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二人の距離



 今思えば、『愛』は勘違いだったと自嘲しながらも、あの日見た幼い頃の彼が瞳に宿していた闘志は綺麗だったなぁと思い、思わず笑みが零れる。


「何を笑っているんですか?」

 

「いえ、以前拝見した訓練を思い出して」


 そう言うと彼の顔が真っ赤に染め上がる。


「あ、あんな昔のこと覚えているんですか⁉︎」


「え? もちろん。忘れられない光景です」


 彼の勢いに思わずたじろぐ。


「忘れてください! あんな恥ずかしい記憶! 今すぐに消してください!」


 

「恥ずかしくなんて……。むしろ自慢してもいいと思いますけど」

 

「自慢することなど何一つありませんよ。本当に……お恥ずかしい」


 その、不貞腐れたような照れた顔もあの頃と変わらないなと思う。

 彼はあそこから自分の力で這い上がったのだ。

 どれほどの努力が必要だったかなんて想像も出来ない。


「いえ、諦めないってとても難しいと思います」


「え?」


 彼のその言葉は聞こえないふりをした。


 あの時、アシュラン様が彼に言った言葉。

 

「最強の騎士になるという夢」


 あの頃の彼を見て誰が『最強の騎士』になどなれると思うだろうか。

 正直当時十四歳の彼があのレベルでは遅すぎたと思う。

 剣について何も知らない私ですら『弱すぎない?』と思ったほどだ。

 

 以前、オリヴィアからアシュラン団長の話を聞いた時、彼は齢八歳にして王国騎士団の騎士達と互角に渡り合っていたという。

 だからこそ最年少で王国騎士団の団長に上り詰めたのも当然だと。


 でもヴュートには誰も期待などしていなかっただろう。

 少年の『夢』を少年特有のものと微笑ましく見守っていたに違いない。


 ――届かない夢を追うのは辛い。

 

 それでも彼は『最強の騎士』の称号を手に入れるのだ。


 私も二度目は『夢』を追う。

 

 縛られた人生ではなく、自分らしく生きる為の夢を。

 そのためにはヴュートとの婚約破棄。『ウォーデン国立アカデミー』に入学、主席卒業。カルミアに『暁の魔女』としての判断材料を与えないことは必須条件だ。と、心に刻み込んだ。



 


「フリージア嬢?」


 フロロ鳥の飼育室から屋敷に戻るあたりから彼女は上の空だった。

 今、屋敷に戻り、彼女の為のお茶を入れているのだが、ぼんやりと外を眺めている。

 カチャリと彼女の前にお茶を差し出すと、その音に反応したのか、彼女の紫の瞳と視線がぶつかった。


「え⁉︎」

「え?」


 彼女の驚いた声に自分も思わず反応する。


「今、……ヴュート様がこのお茶を淹れられました……?」


 先ほどから僕が準備していたが、ぼんやりとした彼女は気づかなかったようだ。


「ええ、僕が淹れました。お疲れでしょう? 疲れの取れるカモミールティーをご用意しました。ミルクやお砂糖は入れますか?」


 令嬢らしからぬ、ポカンとした顔が僕の顔と、手元のお茶を二度往復する。


「ええと……。ミルクを……?」


 今いち何かが繋がっていないようで語尾に疑問符がついている。


「はい。どうぞ」


「……いや、おかしくないですか?」


「何がですか?」


「先ほどメイドの方が茶器とお菓子をこちらに持ってきていたと思うのですが……」


「ええ。僕が淹れるからと下がらせました」


「はぁ……。はぁ?」


 意味が分からないと言った顔をした彼女は少し素が出ているように見える。

 もっと見たい。


 あの頃の彼女を。


 僕の時間が戻る前、彼女は死ぬまで常にどこか壁があった。

 殆ど笑うことはなく、遠征に行く際見送りに来てくれた時も、「待っています」と言ってくれた時も、先程のように微笑むことはなかった。


「遠征に行くと、自分のことは自分でしないといけないので、お茶も淹れられるようになったんです。料理だけでなくお茶も色々自分で淹れます」


 そう言うと、彼女は「そうなんですね……」と腑に落ちないながらも、納得したようだった。


 そんなのは嘘だ。

 ある程度自分でしないといけないというのは本当だが、最前線でカモミールティーなんて淹れない。

 十三の時から体に、頭に叩き込んだのだ。

 いつか、彼女と世界中を周る為に。



 


 ✳︎✳︎✳︎

 ――七年前。


「フリージア=ソルト嬢のことを知ってるかですって?」


 目の前に座る、四つ年下の従妹王女がクッキーを口に半分入れた状態で言った。


「そう。オリヴィアなら彼女のこと知ってるんじゃないかと思って……。こないだ王家主催のピクニックの時に色々あって……、えと、その……」


 オリヴィアとフリージアは同い年だ。公爵家と王家に次ぐ上位貴族の令嬢なら交流があってもおかしくない。

 そう思ってオリヴィアに聞いたのだが何かがピンときたようで口元をニヨニヨと動かしている。


「ふーん。知ってるわよ。だって超仲良しの大親友だもの!」


 ふふんと九歳の従妹は超得意気な顔をして言った。

 その言葉に思わずゴクリと喉を鳴らす。


「だ、……大親友」


 羨ましい……。


「そうよ。あの子のことは何でも知っているわ。ヴューもあの子の魅力に気付いたのね。中々いい目をしていると褒めてあげたいけれど……」


「彼女に婚約を申し込むことになったんだ」


 おしゃべりな従妹の話が長くなりそうだと彼女の言葉をぶった斬る。


「……んなっ。聞いていないわ! あの子に婚約を申し込むなら一言私に……!」


「どうして君に言わないといけないんだ」


「うっ……」

 

 婚約者の選定に王家も従兄も関係ない。


「……ふふふ。まぁいいわ。だって貴方が好きになってもらえるかは分からないものね。だってあの子の憧れ……いいえ、好きな人は『アシュラン=キリウス王国騎士団長』だもの」


ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価をしていただけたら嬉しいです。

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