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3.4 東海心矢(あずまみしんや)

「さて、説明の前に東海心矢君、でよかったかな? 私はM県中央警察署刑事部捜査一課特命捜査対策室所属、警部補新田健あらたけんだ。以後よろしく。さて、本題に入る前に……」


 新田は高い声のトーンを少し低くし、


「不躾だけど、超能力を持ってるって本当? 噂ではサイコメトリーって聞いてたけど」


 と言った。東海はその問いにいつも通りの答えを返す。


「サイコメトリーと言うより、サイコメトリーによく似た別の能力です。2種類の使い方ができます」

「詳しく聞かせて貰っていいかな」

「まず、サイコメトリーは分かりますよね?」

「うん。所謂残留思念を読み取る能力だ。ドラマではビデオを再生するような演出がよく使われるね」

「僕の場合は残留思念では無く、物のログを読み取ります。物が何時何処で作られたのか、誰が使ったのかどう使われたのか。そういったログを読み取ることができるんです」

「成程。因みにそのログは何処まで遡ることができるのかな?」

「最初からです」


 新田は口に手を当て、驚いた様子を見せた。


「それは凄いな。どんなに古いログでも分かるのかい?」

「はい。むしろ古いログの方が詳細です。それと、復元不能レベルで壊れて無ければ、どんなものからでも情報を読み取ることが可能です」

「質問。もし小さくて細い物、例えば裁縫針とかに触れても文字は現れるのかい? 現れたとしても、文字が小さくて読めなさそうだけど」

「僕の意思で文字を拡大表示できるので問題ありません」

「質問。物によって得ることの出来る情報に差異はあるのかい?」

「大きければ大きい程、複雑な構造をしていればしているほど、得られる情報量は増えます。逆に小さければ小さい程、シンプルな構造であればあるほど、得られる情報は微々たるものになります。さっき例に上げた裁縫針だと、使用者が誰かすら分からないかもしれません」

「なるほど。物の大きさ複雑さイコール記憶容量、といった感じかな」

「その通りです」

「さらに質問。ここで言う、物の定義は?」

「と言いますと?」

「例えば、人間に触れると、その人のログを読むことはできるのかい?」

「出来ません。試した限りでは、生物は対象外です。植物も同様です」

「質問。植物も同様だと言ってたけど、例えば木製の椅子とかは読み取れるのかい?」

「読み取れます。恐らくですが、僕の能力は人工物に対してのみ発揮できます」

「成程。すると人の死体から情報を読み取るのは無理そうだね」


 さらりと恐いことを言われ、思わず身震いした。新田は質問を続ける。


「さて、さっき能力の使い方が二種類あるって言ってたけど、もう一種類はどういうものかな?」

「文字に手を触れると、その文字の内容が嘘か本当か分かります」

「今言った文字というのは、人が実際に書いた文字のこと? 東海君の能力で浮かび上がる文字じゃなくて」

「はい。その通りです」

「ふーん。じゃあちょっと試させて貰っていいかい?」


 新田は懐からペンと手帳を取り出し、手早くサラサラと文字を書いていく。


「さて、嘘か真か当てて見て下さい」


 新田は開いた手帳を差し出した。受け取り、手帳に目を落とす。


 ”私、新田健は本日ノーパンである。”


 書いてある文章の余りの下らなさに脱力した。


「ふざけてるんですか?」

「ふざけてないよ。とにかく嘘かどうか確かめてみてくれないかい?」


 新田は真面目な顔で促す。東海は溜息を一つ吐き、渋々文字を指でなぞった。そしてそれが真実であることが分かった。


「……え、マジ?」


 思わず呟いてしまった。確認のため、東海はもう一度文字を指でなぞる。


 ”私、新田健は本日ノーパンである。”


 一字ずつゆっくりとなぞるが、嘘が書かれている時に生じる、喉がつっかえたような違和感がない。ここに書かれていることは全て真実だ。


「……マジでノーパンなんですか」

「いやー。今朝溜まってた洗濯物を一気にしたら、どうやら下着全部洗濯しちゃったみたいで、しょうがなかったんだよ。さて、次のページを開いて貰えるかい」


 東海は言われるがまま、次のページを開いた。そこにはこう書かれていた。


 ”私、新田健は男性が大好きである。”

 ”ただし、今目の前に座っている人物は好みのタイプではない。”

 ”つまり私は同性愛者である。”


 東海は顔を上げた。意地悪そうに笑っている新田が目の前にいる。


「……こういうセンシティブなことは気軽に書かない方がいいと思いますが」

「おや、意外な反応。てっきりもっと引くかと思ってたけど。聞いてたとおり真面目だね。それとも周りにそういう類の友人がいるのかな。まあ、とにかく嘘か本当か確かめてみてよ。これは君の能力が本物かどうかテストでもあるんだから」


 自分の能力が本物かどうか試されるのはこれで3回目のことだった。一回目は北山に、二回目は水ノ森に試された。ただ、前に上げた2人はもっと真面目で複雑で、内容に富んだテストだったという違いがあるが。

 おそらく新田は能力に強い関心は抱いておらず、ナメクジに塩をかけると本当に溶けるのか試してみよう、という程度の好奇心からこのテストを思いついたのだろう。


「……分かりました」


 東海はさっさとこの下らないテストを終わらせ本題に入って貰おうと思い、手帳の文字に指を這わせた。


 ”私、新田健は男性が大好きである。”


 この文章に違和感は無い。真実だ。次の行をなぞる。


 ”ただし、今目の前に座っている人物は好みのタイプではない。”


 真実だ。ホッとしたと同時に、遠まわしに馬鹿にされているような気がした。複雑な気分になりつつも、最後の文章をなぞる。


 ”つまり私は%$¥Nである。”


 指先に、紙やすりをなぞったかのようなざらついた違和感が生じた。驚き、再度文章をなぞる。


 ”つまり私は%$¥Nである。”


 違和感は消えない。間違いない、この文章に嘘が含まれている。同性愛者、の部分が嘘だ。だが……

 東海は再度、初めの行をなぞる。


 ”私、新田健は男性が大好きである。”


 違和感は無い。真実だ。


 ”つまり私は%$¥Nである。”


 やはり同性愛者の単語で違和感が生じる。新田は同性愛者ではない。


 ”私、新田健は男性が大好きである。”

 ”つまり私は%$¥Nである。” 


 何度試しても同じだ。だがおかしい。新田健は男性が大好きである。しかし同性愛者ではない。この2つは明らかに矛盾している。


「どうかしたのかい? 急に怖い表情になったけど」

「新田さん。この文章は全部本当に新田さんが書いたものですよね」

「うん。間違いなく今私が書いたものだ」

「新田さんは友情的な意味じゃなくて性的な意味で男が好きなんですよね。そういう意味でこの文を書いたんですよね」

「うん。そうだね」

「かつ僕のことはタイプじゃないんですよね」

「うん。私のタイプはジャニ系の可愛い子」

「でも、新田さんは同性愛者ではないんですよね」


 新田は少し驚いた表情を見せた。だが、直ぐに意地悪そうな笑顔に戻る。


「うん。でもそれだと上に書いてあることと矛盾するんじゃないかな」

「そう。それが問題なんです」


 東海は頭を抱えながら言った。


「テストって言ったけど、ちょっとした遊びだからそこまで真面目に取り組まなくていいよ」


 優しく、でもどことなく意地悪な声色で新田は告げる。

 だが、東海にとって直面している矛盾は無視できないものだった。何故矛盾が発生したのかを放置したままでは能力の信憑性に疑念が生じ、今後の捜査に支障が出る。だから、矛盾は発生のつど解決し、能力の仕様を正確に把握しておかなければならない。


 ”つまり私は%$¥Nである。”


 ここには同性愛者ではない別の性的趣向関連の単語が当て嵌まる。つまりという接頭語が付いていることから、上の二文と最低限は繋がりのある文章にしなければならない。

 だが何が当て嵌まる。男好きなのに、同性愛じゃない単語……


「……そうか」


 東海は小さく呟いた。

 男好きだからと言って、女好きじゃないとは限らない。男も女も好き。つまり……新田健は両性愛者バイセクシュアルである!

 次の瞬間、両性愛者と書かれたパズルピースが現れた。同性愛者と書かれた歪な形をしたパズルピースが手帳から剥がれ落ち、その窪みに両性愛者のピースがピタリと当てはまる……筈だった。

「あら?」

 東海は思わず間抜けな声を上げてしまった。

 窪みの形と両性愛者のピースの形は一致しなかった。ピースは同じ極の磁石を近付けた時のように勢いよく弾かれ、消滅した。新田健は両性愛者でもない。東海はちょっとしたパニックに陥った。

 おかしい。理屈に合わない。同性愛者でもなければ、両性愛者でもない。じゃあ一体彼は何なんだ。他に思いつく単語と言えば、異性愛者ぐらいしか思いつかないけど、まさかそんな訳あるまいし……

 東海が何気なくそう思った瞬間、異性愛者のパズルピースが現れ、つるりと窪みまで移動し、ピタリと綺麗に当て嵌まった。


 ”つまり私は異性愛者である。”


 違和感がない。真実だ。


「……失礼を承知で聞きます。もしかして新田さん、女……ですか」

「ふふっ、ようやく気付いたね。そう、私、新田健は婦人警官であります。でもまだまだだね。刑事イコール男だって決めつけるなんて」


 東海は彼、いや彼女のことを改めて観察した。言われて見ると、確かに小奇麗な女性よりの中性的な顔立ちで、喉仏も出ていない。視線を落とすと、何となくだが、胸にうっすらとふくらみがある様に思える。下半身はゆったり目のズボンを履いており、腰は……


 ”私、新田健は本日ノーパンである。”


 東海は慌てて眼を反らした。


「さて、噂に聞いてた東海君の能力も確認できたし、今日はありがとう。東海君はどうやって帰るのかい。よければタクシーを呼ぶけれど」

「大丈夫です。自転車で来たので……」

「そう? あ、そうだちょっと待ってて」


 そう言うと、新田は会議室から足早に退出した。そして、5、6分してから手提げ袋を提げて戻ってきた。


「これ今日のお礼。本当はこういうことしちゃいけないんだけど、今日は特別だよ。友達と一緒に食べて」

「ありがとうございます」


 手提げ袋の中には、クッキーやチョコレート等のお菓子が沢山入っていた。


「さて、出口まで送るから付いてきて」

「あ、はい……じゃなくてちょっと待ってください! 轢き屋についてまだ何も聞いてません!」

「チッ!」


 舌打ち!?


「正直言うとね、東海君に"ヒキガヤさん"について教えるべきではないと考えている。一般市民は社会の暗部に踏み込んじゃいけない。分かるかい?」

「ですが、水ノ森警部とそういう契約を結んで……」

「そう。水ノ森警部との契約だ。警察組織と契約を結んでいる訳じゃない。あくまで個人との契約だ。言ってる意味、分かるかい?」

「……はい」


 そう。新田の言うとおり契約を結んでいるのは水ノ森個人のみ。新田には東海に情報を教える義務はない。契約違反にならない。今気付いた。水ノ森が新田に情報伝達を頼んだのは、この為だったのだ。

 そしてこれは警告でもあるのだろう。学生如きが関わっていい案件では無い。裏社会に関わるな。警察として一般市民を危険から遠ざけたいという気持ちも分かる。東海自身もできれば関わりたくない。でも……

 でも、こんなやり方はあんまりじゃないか。騙し討ちにあった気分だ。契約違反じゃないと言われても納得できない。理屈に合わない。


「提案。私と契約しませんか?」

「はい?」

「ありゃ、聞いてなかったかな? 水ノ森警部と同じように、私とも契約しないかって聞いているのだよ」


 新田がおどけた調子で語る。


「え、あ、いや、それはちょっと。警部との契約は広瀬大学探偵事務所との契約です。僕の一存では決められません」

「あらそうなの? じゃあ、君個人との契約は駄目かい?」

「ど、どういうことですか」

「用は、君と私との間でのみ情報交換するってこと。私は水ノ森警部ほどお堅い人じゃないから、色々と教えて上げるよ。勿論、"ヒキガヤさん"についても」


 魅力的な提案に聞こえた。正直、水ノ森警部から貰える情報はかなり限定的で、有益な情報が得られることは少なかった。それでも協力し続けたのは、警察との繋がりを失いたくなかったし、自分の能力が社会の役に立てているのなら、それはそれで悪いことじゃないと考えていたからだ。

 でも、多分このままじゃ駄目だ。利用されるだけの立場じゃ駄目だ。こっちから利用してやるくらいの意気込みじゃなければ、北山達を守ることができない。

 東海は携帯を取り出し、探偵所員達の名前を眺め、決意を固めた。


「契約します。ただし、僕と新田さんとの間の契約です。水ノ森警部には内緒ですよ」

「勿論。じゃあ、携帯番号とメールアドレスを教えてくれるかい?」


 新田も携帯電話を取り出し、赤外線通信でお互いの端末情報を交換する。


「それと、他のメンバーには絶対にちょっかい出さないで下さい」

「それはどうだろう。正直、東海君以外の異能者がどういう人なのか気になってるんだよね」

「それができないのなら、契約はなしです」

「分かった分かった。約束する。私からは絶対にちょっかいを出さない。ただ、一つだけ条件を飲んでくれないかい」

「何ですか?」

「私の携帯番号とメールアドレスを、他のメンバーに教えて上げること。勿論、私が警察だってことも伝えておいてね」

「それは――」

「出来ない? でもね、他のメンバーがどういう人か知らないけど、少なくとも東海君に守られるだけの存在では無いと思うんだ。それにいざという時のために、警察とのホットラインがあるのはとても心強い筈だ。まあ、無理強いはしない。でも、万が一の事態に備えて、保険を掛けておいた方がいいと私は思うよ」

「……分かりました。考えておきます」




「そうそう東海君。君の知り合いで、身寄りが居ない子とかいるかい?」

「へ?」


 新田の唐突な切り出しに、東海は間抜けな声を上げてしまった。


「えっと、その……突然どうしたんですか」

「とにかく答えて。あ、一応言っておくけど、これは轢き屋とは別件だから」

「僕の周りにはそういう人は居なかったと思いますが……あ、でもそういえば」

「そういえば?」


 新田が声色鋭く訊ねてくる。東海は思わず怯んでしまった。


「い、いや、多分知ってると思いますけど、高橋大樹ってその条件に該当しますよね」

「うん。その通りだ。もし彼が生きてたら、同じように行方不明になってたかもしれない」

「どういうことですか?」


 新田は一つ間を置いてから、鋭い声で説明した。


「1年ほど前から、身寄りのない20前後の青年が立て続けに不自然な失踪を繰り返してる。失踪者は新井信繁、米田重和、片岡勝の3人。いずれも市内で独り暮らしだった」


 この3人の失踪が発覚したのはある意味では高橋大樹の轢逃げ事故のお陰だった。轢逃げ事件が報道されたとき、高橋大樹の身の上についても悲壮感溢れる演出で伝えられた。さほど大きく報じられた訳では無かったが、当時ニュースを見た大勢の視聴者が同情したらしく、M県警に様々な意見・情報が寄せられた。殆ど役に立たなかったが……

 だがその中に、新井信繁が似たような事故に巻き込まれていないかという照会があった。米田重和、片岡勝についても同様の照会が別の人物から寄せられた。彼等は全員20前後の青年で、身寄りがなく、独り暮らしをしているという共通点があった。さらに言えば、勤勉真面目で生活態度に問題なしという点も上げられるだろう。

 照会を受けた担当者が事件性を感じ、報告を上げた所、上司も同じ感想を抱いたのか、より詳しく事情聴取をしてみようという話になった。そうしてからはあれよあれよという間に3人の不自然な失踪が浮き彫りとなり、推定特異行方不明者として本格的に捜索が行われている。

 1人ならただの失踪として片付けたかもしれない。だが、3人だ。3人もの似たような境遇の人間が不自然な失踪を繰り返している。濃密な事件の香りが漂っていた。

 以上の、3人が推定特異行方不明者として扱われるまでの経緯を聞かされ、東海は改めて何か心当たりが無いか思考を巡らせたが、特に思い当たることはなかった。


「済みません。やっぱり心当たりはないです。ただ、今の話うちの所員にも聞いてみます。いいですよね」

「勿論。行方不明者の捜索はスピード勝負な所もあるから、何か分かったら直ぐに連絡してね。もし繋がらなければ警部に。よろしく頼むよ」


 そして東海は県警を後にし、新田は自分の持ち場へと戻った。

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