4.9 西空零司
西空はリビングにて北山の手当てを受けていた。既に傷口の消毒、止血は終わり、北山は慣れた手つきで西空の太腿に包帯を巻いていく。
「そういえば、どうして五十嵐があそこから逃げ出すって分かったんですか。他の出入口から逃げる可能性だって考えられたはずですが」
「ついさっきそれを予知したから。予知の内容は、五十嵐が正門から逃げ出し、そして轢き屋に殺されるというもの」
北山はクルクルと包帯を巻きながら答える。
「つまり、五十嵐を逃してたら、奴は轢き殺されてたってことですか」
「そういうこと」
「轢逃げの現場が見えたってことは、五十嵐を轢き殺した……いや殺してねえか。轢き屋の姿は見ましたか?」
「それは無理。そもそも、轢逃げの現場を見たというよりも、轢逃げを体験した、という方が正しい。私の予知能力は、犯人がこれから犯す殺人を先に追体験する、というものだから」
先に追体験する。自ら発した言葉が可笑しかったのか北山はクスリと笑った。
「意味分からないよね。先に追体験するなんて。でも、そうとしか説明できない。私は予知の発動中、犯人になる。凶器を手にして被害者を殺害するまでの一連の流れを、私は犯人の視点から体験する。首を締める手に伝わる被害者の体温、包丁で背中を刺す感触、被害者の命乞いが鼓膜を震わせ、血の生暖かさが肌に、鉄の臭いが鼻孔を刺激する。つまりはそういう能力」
包帯を巻き終えた北山は余剰部分を鋏で切リ落とす。
「ここまで言えばもう分かると思うけど、私の予知は殺人限定。誰かが誰かに強烈な殺意を持った時、殺意が確定した時、私の予知能力は発動する。一旦発動したら私が何か行動を起こさない限り、その殺人未来は絶対に発生する」
北山が治療に使用した消毒液、鋏などの道具を救急箱に戻していく。
「……殺人事件が起きるたびに予知能力が発動するんですか?」
西空は神妙な面持ちで問うた。
「まさか! この国で一日に何件殺人事件が起きていると思う? その度に能力が発動してたら私の身が持たない」
「じゃあ、能力が発動するかどうかはランダムってことですか」
「それも違う。私の能力にはもう一つ縛りがあるの。何だと思う?」
「……距離、ですか? 例えば北山さんを中心に半径10キロ以内で起きる事件しか予知できないとか」
「ノー。答えはもっと絶望的だよ」
「どういう意味ですか?」
「犯人が私の知人であること。それが私の予知能力の発動条件。条件に合致すれば、計画的であろうが衝動的であろうが、1年後であろう1秒後であろうが、予知能力は発動する。つまり、予知能力が発動すれば、必ず私の身の回りで殺人事件が起きる」
北山は辞書の一文をただ朗読するかのように、無感情に告げた。
「何度も何度も何度も何度も人殺しを追体験してきた。そのお蔭なのか、いつしか死の臭いを嗅ぎとれるようになった。血の鉄臭さ。肉の生臭さ。時間が経とうとも、殺人現場からはそんな悪臭が漂ってくる」
「……辛くないんですか」
「そりゃあ初めの頃は辛かったよ。人殺しの感覚なんて、身の毛がよだつ思い。でももう慣れちゃった」
「いえ、まあそっちについてもそうなんですが、その、知人が犯人だったりする方がその、辛いんじゃないかと……」
「だからそれを未然に防ぐんじゃない」
ピシャリと、凛とした声で北山は告げた。
「きっと、これは私に与えられた使命。私を生かすために、神様が与えてくれた」
使命。
西空は神様など信じていなかったが、使命という言葉には深く共感した。北山と同じように、西空にも自分自身に課した使命がある。
「だから探偵活動をしているんですか? サークルまで作って」
「まあ、理由の一つだね」
「別の理由があるんですか?」
「それは西空君が正式に我が事務所に所属してくれたら教えてあげる」
北山は笑顔でそう告げた。一瞬目が合ってしまい、気恥ずかしさと恐怖を同時に感じ、西空は慌てて目を逸らした。
「駄目かな?」
北山は上目づかいで甘えるような声を出した。男なら思わず即返事してしまいそうな、断ることをできなくする魔力を帯びた声だ。
「オ、オレは……」
「北さん西空君の傷はどうですか?」
溌溂とした声で、リビングに南地が入ってきた。
「治療は終わった。西空君が頑丈なのか、思ったほど大した傷じゃなかった。そっちは?」
「五十嵐さん観念して話してくれるそうです。今からこっちに来れますか」
「勿論。寧ろこっちから行こうとしていた所」
北山は立ち上がり、南地の方へと向かう。
「ほら西空君。ボケっとしてないで、君も行くのだよ」
北山は振り返り、未だ座ったままの西空に向けて告げた後、南地と共にリビングから出て行った。
西空は一つ溜息を吐いてから、北山達の後を追った。
五十嵐の元へ向かう途中、ふと、西空は先程の北山の言葉を思い出した。
――犯人が私の知人であること。それが私の予知能力の発動条件。
言葉通りなら、五十嵐の殺害を試みた轢き屋は北山の知人と言うことになる。案外身近に殺し屋がいるという事実に背筋が寒くなるのと同時に、些か興奮した。




