英雄は回帰する
数週間経って、彼女が亡くなったと聞いた森に向かうと、先客がいた。
「マグノリア殿……」
黒い喪服姿のマグノリア殿はゆっくりとこちらを振り返った。
「あぁ……。ヴュート殿。フリージアの葬いに来て下さったのですか」
彼女の視線が手元にある白のフリージアと百合の花束に向けられた。
死者に手向ける花ではないと思いながらも、あちらの世界で彼女の母であるリリー殿と穏やかに過ごして欲しいと願わずにはいられない。
「えぇ……。そろそろ自分の気持ちに折り合いをつけなければとも思いまして」
「折り合い? 今にも死にたそうな顔をしているじゃありませんか」
クスリと笑った彼女の顔もまた黒いベールの上からでも分かるほど憔悴しているように見える。
「貴方こそ」
「ふふ……。どうかしら」
マグノリア殿を初めて見たのはフリージアと婚約する前。彼女があの王家主催のピクニックで孫娘を探しに来た時だ。
あの日、フリージアを迎えに来た彼女は心配しながらも、彼女を見つけると嬉しそうに微笑み二人で帰って行ったのを見ている。
だが、フリージアとの婚約直前耳にしたのは新しい孫娘に比べ出来の悪いフリージアに大変厳しく躾をしているという話だった。
「穏やかで優しい」と言われていた元聖女のマグノリア=ソルトが人が変わったように厳しくなったと。
新しい孫娘は聖女の適性を表し、その姉であるフリージアは品性にも欠けて祖母の期待を失墜させたと言うものだった。
「貴方は、本当にフリージアが自殺したと思っている?」
「え?」
ぼんやりと木々の隙間から空を眺めながら言う彼女に言葉が告げられない。
「あの子は……そんなに簡単に全てを諦める子じゃないわ。それに心中したという男は隣国の平民だって言うけど、結ばれないからといって命を断つようなやわな子じゃないわ……」
鼻で笑うかのように、話す内容はまるで……。
「あの子はそんなに脆くない。貴方は知らないでしょうけれど、あの子はまさに『逞しい』と言う言葉がピッタリだったのよ」
涙が溢れないようにしているのか、彼女の顔は空を見上げたままだ。
「知っていますよ……」
彼女の逞しさも、あの夏のような眩しい笑顔も。
取り戻したかった。
他の誰でもない、僕が。
「自殺ではないと……?」
では一体誰かが彼女を殺したということだろうか。
「……」
その問いに彼女は何も答えない。
社交界でマグノリア殿はフリージアが聖女でなかったことから、ソルト公爵が外でもうけた孫を猫可愛がりし、対してフリージアには厳しかったと聞く。
「そういえば、フリージアの遺品で貴方に渡しておきたい物があるの。この後時間はあるかしら?」
そう穏やかに言った彼女の表情からは厳しさのかけらも感じられなかった。
彼女の馬車で一緒にソルト公爵家に向かい、フリージアの部屋に案内された。
その部屋は柔らかな香りがし、もう覚えていない彼女の香りに胸が締め付けられる。
本棚には、以前プレゼントした本や置き物が飾られていた。机の上には小さな箱が置いてあり、マグノリア殿に手渡される。
「その箱には、貴方からフリージアに贈ってくれた手紙や贈り物が一式入っているわ。確認してくれる?」
その箱を開けると、全てではないけれど、誕生日や祝い事の度に贈った品物が入っていた。
その中の一つを手に取ろうとした時、廊下にカルミア嬢の声が響き渡った。
「お母様はどこ⁉︎ ああもう! イライラするわ!」
甲高い声が疲れた体と心にガンガンと響き眩暈がしそうだ。
「どうしたの、カルミア。今日は神事の日でしょう? もう終わったの?」
心配そうなソルト公爵夫人の声が響き、それと同時に彼女の泣き声が響き渡る。
「今日も、祈りを捧げたのに、女神様が応えて下さらなかったわ!」
『今日も』と言った彼女の言葉に、先日チラリと聞いた噂が脳裏をよぎる。
『異母姉の死に大層心を痛め、神事の祈りが上手くいかない』
心優しいカルミア嬢が早く元気になればいとみんな口を揃えていたが、あのヒステリックな声を聞くと違和感しかない。
「お姉様さえいなくなれば、全てが上手くいくと思ったのに!」
その言葉に思わず部屋を飛び出した。
大きな音を立てて開けたドアに視線が集中する。
「ヴュ……ヴュート様……⁉︎」
見開かれた彼女の大きな瞳はこぼれ落ちそうなほど見開かれていた。