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思いの外、俺は疲労が蓄積していたらしい。
当然といえば当然で神界では危うく死にかけたのだから体が休息を欲していたようだ。
目が覚めたときは昼過ぎだった。
「……ん………」
大きく伸びをしてベッドを出ると目が覚めたことにタテが気付き、そっと部屋に入ってきていた。
「お目覚めですか」
「ああ、自分が思っているよりずっと疲れていたようだ。やっと体調がよくなった気がするよ」
「それは良かったです」
おれは夜着から部屋着に変えて二階に降りる。
直行するように食堂に入ると昼食時ということもあり見慣れたメンツが揃っていた。
それを見て俺はやっと帰ってきたと実感したのだった。
「随分疲れていたのね」
言ってきたのはリナだった。
だが初め俺は誰だか分からなかった。
「……………………。リナ?」
リナは頷いた。
「変?」
俺は即横に首を振った。うっかり笑みが浮かぶ。
「見違えるほど綺麗になった」
リナは黒髪の黒目で前世とほぼ変わらない色素だが前世のような短髪ではなく肩先まで届く真っすぐな髪が印象をかなり大人びた印象になっていた。
その俺の言葉に気をよくしたのだろう嬉しそうにはにかんだ。
「ならいい……」
奥の上座の椅子に座ると侍女がスープを出してきた。
ほんのりと温かい湯気と良い香りが鼻をくすぐり空腹を訴えてきた。
「城が一番ほっとするよ。帰ってきたって実感できる」
俺は一口、口に含んだ。
喉の染み渡るように温かいものが落ちるのを感じた。
神界では収納されていた食事でほぼ済ませていたが簡易的なものの食事がほとんどだったので温かい食事は夕食会以来だった。
「それはよかったです」
「キバか…」
「フィニアス様がご帰還と知って午後よりお見えになるそうですので玉座においでくださるよう要請されております」
「何かあるのか?」
「魔導国との国交の件でお会いしていただきたい方がおられるそうです」
「……そうか。準備を任せてもいいか?」
「もちろんご用意いたしております」
おれはしっかり昼食を取った後、玉座での執務を終えてリビングにくつろいでいた。
「リュウ様」
「どうした?」
「向かわれていた神界でなにかおありでしたか?」
「……どうしてそう思うんだ?」
そのキバの声に俺は視線をキバに向けた。
「リュウ様の体調は全て把握していると自負させていただいおります。ご帰還時より生命力が落ちておいでですので気になりまして」
「ああ……。やっぱり回復していないか…」
「理解しておいでですか」
「まあな、体力は戻ったが生命力となったらそこまでは回復していないのも仕方ないな」
「何かありましたか」
同じソファの横に座っていたクリス達が注視していた。
それで皆が気になっているのだと気がつく。
「神界でちょっとした事故があってな。危うく死にかけたからそのせいだ」
「え」
「死にかけたですって?」
「あ、ああ。心配いらん。もう完治している。ただ生命力だけがなかなか回復していないだけだ」
「それならよろしいのですが…。ただ、お身体が以前よりも変化しておられるような気がするのですがそれは?」
「ん?変化か。それは恐らく神界に行ったせいだろうな。体が少し神族化しているのだろう。徐々に変化するかもしれんがそれはもうどうしようもないことだ」
「そうですか…」
「……………せっかく全員そろっているから伝えておくことがある」
クリスが俺の服を握ってきた。不安になっているのだろう。
そっと頭を撫でる。
「おれはこれ以上歳をとることはない。今は覇王として表舞台に立てているがじきにそれも難しくなるだろう」
「はい」
「おれはな、今回神界に行かなければならなかった理由がある」
「理由?」
「ああ、あまり詳しく話せないが神界にはアルフの父君と母君がいてな。俺の神族としての親に当たるかの両親は神界を統べる宗主として存在している」
「王という事かの?」
俺は頷いた。
「俺は今回、神界に行ったのはリリスに乞われてということもあるがそれ以上にいずれ俺は完全に神族化して父君の跡を継がねばならなくなるという事だ」
「それは…」
「今は半人半神の身だから未成人扱いされているからこうして戻ってくることができた。それ以上に人としてのしがらみがあることも理解してくださったから猶予もいただいた」
「兄さん…」
一同は黙って俺の言葉を待っているのを感じだ。
「おれはここにいる。この城が俺の住処だ。幸運にも三階が聖域化したことで完全に神族化してもこの城に居られる」
「そうなのですか?」
「ああ。聖域だけは神族が、神が下界に居り滞在できる唯一の場だからだ」
隣に座るステラも見た。
その視線をその横にもたれるように立つリューイを見て、正面のリナからリナの隣のエリーゼに向けリナたちに背後に立っていた海たちを見て笑った。
「俺はお前らが俺を必要としてくれる限りここにいる。だけどな、お前らはこの城にいることができても子供たちはそうはいかない」
「あ…」
「そうじゃの…。子供は親から独り立ちするものぞな」
俺は頷く。
「何よりもおれは完全に神族化したときこの城の出入りは基本禁じるつもりだ。この城に仕える者たちも全員が俺の使い魔である以上、神族化すると人に戻り繋がりは切れる。彼らにも選択肢がある。人に戻り城を出てイグニアや他の街で暮らす選択と使徒や天使となり俺に永劫仕えるという選択肢だ。それは既にキバに伝え、選択の覚悟をするように伝えてある」
「リュウ様…」
「この先、お前たちがどんな選択を行いその城に残っても俺はここにいる。神族としての死もあるが人にくらべれば恐ろしく長い時だ。おれはお前たちと共に傍にいることはできる。だが一緒に老いて死ぬことはできない。それは理解していて欲しい」
「リュウ…」
「妾よりも先に死ぬことはないのじゃな…」
「ああ」
「私たちがこの城に死ぬまで居るといっても傍にいてくださる?」
「もちろんだ。お前らは全員、俺の大事だからお前らが必要としてくれるなら側にいる」
「兄さん……」
「海たちも、地球に、日本に戻りたいというならリリスに下ろしてもらうことができる。彼女は地球の神だからな」
「地球の神…」
「いつまでも一緒に傍にいられるとは限らないから目標を、自分の幸福を見つけろ。この世界でも地球でもいい、選択はみんなの自由だ。それを頭に置いておいてほしいと思った」
「いつまでも一緒ではいられないだろうことはわかってるよ。でももう少し兄さんの傍に居たい」
「そうか、居たいだけいればいい。だけどな、おれにとって地球は俺の作った世界じゃないからリリスと同じで、基本出入り自由だ。物理的な存在として長くは居られないが、それでも海たちが地球に帰っても会えないわけじゃないことは覚えておくといい」
「それって…」
「物理的に居ようと思うと聖域しか降りれないが地球は聖域だらけなんだぞ。知らないだろ」
「どうして聖域だらけ?」
「リリスが都合のいい場所を頻繁に聖域化するせいだ。あっちは使徒も多いしな」
「そ、そうなんだ…」
「ただな、お前ら異世界の者たちは異世界の時間で生きてる。どの世界に居ようとも地球の時間で生きているからこの世界で生きると決めてもこの世界と地球の時間は誤差がある以上ここではそう簡単に年は取らない。この世界のヒューマからすればヒューマなのに年を全く取らない化け物扱いされるかもしれない」
「そうなの?」
優美が聞いてきた。
俺は頷く。
「お前たちが年を取っていないように見えるように地球の時間もさほどの時間は経っていないだろう。異世界人が道具扱いされていた理由もそこにある。生きる時間が違うものは排除されてしまう。それは俺も同じだ。だからこそ俺としてはお前らの正常な時間軸にいて欲しいと思ってる」
「地球に帰ってほしいというんですか隆さん」
優美が言った。
「……そうだ。辛いことだがお前らの事を考えると地球に帰るのが一番の幸福な気はしている」
「…………」
「満足するまで居ればいいさ。でもお前らの将来を考えたとき異世界で生きるより明確な場所がある地球のほうが将来を考えやすい。何が自分にとっていいのか自分の心と決めろ。残るのが帰るのかをな。その選択をするのに協力はいくらでもするから考えてくれないか」
「おれは日本に帰る。帰れるというなら向こうで刑事になるのが俺の夢だ。でも一緒に帰るなら一緒に帰りたいかな」
覚は言い切った。
「そうね。私も覚と同じ意見で帰りたいかな。夢は向こうでの夢だからここで叶えても叶ったとは言い切れないもの」
麗奈が言った。
そんな麗奈と覚を見ておずおずと言い出したのは優美だった。
「………私は隆さんの傍に居たい。でもこの世界で知り合った人たちが先に老いていくのは見たくない。自分も一緒じゃなきゃ意味がない。帰るのが最善なことはわかっています。両親もきっと心配しているはずだし…。でも私は………」
「優美…」
「私には向こうで一人は、隆さんがいないのはもう嫌なの。めったに逢えないのならせめて心の支えが欲しい。私はそれがあれば向こうに帰っても頑張って生きられる。生きて見せるから…」
「支え?」
優美は頬を少し染めて言った。
「……………隆さんの子が欲しい……。そうすればきっと私は大丈夫…」
俺はさすがに驚いた。
優美が欲しがるとは思っていなかったからだ。
「…………この世界のリュウさんじゃない隆さんの子供が……だめ?」
「……いや、子を作るのかかまわないが…、向こうに帰ればお前たちはまだ学生だ。そんな状態で子を作りたくない。不幸が目に見えている」
「あ…」
「それにな。ここだけの話だが前世の工藤隆は子は作れない体だったんだ…」
「え?」
その言葉に驚いたのはリナだった。
「子供が作れない…体?」
「ああ、魂の比重の関係で転生することはできたが子を、人を作る機能はあの体では無理があったんだ。何しろ神の魂を受け入れる体は基本ヒトには無理があってな。神の魂の器には準備がいる。この体はイヴが数世代をかけて作りあげた器なんだ。しかも異世界となると異世界神の許可と準備がいるから子は作れない体になる」
「じゃあ、前世ではどんなに頑張っても子はできなかったと…?」
「ああ」
「隆さんの子は持てないの…ね」
「……………………」
俺はふと思ってしまった。
このまま誤解させておくほうが良いのではないかと。
だが同時に優美の希望が無くなったとばかりの酷い落胆に俺の良心と心が否定した。
「そんなことはない。子が作れない器というのは前世の話であってこの器の事ではないから転身で姿を取る際に完全転身しなければいいだけの事だ。転身スキルはあれでも遺伝子から転身するから取った時の姿の子ができる。竜人であろうともエルフであっても過去の姿でもそれは同じなんだ」
「ああ、だからわらわとの時も竜人じゃったのか…」
「私との時も…?」
リューイとフローラが聞いてきた。
俺は頷く。そんな俺に聞いてきたのはリナだった。
「それって、私がこの世界で前世の隆の子を持つことができるということ?」
「物理的には可能な話だ」
「…………。初めての子は隆がいいな。香里菜の夢で願いだったから隆の子を産んで育てるのは…」
「……リナ……」
「だから私にも優美のことは理解できるの。大事な人の子は何よりもかけがえのない宝物になる」
「優美が兄さんの子を持つのなら俺にもそれは支えになる。帰っても兄さんの子を叔父として守れるなら俺は……兄さん…」
「お前ら……」
「兄さんの子を守らせてくれないか…」
「………だが…」
「学生で気になるなら俺らが成人した後でいい。向こうの聖域で兄さんが来れるならその時でもいい」
「うん。リュウさんが来るまでにきっと周囲を説得して見せる。だから!」
優美のその強い目は初めて見た俺だった。
「…………。言っても聞かないな、お前ら……」
海と優美は同時に頷いた。
おれはため息を一つ付いた。この二人は変なところで似ていて決めたことは引かない強情さがあった。
「向こうの世界での事にはリリスの許可が居る。特に神の子となればなおさらだ」
「神の子…?」
「向こうでお前らの成人を待つ。それはいい。だが問題なのは向こうでの3年以上の経過はこの世界では3百年にも相当する。それだけの時間経過は俺を神族にならしめている可能性が高い。今でさえも半人半神の身で、この世界でもこれから生まれてくる俺の子は全員神の子になる。許可は必須だ。お前らがリリスの説得をしてみろ」
「説得に成功したら子供をくれますか?」
「ああ」
「約束だよ、兄さん!」
「お前らが言いだして決めたら俺が何を言っても聞かないだろが…」
「隆さん、まさしくその通りですよね。こいつらもう引きませんよ」
覚が呆れた。麗奈も頷く。
「こうなっちゃったらもうどうしようもないわよね…」
その日の夕食はリナと母エリアーナの合作が出てきた。
久しぶりに全員そろったということもあるのかリナはこの日のためにエリアーナと厨房を借りて俺のために料理を作っていたらしい。
異世界の食事情は地球とは違うのでそのすり合わせをエリアーナと一緒にやっていたという。
二人の仲は同じ料理を趣味に持つだけあり意気投合したようだ。
元々香里菜は料理人としてプロの資格も持っている経歴があるほどの料理好きである。
ジェフたちも教えられることがあると言い厨房のコックたちとうまく付き合っているようである。
本当に香里菜の手料理は久しぶりなので嬉しかった。
その夜はリナを招き、彼女の願い通り隆となって、それぞれの想いを吐露するように夢中になってお互いを貪った。
リリスがくれた数日間は数日かけて側室たちやフィニアスの執務に付き合い充実した数日を過ごした。
その数日間の間にちょっとした変化もあった。クリスの姉の結婚式が行われたのだ。
予てより居た婚約者の宰相の息子を王家に迎える形で結婚したのだ。その招待をクリスから聞かされた上でフィニアスが招待の使者を受け取っていたのだ。
数か月前から決まっていたらしく転移魔法とゲートもあるのでフィニアスが気を利かせて報告をずらしたらしい。
早々と行われたのにも理由がある。
姉エリス殿下の体には子がいるという。
先天的な魔力の傷は治したものの虚弱体質に変わりはなく容態を気にしての事だった。
治癒師の話ではエリス殿下の体が出産に耐えられるかは半々だという。
その為、早々に相手の婚約者との結婚が決まったのだ。エリス殿下が耐えられるか子が無事かは予断を許さないとのことである。
その事情もありクリスには早く俺の子を産んでもらいたいという父の国王からお願いされてしまったという。
そう言った事情もありクリスにも子作りの準備に入る必要があった。
ちなみにリリスが降臨してくる前日に妊娠の疑いがあったエリーゼの懐妊は事実と治癒師たちによって報告された。
リューイの里帰還はリリスとの面会後にするとリューイが言っていたので俺の周囲は刻々と変化を遂げていたことを実感することになった。




