外伝 母の戦い
この外伝はしばらく前から暖めていたものでなかなか話が出来上がらなかった外伝でもあります。
この外伝は軽く8章と関わりがあります。
母の戦い
ヴェリアス王国の王都最大の教会に三人の男女が二人の子を連れて訪れていた。
王都最大の教会ということもありその教会は厳かな空気と共に聖なる力に満ちていた。
そして何よりも豪華絢爛であった。
その三人の男女がそれぞれの子供を連れてその教会に訪れたにも理由があった。
二人の女性は一人の男性に連れられて教会にやってきた理由こそ一目で見てもわかるほどにお腹が大きく膨らんだ女性が一人いた。
妊婦だった。
明らかに臨月間際な彼女のその腹は歩くのもつらそうな足取りだった。
子を産む場は大体において教会か救護院と決まっているからだ。
彼女らは夫婦で旅の冒険一家でもあった。
本当ならば彼女らはもう少し先の街の小さな救護院で出産予定だったのだが予定は未定とでもいうのか腹の子が思うよりもずっと早く陣痛が起こってしまったため急遽滞在していたこの王都の教会での出産と相成ってしまったのだ。
丁重に教会の僧侶たちに出迎えられた一行に僧たちは慣れているのか早々に妊婦の彼女を専用の部屋に通された。
「エルド、エリアーナは私がついているから子供たちを頼む」
エルドと呼ばれた男は頷いた。
「大丈夫、エルナやエリックは疲れていたらしいから別室で寝ている。心配はいらんだろ」
かなり夜も更けていたせいもあって幼い十歳のエリックや七歳になったばかりのエルナはとっくに夢の住人と化していた。
本来ならばこの街を出ていたはずの一行が再び戻ってきた理由も陣痛のせいであった。
「エルドさんごめんなさいね。私のせいで…」
「気にする必要はないさ。それよりもこれからが大変なんだから俺たちの事は気にするな。元気な子を産むことだけを考えてくれ。君らの命のほうがずっと大事なんだから」
「ええ」
エルドはそっとエリアーナの手にキスを落とした。
「安産の祈りを捧げてくる」
「私たちの分も頼むな」
「もちろんだ。マリーナ、エリアーナを頼むよ」
エルドはそう言ってマリーナと呼んだ彼女の頬にキスを落とした。
そうしてエルドは教会の祭壇の間に入り静かに安産の祈りを捧げていた。
祭壇に居た司祭も理解していたのかその祈りを同じように捧げていた時だった。
司祭の背後にある女神像に輝くばかりの光が立ち上がっていた。
さすがに女神像の異変に司祭は気がついた。
追ってエルドも気がつく。
「………!」
「…………。まさか神託…?」
エルドはこの女神像の輝きが自分に向けられていることを直感で気がついた。
頭に声が響いた。
【今宵産まれくるそなたの子は大いなる力を持って生まれる。大切に育てなさい。名をリュウと名付けなさい。よいですね…】
女神像の輝きはその声と共に消えていった。
司祭はさすがに驚いていたが輝き以外に何も起きなかったと判断したのか祈りが聞き届けられたのだとエルドを祝福した。
司祭の祝福に礼を言って子供らの寝静まる一室に入る。
少し整理をしたかった。
神託…。大いなる力を持って生まれる…といっていたか……。
その神託を受けて彼の頭には一つの予感があった。
生まれてくる我が子は覇王ではないのかと。
子の母であるエリアーナは覇王の末裔だ。それも本流ともいえる血筋ということはエルドもマリーナも十分すぎるほど理解していた。
先に生まれたエルナも生まれたときは気をもんでしまったエリアーナがいたのだ。
覇王の末裔ということでエリアーナはその人生において散々振り回されてきた。
一家で冒険家業に身を落としているのもひとえにエリアーナの身元という事にも理由の一つだからだった。
自身が持つ聖印のせいで振り回されてきたため、エルナに聖印がなかったことに心から安堵したエリアーナを見ていたエルドは神託を受けるほどの力を持つという我が子を想った。
名をリュウと名つけよと言っていたな……。ということは男子ということか
三人で考えていた名、エドウィンかエリーナという名が付けられないことに残念に思ったエルドだった。
しばらく悶々と考え込み二人の我が子の寝顔をみつめていると部屋の外がやたらと騒がしくあわただしくなっていることに気がついたエルドは確信をもって部屋を出た。
エリアーナたちがいる部屋の前にまでくるとやはり出産が始まっていたらしくエルドはすることもなく入ることもできず部屋の前で立ち尽くす結果となった。
何時間部屋の前でうろついていただろうか。もうじき深夜という時刻になって部屋の扉が開いた。エリアーナたちが専用の病室に移動するのを見届けた後、エルドも移動した。
部屋に居た僧侶の一人がエルドに声をかけてきた。
「部屋にどうぞ」
エルドは頷き部屋に入ると疲労感を漂わせていたエリアーナと傍にマリーナがいた。
僧が一人、腕に布にくるまれた子供を抱いていた。
赤黒い肌で生まれたばかりというのがわかるその小さな子供は頭部に黒い頭髪をのぞかせていた。
エルドはその子供を受け取る。
僧はそのまま部屋を出て行った。室内には三人と赤子が残される。
その子供の握られた小さな掌の細い手首にはくっきりと聖印が刻まれていた。
「エリアーナ……。頑張ったな。ありがとう…」
マリーナとは反対側に立つとエリアーナの頬に手を寄せた。
「エルドさん……。私………」
エリアーナの様子から聖印を確認してしまったのがありありと理解できた。苦しい顔をしている。
「大丈夫。何があってもこの子は俺たちの子だ」
「男の子だそうだから名前はエドウィンかな、エルド?」
「いや、実はな……。安産の祈りを捧げていたら神託を受けた」
「え」
さすがにマリーナとエリアーナが驚いた。
「神託…?」
「ああ、名はリュウと名つける。イヴ神からの直々の命名だ」
「それって…」
エルドは生まれたばかりの赤子に鑑定を使った。
リュウ=マリノス
ヒューマ 賢者1・王者1
HP=50
MP=10
力=2
素早さ=1
集中=2
魔力=100
特技〈封印 LVMAX〉
呪文〈封印 LVMAX〉
スキル〈鑑定・図鑑・道具収納EX・封印 LV9〉
固有スキル〈覇王の末裔・以下封印LVMAX管理者の福音・管理者の祝福〉
鑑定画面の最後に状態異常の注意が出ていた。
「生まれたばかりなのに職があるわ。それも二つも…」
職業は本来、成人の儀を執り行ってから現れるものでそれまでは未成人の意味を持つノーマル表示なのだがこの赤子は違った。
「しかも賢者とは…。でも王者…?」
マリーナが驚いていたがもう一つの職に聞き覚えがなかった。
「ほぼすべてに封印とあるな…」
エルドは状態異常の注意書きを読んだ。
〈身体未成長につきオーバーフロー状態。人格記憶封印中LV10。全記憶常時抹消中〉
その状態異常を読んでエルドは驚くしかなかった。
「全記憶抹消…?」
「どういう事かしら…」
「記憶することができないってことか」
「え、覚えることができないってこと?」
エルドは頷いた。目を瞑って眠る我が子、リュウの小さな頬を触りつつもその柔らかな感触が生きていることを実感させた。
「………たとえこの子が普通の子供でなく心の成長ができない子だとしても、伝説の覇王だとしても俺たちの子に変わりはない」
「伝説の覇王って……」
マリーナは息をのんだ。
「聞いたことがある。伝説の覇王様の職は王者だったと」
リュウが生まれて半年ほど経った。半年の間、一家は王都に滞在していた。
王都の一角に小さな一軒家を買い、細々とエルドの冒険者としての収入で暮らしていた。
なぜ王都に滞在していたのかといえばリュウが生まれたからである。
首の座らない赤子を連れての旅ほど危険なものはないからだ。旅をするにしてもリュウがある程度育たなければ移動できなかったからだ。
だが、生まれてから時間が過ぎるほどにリュウの異質さが際立ってきていた。
生まれて間がないころは恐ろしいほど夜泣きもなく親思いの良い子に見えていたのだが時間が過ぎるほど人格記憶封印の恐ろしさが際立ち始めていた。
空腹であっても泣いて訴えることもないのである。また自発的に動きもないので育ちも変化があまり起きなかった。
目を覚ましていても身動き一つしないので管理が必要だった。
おおよその赤子とは程遠い子供だった。
そんな王都での生活が過ぎるころ王都周辺で魔物が大発生した。
周辺の魔物とは一線を画す見たことのないような魔物が大量に王都に向かってやってきていた。
いわゆるレイドと呼ばれる魔物大発生だった。
百年に一度起こるかどうかの現象だったが問題はそれが王都に向かっているというレイドにしてはおかしな現象だった。
王都は避難や逃げ支度をする民衆や貴族たちで荒れていた。
そんな中、一家といえばリュウの首も座り落ち着いたこともあって王都を離れる決断をしていた。そんな中レイドが起こったのである。
エルドが子供たちを乗せる馬車を用意して帰宅してみるとマリーナが慌てるようにエルドにすがってきた。
馬車と馬は元からエルド達が持っていたもので知人に預けていたので引き取ってきたのである。
小さな家の小さな庭に隠すように引き込むエルドは珍しく慌てているマリーナを落ち着かせるように声をかけた。
「落ち着け、何かあったのか?」
「エリアーナとリュウの姿が見当たらないんだ!」
「!」
少し前にさかのぼる。
エリアーナはマリーナたちを連れて移動のための食料を調達するのに出かけていた。
そんな中、エリックが迷子になってしまった。
その迷子というのはよくあることなのでいつものようにマリーナが探しに行っていた時だった。
エルナを引き連れてマリーナはエリアーナをいつもの噴水広場で座らせて待たせていたのだ。
迷子になっていたエリックを見つけ戻るとそこにエリアーナは居なかった。
エリアーナはリュウを連れていたのでここで待ってると伝言していたのでその場を離れるという選択肢はない。買った食料もあったのだ。
マリーナが戻ると買った食料はその場に置かれたままエリアーナたちだけが居なかった。
あまりにも不自然すぎた。
エリアーナが持っていた鞄だけが散乱しており明らかに争った跡があったというのも理由の一つだ。
「連れ去られた…?」
「かもしれない」
エルドはこんなことも想定しているのでエリアーナには追尾式の居場所を教える魔道具を渡していた。
家からその探知魔道具を取り出し起動させると反応があった。
「エリアーナは王都にまだいるようだ」
エリアーナが連れ去られてから幾分時間が経っていた。
というのもエリアーナがいなくなったのは昼である。一方でエルドは帰宅が遅れ日の沈み掛けた頃に帰宅したので王都に居ない可能性も考慮していた。
反応は町はずれにあった。
装備を整え、エリックたちを家から出ないように厳命し鍵をかけ結界を張る。
日も暮れようという時刻、エルドとマリーナは反応のあった場の近くにまで来ると目標の場からおかしな光が漏れ出した。
その光は瞬く間に広がり、王都すらも覆いつくした。
エルドはその光から神聖な力を感じ取った。
その光は王都の外に居た魔物の大群すらも消し去ってしまうほどの光と威力があった。
茫然と立ち尽くしていたエルド達は目的の場にある建物に到着すると突入するか思案しているとその建物からあわただしい争いの音が聞こえてきた。
エルド達はどさくさに紛れて建物に侵入すると建物の中に居た者達は倒されているものがほとんどだった。
「なにが……」
「エルド!」
マリーナが声を荒げた。
前方からヒトの気配がしたからだ。
マリーナが剣を構える。
角から男が現れマリーナたちに気がつき声を荒げる。
「新手の侵入者か………が!」
マリーナに向かってきたその男はいきなりうめき声をあげて昏倒した。
男の背後から黒い髪の黒い仮面の男が男を剣らしき武器で昏倒させたのをマリーナは目の前で見てしまった。
「…………」
仮面の男はマリーナを警戒していた。
同時にマリーナは目の前にいるこの仮面の男がかなりの手練れなことに気がついていた。
この男……デキる!
目の前の仮面の男の得物を見ると変わった見たことのない形の剣を持っていた。
マリーナと仮面の男が相対しかけたとき仮面の男の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「マリーナ!」
「……………。エリアーナ?」
さすがにマリーナも驚いた。遅れてエルドがマリーナと合流してきた。
「…………!」
仮面の男は驚いたようだ。
「大丈夫、向かえよ」
仮面の男の後ろから見知ったエリアーナと腕にリュウの姿も見えた。
仮面の男はエリアーナの言葉に警戒を少し解いた。
「エリアーナ、無事だったか!」
「ええ、彼のおかげで助かったわ」
「ここはまだ危険だ。外に出るのが先だな」
仮面の男はそう言ってエリアーナの後ろの男を武器で倒す。
エルド達は頷いて建物から脱出した。
安全そうな場所まで逃げてくるとほっと一息入れた。
遠巻きに立って周囲を警戒している仮面の男を見つめた。
「エリアーナ。かれは?」
「分からないわ。でもこの子が危険を感じて何処からか召喚したみたい」
「リュウが?」
エリアーナは頷いた。
「どうも誘拐犯は私じゃなくてリュウが目的だったようなの。あの建物に連れてこられてすぐにリュウを奪われてしまって…奪われて引き離されて気がついたらあのおかしな光に晒されたんだけど気がついたら彼がリュウの傍に立っていたのよ」
「妻を救ってくれたことには感謝しよう。だがなぜあの場に居た?」
「……………。その子供の力に共鳴して引き寄せられただけだ。だがあの一味にも用はあったから用事ついでだ」
男はそう言って空いていた掌をエルド達に見せた。
そこには記憶を記録する魔石があった。
「それが目的だったと…?」
男は頷いた。
「用は済んだのでな。失礼させてもらう」
男は踵を返してエリアーナたちから離れだす。
エリアーナは何を思ったかエルドにリュウを預け男の腕を掴んだ。
「……!」
「行かせないわ」
「何の真似だ?」
さすがに男は驚きエリアーナを見つめる。
「行かせないわ。リュウ君」
エルドはさすがに驚いてエリアーナを制止する。
「エリアーナ、何言ってる?」
そんなエルドの声にエリアーナは耳を貸さなかった。
「…………おれはリュウとやらではない。人違いだ」
エリアーナは首を横に振った。
「私がリュウ君を間違えるはずはないわ。貴方は私のリュウ君よ。実の息子の匂いを間違える母親が居るものですか!」
「………あんたの息子はあっちにいるだろう」
「そうね…。でも貴方もリュウ君よ」
「エリアーナ……。確かなのか?」
マリーナが息をのむように伺っていた。男をジッと観察して何か納得していた。
「ええ」
エルドのその質問にエリアーナはきっぱりと言った。
「そうだな、その男からリュウの気配がする」
マリーナが同意してきた。
そのエリアーナの態度に男は小さくため息をもらした。
頭を掻きむしるように掻いた。
「母親の勘というものを侮っていたな………。救うだけ救ったら帰るつもりだったのに…」
「……!」
男は仮面を顔からはがした。
そこにはエルドそっくりな目鼻立ちとエリアーナ譲りの碧眼が現れた。
赤子のリュウが成長すればこんな顔立ちになるだろう顔がそこにあった。
エルドもマリーナも驚いた。
「どうして……」
「どうして、といわれてもな」
リュウは頭を掻いた。
「………さっきの奴らに関わることだ」
「誘拐犯か?」
エルドのその言葉にリュウは頷いた。
「さっきの奴らはある国のお抱えの術師でな。何処からか俺の誕生を聞きつけてレイドを誘発した隙に誘拐して自分らの思うように育てようとしたんだろうな。操りの術をこの時代の俺に刻んだんた」
「なんだと!」
エルドは抱えていたリュウを見た。
腕の中のリュウはすやすやとよく眠っているだけだった。
だがエルドの鑑定をもってしても発見できなかった。
その所作を見て声が掛けられた。
「この時代の俺にかけられた術を見つけることはできない。なにせ人格封印中だからな。無効化しているのと変わらん」
「それじゃ…リュウ君にも……?」
リュウは頷いた。少し力を入れると額に魔術文様が現れた。幾何学的なそれは害をなす魔方陣ということだけはエルドにも理解できた。
「この操りの術を消そうにも俺の時代には術者もろとも陣自体が抹消されていてな。手がかりが全くなかった。だから共鳴を手がかりにこの時代にタイムリープして術者の記憶ごと頂いたわけだ」
「じゃあ、さっきの光はお前が?」
リュウは首を横に振った。
「俺じゃなく、この時代の俺だ。危機に本能的に反応したんだ。………そろそろ離してくれ。時間がないんだ」
「時間?」
「帰還時間がせまってるんだ」
それを聞いたエリアーナは腕から離れた。見届けたエルドは一つだけ聞いてきた。
「人格封印は解けるんだな?」
「もちろん、身体的に成長すれば自然に解ける」
「いつ解ける?」
「……………。10歳の誕生日に」
「……十年後という事か」
彼がうなずいたのでエルドはホッと安堵した。
「マリーナ義母さんにあえて少しうれしかったよ」
「私か?」
リュウは頷いた。
「俺が覚醒したときにはもう会えなかったからさ」
「あえない?」
「ああ、家族が会えない理由はいろいろあるけどマリーナ義母さんとは俺は会うことは二度とない。それを思うと悲しいとけど、最後はとても満足していたとエリック兄さんから聞いたからな。聞いていた通りの人のようだし嬉しかった」
俺は自然と笑みが浮かぶ。
「父さんも母さんもマリーナ義母さんを大事にしないと後悔するからな。それと、これからかなり俺で苦労すると思う。なにせ人格封印中で生きた人形同然だから育てるのが……ね」
「リュウ君……」
淡く光が彼を纏いだした。
「何もできないから、これ以上辛い物はない。母さん、ごめん」
その言葉を最後にリュウは光に包まれるようにしてその姿が消えた。
その後エルドはあの光が自分の仕業ということになってしまい、貴族位を貰う事となり、その後の王国の混乱を静めた。一家は王都の買った一軒家はそのまま持ったまま、辺境の領地へと引っ越した。
そしてヴェリアス王国で知らぬ者のない救国の宰相と呼ばれるようになった。
次回投稿は最終章 魔王と神 です。




