二人の距離 2
「あの子の憧れ……いいえ、好きな人は『アシュラン=キリウス王国騎士団長』だもの。……貴方のようにヒョロンヒョロンの人を好きになってくれるかしら」
従妹のその言葉に体が強張る。
「アシュラン殿……」
父と仲のいいアシュラン団長はよく公爵家に遊びに来る。
暇な人ではないはずなのに、時間ができたと言ってはうちに来て、僕も小さい頃からよく遊んでもらった。
豪快に笑い、よく喋る彼は、誰をも惹きつける高いカリスマ性がある。
どんな人との間にも壁を作らない彼は、人間的にも、騎士としても尊敬している。
そして、以前トリスタンが体調を崩した時にも薬草を探すために奔走してくれた情に厚い人だ。
「それに、あの子の夢は世界中を旅行する事なのよ。安全な場所だけじゃないわ。世界の端にあるような一面氷に包まれた世界や、遥か西にある青く燃える山、広い海の真ん中に浮かぶ島々の光る洞窟。そんな時貴方がフリージアを守ってあげられるかしら。全て護衛頼みではなんって頼りない男かしら。っていうかそもそも貴方そんなところについていく度胸があるかしら! 私なら『最高の騎士』を護衛にフリージアとエンジョイトラベルよ!」
自分だって他人に頼ってるじゃないかと言いたいけれど、彼女は『王女』だ。
ほほほほと、笑うオリヴィアの言葉に拳をギュッと握りしめた。
「じゃあ、最強の騎士になる。誰よりも頼りになって、誰よりも彼女を守れる男になるさ」
そう言うとオリビアは僕の顔をじっと見た後、笑い声を止めた。
「口で言うのは簡単だわ」
「そうだ。でも、決めたからには必ずやる」
沈黙が広がるが、オリヴィアはとても九歳とは思えない目つきで僕をじっと見てくる。
「色んな意味で守ってよ……。どんな時でも、何があっても」
先程まで僕を笑っていた彼女はどこにもいない。
「誰にも譲らないよ。君にも」
そう言うと彼女は不敵に笑った。
「貴方がフリージアを守るのね……。その言葉。違える事のないよう祈ってるわ」
その時、オリヴィアの中にどんな気持ちがあったのか分からなかったけれど、僕は進むべき道と目標を決めた。
「とりあえず、騎士の訓練はアシュラン様にいい指導者がいないか聞いてもらう。それから、料理に、洗濯、家事全般できるようになる!」
そう言って拳を握りしめると、オリヴィアはガクンと項垂れた。
「何でそうなるのよ! 騎士の訓練は分かるけど、料理とか関係ないじゃない!」
「いや、ある。彼女の行く場所は辺境の地だろう? メイドやコックなんて大人数で行けない場所もあるだろう。そうなると誰が食事を作るんだ。僕だよ」
「いや……」
死んだ目で僕を見るオリヴィアは言いたいことがありそうだが、無視をする。
「野草だって、キノコだって毒のあるなしを見分ける力も必要だろう。動物だって、下処理できなければ食べられたものじゃないと聞く。疲れた時に彼女が口にする食事だって重要だ!」
「あんた、それ、二人きりで旅行に行きたいだけじゃん……」
「じゃ、僕はこれから忙しくなるからお暇するよ」
そう言って席を立つと、「早いな、オイ!」と王女らしからぬどころか、女性らしからぬ言葉が飛んできた。
✳︎✳︎✳︎
「ヴュート様?」
カモミールの香りが漂う中、彼女の戸惑ったような声で思い出から現実に引き戻される。
「あぁ。ええと。フィナンシェはお好きですか?」
そう言って焦がしバターをたっぷり使った焼き菓子を差し出した。
「ありがとうございます。……頂きます」
実はこれも僕が作ったのだが、あまり彼女にそれを押し付けるのは申し訳ないので何も言わずに数個お皿に載せた。
それを口にした彼女が、小さく「美味しい」と呟いただけで、体が震えるほど嬉しかった。
「ところで、ヴュート様は一度卒業なさったのになぜまたアカデミーへ? 何を学ばれるご予定ですか?」
「以前は騎士学部だったので、学びたいことは沢山あったのですが、まずは実践に出ることを先決にしたのです。フリージア嬢は何学部を目指していらっしゃるのですか?」
彼女の質問には明確に答えず、質問を返した。
「私は魔法学部と国際政治学部の授業も学ぼうかと思っております」
では僕も。
そう心で言いながら、笑顔で「僕と同じですね」と相槌を打つ。
「自分の選んだ学部だけでなく、他の学部の授業も選択できるというのは素晴らしいですよね」
その彼女の言葉に同意しつつも、『国際政治学部』に彼がいることを思い出す。
マクレン=ヴェルダー。
あの日、彼女と一緒にこの世を去った男だ。
遠征から帰って、一緒に亡くなったという男を調べたところ、素性は簡単に分かった。
隣国、ウィンブドルのヴェルダー商会の商人の息子で、留学生として国際政治学部に入学していた。
当時、彼女とマクレンの接点は分からなかったが、「恋愛の紋」の刺繍を贈るくらいだ。
遅かれ早かれ彼と接点を持つのは避けられないのかもしれない。
これも二人を結ぶ『運命』だろうかと脳裏を掠め、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。
「……フリージア嬢。お互い、婚約期間も長いですし、そろそろ一歩先に関係を進めませんか?」
胸にドロドロした感情を抱きつつ、彼女の横に立つ。
澄んだ紫水晶の目が見開かれ、こちらを見上げる。
雪を欺くほど白く、滑らかな頬に思わず触れそうになるのを何とか堪える。
「関係を……?」
不安げに揺れる瞳に照れや羞恥など微塵も感じられない。
あるのは『怯え』だけだ。
僕の何に怯えると言うのか……。
「ええ……。僕らは何年も初めましての時期から何の進展もないと思うんです」
「そうはおっしゃっても……」
つい……と視線を逸らす彼女は困惑を隠せない様子だ。
困らせたいわけじゃない。
でも、このままの関係でいいとも思わない。
彼女の卒業を待って結婚すると言っても、アカデミーにはあの男がいるのだ。
同じ轍は踏まない。
――踏めない。
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