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1943年3月 魅惑の足音

「Book Trailer」

https://youtu.be/vKf9LgIAYtQ

彼は分かっていた。


避けられない未来を。


そして、選んだ。


◇ ◇ ◇


わたくしは薔薇の蕾。


ダイヤの原石。


都会の女に。


そしていつか、メラニーのような貴婦人に!



でも、何かが足りませんの。



「まあ、お父様!どうして私はお出迎えに行ってはなりませんの?」


はあー。


「何度も説明しただろう。彼は『下宿人』として来る。お前は男爵家の令嬢として振る舞いなさい」


すん。


「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ、旦那様」

女中さんが静かに頭を下げた。


「お嬢様」


目元には優しいシワ。


「本日はご到着初日でございます」

「旦那様も礼儀作法に則り、そのように申されたのでしょう」


「そうですわね…」


⸻私が許可をした時まで会ってならん⸻


そうですわ!


「お嬢様!廊下は走ってはならないと旦那様から」


お父様はお仕事に行きましたわ。


夕刻まで時間はたっぷりあります。



クローゼットを開く。


お洋服を一着。


また一着。


まあ、きれいなお洋服でいっぱいですわ。



でも、どれにいたしましょう。



田舎から来るお上りさん。



ヨーロッパの高級なお洋服は…。


刺激が強すぎますわね。


ふふ。これにいたしましょう。



◇ ◇ ◇



いよいよですわ。



スカートがふんわり。


淡い黄色の半袖のワンピース。


お上りさんでも、気後れしませんわね。



きっとこんなふうになるのです。


◇ ◇ ◇


スッ、スッ。



⸻魅惑的な足音だ⸻



カチャ。


お上りさんは、わたくしの肌の腕に見惚れる。


顔を赤らめて。


「そ、その。寒くはありませんか?」


「…不思議と、寒くありませんの」



◇ ◇ ◇



ロマンスですわ。



3月はまだ冷えますね。


電気ストーブで腕を温めておきましょう。


赤い光線が出るクラシカルな電気ストーブ。


お父様がヨーロッパで買って来てくださいましたの。




声が聞こえますわ。




「お待ちしておりました。旦那様からお話は伺っております」



いらっしゃいましたわ!



2階はわたくしたち男爵一家の空間。


お父様が常々申しておりました。


お上りさんは1階の玄関横のお部屋のはず。





お部屋に入りましたわ。



さあ、参りましょう!



男爵家令嬢は、慎ましく歩かなくてはなりません。


しかし静か過ぎると、いないのと同じですわ。


お芝居が過ぎるのもよくありませんわね。



ふふ。




⸻ブルッ!


ここがお上りさんのお部屋の前です。


カーペットランナーは歩いてません。

どうしてお気付きにならないのでしょう。


「はっ、」


くしゃみはいけません!


お父様に見つかってしまいます。



⸻いったんお部屋に戻りましょう。



赤い光線が暖かいですわ。


桃色のニット生地のボレロも着ましょう。


体はまだ震えています。


はー。寒かったですわ。



コンコン。


「はい」


「お嬢様、旦那様が食堂へ、とのことでございます」


「はい。すぐ参ります」


「かしかこまりました。失礼いたします」


は、はくしょん!!


ここで鼻水を出し切りましょう。


鼻水を垂らした令嬢は、ロマンチックではありませんもの。


◇ ◇ ◇


「ここへ座りなさい」


お父様が指したのはいつもと違う席。


どうしてでしょう。


お父様もお母様もいつもと違いますわ。


コンコン。


「どうぞ」


「失礼いたします」


あら?


お客様ですの?


「旦那様、お連れいたしました」


「お通しして」


「失礼いたします」


あら?


メガネのお若い男性?


お父様のお知り合い?


「どうぞおかけください」



まあ!わたくしの前にお座りになりましたわ!


私にご縁のある方かしら。


思い出せませんわ。



「ようこそお越しくださいました。道中お疲れではありませんか?」


「問題ございません。以後お世話になります」


「ご不便なことがございましたら、どうぞご遠慮なくお申し付けください」


ま!わたくしの番ですわ!


くしゃみが!


「ど、どうぞよろしくお願いします」


……


くしゅん。


……


「よろしくお願いいたします」


はあ。



「読書をされていたのですか?」


「はい。荷解きをしていましたら、つい読書に夢中になってしまいまして」


「はっはっ、そうでしたか」


え?


荷解き?


もしかして。


この方が。


お上りさん!?


わたくしの魅惑の足音に気が付かなかったのは、読書をしていたから?


料理が運ばれてきましたわ。


あら?


いつもより少し良いお食事ですわ。



メガネのお上りさん。



私の目は誤魔化せませんの。


なかなか良いお洋服をお召しですわね。


田舎の裕福なご家庭なのでしょう。



「はっ!」



いけません!


また、くしゃみが!



お父様とお上りさんはお話をされていました。



まあ、お母様が心配そうにわたくしを。


◇ ◇ ◇


はあ。


無事、お食事が終わりましたわ。


「本日はお疲れでしょう。ごゆっくりおやすみください」


お父様の前ですのに、緊張されていませんのね。


「失礼いたしました。」


ずいぶん礼儀作法がお上手。



そうです!


男爵家のご令嬢がいるのです。


ご自宅でたくさん練習なさったのでしょう。


ふふ。


「風邪でも引いたのですか?」


まあ!お母様が。


「え、ええ。もしかしたらそうかもしれません」


「そう。では、今日は暖かくして休んでね」


「はい」


うっ!


また、くしゃみが!


早くお部屋に帰りましょう。




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