。

 そうして小判型になったものをトレイの上に乗せた。


 「お上手ですね」


 「まあな」


 美弥子は感心したように言ってトレイを見つめた。


 「それじゃああと三つは美弥子がやってくれ。できるか?」


 「つっきーに頼まれたのなら、わたしはできます」


 「そうかよ。それじゃあ、頼む」


 「はい!」


 美弥子は元気よくそう言ってタネに手を突っ込んだ。


 「美弥子」


 「なんでしょうか?」


 「多い」


 美弥子の手には俺の顔くらいありそうなひき肉の塊がこんもりと乗っかっていた。


 「もう少し減らせ」


 「はい」


 「よし、それくらいでいい」


 「えと、こうでしょうか?」


 美弥子は恐る恐るといったていでタネを交互に両手にたたきつけていた。


 「む、難しいです……あっ!」


 美弥子の手からタネがポロリとこぼれてしまった。こぼれたタネは、運よくと言えばいいのか、シンクの中に落ちた。


 「あ、ご、ごめんなさい……」


 「気にすることはない。床に落ちなかったんだから」


 「でも……」


 美弥子は失敗してしまったことで、かなり落ち込んでしまっていた。せっかくさっきまで楽しんでいたのに、これはもったいない。それに、これで苦手意識を持ってもいけない。初めてなのだから、失敗するのが当たり前なのだから、気にしてはいけない。


 「手つきはよかった。あとは失敗することを恐れずにやることだな。そうすればきっと落とさないで作れる。さあ、もう一度だ」


 俺がフォローすると、美弥子は顔を引き締めた。


 「わ、わかりました! もう一回、わたし、がんばりますね!」


 「その意気だ」


 美弥子はさっきの失敗を気にすることなく、もう一度ボウルに手を入れた。

 その表情は真剣そのもので、俺はぼうっと見つめてしまった。



                   ○



 「なかなか独創的な形になったが、まあいいだろう。焼いて崩れることはなさそうだしな」


 「や、やっぱり難しかったです」


 「初めてなんだから失敗するほうが普通だ。むしろ初めてにしてはいい出来だ」


 「無理にほめなくてもいいです……」


 「何だ? 拗ねているのか?」


 美弥子は何も言わずにただ唇を尖らせていた。


 トレイの上には整った形のものが一つと、どこかの孤島のような形をしたものが三つ並べられている。

 まあ俺がぼうっとしていて美弥子の作るものに集中できなかったという理由もある。


 今から俺が形を変えるには少々時間が経っている。脂肪分が溶け出していて今触ったら余計崩れてしまう。このまま焼いてしまった方がいい。


 「じゃあこれらを今から焼くのだが、美弥子」


 「……なんですか?」


 「焼いてみるか?」


 「え? でもさっきは火を触るなって」


 「俺がついていてやるから。ほら、どうだ?」


 「じ、じゃあ、やってみます」


 このまま失敗したまま終わらせては、美弥子は料理に苦手意識を持ってしまうかもしれない。一応成功体験をさせてやらねばと思い、俺はそう提案したのだ。


 障害馬術では、障害を飛ぶのに失敗した馬にすぐにやり直させることがあるらしい。馬が障害を苦手にしないためだという。まあ、それと同じだ。言わないけれど。馬と同じ扱いをしていると知られたら、怒られるかもしれない。


 「まずはフライパンに油を少し垂らす」


 「は、はい」


 「よし、いいぞ。そして温める。その下の出っ張りを押せ」


 「ど、どれですか?」


 「これだ」


 俺は美弥子の後ろから美弥子の手を掴み、その手を誘導して美弥子自身に押させた。俺がやっては意味がない。


 「火力の調整はこれだ」


 「はわわ……」


 俺は手を掴んだまま美弥子に火の調整のレバーの位置を教えた。どうしてだか美弥子の耳が赤くなっている。きっと緊張しているのだろう。初めて火を扱うからな。

 しばらくフライパンを火にかけて、十分に温めた。


 「だいぶ温まったな。次は、いよいよ焼くぞ。この四つを、くぼませた面を上にしてフライパンの上に置け。油がはねるから気をつけろ」


 「ふぁ、はい」


 俺は美弥子の手から手を離し、美弥子自身にハンバーグのタネをフライパンに置かせた。

 美弥子は多少危なっかしい手つきではあったが、何の問題もなくフライパンにタネを置いた。じゅうじゅうといい音がキッチンに満ちていった。そして香ばしい香りも漂ってきた。


 「いい、匂いですね」


 「そうだな。しばらくこのままだ。今のうちに用意しておきたいものがある」


 「なんでしょうか?」


 「酒だ」


 「つっきー。わたしを酔わせてどうする気ですか?」


 美弥子は俺をじとっとした目で見てきた。


 「……どうする気だと思う?」


 いつもみたいにすぐに突っ込まず、あえてそう俺が聞くと美弥子は顔を真っ赤にしてうつむいた。


 「つっきーは破廉恥です」


 「自分から言っておいてよくもまあ。……酒は飲むために用意するんじゃない。ハンバーグを蒸し焼きにするために使うんだ。水でもいいが、酒だとアルコールが肉の臭みを消してくれる」


 俺は棚から酒の瓶を取り出しコップに少し注いだ。


 「そろそろだな。ひっくり返すぞ」


 「どどどうやってですかつっきー!?」


 「慌てるな、落ち着け。俺も一緒にやる。これを持て」


 俺は美弥子にフライ返しを持たせた。そして俺は美弥子がフライ返しを持っている手を上から掴んだ。


 「ま、また!? はうあうわ……」


 「優しくハンバーグをひっくり返すんだ。そう、下にいれて、持ち上げて、ゆっくりだぞ、ゆっくり……よし! できたな!」


 「や、やった。できました!」


 「あとの三つも今の調子で行くぞ。一人でできるか?」


 「……えっと」


 「何だ?」


 「つっきーと一緒になら、できると思います。つっきーと一緒にしたいです」


 美弥子はそう言って俺が掴んでいない方の手を俺の手に添えてきた。


 「美弥子」


 「はい」


 「そっちの手はフライパンを持て」

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