その十四
6901
殆ど遊びという事をしない、しないのが最早普通。遊ぶ事を罪悪の様に見做している。一生の間に自分が病気や怪我をしない事だけでもう幸いだと心から思っている。
そういう昔の人を愛します。私はそういう人の横に居ると心の底から安心出来るのです。本当に。
6902
大体がよく勉強して知識豊かな人が幸福そうに見えた例がありません。大抵は何か不幸を背負っている様な顔をしていますし、そうでなくても容易に笑わないぞといった雰囲気を漂わせています。酷いのに至ってはもう顔が変な形のまま固着して仕舞っている人も見た事があります。
人と生まれて学ぶ事は必要な事ですし有益なものの筈なのに、これは一体如何なる事でしょうか。思うのです。学ぶ事は矢張必要にして且つ有益ですがそこにはしばしば落とし穴があるのでしょう。その学びで得る知識などとは比較にならぬ程大切なものを失う、そういう陥穽が。最も大切な事は学ぶ事ではありません。学びは既に自分がもっている別のもっとずっと大切なものを補完する事が出来るだけです。
6903
見るものに想いを込める。科学的ではありません。しかし人間的です。人にはそういう行動が必要です。そういうものから縁遠い暮らしの中にずっと生きていると人は人間でなくなるのです。機械的になると謂いますか、情感を失うと謂うべきか、兎にも角にも人間の影を失って別のものの影を地に印する様になるのです。
自分の何を失ってはならないですか。財産、職、住居、でしょうか。或いは家族でしょうか。自身一個の安心立命の根拠でしょうか。様々想ってみて下さい。それを失う前に。
6904
私が気が変になる様な心理を文章に書く時、何が何でも私は心の底から健康で素朴で昔ながらの人間性を保った人に傍に居てほしいです。そうでないと、それを本当に自分一人で書いていると、気が違いそうになりますから。自分の正気を維持出来なくなるのです。
人間です。暗黒の心理を感じ取り、そして時としてそれを実際に『経験』します。しかし明確に自覚します。私には戻る場所が必要です。それ無しに斯んな営みは出来ませんし、してはなりません。人間の観察、しかし観察を終えて帰る場所が必要なのです。私は子供の様にこの事を実感します。そうでないと恐らくその過程のどこかで私を支えてくれているものの意義、その大切さを忘れるに違いありません。そして私自身を失うのです。
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