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西空零司

 正宗の悪事が明るみとなり、連日そのニュースで持ちきりだった。

 五十嵐は殺人未遂及び死体遺棄幇助の罪で逮捕され取り調べ中だ。正宗の悪事について知らぬ存ぜぬを通しているらしいが、それも長くは持たないだろう。

 さらに、警察の取り調べで佐々木が高橋を轢き殺したことを自供した。動機は五十嵐に金を積まれたから。高橋を轢き殺した車も、五十嵐が準備したものらしい。近々、五十嵐の罪に殺人教唆が加わるだろう。

 和水二葉と三郎は海外へ逃亡した。逃亡資金の出所は、あの隠し部屋にあった金で間違いない。懸命な判断だと思うのと同時に、彼等の身勝手さに憤りを覚えた。

 ジョナサンは再び行方不明になった。ジョナサンを見つけたら正宗の財産を受け取れるという噂が流布し、金の飢えた亡者どもが血眼になって探しているが、未だ発見されていない。

 彼女は何処へ消えたのだろうか。


「よ!」


 人気のない校舎裏で物思いにふけっていると、何処からともなく高橋が現れた。


「……あんたまだ成仏してなかったんですか?」

「何だよ冷たいなー。さっさと消えて欲しい訳?」

「高橋さんが留まり続ける理由はもう無い筈です。これ以上留まっても苦しいだけじゃないですか?」

「そんなことないさ。存外幽霊生活を楽しんでるぜー」


 幽霊生活を楽しんでいる。その言葉で、クズゴミカス共が頭に浮かんだ。


「ど、どうした? すごく怖い顔をしてるぞ」

「別に何でもねえよ」

「声がこえーよ。何か気に障る事しちゃったか?」

「いえ、高橋さんが悪い訳じゃありません。ただ、ちょっと嫌なことを思い出して……」

「そっか……じゃあ、日を改めた方がいいかな?」

「何の話です?」

「実は今日、西空君に告白したいことがあって来たんだ」

「まだ何か頼みごとがあるんですか? ああ、それでまだ留まって――」

「違う違う。告白だよ告白」


 へらへらした表情が一点。高橋は神妙に一言。


「俺の罪の告白」


 軽く眩暈を覚えた。

 西空は高橋のことを善良な被害者だと思っていた。救うべき存在であると思い、彼の頼みを聞き、犯人探しに奔走した。まさか、その前提が間違っていたというのか。だが納得いく所もあった。

 高橋が抱えていたものを解消――かつての恋人にプレゼントを渡しても、彼を死に至らしめた犯人を明らかにしても、彼は今日に至るまで成仏していない。高橋は未だ何かを抱えている。

 もしその何かが、クズゴミカス共と同じようなものなのだとしたら、高橋にも罰を与えなければならない。だってそれがオレの使命なのだから。大罪人には等しく罰を与えなければならない。多少は仲良くなった、この先輩にも、罰を。


「西空君。俺は――」

「止めろ聞きたくねえ!」


 無意識に目を閉じ耳を塞いでいた。だがその行為に意味は無い。幽霊の声は西空の鼓膜を震わせている訳ではなく、脳に直接働きかけ、聞こえているように錯覚させられているものなのだから。だから耳を物理的に遮断しても意味が無い。


「死体遺棄を手伝いました」


 西空は閉じていた目を開き、高橋の瞳を直視する。後悔と自己嫌悪が入り混じった目をしていた。


「俺は死体遺棄を手伝いました」


 法廷で被疑者が裁判官へ向けて懺悔するかのように、高橋は自らの罪を再度告白した。


「死体遺棄って、もしかして……」

「はい。五十嵐さんに協力して、和水静歌と、もう一人は名前も知らない男の死体を、捨てました」


 もう一人の男は十中八九、片岡勝のことだ。新井信繁と米田重和の遺体は別荘で発見した。彼は何処へ消えたのかと疑問に思っていたが、こんな所に答えがあったのか。

 そして、これが高橋が殺された理由だ。口封じ。死人に口なし。反吐が出る。


「何故そんなことをしたんですか」

「半分は脅されて。もう半分は、多分金のため。死体遺棄を手伝ってくれたら、十分過ぎるほどの報酬を与えるって五十嵐さんが……」

「金って……あんた正宗の遺贈を拒否したんだろ。何で今更金が欲しくなるんだ」

「正直言うと、遺贈を拒否したことを後悔していたんだ。馬鹿正直に拒否しないで、受け取れる分は受け取っておけばよかったって。せめて学費分だけでも受け取って置けば、将来苦労せずに済んだのになって」


 高橋は自嘲気味に続ける。


「大学生活2年目の終わり……そろそろ将来について本格的に考え始めなければいけない時期だ。俺は奨学生だから尚更さ。それでさ、遺贈を拒否した直後に知ったんだよ。卒業後、奨学金を返せず苦労し続ける人がそれなりに居るって」


 奨学金とは、経済的理由で修学が困難な場合に貸し出されるお金。いわば借金だ。借金だから将来返さなければならないし、滞納すれば利子が膨らみ続ける。


「勿論俺はちゃんと働いて返すつもりだったぜー。でもさ。不安になっちまったんだよ。まだ先の話ではあるけど、就職できるのか、給与はちゃんと出るのか、色々とね。漠然とした不安を抱いてた時……」


 そして高橋はポツリポツリとたどたどしく、自分が死んだ日に起きた出来事を語り始めた。話を要約するとこうだ。


 高橋は3月23日早朝、いつも通りジョナサンの散歩のため、和水邸へ赴いた。ジョナサンの散歩が終わった後、和水一郎に声を掛けられた。

 なんでも書斎から正体不明の異臭が漂ってくるらしく、書斎を掃除し、異臭の原因を突き止め除去して欲しいとのことだった。五十嵐にも同じことを頼んだのだが、他のことで手が一杯らしい。


 高橋は一郎の頼みを快く了承。そして書斎の掃除を進めていく中、例の隠し部屋を発見した。

 隠し部屋の鍵は掛かっておらず、扉が僅かに開いていた。異臭はその隙間から漂ってきている。

 隠し部屋について、一旦一郎に確認すべきではないかと考えたが、一郎は外出中だった。それに、この嗅いだこともない凄まじい悪臭は明らかに異常だ。せめて悪臭の原因だけでも突き止めておくべきだと考え、高橋は扉を開けた。


 隠し部屋の中央には、ブルーシートに包まれた大きな何かが横たわっていて、異臭の発生源は間違いなくそこからだった。高橋はブルーシートを剥がし、異臭の正体を理解する。そこには首輪に繋がれた裸の男性の遺体が横たわっていた。

 腐肉を何十倍にも濃縮した悪臭と、同年代の無残な遺体の直視というダブルパンチで、高橋は胃の中のものを全て吐き出した。

 パニックに陥る中、いつの間にか背後に五十嵐健三郎が立っていた。


「そしてクズに、五十嵐に何を言われたんですか」

「色々だよ。一辺に色んなことを言われた。和水正宗は若い男をいたぶる異常者だった。俺が次のイヌになる予定だった。静歌さんは正宗の異常性癖を知ったため殺された。そして、冷蔵庫の中の、静歌さんのバラバラ遺体を見せられた。一郎さん、二葉さん、三郎さんは一切関わってない。五十嵐さんは正宗に脅され嫌々従っていた。名も知らない男の人が可哀想でしょうがなかった。助けてやりたかったが、どうしようもなかった。そう言ってた」


 最後の方は嘘だ。正宗の話では五十嵐もこの狂った戯れを少なからず楽しんでいる。

 それに、和水正宗が殺された直後、片岡勝はまだ生きていて、五十嵐は何時でも彼のことを助けられた筈だ。

 だが、片岡勝は隠し部屋で死亡、恐らく死因は餓死。五十嵐は部屋に閉じ込められたままの彼を放置したのだ。無情な最期に憐れみを覚え、同時に激しい憤りが生じる。


「そして、警察には通報しないでくれとお願いされた。正宗が死んだ今、責任は全て何も知らない一郎さん達に負わされる。そんなの理不尽だろう。だから死体遺棄を手伝って欲しい。十分過ぎるほどの報酬を払うから。そう言ってた。そして、俺は金庫の中に敷き詰められた大量の札束を見せられた。それを見て、ああこれで将来安泰だなって思った。ひでえよな。直ぐ目の前に死体があるにも関わらず、自分の将来のことを考えたんだぜ。俺は金に目が眩んじまった糞野郎なんだ」


 高橋は湿った声で自らを卑下し、吐き捨てた。


「……その後のことは、正直よく覚えてない。五十嵐さんの親戚の家から車を借りて、その車で指示された場所まで2人の死体を運んだってことは確かだけど。ああそうだ、死体を遺棄した場所はよく覚えてる。場所は――」


 西空はその場所を匿名で通報した。

 間もなく、和水静歌と片岡勝の遺体が発見されたとのニュースが放送された。

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