その十五
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私は、生きているのを詰まらないと思った事はありません。面白い事嬉しい事が連続して私を訪問してくれているという意味ではありませんよ。それは覚醒剤を打ち続けないと来ない状況です。そうではなく、詰まらないのではなく大変なのです。生きる事が大変だという実感は毎日間断無くあります。他人から見たら平和に見えるかも知れませんが私は自分が生きているのはこの世である事を知っています。一朝事あらば何が私に困難な問題の解決を、しかも期限付きで迫って来るか知れません。
そんな、『詰まらない』どころではありません。そんな暇な状況に私は早く置かれたいです。誰か人から、
「お忙しいでしょうから・・・」
と遠慮がちに言われた時に、
「いえ、毎日暇で、詰まらんです」
などと答えられるものなら答えてみたい。幾つかの選択肢の中から欠伸しながら適当なものを選ぶなどという不健全極まる貴族的暇さ加減を、一度でいいから体験してみたいものです。そして影でこっそり噂されるのです。
「あの人は怠け者だ。暇で羨ましい。する事無いのか。浮世離れした閑人だ」
閑人。自分に関してこんな評言を聞くのは屹度愉快なものに違いない。しかし現実にはそうではなく、私には常時蜀軍を率いて押し寄せる魏軍を迎え打ち大打撃を与えて追い返す、更には北の方中原を定むべしとの使命が課されているのです。これが大変でなくて何でしょうか。詰まらない、とんでもない、嬉しくはないけれども大変なのです。その一語に尽きます。ニュアンスが伝われば幸いです。生きる目標をもって下さい。大変ですが詰まらなくはありません。絶対に。
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人間ですから未来の個々の出来事を言い当てる事など出来ません。そういうのは超能力と謂って普通の人間には具わっていないものです。しかし状況から分析して或る程度の予見を立てる事は出来ます。勤勉にして質素、見栄えよりも実質を重んずる気風がしばしば貧しいながらもその人間の生活を安定させる様に、また逆に、何も追い駆ける対象をもたずその場その場の瞬間的な愉楽慰安を求める人間が支出を抑制出来ず、結果身体のみならず精神まで損なってしまう様に。それは或る意味必然かも知れません。『そうなる』条件を満たしている訳ですから。要するにその発端と結末とに論理的な接続があり、『時間の問題』だという事です。策を廻らす軍師は超能力に拠るのではなくこれらの複数の条件の具備を視ている訳ですね。
そんな風に、年齢が進むと人を見て或る程度の事を予想する事が出来ます。これは一寸期待出来ませんなとか、先を心配し憐れむとか、逆にこの人の成長した姿を見てみたい、それまでは死ねないなとか思う訳です。私は若い時そういう先が見える力を求めました。けれどもそれはこの年齢になって一応なりともこの身に具わったと思っています。それも私が必死に修行して努力した結果ではなく、単に今まで生きてきたその事実のみによって具わったのです。他人に対して誇れるものではありません。永く生きるならば大抵の人には具わるのですから。ですがこれは良いものです。この事は私に落ち着きをくれますから。そうです、落ち着きをくれるのです。よくまああんな馬鹿な生き方が出来るものだと私が呆れる人間を目にしても、その直ぐ足下に底の見えない落とし穴が在る事を当人が見えておらず私には見えているのですから。その時に私はそういう人間を滅ぼさねばならぬとの自覚を正当に免れる事が出来るのです。
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吉田絃二郎ではありませんが、『一人ゆく旅』も良いですね。私はその良さを深く知っていると思っています。私が生まれてから結婚するまでは私のする旅の全部がそうだった訳ですから。ですが結婚し更に子供が与えられて、家族でする旅の良さも知る事になりました。明らかに別の良さです。何れが優れているとは言えない、そういう。
家族で行くのです。行き先また旅行の性質も変わってきます。無理な行軍は禁物ですし、山中或いは滅多と人がやって来ない廃村に廃線跡を訪ねるなどという至って私好みのものも勿論御法度です。無理をせず午後の早目には投宿、行動するなら朝早く、そんな遵守すべき箇条書きが幾つかあります。けれども最大の違いは旅先の事ではありません。子の想い出になるという一点です。
これは私の独り旅の時と一番違う要素です。私は旅の間中、奥さんとも仲良く過ごさなければなりません。そして多くお金を遣う必要はありませんが『楽しい旅』にしなければなりません。これは私には結構難しい課題です。抑々(そもそも)如何にすれば子にとって楽しい旅になるのかが未だ不明です。必ずしも子の望みを入れてやる事とも限りません。色々試行錯誤してみましょう。そして斯ういう試行錯誤こそ実は家族で行く旅の最も良いものなのかも知れません。また課題を与えられた私です。私の役目は尽きる事がありません。
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心も疲れます。酷使した肉体と全く同じです。少しも違いません。ですから心も休めないといけないのです。しかし肉体的疲労と違い疲弊した心は睡眠に拠っては回復しません。別のものが必要です。思い掛けず良いニュースでも飛び込んできたら良いのですが、それは中々期待出来ないでしょう。あんまりそればかり期待していると人は馬鹿になりますし。
心を休息させる為には自分を裏切っていない生活、しかもその積み重ねが必要です。それに拠ってしか心を休息させる事は出来ません。だから不誠実で悪辣な人間には心の休めが無いのです。それが無いまま今更改める事も出来ずそのまま悪辣な道をまっしぐらに驀進し、最後は曹操の様に悪夢に魘されながら斃ります。
町を歩いていて途方もない人相ですれ違う人が悉く悪辣で曹操みたいな人間なのか何うかは保証し兼ねますが、でも長く心の休めが無いからこそそんな顔になるのではないでしょうか。或いは曹操ならずとも小曹操亜曹操なのかも知れません。自らの心の休息を得ている人の表情はとても自然で麗しいものです。何かお話したいと感じさせます。自分の信念に沿った生き方をしましょう。
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