第三章 鹿香(かのか)家の秘密 〈9〉
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「ただいま」
帰宅したおれはダイニングキッチンへ向かうと、買ってきたアイスを袋のまま冷凍庫へ入れた。
ファミレスでモヘナにデザートを食べさせてあげられなかったので、モヘナとコンビニへ寄ったのだ。
父さんたちはすでに食事を済ませていた。
テーブルの上には、おれの夕食のおかずと白い冊子が置かれていた。鹿骨神社の白鹿祭について書かれた大学の紀要だ。父さんが出しておいてくれたらしい。
父さんたちの姿はリビングにもダイニングキッチンにもなかった。父さんは風呂、母さんは2階の書斎か寝室にいるのだろう。大学の紀要を手におれたちも2階の自室へ上がる。
いつにも増して部屋が暗いのはカーテンが閉まっているせいだ。はて、出がけにカーテンなぞ閉めていったかな? あるいは、モヘナが閉めたのかな? と思って、部屋の灯りをつけると、机の上にモヘナのブーツと服が置かれていた。押入れにかくしておいたものだ。イヤな予感がした。
「モヘナが出したの?」
「いいえ」
おれの問いかけにモヘナが首をふった。だれかが部屋の戸をノックしたので、ふりかえると母さんが立っていた。
「しのクン、ちょっといい? それについて訊きたいんだけど?」
あちゃあ、母さんの仕業か。マズいことになったと内心頭をかかえたが、同時に腹も立った。モヘナのブーツと服を見つけたと云うことは、おれの部屋の押入れの中を勝手にあさったと云うことだ。家族にも最低限のプライバシーってもんがあるだろう?
「なんだよ?」
怒気を含むおれの口調に母さんとモヘナが少し緊張した。
「その服とブーツ、どうしたの?」
「……ブーツの話は前にしたろ? 友だちのあずかりもんだよ」
「じゃあ、その服は?」
「い、一緒だよ」
「しのクンのものじゃないのね?」
「当たり前だろ」
「友だちからあずかったって云うの? 友だちってだれよ?」
「母さんには関係ない」
一応、ウソの友だちからあずかっている設定だが、正確にはモヘナであり、モヘナからあずかっているのだからまったくのウソではないし、母さんに関係ないことも事実だ。
「どうして友だちから女のコの服をあずかっているわけ?」
「……おれがあずかったのは紙袋だよ。中に女物の服が入っているなんて知らなかった」
「しのクンは中身がなにかわからないものを黙ってあずかったりするわけ?」
「あれが拳銃や爆弾の入った袋だと思ったらあずかるわけないだろ。アブナイもんじゃないと思ったからあずかったんだ」
「ふつう、中に入っているものを確認しない?」
「しないね。おれは友だちを信用してるから、だれかみたいにコソコソあさるような、うす汚いマネはしないよ」
おれの揶揄に母さんのギアが一段上がった。
「それ、服だけじゃなくて、ヘンな下着まで入ってるのよ。どっかから盗んできたものとかだったらどうするの?」
さりげなくヘンな下着とか云われて、モヘナが小さくしょげた。
「おれの友だちを泥棒よばわりするのかよ?」
「……そうじゃないけど、もしも袋の中にヘンな薬とかかくしてあって、しのクンが捕まったりしたらどうするのよ?」
「なにか? 母さんはおれの友だちが下着ドロとかヤクの売人だと思ってるのか? サッカー部にもクラスメイトにもそんなやつひとりもいねえし、そんなバカ連中とつきあうわけないだろう? ……あんたがおれのことを信用していないのは、よっくわかった」
「そんなこと云ってないでしょ? 母さんは心配して……」
「うるせえ。もう出てけよ。人のことを犯罪者扱いするやつと話なんてしたくねえ」
おれは母さんを威圧して部屋の外へ追い出すと、荒々しく戸を閉めた。こんなに腹を立てたのは久しぶりだ。
おれが母さんにウソをついていることは認める。
ただ、それはおれの悪事をかくすためのウソではない。本当のことを云っても信じてもらえないだろうし、本当のことを云えばよけいに心配をかけてしまうかもしれないからだ。
つきたくもないウソをつきつづけなければならない疾しさが、逆ギレのかたちで噴出したこともあるかと思うが、それ以上におれやおれの友だちを侮辱したことが許せなかった。人を見くびるにもほどがある。
「しのクン……」
「不愉快な想いをさせてごめん、モヘナ。とりあえず、おれは下でメシ食ってくるから、その間に着替えといて。アイス持ってもどるから」
机の上のモヘナの服を紙袋にしまいながら云うと、モヘナが泣きそうな顔をした。
「ごめんなさい。私のせいでこんなことになって……」
「なに云ってんだよ。むしろ、モヘナには感謝したいくらいさ。あの女が腹の底でおれをどんな風に見てたかわかったんだから」
「……そう云う云い方しないでください」
「……?」
「私がここにこなければ、しのクンがお母さんから疑われることも、のどかちゃんたちにふりまわされることもなかったんです。私はここにいてはいけないんです」
「頼むよ、モヘナ。やめてくれ。おれは君のせいだなんてこれっぽっちも思ってない」
モヘナが服の入った紙袋を手にして云った。
「私、ここを出て行きます。私がここを出て行けば、しのクンはこれまでと同じ日常をすごすことができます」
「魔法の使えないモヘナがここを出て行ってどうすんだよ? どうやってアキバ家と連絡をとるんだよ? どうやって追っ手と戦うんだよ? 行く当てもなく逃げて、人から盗んだメシを食って、人を殺して魂精を得るのか?〈冥土の巫女〉の誇りを捨てて、魔界の陰謀を見すごしにして、身も心も悪魔になり下がるのか!?」
「じゃあ、どうすれば……」
まったく、めんどくせえな。ホント、今日は厄日だ。ジコチュウな女たちにふりまわされっ放しじゃねえか。頭に血がのぼったおれは怒りに任せてモヘナを強く抱きしめた。
「し、しのクン、痛……」
「ごちゃごちゃうるせえ。……おれはモヘナが好きだ」
おれは無意識に口をついて出た自分の言葉に内心動揺し、モヘナを抱きしめる腕から力がぬけた。
ずっと心の中でうやむやにしてきたが、とどのつまりはそう云うことだ。モヘナへの気持ちを認めてしまうと別れが辛くなる。おれはそれがイヤで自分の本心をはぐらかしていたのだ。
緊張していたモヘナの身体からも少し力がぬけた。おれは彼女の耳元に小さな声で精一杯ささやいた。
「惚れた女の力になりたいと思ってなにが悪い。ヘンな遠慮とかどうでもいいんだよ。おれは全部好きでやってるんだ」
「……」
「モヘナのおかげでアホの鹿香姉妹とも知りあえたし、おじいちゃんやおばあちゃんの過去を知ることもできた。モヘナは迷惑どころか新しい絆の種を運んでくれた。感謝してもし足りないくらいさ」
「そんなこと……」
おれは軽薄をよそおってほほ笑みながらつづけた。
「おれはモヘナを魔界へ還す手助けがしたいだけなんだ。どうせ一緒にいられるのもあと数日だろ? モヘナの方こそさっきみたいなのは迷惑かもしんないけど、おれのわがままにつきあってくれないか……」
云ってしまうと泣きそうになった。このままモヘナをはなしたくないと思った。ほんの数日一緒にいただけなのに、ものくるほしかった。
モヘナがおれの胸に頭をやさしく押し当てた。おれは彼女の身体を抱きしめていた腕を解いた。
「ごめん」
身体をはなすとモヘナがうるんだ瞳でこちらを見上げていた。
「しのクン……」
どちらともなく近づいた互いの唇が重なりかけたその時、
ちゅどん! と、小さな爆発音が聞こえた。




