英雄は回帰する 2
「ヴュ……ヴュート様⁉︎」
「今のはどういう意味かお伺いしても……? カルミア嬢」
「それ……は」
視線を彷徨わせる彼女ににじり寄る。
「まさか貴方が……フリージアを……?」
「ヴュート様! いくらなんでも聖女であるカルミアになんてことをおっしゃるのです」
母親のその言葉にハッとしたカルミア嬢は目に涙を溜めてこちらを見上げる。
「確かに……お姉様がいなくなれば……、お姉さまの意地悪が無くなればいいと思いましたけれど、そんな恐ろしいことなんてしません! ひどいわ!」
彼女の態度と言葉に違和感しか覚えられず、静かに睨みつける。
「フリージアの最期を見届けたのは貴方でしたよね……」
そう言いながら更に一歩近づくと、彼女は一歩下がる。
「お姉様と最後に会ったのは確かに私ですけれど……! でも、そこにあるハンカチが何よりの証拠ではないですか! 一緒に亡くなったマクレン殿にお姉様が刺した刺繍が……お姉様の心が誰のものだったかなんて見れば分かりますわ!」
彼女が指差した先は、フリージアの遺品が置いてあるテーブル。
カルミア嬢の言ったハンカチを手に取ると、見覚えのある白地の裏にストライプの加工がしてある特殊な織り方のものだった。
金糸で恋愛成就・縁結びの紋様が描かれ、その下にはルーン文字で『マクレン』と刺繍されたハンカチ。
僕ですら贈られたことのない刺繍のそれに体が固まる。
「……彼女が刺したものかどうかなんて分からない」
「この生地は昔からうちが特注で仕入れている生地です。それにその刺繍がお姉様かどうかはきっとお祖母様が分かるわ」
そう言って彼女は僕の手から取ったハンカチをマグノリア殿に渡した。
「……そうね。フリージアの刺したものだわ。この糸の後始末の癖は……あんなに言ったのに直らなかったのね」
じっとハンカチの裏を見ながら震える声で言う彼女が嘘をつくとは思えない。
「さぁさぁ、ヴュート様。これ以上カルミアを刺激しないで下さい。確かに姉妹の仲は良くなかったかもしれませんが、カルミアがいなくなればいいと思うのもしようがないのですよ。この子はいつもフリージアに虐められていたんです」
追い出すようにソルト公爵夫人が出口を促す。
「貴方は何年も遠征に行かれててご存じないかもしれませんが、社交界でも有名なほどフリージアはカルミアを虐めていたんです。見ていても可哀想なほどに。私が……平民の出だから……。貴族として生まれ、貴族として育ったフリージアにカルミアが聖女だったことが許せなかったんでしょう。初めて会った時からあの子は私たちを毛嫌いしていましたから」
そんなはずはない。
彼女はあの時、『仲良くなりたい』と、新しい家族の為に自ら花束を作っていた。
あの言葉に嘘は絶対になかった。
彼女が落とした言葉の中にあったのは願いだけだ。
「ヴュート殿。私がシルフェン公爵邸までお送りしますので、どうぞ今日はお引き取り下さい」
そう言って、マグノリア殿が先に玄関に進みながら、退室を促した。
「――我が家の者たちが大変失礼いたしました」
揺れる馬車の中でマグノリア前公爵夫人が静かに言った。
「いえ、こちらこそ……証拠もないのに感情に任せてカルミア嬢に大変失礼なことを申し上げました」
頭を左右に小さく振り、視線を手元に落としたままマグノリア殿は小さく呟いた。
「……貴方には話しておかないといけませんね――」
「え?」
そうして彼女の口から紡がれた言葉はただ聞き入るしかない内容だった。
「――私が知っていることはこれくらいです。ただ、あの刺繍のハンカチと、一緒に亡くなった男性については私も存ぜぬことですので。最近亡くなった彼の国の人たちも色々と調査をしているようですが……」
彼女が語った内容があまりに信じられないながらも、カルミア嬢の言葉が頭の中を木霊する。
「恋人と一緒に死ぬことを選んだのよ」
呪いの言葉のように彼女の声が侵食していく。
マグノリア様が帰られたあと、居ても立っても居られず、再度あの森を訪れた。
婚約式の時に交換した指輪をぼんやりと眺め、落とした視線の中に何かがきらりと足元で光った。
手に取ると、彼女が持っているはずの指輪だった。
僕の石と、彼女の石が交わるようなデザインで作られた揃いのそれは、金の指輪が歪に曲がり、彼女の石だけが砕けている。
砕けた石は彼女の想いか、命か。
歪んだ輪は僕の思いか、愛か。
ぱたりと零れた涙は、ひとつ、ふたつと、彼女の指輪を濡らす。
――会いたい。
このままでは僕の思いはどこにも行けない。
自分の指に嵌った彼女と揃いの指輪に唇を寄せる。
「ジア……」
彼女の名前を口にした瞬間、視界が真っ白に染まった。




