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学徒出陣

「お嬢さん」


「あら?何かご用?」


「赤紙が来ました、戦争に行きます」


え?


赤い紙が。


お上りさんの手に。


手が震えている。


全身が冷たくなって。


◇ ◇ ◇


お部屋の夕焼けが。


真っ赤。



「うあぁぁぁー!」

「お嬢様」

「女中さん!」


「女中さん、わたくし、現実から逃げてしまいましたの。あの方は現実を見ていたのに」


辛いのはお上りさん。


泣きたいのもお上りさん。


怖いのも。


でも…。


「お上りさんが、いなくなってしまう。それは絶対に嫌です!あんな紙、破り捨てたい!」


いや、絶対に嫌!


わたくしのそばに……。



⸻わたくし、こんなにも


「お嬢様。何も今晩行くわけではございません。出来ることを、いたしましょう」


「わたくしにできることなどありません。甘やかされて育った男爵令嬢。戦争のことなど考えもせず、自分のことばかり考えていたわたくしに」


「特別なことする必要はございません。いつものお嬢様でいらっしゃること。それが、あの方が一番願っていることでございます」


「いつものわたくし?」


「はい。春のように優しく明るい元気で、おてんばなお嬢様です」


……ふふ。


「一言多いですわ。…女中さん、お願いがございます」


「はい、お嬢様」


◇ ◇ ◇


出征まで、あまり時間がないとのことで、お上りさんは一度帰省されました。


今日の夕刻に男爵邸に戻るとのことです。


汽車の関係で、東京から出発されます。


お見送りは、使用人さんたちと、わたくしたち家族で行うことになりました。



⸻お上りさんのお部屋。


⸻ 3月のあの日のよう。


本がたくさん入った木箱。


家具類や服は売って、手持ちの資金にするそうです。



コンコン。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいませ」


きっとお上りさんはメガネをかけて、あの、すーん、とした顔のまま。


わたくしが暗い顔でお出迎えしたら、場の空気を悪くするだけです。


「お手紙を差し上げたいです。…でも」


涙が止まらない。


なぜもっと早く気が付けなかったのでしょう。


恋物語ばかり読んでいたのに、自分の想いには鈍感で、いざとなったら臆病。


宛先も聞けない。



いえ。



「…お上りさんは、わたくしのことを、どう思っていらっしゃるの?」



ただの下宿先の娘。



「それなら、お手紙はご迷惑に…うぅぅ」


半年以上ご一緒にいた方のお気持ちも分からないなんて。



いえ、お手紙はやめましょう。


わたくしへの気持ちがどうであれ、お手紙を読んでいる時に、弾に当たるかもしれません。


そうですわ!



「すみません、女中さんいらっしゃいます?」


食堂でしょうか。



⸻自分で考えて行動する。


お上りさんと、同じように。


◇ ◇ ◇


大丈夫。


大丈夫。


大丈夫ですわ。


この日のためにずっと練習して参りましたの。


東京駅は『祝学徒出陣』ののぼりと、学徒兵とその見送りの方々がたくさん。



そのメガネ。


大切な方からの贈り物でしたの?


日本兵姿のお上りさん。


覚えていらっしゃいますか?


あなたと初めて出会った日に着ていたこのワンピースを。



モンペにしました。



地下足袋も履きました。


もう何もできないご令嬢ではありませんの。


ボー!



一度、軽く、深呼吸。


「では、行って参ります」



「…ご武運を」


「…お身体気をつけて」


「ゆ、悠久の大義の為にその体を捧げてください」


手が。


いえ、まだ。


⸻お上りさん。


ああ…、汽車が。


うぅぅ。


「お上りさん、行かないでー!あぁぁ!」


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