4.1 工藤慎吾
朝9時頃に目を覚ますと、工藤はジョナサンの様子がおかしいことに気付いた。体は小刻みに震え、グッタリとしており、さらに便が下痢だった。工藤はどう対処したらいいのか分からず、大慌てで車を走らせ動物病院へ急行した。
診断の結果、恐らくは環境変化によるストレスで体調を崩したのだろうとのことだった。
「ただ、ジョナサンはかなりの老犬ですので、病気の可能性も十分考えられます。念のため半日検査しましょう。午後迎えに来ることはできますか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします」
「そんなに不安そうな顔をしなくてもきっと大丈夫です。今までもそうだったんですから」
「はい。ありがとうございます」
「……ところでつかぬ事をお聞きしますが、高橋君はお元気ですか?」
「ハイ?」
予想だにしないタイミングで親友の名前が出され、変に声が裏返った。
「いやあね。今までは高橋君がジョナサンの定期検診に来てたのですが、本日は工藤様がいらしたので」
「定期健診って、何のことですか?」
「ほら、ジョナサンってもうかなりの歳でしょう。だから2週間置きに来て貰ってたんですよ。それが4月はまったく来なかったので、ちょっと心配してたんですよ。いやあね。一月程度だろと思われるかもしれないですが、高橋君ってそういうことを蔑ろにするような人じゃあなさそうだったから、どうも気になってしまってね」
「た、高橋が、この病院に来てたんですか?」
医師は不思議そうに眉を顰めた。
「あれ? 高橋君からジョナサンの面倒を引き継いだんじゃあないんですか」
「いや、まあ、そうですね……」
「じゃあやっぱり高橋君ジョナサンのバイト止めちゃったんだ。すごく割のいいバイトだって聞いてたけど、勿体ないことするなあ。金持ちから毟り取れるだけ毟り取ってあげればよかったのにねえ。そこらへん、工藤さんはどうなんですか」
「す、スミマセン。俺正直何も聞いて無くて。よく分からないです」
「いやあね。謝らないで下さい。こっちも立ち入ったことを聞いちゃいました」
「い、いえ。別に大丈夫です」
「では16時頃、またいらしてください」
「はい。よろしくお願いします」
工藤は逃げるように診察室を後にした。
もみじ動物病院の駐車場へと向かう途中、工藤は朝食がまだだったことを思い出し、踵を返し近くのコンビニへと向かった。220円のミックスサンド、200円のからあげチリペッパー味、110円の飲料水アクアクリアを購入、店内の休憩コーナで遅めの朝食を摂る。
携帯電話で今何時か確認しようとポケットに手を入れたが、感触が無かった。慌てて家を飛び出したから、家に忘れてきたのかもしれない。もしくは車内に忘れたのかも。一つ溜息を吐いてから、工藤はコンビニの掛け時計を確認する。時刻は11時を回っていた。
工藤の記憶の中にある動物病院と言えばもみじ動物病院しかなかったのだが、実の所、家からより近くにある動物病院は数件あり、車を全速力でかっ飛ばしここまで来る必要はなかった。少し落ち着いて調べれば直ぐに分かったことが余計に悔やまれる。
それにしても迂闊だった。まさかジョナサンがあの病院に行っていたとは。だが、そう不思議なことではない。もみじ動物病院は和水邸からそう離れてない場所にあり、近隣に他の動物病院も無い。通うのなら、ここがベストだろう。
院内には診察待ちのペットとその飼い主が5人居た。工藤の後に新しく2人と2匹入って来た。ジョナサンが定期的に通っていたのなら、その飼い主の中にジョナサンを知っている者が居ても不思議なことではない。工藤は少し不安になって来た。
いつもとは違う人間がジョナサンを連れていたことを、怪しむ者がいるのではないか。
和水家に連絡を入れる者がいるのではないか。
少なくとも医師はジョナサンのことを知っていた。医師が和水家に連絡を入れても不思議じゃない。
そういえば以前高橋が言っていたじゃないか。ジョナサンは身代金目的で誘拐されることがあったと。果たして自分の場合は誘拐に当て嵌まるのだろうか。罪に問われるのではなかろうか。
食べるスピードが自然と早くなり、最後にはサンドイッチとからあげを一気に頬張り飲料水で流し込んだ。包装紙と空き缶をゴミ箱に投げ入れ、工藤は足早に駐車場へと戻った。