5-30 本選開幕①
祝祭二日目。都市を埋めつくす音は大別して二種類。
ひとつは青空を飾る色とりどりの花火の音。
もうひとつは世界を切り取るカメラのシャッター音。
ガロアンディアンは着実に外側の常識から逸脱しつつあった。
空に花火が打ち上がり、ファンファーレが鳴り響く。
同時に林立する高層建築の最上階が膨れ上がったかと思うと、展開して互いに接続、巨大なアーチを形成していく。尋常な建築様式や物理法則を無視した頭でっかちな塔の群れは、昨日行われていた『高層クラフトコンテスト』の成果物だ。
珍しい光景が現れる瞬間を逃すまいと人々が群がり、端末や小型写真機を掲げた。
祝祭の音と光が頭上の花火にも負けず劣らず華やかに咲き乱れる。
主観より確かな記録。念写補助機能がプリセットされた携帯端末や眼鏡よりカメラ。
新たな探索者の職能区分『観光客』は曰く付きの杖を運用する呪術師だ。
『感魂性を持ったフィルムの上に被写体の魂を焼き付ける』という呪力を纏うカメラは地域によっては奪魂機とも呼ばれ、一般的には法で規制された凶器である。
しかしガロアンディアンでは違う。資格試験に合格し、適切な安全装置を取り付けられた製品であれば、対象のアストラル体を傷つけることなく光学映像のみを記録できる。
いまや神秘は零落した。カメラに魂を奪われるというのは迷信であるという信念。魂そのものが相対的な呪術的価値でしかないという認識。いくらかの存在量が変動しても大きな影響はないという通説。そもそも魂の有無にこだわるよりも存在の痕跡を広域に証明するほうが過酷な第五階層で生き残るために役立つ、という環境の変化。
呪いは祝福へと変わっていく。
写真は祝祭の記憶そのものだ。
異質な景色を記録する、未知なる世界の非日常。
パシャリと音がして、新しい過去が刻まれていく。
ガロアンディアンに『上』も『下』もない。中立的な緩衝地帯を自称するこの第五階層では表立っての衝突は忌避される。そのような空気がいつの間にか出来上がっていた。
古き良き万獣祭に殺し合いは不要。代わりに尊ばれるのは競争だ。
その共通認識を象徴するイベントが、今まさに始まろうとしていた。
空使い選定レース。テキストベース・サーキット。天主を巡る彩域の試し。
箒乗りたちの熾烈な競い合いが幕を開ける。
都市の中心部にクラフトされた即席の大型スタジアムに集まった観客たち、各地の大型幻像や端末の配信映像を熱心に見つめるファンたちは口々に噂する。
空における最速は誰か。それが今日、はっきりとした形で示される。
期待に昂ぶる人々は、ふと異変の予兆を感じ取って空を見上げた。
突如として暗雲が立ち込め、重々しい音楽が響き渡る。
何の演出だろうか? 困惑する人々の耳に、よく通る男の声が届いた。
「暴君に裁きを。暗君に試練を。邪知暴虐の王に怒りを」
そのフレーズは、とある界隈で良く知られた定型句。
ミーム化して久しい陳腐な、それでいて切実な悲鳴と怒号。
とある有名な動画配信者が使い始めた、大胆不敵な犯行声明。
すなわち、王を殺すという決意の表明である。
「機械女王トリシューラに告ぐ。これより祝祭はお前と言う独裁者の審判へと姿を変える。お前が正しき王の器であるならば良し。もしそうでないのなら」
頭上の立体幻像を、ガロアンディアンの誰もが注視していた。
『王殺し』と呼ばれた男の美貌は夜空に口を開いた影のように幻惑的だった。
戦意に猛る表情、ぎらついた犬歯が放つ獣の気配。襟足を長く残したアッシュカラーの髪は狼の体毛のように流れ、男の野性味を際立たせている。
「覚悟しろ。この『王殺し』が、断罪の爪牙でお前の闇を照らすだろう」
「はい、というわけで、おはセスカー。予告した通り、今回はコラボ案件です」
表示された立体幻像の横からスライドしてきたコルセスカがクラッカーを鳴らす。
『王殺し』の幻像に一瞬ノイズが走り、それから静止。画面中央に『王殺し潜伏中』の文字が大きく表示された。コルセスカの幻像はどんちゃかと効果音を鳴らしながら場を盛り上げていく。不穏な気配はいつしか去り、背景音楽が止むと曇天効果が晴れていった。
「シルエットでちょっとバレ気味でしたが、まさかの超大物でわくわくが止まらないですね。ご本人はプロ意識の塊なので既に会場への潜伏を開始しているとのこと。多分もう会場入りしてると思うんですけど、『王殺し』さん見てますか~」
徹夜のゲーム配信で完勝してからさほど時間は経っていないというのに、コルセスカはいつも以上に張り切っていた。有名探索者の多くがそうであるように、英雄と見なされるコルセスカもまた『ゲーム配信じゃなくて探索しろ』『いや探索よりゲーム配信して』のフレーズで有名な配信者だった。
流れで移動してきた固定ファンたちが寝不足の血走った目で歓声を上げる。
コルセスカが手を振り、その後ろからぴょんとトリシューラが顔を出した。
「というわけでレース同時進行のビッグイベント! 『王殺しを探せ!』を開催するよ!」
衝撃の暗殺予告からシームレスに繫がったイベント説明によって、人々の心に過ぎった不安は一瞬にして払拭されていた。
予想外のトラブルなどではなく、事前に段取りを組み立てていたであろう流れ。
流血や暗殺などこの場には不要。これも祝祭に花を添えるスリリングなイベントだ。
「この広い会場のどこかに、超有名な暗殺配信者が紛れ込んでいるぞ! 果たして私は暗殺されてしまうのか? それとも名探偵が阻止してくれるのか? 超一流の変身者VSここにいるみんな! 名推理、散りばめられた手掛かりの発見、正体看破、交戦、有効打、捕縛など功績に応じてトロフィーと豪華賞金を獲得! 会場で有名配信者のセスカや『王殺し』と握手! 今ならまだまだ参加可能、みんな急げー!」
示されたイベントの概要を聞いて、人々の間にざわめきが広がっていく。
「これマジ?」「『冬の魔女』と『王殺し』のガチバトル見れんじゃね?」「ガロアンディアン終了のお知らせ」「コラボで暗殺はないでしょ」「暗殺された後で二号機が出てくるんでしょ。知ってる」「『王殺し』ってこういうコラボやるタイプだったっけ」「正直言って幻滅だわ。もっとストイックに悪政を打倒していく人だと思ってた」「機械女王そこまで暴君? 思ってたより保守的なのかな」「槍と翼ガン無視でワンちゃんかわいいね」
ガロアンディアンの伝統的な祝祭は多種族の共存と融和を願うものだ。
万獣祭に怒りと憎しみは不要であり、殺し合いなどもってのほか。
それでも争うのが人の性なら、せめて競い合うことでその代わりとすべし。
遊びと戯れ。全ての熱はその無為なる価値を創出するためだけに浪費される。
機械女王の暗殺計画というサプライズイベントを前置きとして、トリシューラはいよいよ本題に入った。都市の至る所に設置されたスクリーンには第五階層の全体図と、それを取り巻く四つの隣接異界の簡略化された地図が表示される。
同時に、様々なキャラクターや明るいエフェクトが飛び散って雄大な自然や物珍しい生き物などを前面に押し出したイメージ映像が流れた。
目的はコースの紹介だが、同時にツアーの宣伝も兼ねている。
ガロアンディアンとクロウサー家はこのレースをただの一行事で終わらせるつもりはない。観光業の誘致、PRによる企業や人の流入、更に言えば呪力の循環。
第五階層が内包する世界の全てを、選手の飛翔を追体験するように数多くの人々が認識していく。異世界を巡る旅路、その体験。それこそが機械女王が重視する価値である。
「レースの日程は二日間! まずは本中央区の市街地上空コースを巡り、『扉』型のガロアンディアン・ワープゲートから隣接異界へ! 蒼空岩石群の複雑怪奇な乱気流と散らばった大地という障害物が行く手を阻む! 次は白い濃霧に覆われた白翼海! 太古の神秘が待ち受ける見晴らしの悪い荒海を乗り越え、前半戦最後の虫王の庭に突入! 長閑な自然とは裏腹な迫力の巨大昆虫、突発的な黒い暴風が選手たちを待ち受ける!」
表示されたイメージ映像の中で、飛翔していたドローンが過酷な環境に耐え切れず次々に破損していく。もし選手たちが同じような目に遭ったらどうなるのか。
想像を絶するほどの危険さに観客たちは思わず息を呑んだ。
「完走だけで既に勝利! それほどの熾烈な道のりとなる本レースの前半はここで終了! 後半戦のためにここで休憩となりますが、しかしただの休憩では終わりません! 選手たちは睡眠中に夢界へとダイブ! 朱の天主の協力で可能となった夢の世界でのレースは選手たちの精神に試練を与えます! もちろん、観客の皆さんも眠りながら存分に観戦可能!」
事前に知らされていなかった情報に関係者たちにも動揺が広がる。
機械女王と朱の天主に繋がりがあるという事実。夢の中でのレース。全てが異例だ。
どのような形式のレースであるかも不明であり、『杖』の技術力を競う場として認識していた者ほど混乱は大きい。
「そして翌日、後半戦は獣将国の広大無辺の大地から始まります! 龍脈に浸食された渓谷と呪力流の道をどう攻略するかが大きなポイントとなるでしょう! 四つの異界を越えて、選手たちは本都市へと帰還しますがまだ終わりません! 続いては複雑怪奇な森林ステージが箒乗りたちを幻惑する! 古き『死人の森』の試練を突破した先には都市の深淵、恐るべき冥府への入り口が待ち受けています!」
都市の地下には冥府が広がっている。その事実は誰もが知るところだ。
奇妙な話ではある。空を飛び速さを競い合う箒レースであえて地中へと潜り、『空使い』の称号を手にしようと言うのだから。
「その先に待つのは地獄か。はたまた天獄か。二度と戻れぬリスク、死という絶対の恐怖を乗り越えた者だけに『空使い』の栄冠は与えられるのです! 果たしてこのレースから生還できるのは何人なのか! 栄光を掴む者は現れるのか! 全ては彼ら次第!」
機械女王の言葉がどの程度まで大げさな誇張なのかを判じかねている者はほとんどがガロアンディアンの外部から来た者たちだった。彼女を知る者は違う。このレースについての解説に偽りや大げさな部分はない。
場合によっては脱落者や死者すらあり得る。おそらく、それさえガロアンディアンの呪術医療や転生保険をアピールするチャンスに変えるつもりだろう。
「さて、次はお待ちかね! みんなー! 世界最速の箒乗りを見たいかー?!」
応、と大気を揺るがす賛同の声。
照明が、花火が、ラッパの音が、人々の期待をどこまでも煽り立てる。
「私もー! 私もだよみんな!! というわけで選手入場! 全選手入場です!!」
無邪気にはしゃぐトリシューラの宣言により、困惑と不穏が入り混じった空気は一瞬にして掻き消された。会場には熱気が満ち、期待に胸を膨らませた観客たちの視線が特設スタジアムの中心に注がれた。主催者はマイクを手に声を張り上げ、一人目を紹介する。
「まずは誰もが知るこの人! ご存じ四英雄のひとり、砂糖菓子の魔法使い! 本名がクリアケンポロイドで通称はエミリニェロギッポロネーシャ、なおかつジ・アモリファセル・メディアテーク・アラであるところの『ジ・ア・メ・ア』でおなじみ!」
ぴょこん、と長い耳が虚空に開いた穴から飛び出した。
途端、歓声が世界を満たした。興奮した人々は拍手喝采、声を張り上げて歌い出す者まで現れる。どこかからやってきたのは、ミニハットと片眼鏡がオシャレな白黒ウサギ。ステッキのかわりに小さな箒に乗って現れたのはチャーミングな小動物の魔女。
「号は透明、材料はお砂糖、加熱したならキャラメリゼ! みなさん! タマラですわー! レースでは『ワンちゃんをしっかり躾けて散歩できたで賞』を目指しますので応援よろしくお願いしますわねー! あやしい宗教勧誘は玄関でぴしゃん!」
様々な犬を模した精緻な飴細工をばらまくと、観客席から一斉に『タマラ』コール。
『星見の塔』からやってきた魔女の登場で大盛り上がりの会場。
期待に応えた白黒ウサギは「では行ってまいります!」と勢いに任せてフライングスタートを決めた。開始の合図もしていないので反則だが、選手登録をしていないので問題はない。頭上の立体幻像が先行したタマラを追跡し、観客たちは箒乗りが実際にコースを飛翔する様子を確認することができていた。
「続きまして、予選を突破した三人が登場です! まずは予選一位通過! 竜神信教から参戦! 四家威力派の紀竜霊媒! 『真珠』のマルガリータ・アトゥールイン! 機甲箒はご存じシェイドランと工神工房のコラボレーションモデル! 最新鋭の紀竜翼機・『威風』が、鈴国六千年の呪文飛翔と共にそのヴェールを脱ぐ!」
高出力を証明する咆哮じみた爆音が轟くと、派手な双翼が目を惹く流線形の機甲箒が舞い降りた。搭乗席から現れた見目が良く年若い女の登場によって会場は更に加熱。
改造した祭服、頭部にはアクセサリーがわりの派手なサングラス、ピンクパープルのメッシュと頬のダイヤシール、ポシェットと髪留めは紀竜をイメージしたキャラクターもの。
崩したファッションとは裏腹にその表情と眼光は刃のように研ぎ澄まされていた。
「竜導師長にして藍の天主セレクティフィレクティの代理として宣言する。この『彩域の試し』にて資格を得た者を、新たな天主として認めると。だが心せよ。この身は威力竜の代行者。我が竜尾の後ろに立つ者に、天を統べる資格などありはしない」
その言葉は鈴国の天主がこのレースを承認していることを示していた。
新たな天主の誕生。それは夢物語でも誇大妄想でも何でもない。
現実的に起こりうる、歴史上の変革である。
それは今、この時、確実に迫りつつあるのだと誰もが予感した瞬間、世界は鮮やかな彩りで満たされた。会場に降り注ぐ色彩、それは咲き乱れる花々。
「この喜ばしい日に、私からの贈り物を」
どこかから風の呪術で運搬したのだろうか? 雨のような花をばらまきながら、いまや第五階層で最も有名になったティリビナ人は優雅に舞い降りた。
緑天主を自称し、真の意味でその座を手にしようとする男。
石楠花の花冠、白桃のゆったりとした貫頭衣、優雅な佇まい。
その姿を見て予選を知る者たちが気付いた。今日は素朴な木製の箒ではなく、登録してあった予備機に乗っているようだ。
「予選第二位、ティリビナ同胞団の若きリーダーが華やかに登場です! 愛機はトゥルサクリーニングのツーリングモデル。市販箒をベースにレーシングモデルに仕立てた箒は亜大陸の過酷な砂塵をものともしない耐久仕様! 杖に親しむ新世代のティリビナ人から目が離せない! 現代箒レースの対策は完璧だ! ティリビナ人代表、ロードデンドロン!!」
続いて登場したのは女性の二人組。
大きな灰色帽子が印象的なアヴロノと、背中空きのニットと清楚なブラウスを合わせた珍妙な恰好の燐血の民。マジックミサイルをベースに改造した軍用の飛翔体は他の機甲箒と比べても一回り大きい。呪動機が響かせる爆音はもはや破壊的だ。
「ここで予選三位のペアが参戦! ダンジョンで磨いた実戦派! カレルヘインの妖精鍛冶が生み出したとんでもないモンスターマシンを引っ提げて、かつての九英雄パーティ『潤い広場』の二番隊隊長と副隊長というベテラン探索者が殴り込み! ジュティア&ミナ!」
「賞金狙って頑張りまーす」「まーす」
二人組の投げやりなコメントに『真面目にやれ』と野次が飛ぶ。
予選を通過した上位三枠の中ではどこか場違いにも思える探索者たち。『天主』や『空使い』の称号は一般的な探索者にとっては縁遠い代物だ。誰がどう見ても数合わせにしか見えないが、『だからこそ』と逆張りで意外な活躍に賭ける者も少なくない。
「ここからは本選から出場、シード選手たちの紹介です! まずは参加選手随一の変わり種! 従来のルールなど無用とばかりに世界のヨグウムセキュリティからまさかの自動運転箒が参戦! プロフェッショナル・バウンサーの飛翔を見せてやる! ジーゼロ!」
人ですらない参加者にどよめきが広がるが、主催側のトリシューラからしてアンドロイドの魔女を自称している。保守的な者を除いておおむね受け入れられたようだ。
「箒のみの参加となりますが、開発チームからのコメントが届いております。『ヨグウム警備が呪具企業としての威信をかけて開発した杖のオルガンローデ、その初の舞台がこのような歴史あるレースとなったこと、まことに喜ばしく』」
観客たちは驚きつつも長めの挨拶を聞き流し、上空のスクリーンを見上げた。そこに表示されていたのは、工場らしき場所で巨大な機甲箒を背にして並んだ作業服の集団だった。映像の隅には動画のアドレスが張り付けられており、その先に飛ぶとやたらと金のかかったプロモーション番組が始まる。どうやら開発チームのこれまでの活躍をまとめたドキュメンタリーらしく、しばらく前から配信されていたようだ。開発チームのコメントは自信に満ちた宣言で締めくくられていた。
「かつてわが社に所属していた英雄ディーフォーに劣らぬ新たな伝説をご覧に入れます」
ヨグウムグループと言えば義国圏の十二賢者に名を連ねる警備サービス会社である。『一家に一眼、安心安全』のキャッチコピーで知られ、中流以上の家庭のセキュリティ呪具、杖による自動警備、設備の制御や監視、更には遺跡調査グループの警護から派生した探索者事業まで広範な事業を手掛ける大企業で、経営者一族はクロウサー家との婚姻を通して深い関係を築いていた。それを証明するように、クロウサー家側の重鎮である『黒雲翁』セイグリンが登場。推薦と応援のメッセージと共に前例のない無人機の参加を認めてくれた機械女王への感謝と賛辞が述べられる。
潤沢な予算と技術力が可能とした新型箒はかなり大型だが、常識を覆すように静音性は優秀。外観は巨大な棺にも似ており、後方に幾つも突き出した排祈端子は極めて安定した周期で浄化光を発している。前方では巨大な単眼のような宝珠がきょろきょろと左右を眺め、参加選手たちをひとりひとり睨みつけるように観察していた。
杖のオルガンローデの一種と言えるが、機甲箒としてはヨグウムグループが権利を有する複数の特許技術が使用された『自動運転箒』である。
こうした呪具技術の分野では『塔』が世界の数十年先を行っているというのが一般的な認識だが、トップ企業としてはその状況に甘んじるつもりはないということだろう。最新鋭機で殴り込み、自社の技術力をアピールする狙いがあるようだ。
「さあ第二シードはこの人! 静音性? そんなの知るか! 音も吸引力も超デカい! オトルベイトモーターの気合を見やがれ! 同じくかつての九英雄、天馬騎士アスティンが頼みとした一番槍! 閃空騎士団が誇る最速の探索者がレーサーに大胆転身! チキンレースなら絶対敗けん! 暴空族の奔り見せたる、特攻隊長・ファーガストだ!」
これまでに登場した大型の機甲箒たちを遥かに上回るモーター音が会場を揺るがして、上空から流線形の機体が突っ込んでくる。斜めに突き出した排祈管のマフラーは解放型の上に共鳴増幅装置付き。騒音は更に大きく、有害物質を大量に撒き散らすデザインは浄化の絶対量を重視する祭神特性によるものか。登場するレーサーがファイアパターン・プリントのヘルメットを脱ぐと、ビビッドな赤やピンクで染め上げられたツンツン頭がお目見え。いかにもな不良小僧、下町の悪童といった風情の若者が全方位に『ガン』を飛ばす。
「全員かかってこい。ぶち抜いてやんよ」
続けて登場したのは異彩を放つ二人組。他の参加者とは違って機体を伴っておらず、徒歩で会場の中央に進み出ていく。共に長い髪の美形で、観客席の女性から黄色い歓声が上がる。ファンが多いのか、掲げられた横断幕や団扇には二人の名が記されていた。
「栄えある勝者を除けば五体満足で生還したのはこの一族のみ! 先代の『空使い』サイリウスに挑んだ祖父エンハドール、父オズナックの想いを受け継ぎ、次世代の俊英がリベンジマッチに挑む! 選定レース参加は三世代で三回目! プロの箒レーサーが堂々参戦! 世界選手権はどーしたっ! チャレンジ・スピリットは今だ消えずっ!! 言理飛翔に更なる磨きをかけ、エンハ&ナックス兄弟が帰ってきたぁ!」
慣れた様子で手を上げて声援に応える二人。レーシングスーツにはスポンサーである『ロンブルート重工』のエンブレムが輝く。歓声の大きさ、期待するファンの多さ、今度こそという因縁、物語性の強さ。ゾラ分家クァヒート一族に連なる名門の血。地上耐久選手権王者。義国圏グランプリのメダリスト。不敵な笑みでファンを魅了する二人の姿にはレーサーとしての自負がうかがえた。
「そして、おおっと! 続いて現れたのは謎の黒衣! ダークホース戦略なのはわかるがまだ勿体ぶるつもりの様子! 飛びたいからここまで来た! 経歴一切不明、おそらく名前も偽名! もしや誰かの兄弟か?! クリーナー&ダスト!」
夜の民やマロゾロンド信徒だと説明されれば追求もできない。正体不明の不審人物が、装甲を覆う布、そして巨大な錠前と鎖で封じられたこれまた謎の機体に乗って現れる。
無言のまま会場の中央に移動すると、静かにコイントス。更に一枚。続けて無数に。
噴水のようなコインが、雨のように会場に降り注ぐ。
その表示は全て表。槍が示すのは勝利の刻印だ。
「俺は最高にツイてる。だから勝つ」
大胆な宣言に会場の熱気が膨れ上がる。
盛り上がりを受けてトリシューラが次なる選手を紹介した。
「数々のプロレーサーを育成した名指導者! しかし現代の選手としては最高齢! 現役時代、往年の箒レースファンを魅了したテクニックは今なお健在なのか?! 達人の絶技が今、実戦で炸裂する!! グレイスボーアの疾風、ビルメーヤ選手の登場です!」
古いタイプのレーシングビークルの飛翔は極めて安定していた。長く箒を扱い続けてきた者に特有のぶれない前進は教習所のお手本のようだ。耐久選手権用のチューニングを施された機体は分厚いカウルに覆われた頑強なつくり。ごついシルエットから降り立ったのはほっそりとした小柄な老婦人だ。物腰穏やかな微笑みは闘争心からは縁遠く見える。歓声は年配者の比率が高いが、彼女の現役時代を知るファンは決して少なくないようだ。
「こんなおばあちゃんの参加を認めてくれてありがとうございます。ご期待に応えられるよう、精一杯頑張りますね」
予選三枠、シード五枠。
しかしこれらの枠はあくまでも選定レースという形式を成立させるためのもの。
後から呼ばれた者たちに与えられたささやかなチャンスでしかない。
本来、このレースはたった二人が雌雄を決するための舞台。
クロウサー家。巨大な血族に絡みつく因縁、その清算の場だった。
「さあ、いよいよこの二人の紹介となります! なんやかんやあって少年化! 身体は子供、心は永遠の反抗期! 全てはここから始まった! クロウサー家との決戦、ただそのために復活した転生者がガロアンディアンに嵐を呼ぶっ!」
機甲箒を波乗りでもするかのように立ったまま乗りこなす独特のスタイルがいやにはまっていた。小さな身体に比して右側の鋼鉄の長い義腕は大きすぎるのか、前に突き出すようにしてバランスをとっている。風に押し流された前髪が後ろに流れ、端末を搭載した邪視眼鏡ごしに戦意を漲らせる少年はただそこに存在するだけで覇者のオーラを放っていた。
「元祖『鎧の腕』は生きていた!! 更なる研鑽を積み人間オルガンローデが蘇った!! 六王! パーン・ガレニス・クロウサーだぁー!!!」
「覚悟して挑むがいい、凡骨ども。俺の空は荒れるぞ」
傲岸不遜を絵に描いたような態度。だがそれは誰よりも高く浮遊する空の民にとって息をするよりも自然な言葉だ。パーンは己の勝利を確信し、世界が己のものであると疑っていない。伝説に謳われる英傑の迫力に会場に緊迫した空気が流れる。
それを破壊するように、空から落ちたのは輝く流れ星。
「若き当主がこのガロアンディアンの空に舞い降りる!! 私たちは君を待っていたっ!! リーナ・ゾラ・クロウサーの登場だー!!!」
魔女術の幻惑か、登場演出は無意味なエフェクト。
明るく華麗な賑やかし、沢山の花火を空に描きながら、サービス精神とお祭り感に溢れた飛翔で観客席の上をぐるりと巡る。
三角帽子に黒いドレス、シックと見せて意外に華やか。クラシックなデザインの機甲箒は潔癖なほどに純白を貫いた流線形。他の選手のほとんどがレーシングスーツを身に纏う中、レースよりお祭りだと言わんばかりの浮かれたスタイル。
「お待たせしましたー! いえーい! みんな盛り上がってるー?!」
当主の座を巡る真剣勝負の舞台だとか、歴史ある呪術儀式だとか、茶番めいた人質騒動があったばかりだとか、そういう細かい事情を全て無視するかのような軽薄な振る舞い。
パーンは現代の当主を見ながら静かに口を開く。
「余裕がありそうだな、現当主」
「お祭りだからね! 盛り上げてこー! みんなもよろしくー!」
静と動。対照的な二人の間で見えない火花が散る。
ただしリーナの周囲で散っているのは自分で唱えている幻惑呪文の花火であり、ただの演出用の光学効果だ。完全に浮かれており、口の端のチョコレートが屋台食べ歩きの可能性を示唆していた。それに気付いたパーンの目がすっと細められた。
「えー、いい感じに盛り上がって参りました! というわけで以上! 栄光ある『空使い』の称号を巡って競い合う参加選手の紹介でした! ぱちぱちぱちー!」
トリシューラが強引に場を仕切り直す。
役者は揃った。あとはレースを始めるだけ。
戦意を漲らせる選手たちだったが、ここでクロウサー家の関係者やスポンサー企業などの紹介、関係者からの祝辞、挨拶などが挟まり場の熱気がやや盛り下がっていく。
形式、段取り、大きなイベントに付き物の手続き。
本番を待ち望む観客と選手たちは、型どおりの流れを大人しくやり過ごしていた。
だから、直後に到来した異常な光景に反応するのがわずかに遅れたのも無理はない。
一瞬の間に蓄えられた驚愕。この日、最大級の衝撃が会場を揺るがす。
「さて皆さん、ここで重大なお知らせです。このレースを見届けるため、二つの陣営から特別ゲストをお招きしております。まさに共存共栄の祝祭に相応しい来賓! ご紹介しましょう、レストロオセ四十四士・ミシャルヒ! 守護の九槍・カーズガン!」
浮遊する黒衣の麗人と、騎乗した魁偉なる武人が会場の両端から姿を現す。
彼らは二大陣営を代表する英雄だった。
ひとりは古き時代を直接知る夜の民、幻姿霊種族の頂点に立つ幽鬼の一角、ミシャルヒ。もうひとりは草の民の英雄、槍神教に忠誠を誓う無双の武人、カーズガン。両陣営の重要人物が登場したことで場が緊迫する。
同時に、観客たちの脳裏に過ぎるのは第三世界槍での和平調停のニュース。
「まさか、あのミシャルヒ様が?」「よりにもよって屈辱の英雄?」「パーンの盟友だったという伝説は」「誇りを売った靴舐め野郎がどうして」「ミシャルヒ様は穏健派という話を聞いたことが」「英雄カーズガンの名を穢す恥知らずが何のつもりだ」「あーんミーシャ様こっち見てー!」「同族殺しの虐殺野郎が!」
上と下、天と地、義国と鈴国。両者の間には巨大な断絶が横たわっている。
たとえ中立地帯を謳う第五階層の中とはいえ、向かい合えば争いは必然。
しかし両者はあろうことか人々の前で互いの手を握り合った。
握手。ガロアンディアンでの意味は疑いようもなく友好を示すものだ。
歴史的瞬間とも解釈できる事件。
果たしてこれは両陣営の公式な態度なのか?
それともこの場だけの形式的なもの?
いずれにせよ、このような場が用意され、この状況が生み出されたという事はとてつもない驚きをもって世界に受け止められた。
平和。それは決して絵空事ではない。
余りにも長く対立を続けてきたために、その発端すら曖昧なほど二つの陣営は争いを繰り返してきた。義国と鈴国。二大祖国と呼ばれる本大陸文明圏の歴史は、戦争と休戦の飽くなき繰り返しである。
平和とは戦間期の言い換えであり、休戦、停戦、戦線の一時的膠着、かりそめの平穏は幾度となく訪れてきた。人々にとって戦争が当たり前の日常であるのと同じように、平和もまた当たり前の日常だった。誰も争いが完全に終わるなどとは信じていない。だが自分の代でそのインターバルが長く続くのならそれは歓迎したい。人々にとっての平和とは、つまりそのような幸運なのだ。たとえかりそめであっても、息をつけるのならそこは楽園に等しい。
「おいこらっ、カーズガン、てめえっ!」
とそのとき、激昂が友好の一幕に割って入った。
食ってかかったのは選手の一人。不良少年の雰囲気が抜けきれない若手レーサーのファーガストだった。巨漢は言葉には応じず、だが意味ありげな微笑を返す。渋面を作って舌打ちするファーガスト。どうやら同じ草の民であるらしい若者は、英雄の知己のようだ。
流れは変わらない。祝祭という巨大な舞台の上に、役者は続々と集う。
誰かが描いた脚本のままに、巨大な運命がうねり、ちっぽけな意思を絡め取る。
二人は示し合わせたように、全く同じ意味の言葉を発した。
「大いなる槍神の導きにより参った! この祝祭に紀神の加護があらんことを!」
「偉大なる影神の託宣により参上した。この祝祭に紀神の加護があらんことを」
祝祭の日。人々はわずかな時間、砂上の楼閣を幻視した。
見かけ上の平穏の先、甘い誘惑を囁く楽園を夢想する。
戦争が終わる。苦しみが終わる。始まるのはそう、楽しい夢の時間。
終わることのない、お祭り騒ぎ。




