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第一章 あなたしかみえない 〈9〉

     8



「行ってきます」


 父さんたちの前でいつものように朝食をおえたおれは、モヘナのブーツをたずさえて玄関を出ると右手のガレージへ忍びこんだ。


 ガレージの奥にはもうひとつ、ふだんはまったく使っていないドアがある。おれは靴を脱ぎ、ドアの鍵を開けると、うす暗く長細い空間へと足を踏み入れた。


 鹿香(かのか)家の秘密……と云うわけではないが、ガレージからつづく家の南側と西側をかこむ(へい)は、中が回廊式の書庫になっていて家へとつながっている。


 こんな風変わりな家((へい)?)を建てたのは、弁護士だったと云う祖父だ。


 人ひとり通るのがやっとと云う通路の両側に書棚があり、古めかしく小難しそうな本で埋めつくされている。塀を回廊式の書庫にしたことに実利はない。たんなる遊び心だ。


 おれは足元に荷物を下ろすとせまい通路へ寝転んだ。父さんたちが車で仕事へ出かけるまでこの書庫にかくれる算段である。


 うたた寝していたのでさほど時間を長くは感じなかったが、それでも40~50分は書庫にいたらしい。サッカーでたとえると、アディショナルタイムこみで前半戦終了と云ったところだ。


 ガレージから車の出る音で目を覚ますと、おれは回廊の書庫をまわって家へもどった。自分の靴だけ玄関に置き、昨日同様、高校へ病欠の連絡を入れる。


 めずらしく居間のテーブルにメモと5千円札が置かれていた。


(おそくなるから、夕食は宅配ピザでもとってください)


 とある。なにか急な予定が入ったらしい。


 スポーツバッグやモヘナのブーツを持って2階へ上がると、部屋の戸を小さくノックした。またぞろ着替えでも目撃してしまった日には、痛くもない腹をさぐられ、シタゴコロすら疑われかねない。


「どうぞ」


 モヘナの応えがあった。幸いにも声にトゲがなかった。小1時間の間に機嫌をなおしてくれたらしい。


 部屋へ入ると、おれが書庫で時間をつぶしている間にモヘナは着替えを済ませていた。


 体温計で熱を計ると36度7分だった。少し高いかもしれないが、まあ平熱と云える(魔族の平熱も人間と変わらないらしい)。


 朝食は1階のダイニングキッチンで()った。少し歩きまわった方が体調を確認しやすいと云うモヘナの希望だ。


 おれの朝食はすでに済ませているので、モヘナの分だけ用意する。


 バターロール、ベーコンエッグ、サラダにインスタントのコーンポタージュ。オレンジペコーで温かいミルクティーを入れた。


 朝食をおえ、リビングでミルクティーのおかわりを飲んでいたモヘナが云った。


「しのクンは料理が上手なのですね」


「ああ。えっと、どういたしまして」


 昨日から料理とよべるほどたいしたものはつくっていないので恐縮した。シチューも具材を切って炒めて煮こんで市販のルウを入れただけだ。(めん)つゆで煮こめば手ぬきの肉じゃが、カレーのルウを入れればカレーになる。


 て云うか、このお嬢さま、料理したことないな? 


「……しのクン?」


 間を置いて、そうよばれたことに気がついた。モヘナがいたずらっぽくほほ笑んで云った。


「あなたのご両親がそうよんでいました。私もそうよんではいけませんか?」


「ああ。全然問題ないよ」


 女のコに「しのクン」とよばれるのは、ちょっとくすぐったい気もするが、モヘナならよいか、と思った。だれに聞かれるわけでなし。


「……それにしても、すごいですね」


 モヘナがリビングのぐるりを見わたして云った。リビングの鴨居と天井の間の壁を埋めつくすように飾られている世界各国の原始的(プリミティヴ)な仮面の数々である。


 もちろん、母さんの実益(研究)をかねた悪趣味だ。


 小さい頃は、遊びにきた友だちが「お化け屋敷だ」と怖がって二度ときたがらなかったし、高校のクラスメイトにも「おまえんち、呪いの館みてーだな」と笑われた。


 そのため、モヘナをリビングへ通すことをためらっていたのだが、おれの趣味ではないし、おそかれ早かれバレるのだから仕方ないとあきらめていた。


 しかし、モヘナの感想は意外だった。


「精霊の姿をうつしたものが多いようですね。あれは水、あれは樹の精霊です。……ゲヘナムまであるじゃないですか。この世界では悪霊の仮面と云うことになるのでしょうか?」


 長年見慣れたおれにもさっぱりわからないのだが、モヘナにはどの仮面がなにを表現しているのかわかるらしい。母さんが聞いたら泣いて喜ぶぞ。


「……ゲヘナムって、昨日、おれたちを襲った着ぐるみのザコキャラか!?」


「ええ。修羅界の低級妖魔です。ゲヘナムの姿はひとつではありません。あれもゲヘナムです」


 彼女の指さした原色のケバケバしい仮面は、云われてみると昨日おれたちを襲ったザコキャラに似てなくもない。


「あのエロマンガ(仮名)とか云うヤツは、ゲヘナムじゃなくてドッチラ家の追っ手なんだな?」


 モヘナは哀しげに視線を落とすと、ささやくように云った。


「……あのコの名前はエロマンガではなく、エマロンガ・ミロンガ・ロロガンバ。私と同じ〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉です」


「〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉!? モヘナの仲間がなんで!?」


「まだ〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉がドッチラ家にだまされていると云うことです。私の失踪(しっそう)までアキバ家の反逆と関係づけて吹聴(ふいちょう)しているかもしれません。エマが私を敵とみなしていたことは、しのクンが一番よくご存知のはずです」


 うん、そうだね。超殺されかけたしね。


「てことは、やっぱり孤立無援なのか……」


 おれは嘆息(たんそく)した。ドッチラ家の刺客に襲われて人間界へ堕ちてきたモヘナが魔界で行方不明扱いされていることは想像にかたくない。


 そのことに気づいた〈冥土(メイド)巫女(ミコ)〉たちが人間界へモヘナの捜索にくることを期待していたのだが、その芽は早々に摘まれた。

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