4.16 西空零司
彼らを全員を冷たい檻の中から救い出した後、別荘の中にあった毛布を被せてやった。一糸纏わぬ姿のままでは、余りにも哀れだった。できるなら服を着せてやりたいが、生憎その準備も時間もない。
一市民としても、そして彼等のためにも、本来なら直ぐにでも通報すべきなんだろうが、だが済まない。まだオレにはやらなきゃならねえことがある。
心の中で謝罪しつつ、西空は外への扉へと向った。
「ありがとう――」
背後から儚い声を掛けられ、思わず立ち止まった。
だが振り返らない。振り返れない。
感謝されるようなことじゃない。
感謝されるに値する者じゃない。
オレが何か出来るのは、何時だって手遅れになった後なのだ。
外に出た所で、予想外の顔と出くわした。
「やあ」
北山が軽い調子で声を掛けてくる。
「何であんたがここに居んだよ」
「君のことが気になったからね」
「あんたにゃ関係ねえだろ」
「……何だかとっても機嫌が悪いみたい。どうしたの? よかったら話してくれないかな?」
北山が気遣うような声を掛けてくる。その優しい声色にほだされそうになるが、つと疑問が湧き上がる。
「いや、そもそもどうしてオレが此処に居るって分かったんだ」
「発信器のお陰だよ。ポケットに入ったままではないかな?」
「ああ成程……」
轢き屋を、進藤直美を誘き出す際、見失っても後を付けられるようにと小型発信器を持たされていた。それがポケットに入ったままだったのか。
「……ってプライバシーの侵害じゃねえか」
「ノリ突込みご苦労様です」
北山が悪びれることなく言った。
「勘違いしないで欲しいのだけど、別に四六時中西空君のことを監視していた訳じゃない。発信器を回収しようと思って西空君に電話したのだけど、通じなかったから何処に居るのか調べさせて貰った。そしたらビックリ。どういう訳か西空君の居場所は和水邸を示していて、慌てて後を付けて来たら、此処に辿り着いたって訳」
「やっぱりプライバシーの侵害じゃねえか」
「でも、正直な所かなり心配したよ。男子学生を狙った連続殺人鬼が別にいて、西空君が襲われてしまった、って思ったのだから」
「それは……ご心配をお掛けしました」
「まあ無事で何より。それよりも、ここで何をしていたのかな。この家は? 中に入ってもいい?」
「中には入らないで下さい。皆、自分の姿を見られたくないでしょうから」
「……そっか。分かった」
それだけで北山は理解してくれたようだった。彼女は全て御見通しなのだろうか。
「でも通報はさせて貰うよ。遺体を放置したままにする訳にはいかないでしょう」
「通報は待って下さい。用が済んだら、通報はオレの方でしておきますんで」
「構わないけど、用って何?」
返答に窮した。余計なひと言だったと後悔する。
「ねえ。用って何? まさか、隠し財産でも盗み出すわけ?」
「そんなことしねえよ!」
不本意な事を言われ、思わず叫んでしまった。その所為で、北山はますます興味を持ってしまったようだ。
「西空君。包み隠さず話してくれないかな。じゃないと、今すぐ警察に通報せざるを得ない」
北山は携帯をチラつかせ、これ見よがしに110番を入力する。
「……あのクズゴミカスに罰を与えるんです」
「クズゴミカスって、正宗のこと? 彼はもう死んで……まさか、幽霊に罰を与えるの? そもそも可能なの? 物理的な干渉は一切受けないって言ってなかったっけ?」
「はい。ですが閉じ込めることは可能です。狭く暗い場所に閉じ込めて、ずっとそこに居て貰います」
「……どうしてそんなことを。言っちゃ何だけど、死体に鞭打ちしているとしか思えない。自業自得で死んだようなものだし、罰としてはもう十分じゃ?」
「十分じゃねえよ!」
西空の怒号。木にとまっていた鳥たちが一斉に羽ばたき遠くへ逃げる。
「全然十分なんかじゃねえよ! あんたは見えねえからそんなことが言えんだ!」
北山は臆することなく、西空の言葉を黙って真正面から受けとめる。
「死は罰なんかじゃねえよ! ただ肉体を失うだけだ。拷問の末ならまだしも、死それ自体は罰でも何でもない! 死んだ後は何の痛みも苦しみも無い。なのに……なのにあいつ等、のうのうと死んでいやがる! 謝罪も贖罪も反省も後悔も何もせずに死んでやがる。のうのうと死んでいやがるんだ! 死んでもクズはクズのまま。それどころか幽霊生活を楽しんでいやがる。そんなの、不幸になった人達が余りにも浮かばれねえだろ」
この社会で、死は究極の罰と考えられている。
だから死刑が犯罪者への最高刑として成り立ち、誰もが死を恐れ、それを回避しようとする。
だから犯罪への抑止力として機能する。
だから社会は重犯罪者に死を求める。
だが、犯罪者にとって死は……
「……轢き屋が言ってた、マスオってクズゴミカスのこと覚えていますか」
「JSビジネスを営んでた奴のことだよね」
「オレはそのマスオに会ったことがあります。正確にはその幽霊、ですが」
今でも、あの時のことを思い出すと全身が沸騰する思いだ。
「マスオはJSビジネスの素晴らしさを熱弁してました。ノウハウを教えてやるから挑戦してみないかとも言ってきました。オレはそんなことしてるたから殺されたんだ、おまえのようなクズゴミカスは死んで当然だと罵ってやった。だがな、あのクズはオレの罵倒を全く意に介してなかった。それどころか……」
『確かにこの手で直接JSに触れられないのは残念さ。でもね、幽霊も悪くないんだよ。私一人が死んだところで、似たようなビジネスを営んでいる奴は世界中に沢山いる。つまりね、私はJSポルノをリアルタイムに鑑賞したい放題なんだよ。少女が騙され貶され穢されボロボロになって最終的には自害するまでのドキュメンタリーが最高級の観客席から観れるのさ』
『そのドキュメンタリーはいくら観ても飽きない。そしてもし、彼女達が幽霊となって私の目の前に現れたらこう言って上げるんだ。最高の映画をありがとう。君の喘ぎ泣き叫ぶ声は本当に最高だった。君は逃げようと思って自殺したみたいだけど、無駄なんだ。これから私が沢山沢山慰めてあげるから、あの声をもう一度聞かせておくれ、ってね。もし少女の幽霊を見かけたら、是非私の元に連れてきてくれないか』
『まさか幽霊生活がこんなにも充実して素晴らしい物とは、生きてる頃には全く想像できなかったよ。こんな事ならもっと早く死んでいればよかった。私は轢き屋には感謝しないとね』
北山の顔が、自然に仇名す廃棄物を目にしたかのように歪み、目尻に涙を溜めていた。
名も知らない少女達に同情したのか、それとも救えないクズに恐怖したのか。
「だから、どんなに腐りきって悪臭を漂わせるクズでもゴミでもカスでも、殺すのは駄目だ。殺してもクズは懲りない。死は罰にならねえんだ。生かして罰を与えてやんなきゃならねえ。だが、どういう訳かクズゴミカスは罰も不十分なまま、のうのうと死にやがる。自殺だとか他殺だとか事故とか病気とかで、のうのうと死にやがる。そして死後も悪趣味な娯楽を楽しみ続ける。死後なら死後なりに楽しみを見出しやがる。死後を謳歌しやがるんだ。被害者と違って!」
ふと、西空は北山の言っていた使命という言葉を思い出した。
「北山さん。あんたは以前使命があるって言ってたよな。殺人を未然に防ぐのが自分の使命だって。オレの使命はこれだ。クズゴミカスから悪趣味な娯楽を奪い、地獄に放り込んでやるのがオレの使命なんだよ。死んだクズを真っ暗なゴミ箱に放り込み罰を与えるのがオレの使命なんだ」
そしてきっとこれが、オレの贖罪なんだ。
「そんな使命……悲し過ぎるよ」
目尻に溜めていた涙があふれ出し、北山の頬を流れた。袖で涙を拭い、真っ直ぐ、決意に満ちた瞳で西空を捉える。その視線を受け、西空は怯んだ。
「西空君。やはり君は私達の探偵事務所に入るべきです。君の能力は、そんな後ろ向きのことだけに使うべきじゃない。君の使命はもっと別の場所にあるはず」
「オレのしてることが間違っているって言いたいのか」
「そうは言ってない。言えるのは、君がそんなことをする必要は無いってこと」
「オレがやらなきゃ誰がやんだよ。オレの行為は、生きている人にとっちゃは何の意味も無いのかもしれねえ。ただの自己満足かもしれねえ。でも、それでも、ほんのごく僅かでも被害に遭った人たちへの手向けになってくれれば、それでいいんだ」
「じゃあどうして君はそんなに辛そうな顔をしている!」
予想外の事を言われ混乱した。
オレが、辛そうな顔をしている?
「君がもっと清々しい顔をしているのなら、私は何も言わない。君がもっと胸を張って誇らしく語るのなら、私はそれを肯定していた。でもそうじゃないよね。君は自分の感情を押し殺して、課せられた使命だと思い込んで、やりたくもないことに必死になっている。そんなの間違ってる」
カッと頭に血が昇った。
「やりたくないことでもやんなきゃならねえだろ! 身も心もズタズタにされた幽霊を見たことがあんのか? 尊厳の全てを踏みにじられた幽霊を見たことがあんのか? 彼等だってそうだ。誰にも見つけられず、一人でずっとずっとずっと冷たい檻の中に閉じ込められ続けていた。そんなの放って置いていいわけねえし、彼等を貶めたクズを許せるわけねえだろう!」
犯罪者が死後を謳歌するのに対して、哀れな被害者は死してなお苦しまされ続ける。
安らかに眠れやしない。犯罪者と違い、死が安息じゃないのだ。
彼等は口を揃えてつぶやく。恨めしい、と。
何て不平等。何と理不尽。
何が死は平等に訪れるだ。死後でさえ不平等じゃねえか。
「そうか。君は正義感が強すぎるのか。だから何でもかんでも背負ってしまう。背負ったものが重すぎて、足元しか見れてない。視野が狭くなり、考えが浅くなっている。だから2種類の目的がごちゃ混ぜになって、訳が分からなくなっている事に気付いてない」
「2種類の目的? 一体何のことですか」
「憐れな幽霊を救いたい、極悪な犯罪者が許せない、の2つ。これらには、それぞれ異なるアプローチが必要。現実で言うなら、被害者を救うのは医者やカウンセラーの仕事で、犯罪者を捕らえ裁くのは警察や裁判官の仕事。でも君はその職務を一手に引き受けようとしている。そんなの絶対無理。断言する。一人じゃ無理」
「じゃあ、どうしろって言うんですか。オレはオレ以外に見える人なんて知らない」
「私達の探偵事務所がある」
北山が朗らかな笑顔で告げる。
「私達に幽霊は見えない。でも君の能力を信じることはできる。同じ視界を共有できなくても、一緒に考え、悩むことができる。異なる景色が見えるからこそ、色々な事ができるようになる。君には私達が必要だし、私達も君が必要だ。西空零司。我が異能探偵事務所に入りなさい。これは命令であり、お願いです」
そう言って、北山は手を伸ばし、握手を求めて来た。
救いの手を差し伸べるようにでは無く、あくまで対等な立場として、契約を結ぶように。
「……考えさせてください」
だが、西空はその手を取らなかった。




