外伝 黄昏の思慕
黄昏の思慕
その日私は愕然とした。
軟弱な女の自分の心を捨て去りたいと常々思っていた。
その心の源泉があってはならない恋だという事を知らされて愕然とした。
私の数少ない女友達に相談した結果の言葉だった。
「エルナ。それ恋よ」
「そんなハズは……」
「いいえ、間違いなく恋よ」
きっぱりと言い切られてしまって私は二の言葉が出てこなくなった。
「………………」
「で、誰なのよ?」
その言葉に答えることができなかったエルナだった。
逃げるようにその友からはぐらかして任務に逃げる。
その日はクリスティーナ殿下の護衛兵の報告と交代のために覇王城に滞在の予定だった。
月替わりで交代のためいつもエルナが交代要員を連れてくるのだ。
覇王城に来た当初は頻繁に来るだけの時間とゆとりがあったのだが最近は難しい日が続いていた。
それだけでなく獣人国へ行き、帰ってきてからは城の主人である弟が行方不明という事もあってか、城の警備体制に強化が入った為か行き来が難しくなっていたという事もあった。
そんな事情もありまた、国のほうからクリスティーナ殿下の護衛についても連合国に一任する決定が下された経緯もあり、実質エルナのクリスティーナ殿下の護衛という任務も解かれることになったという事もある。
エルナはその決定に安堵しつつも残念に思っていた。
同時に寂しくもあった。今回が最終の交代だったからである。
それは行方の分からない弟の事も心配であったが自分以上に心配のあまり母エリアーナが倒れてしまったという事も重なり、上司から長期の休暇を言い渡されてしまった。
長期休暇の理由は配属移行に伴うものとされたがそれだけではないことは自分が一番理解していた。
弟が行方知れずになってから何をするにしても気が散っていたため集中力も低下していたという事もある。
武芸に身が入らなかったのである。
倒れた母の心労を和らげるためにもエルナは覇王城の母から傍を離れることをしなかった。
これ以上、心配を掛けたくはなかったからである。
そんなある日、弟の居場所が判明した。
世界樹のお膝元のエルフ郷だった。
少数を連れてエルフ郷に向かった側近たちを尻目に行きたがる母エリアーナを宥めて数日後、リュウの生存と奪還を聞かされて母娘揃って安堵し、泣いてしまった。
弟リュウの居場所を見つけて後、さらに数日後、彼はやっと城に戻ってきた。
だが話には聞いていたものの帰還から翌日に会って見た結果、驚きしかなかった。
十歳の少年に若返っていたから。
大事な弟………。ここ最近は特に忘れていた感覚だった。
同時に胸の奥に湧き上がる熱い感情があった。
不意に友の声を思い出した。
(それは恋よ)
眼を背けていた感情を自覚した。
ああ……これがそうなのか……。だが、なぜ弟なんだ……。もっと他にもいるのに
このままではいけないと思った。
アイツは自分の実の弟だ。不毛すぎる。任務もひと段落したのだし距離を置いたほうが良いのかもしれん………
エルナは決断した。
しばらくこの城には来ないと。
決断すれば行動は早かった。
リュウにここでの任務が連合国預かりになったこと、それに伴いしばらくはこの城には来られないという事にも触れた。
母エリアーナにはリュウと少し距離を置くことにしようと思っていることを言った。
今のままでは自分の自立心が失われると思ったからだ。
母は初め、反対した。
だが父エルドはエルナの意思を尊重してくれた。
同時に自分たちは家族なのだからいつでも辛かったなら頼るのは悪い事ではないのだと諭してくれた。
エルドの言葉もあり、母エリアーナも渋々同意してくれた。
地下に設置してあった城へのゲートへの入り口は鍵を閉めて封印する形にした。
そうしないと未練がいつまでも残るからだ。
そうしてヴェリアス王国首都で近衛隊としての忙しい毎日を過ごしていた。
そんな中、任務で辺境の魔物討伐に駆り出された時に気になる男と討伐を共にした。
武技の腕前はまだまだ未熟でエルナにも届かないものだったかそれでもその熱意と心意気がとても好感が持てる男だった。
彼の熱意に負けるようにして鍛錬に付き合っていると仲が深まるのに時間は掛からなかった。
付き合っていくうちに彼は酷く心が強いことを知った。エルナにとって好感が持てた男は初めてだった。
やがて彼から婚約を結んで欲しいと打ち明けられた。
エルナは迷った。
彼の求婚を受けたいと想う一方で否定している自分もいることに悩んだ。
悩んだ末に彼と婚約をすることにした。
リュウと距離を置いてから三か月以上が経っていた。
両親にその報告をして数日後、リュウから城にあってもらいたい人がいると使いの者がやってきた。
迎えの者だったので断ることもできず使いの者に連れられて城に行くことになった。
三か月ぶりに来た覇王城は少し威圧感が増しているように感じたエルナは思わず変化を探した。
城自体に変化はないので気のせいなのかと気を取り直したとき二階の皆が集まる居間に踏み入れた時、気がついた。
威圧感ではなくて圧迫感というのか、神聖度が増したというべきなのか……
居間に踏み入れた時に清浄な空気が漂っていたからだった。
そこで初めて言葉に出た。
「城の空気がかなり変化したな…」
その呟きに反応したのはエルフのフローラだった。
「仕方ない事ね。この城はすでに聖地扱いされているから……」
「貴女は……、エルフのフローラ様ですか。初めましてエルナ=マリノスでございます」
「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。義姉様」
「ところで、聖地とは……あの聖地ですか?」
エルナはフローラの言葉を聞き逃しはしなかった。
その質問に答えたのは少々妊娠のため腹部が出てきているエリーゼだった。
「ええ、そうですわ。リュウ様の居住階である三階は聖域となり、この城全域が聖地と化したので空気も当然ですが、清浄なものに変化したのは仕方のない事ですの」
さすがにエルナは驚きから言葉が出なかった。
絶句した後、零れるように呟いていた。
「なぜそんなことに……」
「リュウは半分以上ヒトでは無くなっているから私たちと一緒に居ようと思うとどうしても清浄な空気のある場でないとだめらしいのよね」
「そうじゃのう。人が密集する場でも体調が悪くなってしまうみたいだからのう」
「神族では仕方ないわ」
「………神族?」
エルナは聞きなれない言葉に聞き返していた。
「…………リュウに直接聞いたほうが良い」
最後にそう言ったのはリナだった。
「きみは?」
エルナが黒髪の女に聞いた。見たことがなかったからだ。
「私はカリナ。七番目の側室。貴女があまりにも来なかったからリュウの立ち位置が大きく変化したことを知らない。それは罪」
「リュウはどこだ?」
「リュウ様はリリス様がおいでですので三階に居られます。先ほどご報告いたしましたので降りてこられるかと」
キバの言葉だった。
「リリス様とやらも側室なのか?」
「リリス様はリュウ様のご正妻でございます」
「え、リュウは結婚できないはず…」
「リリス様はリュウ様のお生まれになられる前より伴侶と定められておりましたので重婚は出来ませんから結婚はできないのは当たり前でございます」
そうしてエルナはみんなから大賢者の転職などのその後の事を聞いたのだった。
「……………本当に私は何も知らないのだな…」
エルナはかなりショックだった。
リュウの事なら何でも知っていたはずの自分がいつの間にかリュウの中心から外れていたことに今更気がついてしまった。
側のソファに落ちるように座って顔を覆った。
「御姉様のせいではありませんわ。リュウ様の身の回りはこのひと月ほどで、かなりの変化があったのも事実ですから」
エリーゼがそういって慰めてくれた。
「それでも……。悔しいじゃないか。一人だけ知らなかったというのは……!」
そんなエルナを見てリューイは呟いた。
「やはりよく似ておるのう……。リリス殿とよく似た性格をしておられる」
「え?」
聞こうとしたその時、扉を開けて入ってきたのはリュウだった。
いつもの黒い上下のアンダーウエアを着ていた彼はエルナを見つけて声を掛けてきた。
「姉さん、ひさしぶりだな」
「おう、お前も元気そうじゃないか。聞いたぞ、色々大変だったそうじゃないか」
「う、……まあな…」
「聞いたぞ。結婚したそうじゃないか。イヴ神より結婚はできないと聞いていたのにどんな風の吹き回しだ?」
そこは気になるのだ。
「姉さんこそ婚約したって母さんから聞かされて驚いたんだぞ?」
「ああ。そのことか。いい男だよ。武力はそうでもないが心が強い男だ。彼とならと思ったんだよ」
「そのことも詳しく聞きたいと思ったのもあるんだけど、姉さんにあってもらいたい人がいてね」
「ああ、そう聞いてきたんだが…?」
「リリスの、………彼女の事についてどこまで聞いた?」
「ほとんど聞いていないぞ」
「そうか」
「それよりもお前がヒトでなくなったと聞いたがどういう事なんだ?」
姿は何も変化がないので疑問に思ったエルナだった。
「ああ、それもまだなのか……」
リュウは語った。
自分がこの世界の神・アルフの転生した存在なのだという事と共にその力を継承した事。
この世界維持のために神族というヒト以上の存在へとクラスアップした事。
それに伴いアルフの伴侶だったパートナーも引き継ぐ形で結婚したことを語った。
そしてクラスアップして半分以上が神族として覚醒したためこれ以上歳をとることはもちろん、とんでもない長さの寿命を持ってしまったこと。体もそのように体質が変化してしまったこともエルナに語った。
「じゃあリリス様とやらも神様なのか」
エルナの言葉にリュウは頷いた。
「完全な神族は聖域以外ではその身を下界に下ろすことはできないんだ。この城全域は聖地と化し三階は聖域となった。今の俺は半人半神で完全な神族ではないからこうして皆と顔を合わせ、暮らせられるのも事実だ」
「………だが、結婚を義務からしたというのか?」
エルナのその言葉にリュウは反論してきた。
「それは違う。義務でも強制されたわけでもない。俺の意志だ。……大切な人なんだ」
「……………。後悔していないならいい。私が挟むことではないな」
エルナはリリスというリュウの伴侶が羨ましく感じた。
「……あってもらいたい人もリリスの事なんだ」
「なぜだ?」
「リリスが姉さんに会わなければならないんだと言っていたんだ。理由があるみたいだが教えてはもらえなかった。とはいえ、なんとなく理由は分かる気がするが追及はする気はない。二人の私情だろうからさ」
「そうか」
「会ってくれるか?」
「ああ」
「ありがとう、姉さん」
リュウはそう言ってエルナの頬にキスをしてきた。
「な!」
されたことにエルナは驚き真っ赤になった。
「他意はないよ。俺からの祝福。それないと三階にははいれないからな」
「そ、そうか」
「リリスが三階で待ってるから早く行ってやってくれ」
「お前は一緒じゃないのか?」
リュウは首を横に振った。
「二人きりで話したい事だそうだから来るなってさ。ここでのんびりしてるよ」
「そうか」
エルナは納得してソファから立ち上がる。
あまり三階には足を踏み入れたことはないエルナだったがそれでも以前とは違う空気に包まれていることは実感できたのだった。
三階の扉を開けると不思議と室内がリュウの気配で満たされている感覚がのぼる。
扉の向こうにはソファが備えられていてそのソファに金髪の女性が慣れた様子で座っていた。
気配を感じたのか背後にも関わらずエルナに声を掛けてきた。
「来たな。エルナ=マリノス」
座ったまま軽くエルナを見てさらに声をかける。
「長い話になる。正面に座ってくれないか」
言われるままにエルナは正面に回り座る。
「貴女がリュウの正妻のリリス神様か」
「そうだ。しかし、不思議なものだな。目の前に自分の依り代が座っているというのは」
「………依り代……?」
「そうだ。お前には感謝している。私はリュウが生まれた時よりお前の目で、お前の体でずっとリュウの成長を見守ってきた。例え表に出られずともすぐそばで見守れることを感謝していた」
「…………………」
エルナは驚き声も出なかった。
リリスはさらに続ける。
「あまりにも長く依り代として使っていたせいもあるのだろう。お前にも影響が出た」
「影響?」
「ああ。姉以上の思慕がお前に刷り込まれてしまったのだ」
「………それではあの想いは……」
「ああ。私の想いが伝播してしまったのだ。君を呼んだのは他でもない。その不必要なその感情を引き取るためだ」
「だが、それだと姉としての感情はどうなる?」
「心配はいらん。愛情と信頼は別物だ。それは理解できような?」
「しかし……」
「こうは思ってくれないか。君のその想いは私が引き取り私の想いと共に混じり成就すると」
「記憶も信頼もなくならないと?」
「ああ、元に戻ると考えてくれ。姉としての感情だけが残る」
エルナは少し考えたが、今の自分では決して成就することはない想いなことにも気がついていた。
婚約を結んだ彼にも誠実にならねばならないのならば、引き取ってもらったほうが良いとの結論が出た。
「わかった。別の男と結婚を決意した身だ。この気持ちは邪魔になる。引き取ってもらえるならば嬉しい」
「すまんな。迷惑をかけた」
「いえ」
リリスはそう言って指先をエルナに向けた。
ほんのりと指先が淡く光る。
するとエルナの全身も淡く白く光った。
その輝きは指先の輝きと繋がり、やがてエルナの輝きは指先に吸い込まれるようにして消えていった。
「婚約者の名は何と言ったかな?」
「マリオ=ヴェルデ。それが婚約者の名ですが?」
「………マリオ……ね。彼とならばお前も幸福になれるさ」
「?」
「私の依り代である君がこの世界でもいるように彼もまたこの世界に居たのは望外の嬉しさなのだ」
リリスは冷めきった紅茶を口に含んだ。
「私にとってリュウは二人目の伴侶だ。一人目は病でその命を散らしたが今でも後悔はある」
「後悔…?」
「ああ、一人目はマーリンといってな。私以上に我が強くて私でなければ誰とも伴侶に迎える気はないとまで言い切った。心の強い男だった」
エルナはその言葉に既視感を感じた。
マリオも自分とどうしても一緒になってほしいと譲らなかったことと同じだと思った。
「彼のその心に負け、私は彼と伴侶になった。だがな、かれは伴侶になって間もなく不治の病をその身に持ってしまった」
「それは………」
「病床中、残念がっていたよ。私に似た我が子が欲しいと口癖のように言っていてな。何度か頑張ったが結局、子は持てなかった。それだけが心残りだった」
「…………。リュウは知っているのか?」
「自分が二人目という事は承知していることだ」
「そうか」
「君の婚約者マリオといったか。彼はマーリンの依り代だった男なのだ」
「え」
「だからこそ、君に私の願いを託したい。彼と子を持って欲しい。もう、君にしかできないことだから……」
エルナは頷いた。
エルナはお互いがお互いの願いを叶え合うという不思議な関係に納得していた。
その後、エルナはマリオ=ヴェルデと結婚しそれを境に騎士としての自分に見切りをつけ、後輩の育成に尽力するため騎士学校の教師となった。
そこでも騎士としての能力と実績が物を言ったのは言うまでもない。
マリオとの間には男女それぞれの子を授り充実した毎日を送ったという。
新作小説をこの外伝と同時に公開します
https://ncode.syosetu.com/n1504hq/
タイトルは予告通り
RE・VERSE
かなり難航しています




