第二章 謎のブードゥー少女 〈9〉
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おれとモヘナが風呂につかっていた頃、弁当屋『ほっこり亭』前の公衆電話に足の生えた大きなリュックがとりついていた。
笹原の云うブードゥー少女、すなわちドクロ杖のアヤシイ少女だ。
プルルル……カチャ。相手側で受話器を上げた音がすると、落ちついた女性の声が応えた。
「はい」
「おおお、お姉ちゃん? 私。のどか」
「調査の首尾はどう?」
「斑雲山ってところの五大元素が激減してた。強大な魔力の痕跡だと思う。野次馬にきた悪魔を4匹ほど片づけちゃった」
「えらいね、のどか。それで?」
「そこから移動した微弱な魔力の痕跡をドクロ杖に追わせて、となりの坐浜市まできたんだけど、お、落つちいて聞いてくれる?」
「落ちつくのはあんただ。それで?」
「そ、その街に、のどかたちと同じ名字の男のコがいたんだよ」
「なんですって!? 名前は?」
「鹿香。鹿香なんとかって云ってた」
「私たちと同じ名字っつーんだから、鹿香なのは当たり前でしょ!? 肝心なのは名前よ、名前」
「あ、えっと、気が動転して忘れちゃった。てへっ」
「てへっじゃない! あんたねえ、情報収集は調査の基本だろがいっ! どんなささいなことでも、きっちりメモしておくクセつけなさいって、日頃から口を酸っぱくして云ってるでしょうが!」
「お口酸っぱいって、ひょっとして、お姉ちゃんの初キッスはレモンの味だったりして?」
「酸味キツすぎるわ! って、お姉ちゃん怒ってるんだよ!?」
「ひあああっ! すいませんごめんなさい!」
「まさか、あんた自分は鹿香のどかです、なんて正直に云ってないだろうね?」
「なんですと!? お姉ちゃん、のどかをだれだと思ってんの?」
「お役立たずのスカポンタン」
「ひどいよ、お姉ちゃん! のどか、ちゃんと偽名使ったもん! ちゃんと狩庭のどかって云ったもん!」
「はいはい。もしも、そいつが〈碧血〉の末裔だとしたら、今回の件と関係があるかもしれないってわけね。それで?」
「なあに?」
「照見メガネで正体を看破したんでしょ? 首尾は?」
「……あのね、お姉ちゃん。怒らないで聞いてほしいんだけどお」
「なに?」
「山を調査している時にね」
「ふむ」
「照見メガネ落としちゃったみたいなの。てへっ」
「こんのバカちんがああっ!」
電話線をブチ切りそうな怒号が受話器をふるわせた。
「ああっ、怒らないでって云ったのにっ!」
「約束したおぼえはないっ! て云うか、あんたは人が苦労して造ったもんを、次から次へとひょいひょいひょいひょい失くしやがって!」
「ふぇ~ん、わざとじゃないんだってばあ!」
「わざとだったら、とっくの昔に絞め殺しとるわっ! ……ふーっ、ふーっ」
受話器の向こうから冷静さをとりもどそうと呼吸をととのえる音が聞こえた。
「それで? そいつのヤサはつきとめたのかい?」
「ヤサ? どやさ、どやさ」
「やかましい。そいつの家だよ。〈碧血〉かもしれない鹿香の」
「……それがね、お姉ちゃん。今度こそ怒らないで聞いてほしいんだけどお」
「ふむ」
「気が動転して逃げてきちゃった。てへっ」
「こんのバカちんがああっ!」
「あああっ、今度こそ怒らないでって云ったのにっ!」
「それも約束したおぼえはないっ! あんたどんだけ役立たずだ! この愚妹獅子舞てんてこ舞いっ!」
「ひあああっ! もはや、なにをどう罵られているのかよくわからないけど、すいませんごめんなさい許してください堪忍してつかあさいっ!」
「ったく。しょうがない、明日、私もそっちへ合流するよ。……時刻表、時刻表っと。ふむふむ、あった。朝イチでお山を下りて、午前10時42分発・快速岐野線。午后1時16分、名古屋乗りかえと。ここで名物ひつまぶし弁当買えるな。午后1時24分発・特急イスカで、午后4時2分に坐浜駅着。この電車乗って行くから、駅前で待ってな。もしもいなかったら、ただじゃおかないからね。それまでよけいなことするんじゃないよ」
「諒解ですっ! 命にかえても遵守するですっ!」
公衆電話に向かって敬礼するアヤシイ少女を『ほっこり亭』のパートのおばさんが、店の中から胡乱な目で見つめていた。




