その十二
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沢山の本を読んだ人であっても言葉や思想に乏しい人が居ます。これは想像なのですが、それは多分何らかのものを求めて読んでいないからでしょう。餓える様に、渇く様に、欲するものが無い、そういう心のまま読んでいるからでしょう。それでは言葉が自分の心の奥深くに入って来る訳がありません。全部自分の心の表面、その上空を掠め飛んで行くのみにて心に突き刺さる事など無いでしょう。
本を読む事に限りません。求めるものの有る無しは体験の全部に影響を及ぼします。いや影響を及ぼすという謂い方よりも、体験の意義を完成させる、体験を体験たらしめる基礎的な要因であると謂った方が良いと思います。それが無ければ体験はその核心たる意義を欠きます。後にはテクニック以外の何らのものが残らないのみならず、その体験自体が靄のかかったそれの様に輪郭を失います。それでは結局自分がその事を経験した意味が無くなって仕舞います。
求める事は、願う事は、人間の経験の基礎です。それ在って初めて物事に意義の生まれる余地が出来るのです。自分の心の底の願いを見出して下さい。そしてそれに従って、それを目指して生きて下さい。
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小説でこの私自身が心から口にしたい言葉を書いている時、私は本当に幸せです。夢中になって文字を書きます。時の経つのを忘れます。生きている時間を無駄に過ごしていないという実感に満ちます。正に充実というものなのでしょう。そういう時の言葉は後になって読み返した時でも惹き込まれます。
大事な事は正にそれだと思うのです。後になって自分が読み返したいものを書くのです。そうでなくては、書いている、生み出している甲斐がありません。私は何の為に書いているのか、即ち、直ちに、私自身を励ます為なのです。そういうものでなければ、他人の心にも届かない筈ですから。これは私の考え価値観なのですが、私が最も純粋に最も深くまで自分自身の中に沈潜し沈み込めば、必ずその分だけ私は他人と繋がる事が出来る筈なのです。他人と繋がる事が出来ないのは、却ってそれを中途半端にしているからなのだと思うのです。
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愚かな人は最初から成果を求めます。立派な人は成果よりも寧ろ過程に注目します。その過程に於いて得られるものの方が遥かに大きい事を知っているからです。
苦しんだから、それが分かるのです。敢えて言いますが苦しんで下さい。本当に見え、分かる様になる為です。
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妬みというものは怖いものですが、かといって一切誰の妬みも買わぬ様になどという実現不可能であるのみならず極めて不自然不健康な指針を立てる必要などありません。そんな事を本気で遵守しようとしたら自分の生活が構築展開出来なくなって仕舞います。それよりは逆に故意に他人の妬みを買う様に行動する方がまだ良いと思います。他人の妬みは怖いものではあるが、恐れる必要も此方が遠慮する必要も無いという事を自分の身体に覚えさせる為です。例によって私流で『極端』なのですが。
私には多くの人が他人の目を恐れ過ぎている様に見えるからです。そんな遠慮をしていたら人生で何も試す事が出来ません。試す事が出来なければ人生は何もせぬまま須臾の間に終わって仕舞うだけです。そんなものは真面目に考えるまでもなく間違っています。しっかり戦って下さい。本当に緊張して戦わなければならぬ相手は人生で別に居るのですよ。本当に容赦の無い、恐るべき相手が。
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