5-15 未来回想、それは破綻した青写真
「かくて予定調和は崩れ去り、運命は流転していく。車輪のように。巡る蛇のように」
眼下の喧噪を眺めながら、少年は歌うように呟いた。
ふわりふわりと雲の上。
かりそめの空に浮かぶ真っ白なクッションに背を預け、甘いドライフルーツを口に運ぶ。
祝祭と競争、渦巻く陰謀。それら全ては等しく無意味で、だからこそ娯楽となる。
『空使い』の称号を巡る戦いは、その前哨戦を終えたところだ。
その役割にどのような意味があるのかもわからず、曖昧な光に引きつけられる蛾のように人々はゴールを目指す。己を鍛え、策を練り、勝利と敗北を繰り返す。
策に溺れた敗者の間の抜けた表情を眺めながら、観戦者は愉快そうに笑った。
「根のように。泥のように。人類は強く前に進む。屍で出来た道を顧みることもなく。悲しく空しく、傲慢で残酷だ。ヒトはずうっと変わらないな。そう思わないか、兄弟?」
雲の上で半身を起こすと、少年は隣人に声をかける。
意識を向けるまで、そこには誰もいないはずだった。
そしてこの場所もまたどこでもない、直前までは確かにそうだった。
こんな場所があるはずがないのだ。ガロアンディアンの目が届かぬ遥か上空、天竜境界の干渉に晒されない安全地帯。祝祭の厳重な監視網をかいくぐるかのように構築された隔離された異界。誰にも見つからない秘密基地。
どういうわけかその矛盾は成立していた。
存在しないはずの空白。空っぽの空。空洞の空間。
誰も到達できない空。
子供の空想みたいな夢の中に、鳥籠が配置されていた。
その中に囚われているのは一人の男だ。
囚われているというのは正確な表現ではないかもしれない。
守られている。
あるいは、安置されている。
伸び放題の髪は不器用に切りそろえられており、金色の瞳は画布をまっすぐに見つめている。男は一心不乱に絵を描いていた。淡々と、自動的に、言い訳をするみたいに。
傍らには骨で作られた小さな造花。
繰り返し描かれては積み重なっていくのは同じモチーフの絵、絵、絵。
鉛筆で描かれた世界に色は無い。それでもそこには鮮やかな質感があった。
栄華を誇るかのような財貨、春を謳歌する果実もやがて朽ち、あるいは腐りみすぼらしい屍を晒す。髑髏の眼窩がまなざしを向ける先は果ての無い虚空か、あるいは無明の闇か。
髑髏と果実。死と生。ヴァニタス・ヴァニタートゥム。
彼自身の在り方さながらに、その姿はどこまでもむなしい。
「『かつてあったことは、これからもあり、かつて起こったことは、これからも起こる。太陽の下、新しいものは何ひとつ無い』。ああ、リーナ。来ていたんだね。なんだかとても久しぶりな気がするな。元気にしていたかい?」
ゆっくりとした反応。人形は柔らかく微笑みを作った。
物言う屍に声をかけた少年は瞑目して溜息を吐く。
憐れみ、あるいは諦観と共に呟いたのはこんな言葉だった。
「全ては斉しく虚ろだ。『なんという空しさ、なんという空しさ、すべては空しい』」
少年はへらへらと怠惰な薄ら笑いを浮かべ、屍は噛み合わない言葉をどこにもいない少女に向かって投げかけた。全てが噛み合わない空虚な時間が流れて行く。
「待てるかい、王子様。お姫様が箒に乗って迎えに来るのを」
「リーナはいつも元気だなぁ。けど、相変わらずで安心したよ」
「手伝ってやるよ。俺はお前が気に入ったからな」
何もかもが一方通行のまま、少年は自己完結的なコミュニケーションを成立させた。
悪戯を企む悪童のように口の端を吊り上げると、逆に幼さが減じる奇妙な顔立ち。
片側だけ長い前髪の奥に隠れた右目が銀色に輝く。
悪しき妖術師のようにも敬虔な聖職者のようにも見える漆黒の長衣が蠢くと、頭足類の触手のように伸びあがって鳥籠を覆い隠す。
少年の指に嵌められた真鍮と鉄の指輪がごうごうと唸る。青と白の天空を、異形の闇が埋めつくしていく。誰も知らない秘密基地。幽閉された王子様。
手品のように手を一振りすると、鳥籠の中には誰もいなくなっていた。
まるで奇跡の脱出トリック。種明かしはされないまま、後には何も残らない。
「攫って行くのは悪い魔法使い? それとも少女を導く善き賢者? なんてな」
鮮やかな手並みを自画自賛するように拍手を響かせ、満足そうに頷くと立ち上がって踵を返す。誰もいない雲の上から飛び降りようと一歩を踏み出す。
と、その直前で何かに気づいて停止した。
「へえ? けっこう気付かれるもんだな。かくれんぼは得意なんだけど。それとも、これはお前だからなのか? 照れるな、運命とか感じちゃうぜ」
青空を、無明の闇を食い破るようにその場所に侵入する者がいる。
十字の瞳。病的な白さの肌。悲嘆と憂いの張り付いた表情。
目隠しをした少年が時のうつろいと共に紫衣を纏った王へと成長し、最後には白髪の老人となって朽ち果て、また幼き日へと生まれ変わっていく。
「驚いた。知らぬ再会だ、友よ」
巡る時空を見通すはずの賢者が目を見張っていた。
悪戯が成功したのを確かめた少年が左目を細めてにまりと笑う。
「サプライズって奴だよ、可愛いオルヴァ坊や。ところでお前、おにーさんとは同期してないんだな? この舞台に上がるつもりは無いから別にいいけど」
「何をしている」
「遊びが無いな、バルバリッチャ。ゆとりを持てよ。俺はここに遊びに来たんだ」
二人が旧友として向かい合ったのは一瞬のことだった。
今この時、対峙しているのは守護者と侵入者。
両者の道は既に分かたれている。
何故なら、この少年こそは。
「魔将ガドール。何を求めてガロアンディアンを訪れた?」
「決まってるだろ? 世紀の大イベントを見物に来たのさ。七層の管理にも飽きたんでね。呪祖姫とおにーさんに預けて、俺は猫のゲームからは抜けることにしたんだ。いつまでも盤上の駒をやってるのもつまらないからな」
「ガルズ・マウザ・クロウサーをどうするつもりだ」
「オルヴァ・スマダルツォンともあろう者が答えをねだるのか? 見ればいいだろ、その時十字が示す未来を。あの時だってそうしただろう? お前が見た王国の行く末は」
問答は唐突に打ち切られた。
宙を引き裂く対の掌が魔将ガドールに襲い掛かったのだ。
不意を突く一撃は、しかし黒衣をかすめただけに終わる。
黒と紫の影が交錯し、足場の雲が引き裂かれると同時に離れていく。
少年は跳躍し、更に虚空を蹴り、何もない場所に立ってオルヴァを見下ろした。
がらんどうの鳥籠を背に、千切れた雲の上でオルヴァが左右の手を顎に見立てる。
指は牙。掌は口。空を抉り取る必殺の一撃を軽々といなして少年は微笑む。
挑発的に口の端を吊り上げ、誘うようにこう続けた。
「楽しい滅びをまた見せてくれよ。なあ、また一緒に遊ぼう、オルヴァ」
好意的な口ぶりとは裏腹に、魔将の全身に充溢していくのは燃えるような戦意だった。
少年の身体を取り巻く闇が蠢き、黒衣から浮上したのは文字と数字が刻まれた円形石版。
古めかしい祭具は少年の頭上で変容していく。
時が真円を翳らせて、三日月の刃から長柄の闇が伸びていく。
月の輪廻を刃に変えて、暦は酷薄に死を示す。
黒紫の大鎌を担いだ少年の姿はさながら死神。
「ガドール・コヘレト。お前の目的が『銀の物語』なら、邪視の座に関わらぬその屍を弄ぶ意味は何だ?」
「遊びだって言ってるじゃん。言葉を弄するなんてらしくない。素直に先を見ろよ。それとも怖いのか? お前の目が破滅を確定させることが」
両者の影が虚空を裂いて飛翔する。
激突し、交錯し、首を刎ね、臓腑を裂き、死と輪廻を超えて少年の姿で取っ組み合う。
子供の喧嘩は王者の戦争に形を変え、使役する影絵の軍勢はごっこ遊びの無意味に還って生成と消滅を繰り返す。老人と幼児のキメラ、あるいはしわくちゃの小さな怪物が全能の庭を駆け巡り、致死の悪戯で破壊を撒き散らしていった。
両者の姿は変容していく。矮人に、小鬼に、長寿者に、あるいはまた別の何かに。
終わりのない不毛な戦い、その流れが唐突に断ち切られる。
ガドールの鎌が消えていく。三日月が細くなっていくように、それは大地の影に覆われて消えた。新月。闇を握りしめ、空白を持ち上げたガドールが『何もない』を振り下ろす。
「俺は『虚ろうもの』。弑された終端を握るのはお前ではない、そしてこの俺でもない」
謎めいた呪文と共に放たれたガドールの奇怪な『非』攻撃に対して、オルヴァは顎の形意拳ではなく拳と短い呪詛で応じた。先を読んだ呪文戦の攻防。言葉遊びを制するのは、戦いの趨勢を見透かすことができる紫の賢者であるはずだった。
だが、十字の瞳には恐れの色。
ガドールとの遭遇を未来視は見通せなかった。
それはすなわち、この魔将には賢者を上回る何かがあることを意味していた。
オルヴァが必勝の拳をガドールに叩き込む。
小手先の呪文は返しの嘲笑に掻き消され、無為の呪いさえ貪り尽くす絶対の破壊が魔将の足掻きを呑み込んでいく。おお、なんという愚行! ブレイスヴァを握ろうとする者もまた喰らいつくされるであろう! 握る拳もまた終端を喰らう大顎なのだ!
魔将ガドールはここに敗北した。
ブレイスヴァに抗う術など無い。
彼はカシュラムの教えを最期まで理解することは無かった。
友人を理解できたという驕り。マシュラム人とカシュラム人の決定的断絶。
ブレイスヴァを呪文で掌握しようなどと、なんという傲慢であろうか!
カシュラム王の輝かしくも恐るべき勝利を横目に、オルヴァは低く呻いた。
血に溺れるような泡混じりの声には苦痛と死の気配が滲んでいる。
オルヴァのすぐそばで、オルヴァが勝利していた。いや違う、この光景は『縦』だ。縦軸に伸びていく勝利。確定した時空の欠片が彼方へと葬られ、横軸に転がり落ちていく。見ていたはずの未来はこの時空のどこにも無い。
罠だ。ブレイスヴァという信仰の要を軽んじる者をカシュラム王は咎めねばならない。それをよく理解していたからこそ、あの呪文は餌として機能した。
オルヴァを倒すのはガドールであってガドールではない。
知覚外から放たれた、未知の奇襲である。
「わあ、これがオルヴァ王の時十字? すっごい、こんなの初めて見た! カシュラムの古代呪術ってこんなに刺激的なんだね、ブレイスヴァとか理解不能過ぎて興奮する! いいなガドール、僕がそっちで貪られてみたかったよ!」
「はしゃぎ過ぎだ、目玉が欲しいって言ったのはお前の方だろ」
オルヴァの視界はそこで途切れた。
不可逆に、永劫に、決定的に。
無邪気に笑う黒衣の少年は、紫の賢者の左右の眼球を抉り出していた。
いつの間にかオルヴァを倒していたその姿は魔将ガドールのものだが、姿を除く全ての要素が別人であることを示している。
「はじめましてオルヴァさん。それとありがとう。素敵なプレゼント、大事にするよ」
いつの間にか巨大な鏡が少年の背後に鎮座していた。
映し出された世界に亀裂が走る。鏡面が割れ、歪んだ世界に映るガドールの鏡像が分かれていく。無数の顔。無数のガドール。それぞれが全く別の感情を示す。怒りを、憎悪を、悲しみを、喜悦を、希望を、絶望を、空虚を。同じ口が違う意思を吐き出していく。
「死死死死死滅滅滅滅殺殺業業壊壊壊壊無無無無空空空空空」
「目玉とか可愛くなーい! ちゃん俺僕様私、グロいのは嫌~」
「悪いな親友。俺たちの浄界、『罅割れた鏡』は可能性の破壊と分岐を可能とする。どんな悪さも自由自在だ。破滅も栄光も、全てはこの掌の上ってな」
「僕たちは虚ろうもの。この貌の名は矮人のネス。よろしくね」
表情が変遷するたびに世界の在り方が切り替わる。
この魔将は単線的な時空には存在していない。
それを見切れなかったことが予言王の敗因だった。
想像を上回る旧友の変貌に、空洞の眼窩から血を流しながら愕然とするオルヴァ。
「お前は、お前たちは、そうか」
オルヴァは彼を知っている。遠い時の彼方、記憶の中にいる彼に名付けられたからこそ、紫の賢者スマダルツォンはカシュラムの輪廻の中でオルヴァという自己を保ち続けることができた。生と死、個我の連続性を持続させる神秘を教えたのは外ならぬこの少年だ。
だが、魔将ガドールとしてこの時代に現れた少年はその先の境地に至っていた。
最も古き言語支配者のひとり、『鏡瞳のアムエムカノン』の転生者。
またの名を『銀の物語』の編纂者、ガドール・コヘレト。
そしてそれ以外の可能性を有する、未知なる複合人格。
猫を殺す好奇心。割れ鏡の大公。飢えた幸福。虚空の亀裂。
古い神話の住人ほど、その存在はゆらぎ、多面性を持つようになる。
魔将ガドールもまた、いにしえの『ゆらぎの神話』から蘇った存在なのだ。
「王国の未来を、割り砕くことがお前たちの狙いか」
血に染まった綿雲の上で膝をついたオルヴァ。傷つき力を失った老賢者は閉ざされた瞼の奥から相手の狙いを見透かそうとしていた。
ガドールは上機嫌になって笑みを浮かべた。言葉ではない答え。
オルヴァには見えない表情。意地の悪い視線が哀れな老人を見下ろしている。
「お前は『知らない何かがある』って未来を見た瞬間、負けを予感したはずだ。だからおにーさんとの同期を切って一人で来た。せめて敵の動きを封じるために。破滅の未来を波及させないために。それから、盤外のプレイヤーの動きを確定させるために」
「そうだ。この勝負が始まった時点で勝敗などは関係がなかった。お前はここに囚われる。私と共に、終端の無い世界に封じられたのだ。カシュラムの鳥のように、我らはブレイスヴァの舌の上で踊る迷い子に過ぎぬ」
「だよな。良かった。つまりここには俺たちしかいない。占術、未来視、予言、全ての干渉は届かない。やっぱりお前は信頼できるよ、オルヴァ。思った通りに最高の仕事だ」
旧友を見つめるガドールの表情には信頼と安堵。
友の技量を理解しているからこそ魔将はその行動を予定に組み込むことができた。
オルヴァならきっとこうするだろう。そうであってくれれば嬉しい。
変わらぬ姿に喜び、心からの言葉を紡ぐ。
「さあ、一緒に描こうぜ、楽しい未来をさ」
キャカールを滅ぼしたあの日のように。
仕えた王を共に殺したあの輝かしい瞬間のように。
少年が掌に載せた十字の瞳が輝きを放つ。
巡る未来の光景が背後の鏡に映り込み、分岐する世界が破片となって虚空に散らばる。
「花のアヴロノも、お前の末裔も、双生児の鹿の仔も、死鳥の司書も、これから俺たちがどんなに未来をめちゃくちゃに壊しても邪魔できない」
制止の声は届かず、悪戯好きの悪童のような魔将たちは騒ぎながら鏡を割っていく。
歪な未来の破片、鋭利な先端が雨のように降り注ぎオルヴァの肌に突き刺さった。
血に染まる未来を、オルヴァは知ることができないままだ。
瞳を握る少年が、その内容を教えない限り。
「劫劫劫劫塵塵塵灰灰炎炎炎樹呪死洞黒逆怒怒怒怒怒怒震」
「殿おいら儂わらわ、楽しくてはっぴ~な未来がいいのじゃ~」
「青い羊水は溢れだした。赤い珊瑚が鼓動を始める」
「ねえオルヴァ、あなたの視座で答えて欲しいな。僕たちの質問に答えてくれるよね?」
闇の中で響く声。
その真偽を確かめるすべはない。
それでもカシュラム王の瞳に映る未来にはある傾向があった。
世界の必然。真理を見据える以上、それは必ず訪れる。
だからこそ、彼は沈黙と妄言の中に真実を隠そうとする。
そうしなければ全てが破綻してしまう。真理を割り砕く暴挙は、世界の深淵を覗き込む邪視者を愚かで矮小な邪鬼に貶めてしまいかねない。
かつてその禁忌を恐れぬ言語支配者がいた。
それは遠い昔の話。中原で栄えた獅子の国の終わり。
俺とお前で予言をしよう。我らが王の命運を占ってやろう。
そういって、二人は幸せな千年王国の破滅を見た。
これから行われるのはそれと同じ儀式。
ガロアンディアンの、終わりの始まりだった。
「最初の未来だ。空を巡る文字列のレース! クロウサーの娘は残酷な真実と向き合い、傷つきながらも仲間たちに助けられて立ち直る。強く成長して自分の運命を来訪者から取り戻すんだ。観客に求められてるのはいつの世も王道の物語だ。そうに決まってるよな?」
違う。オルヴァは即答した。そんな夢物語は否定する以外にあり得ない。
王の瞳が揺れる。十字に輝く未来の鏡。
破滅を映し出す運命の道標は、常にたったひとつの未来に繋がっていた。
「おお、なんという悪夢だ! 混沌の青、稲妻が血のうちを巡る! 厭わしき痛みの竜め、呪われよ、呪われよ! 四つ首の痛覚神経が、忌避の王が蘇り、器の娘は狂い果て心は白に染まる! 不可逆に、致命的に、来訪者どもの播種はここに成就を見るであろう!」
オルヴァの予言は悪しき運命を招いてしまう。
神に選ばれた王子に断定させてはならない。予言の王に問うてはならない。老賢者に答えを求めてはならない。確定した予言は貪りの対象となる。
ブレイスヴァがもたらす破滅、壊滅的な運命は必ず死と滅びを連れてきてしまうのだ。
邪視者としての象徴、左右の瞳を掌握された今の予言王は魔将の使い魔に等しい。
期待通りの反応に満足したように目を細めるガドール。
続く問いかけは同じ少年の声、けれど演技は違う少女のように。
わざとらしく、ばかばかしいほどに明るく朗らかな言葉だった。
「この未来はどうデースか? アイミー、フェスタのミッドポイントが知りたいデース。噂になってるシナモリアキラ選挙、どうなるデスか? 『マレブランケ』の四つのポストは誰の手に? もしかして、バッドなマインドのローグにジャックされてしまうデース?」
「女王の罪は暴かれる! 狼の牙が機械仕掛けの喉笛に狙いを定め、虹と茨と奈落が王国を包囲するであろう! シナモリアキラは内と外に押しつぶされ、無残に崩壊する!」
問われれば問われた数だけ破滅の未来を告げる呪いの神託機械。
少年たちの悪意に望まれるがまま、オルヴァは踊り続ける。
「アルト・イヴニルはどう動くの? この地に残されたルバーブや『名無しの亜竜』との因縁はどうなるんだろう? やっぱり色々あったけど和解してめでたしめでたし?」
「断じて否! カシュラムが貪られるのであれば、宿敵たるラフディの未来もまたブレイスヴァに飲み込まれることは必然! 人形は砕かれ、愛は踏みにじられ、先に在る卵は裏返る! 単眼が涙を流し、竜の帝王はガロアンディアンを灰にするであろう。魔竜が歩んだ足跡をなぞり、廃都がこの地に現れる!」
オルヴァに悪意は無い。それはカシュラム王にとって反射であり本能である。
ガドールには悪意しか無い。無軌道な破壊者、小鬼の王は善など決して求めない。
ごうごうと意味のわからない風が唸る。正気を失った心は破滅を要求していた。
「来来骸訪空来来訪者訪者者如何?」
「滅びの星が槍を焼き尽くす。悪夢の朱色がその名を告げ、王国は異界の摂理で切り分けられる。翼持つ稲妻が、星と闇の巨人が、輝く妖蝶が、世界に融けた己を呼び起こす。楽園の追放者が槍の英雄をそそのかし、菌糸と共に竜頭の虫が群れを成す。大勢の神々はこの地の堕落した万の獣、その種を絶やすために洪水をもたらす。悪意ある嵐はアララトの頂きさえ呑み込み、聖域を洗い流し、後には異形の生命が栄えるばかり」
破滅、破滅、破滅の未来。両者の問答が絶え間なく未来を作り出す。
ブレイスヴァの名が無人の空を震わせるたび、鏡の欠片は惨劇に染まった。
義国の未来には闇があり、槍神教の陰謀は破局を招く。
鈴国の理想には影が差し、竜神信教の介入が更なる破綻に繋がる。
『連帯』の使者が欺瞞を吟じ、六人のならず者が欲望のままに暗躍する。
「終わりの日、北の果てからゴグマゴグが押し寄せる。グランディラスのように神威が命を蹂躙し、ぺラティアのように奈落が大地を飲み込む」
収拾のつかない過剰な破滅、飽和した災厄は矛盾をきたすほどに幾度となくガロアンディアンを滅ぼし、瓦礫の山さえ憎むかのように徹底的に破壊した。
ひとしきりオルヴァとガロアンディアンをおもちゃにして遊んだガドールたちは、ふと我に返ったように真顔になった。
「最後の三日。祝祭の結末を教えろ。歌姫の望みは叶うのか? 星見の塔の頌歌、あれは実際の所、どの程度まで先に届く? なあ、この世界はきっと良くなる。そうだよな?」
その問いにだけ、何故かガドールは遊びや余裕を交えなかった。
『きっと良くならない』という答えを望みながら、どこか確信が持てないという不安を抱えている。念を押すように破滅の言葉を引き出そうとするガドールの姿はまるで本当に幼く無力な子供のようにも見えた。
「ああ、月よりの使者が音叉を揺らす。不可避の破局を前にして、滅びを歌う呪文竜が祝祭の空を彩るだろう。言震が来る。相互不和が世界を揺らす。悪運の竜は振り子を抑えられず、バベルは非情な選択を下す。『現在』を望む歌姫は石を投げられ、声はどこにも響かない。この世界のどこにも甘い理想に耳を傾ける者などいない!」
「そうか。そうだよな。ならいいんだ。うん、解釈の余地は、無い、よな?」
疑念。
血の涙を流して跪く奴隷の王。
使い魔に堕したこの賢者は、果たして本当に唯々諾々と破滅を捧げているだけか?
この男は今、杖の座に組する使い魔だ。
シナモリアキラとしてトリシューラとコルセスカに仕える下僕。
だから呪文の座であるハルベルトに必要以上の肩入れをすることは無いだろう。
そのはずだ。ガドールの小さな呟きは己に言い聞かせるかのようでもあった。
迷いを振り払うように、勝者としての自分を取り戻す。
「エスフェイルさんを殺したあのふたり。シナモリアキラとアズーリアは、きっとさぞ劇的に再会するんだろうね?」
探りを入れた。これは予言を巡る呪文戦だ。オルヴァの心の奥底、長く言葉を交わしていなかった旧友がどのように変化しているのかを確かめるための対話。
「ああ。劇的に再会する」
問答が止まる。
ガドールの表情が険しく翳った。オルヴァが否定と破滅を予言しなかったことよりも、問いに含まれた疑問を否定しなかったことが奇妙に思えてならない。
オルヴァの予言は破滅を内包する。それは定められた運命だ。
ならば『劇的な再会』はブレイスヴァに繋がる恐るべき未来であることになる。
「ティリビナ人、いや、違うな」
考えた末に、ガドールはひとつ質問を飛ばした。
下手に触るまでもなく、あれは火のついた導火線だ。
不確定かもしれない干渉はすべきではない。
疑念はもう拭いきれないほど膨れ上がっていた。それがオルヴァの仕掛けたブラフである可能性は否定できないが、最終的な結論はどうあっても引き出す必要があった。
「『心臓』は誰の手に?」
この答えこそが本題だった。
様々な思惑を持って第五階層に集う怪物たち、その全ての関心はそこに収束する。
結局のところ、これはたったひとつの大いなる神秘を巡る争奪戦だ。
それ以外の全ては些末な前哨戦、小競り合いに過ぎない。
「あ、ああ、空に、我らの頭上に、おお、ブレイスヴァよ!」
答えは、言葉ではなくより確かな形になって現れた。
天を仰ぐ盲目の賢者。
つられるようにして少年が空を見上げると、虚構の天蓋にそれが見えた。
さかさまの森。空から真下へと伸びていく緑の木々。
その中央で一際目立っていた大樹がその姿を変えていく。
それは黒く、大きく、美しく、雄大な、女神の像に見えた。
両手を広げ、大地を抱きしめようと遥かな天空より降ってくる。
慈愛が落ちてくる。
それは星々を内包する宇宙の大樹。
そして、燃えて死に逝く大いなる生命。
崩壊していく内部には何もない。
愛を望んだ先には無明の闇。滅びだけが女神に与えられた全て。
彼女は漆黒の星。
彼女は根の国の死を継ぐ代弁者。
うろの魔王。
「ああ、見えるよオルヴァ。あれもまたブレイスヴァだ。そうだ、そうに違いない! 笑えるぜ、お前がご執心の冥府の太母はあれを本当に制御できる気でいたのか? お前が老賢者なんて役割に収まっていたとしても、器には到底足りないだろうに。俺の物語から外れた出来損ないが、上手くいくわけねえだろざまあみろ!」
歓喜とも苛立ちとも激昂ともつかない叫び。
捲し立てた勢いで十字の瞳を天に掲げ、捧げ持つように空の女神像をより鮮明に映し出そうとするガドール。彼にとって頭上の未来は福音だった。
「見ろよ。怒り狂っているじゃないか。これで決まりだ、あれこそが次代の女神だ! 誰も抗えない破滅がやってくるぞ、コルセスカ! お前のあがきは無意味だ、『未知なる末妹』は怒りと共に産声を上げる! 大丈夫さ、『銀の物語』はお前は許容する。冬に似合うのは希望じゃない。諦念と悲しみ。別離と犠牲なんだからな」
いつの間にか、ガドールは眼球を握るのと逆の手に一冊の絵本を広げていた。
それは世界に広く知られたおとぎ話。
冬の魔女を巡る、英雄と火竜の物語だ。
ガドールの自己陶酔に閉じた瞳は己以外の全てを拒絶し、都合の悪い世界を否定する。
すぐそばのオルヴァとは似ているようで決定的に異なる、対話不能の小さな世界観。
矮小な視界の中で、ガドールは己が紡ぐ物語を見つめながら独りごちた。
「冬の魔女はさ、悲しくて、可哀想で、永遠に独りぼっちじゃないとダメなんだよ。旅の仲間とか、嘘の姉妹とか、木偶のおにーさんとか、一途な英雄とか、それは孤独を際立たせるための一時の安らぎじゃないと。悲劇を彩るための劇的な喪失。それが美しいんだ」
「壊させは、しない」
立ち上がろうとしたオルヴァの首を、死神の鎌があっさりと切断した。
少年の、青年の、老人の頭部がころころと転がっていく。
「いや壊すよ。俺が壊す。最も幸福な瞬間に俺があいつの全てを奪う」
無造作に生首を蹴り落とし、それきりガドールは旧友への関心を失った。
どうせあれは殺せない。ならば力を奪い、小さく刻んでおけばいい。
そうして、空白地帯にまた一人きり。
複数の心を持ちながら、彼はいつだって孤独だった。
その瞳に他者は映らない。小鬼の王に外部は不要。
退屈そうに、空虚な世界を割れた瞳のかがみに映す。
「どーするでござちゅ? ばぶ者拙僧、このままだと外に出られないで候でちゅ。やっぱりオルヴァに目を戻して、外に繋がる出入口を作らせた方が良かったんじゃないでちゅか?」
「急がなくてもいいんじゃない? どうせ最後の最後まで一番厄介な奴らは動かない。セレクティさんはギリギリまで破界の獣の最終調整にかかりっきりだろうし、ソルダは金鎖騎士を投入する最も効果的なタイミングを見計らっている。どいつもこいつも後出し有利で勝ちたいってわけ。勿論、僕たちもそれは同じ」
「どうせこのバカ騒ぎの最後には『真なる使い魔の座』と『真なる邪視の座』が激突して全部おしまいになる。このかりそめの都は塵も残さず滅び去るんだ。特等席で見物しながら、次の遊びでも考えるさ」
かつて栄華を極めた竜王国が、それでも滅びたように。
万獣が言祝ぐ未来は失われ、祝祭の灯火が儚く絶えていったように。
千年王国には、必ず次の一年目が訪れる。
滅びの結末。不可避の死。そして、その先も時間は流れて行く。
「そうね。次の遊び、という観点は必要。私たちは遊ばなくてはならない。賽子遊びに興じるお前たちはそれをよく理解できている」
割れた鏡の一枚。目立たない端に張り付いた欠片から、異質な声が響いた。
それはガドールたちの誰とも異なる横顔。
歪んだ光によって覆い隠された表情、謎めいた女性の声。
少年たちが一斉に口をつぐみ、声の主に視線を向けた。
「悪悪悪悪悪悪悪悪悪」
「うえ、わたしパス。ネスかガドールの担当でしょなんとかして」
「俺は知らない」
「あはは。いやあ、珍しいね、あなたがそっちから声をかけて来るなんて。ホルケナウにいないときはルール違反じゃない、これって?」
魔将ガドールが揃って忌避の感情を示していた。
自由奔放な小鬼の統率者がこのような反応を示すことは極めて珍しい。
ガドールが内包する欠片だというのに、この女だけは何か別の存在のようにも見える。
擬人化と隠喩の言葉遊びが世界を象り、神話の住人を生むとするならば。
これはいったい、どんな悪から捏ね上げられた人もどきなのだろう?
「お前たちは相も変わらず愚かね、愛らしいこと。その小さな頭で考えてごらんなさい。『心臓』が生まれるこの祝祭に馳せ参じない『細胞』がいるはずもないでしょう? 今回ばかりは『口舌』の奴も使い魔任せとは行かない。『両足』はもうすぐ揃うでしょうし、憎たらしい『頭』は相も変わらず操り糸を張り巡らせている。ねえ、この状況で『鼻』が何もしないなんてこと、あり得るの?」
悪意や嘲笑というには女の言葉は均質に過ぎた。
見下すことは当然で、侮蔑することが自然であり、上下は予め定められている。
ガドールが下なのではない。
全てが彼女にとっては下なのだ。
それは例えば、当たり前の道理や弁えるべき常識でさえもが。
「『細胞』なんてセレクティのごっこ遊びだって言ったのはあなただよね? 『間抜け共をおだてておくための下らない罠に私がいちいち付き合ってあげる価値があるとでも?』ってさんざんこき下ろしてたような」
「言ったかしらそんなこと。忘れたわ。細かいことにこだわるつまらない男。女に嫌われるわよ、少なくとも私はお前が嫌い。死になさい。私は考えを改めたの。『髪』と『脳』に対する牽制としては悪くないって。どうしてお前は『細胞』じゃないの? 愚かな。やはり時代遅れの遺物に目をかけてやる価値なんてなかったかしら」
対話を受け持ったガドールの一側面、ネスは常に明るいはずの表情を曇らせた。
これ以上この相手との会話を続けたくない。
あまりにひどすぎる言い草だ。そもそもそれを言うなら、この女はガドールより更に古い神話に起源を持っている。だが反論はしない。彼は自由と退屈しのぎを愛しているが、徒労を嫌悪しているからだ。
「あー、そう、そうだよね。じゃあこうしよう。何とか最終日までにはこの閉鎖空間の封印から逃れられるようにしておくよ。そうすれば、あなたの遊びに付き合えるよね? その代わり、そっちに送ったガルズのことをお願いしていいよね? 『鼻』さん。同じ細胞として、優しく扱ってやって欲しいな」
「それは無理な相談ね。私、情けない男を見てるといじめたくなるもの。だってほら、死んでる男ってかわいいじゃない?」
「あー。はい。そうですね。ほどほどにね。たぶん彼女持ちなので、お手柔らかに」
トライデントの細胞。既にどれほどの意味があるのかも分からないようなその枠組みの中に、『鼻』と呼ばれる役割がある。
鳥籠の中から消失したガルズ。
その運命はいつの間にか『鼻』の手に握られていた。
「不出来な悪童ほど可愛いと感じられる。哀れなガルズ、よくぞ呪いを遺したものだわ。空虚を見つめながらも、お前は破滅と過ちの先を楽しみにしている」
厳格な女教師のように、意地の悪い姉のように、女は破滅に染まった無数の欠片たちを慈しむように見つめた。飽和した第五階層の破滅。最悪の未来。その全てをただ当たり前のものとして捉え、悪趣味な大量死に嫌悪ひとつ示さない。
当然だろう。彼女はそれ以上の邪悪。小鬼の王すら眉をひそめる血の臭気。
言葉を交わすだけで漂ってくる鮮血の芳香に、誰もが明確な危険を感じる。
この邪悪な魔女と関わり合いになるべきではない、と。
「傷こそが暗き願いを生む。痛みこそが呪いとなる。空を覆う黒い破滅、それを前にして絶望し、悲嘆に暮れ、全てを諦め、そして魔女はそこから始まるのよ、愚かな子供たち。喪失に祈り、後退に瞑目し、それから知恵を振り絞り、祈りの杖を鈍器にかえて、悪い夢を殴って醒ますの。ほら、強く殴れば相手は死ぬでしょう?」
軽やかに、歌でも口ずさむかのように少年の後頭部を衝撃が襲う。
即死だった。ガドールは無意味に死んだ。この魔将にとって単純な物理的攻撃が意味をなさないと知りながら、いやむしろ知っているからこそ暇つぶしとして殺害を行った。
陳腐化した死を弄ぶ神話世界の住人は、呼吸をするように他者を殺す。
撲殺、撲殺、撲殺。遠い彼方より、何らかの媒介を用いての長遠距離呪殺。
髪の毛を仕込んだ人形でも殴りつけているのだろうか。
残虐な暴力行為に抵抗は無意味。諦念のままに目を閉じたガドールたちは血の海に沈んで、やがて物言わぬ骸となった。狸の永眠、あるいは迫真の擬死。
「悪夢を見ているどこかの神を殴り殺せば、死体は世界の糧となる。ねえ、その可愛らしい感性に問うてあげましょうか。悲惨な光景が不幸であると、決めつけたのは退屈の神?」
やがて、女は飽きたのか絶え間ない呪殺行為を中断した。
死体となったガドールを真下に放り捨てる。
第五階層の隔離された空、どこにも届くことのない閉鎖空間では万物はどこにも到達できない。ただ空白の中を速度も無く落ちていくだけだ。
主を失って消えていく鏡の欠片が、最後にひとつだけ残る。
歪んで見えない女の表情。ゆっくりと色褪せて、透き通る硝子の中に消えていく。
そして、誰もいなくなった血まみれの雲の上。
空っぽの鳥籠。持ち主が置き忘れていった画材。並べられた空虚の絵。
その中の一枚が、かさりと音を立てた。
ガルズ・マウザ・クロウサーが描き出す骸の華やかな人生。
髑髏と果実。着飾った死者。歓談する白骨死体たち。
「いい香りね」
血のように赤い葡萄と華やかに着飾った貴婦人がいる。
まるで一枚の絵のような光景だ。
優雅なお茶の時間を終えて立ち上がると、彼女はゆっくりと鳥籠の鍵を開けて外に出ていく。立ち込める闘争と血の臭気を吸い込み、心地良さそうに堪能する。
形の良い鼻が赤色を見ていた。
白い髑髏の虚ろな眼窩の間に、香りを感じるための器官などあるはずもないというのに。死せる貴婦人の振る舞いからは、どうしようもなく香りを楽しむ形の良い鼻が連想されてしまう。だから彼女に鼻はないが、鼻は確かにそこにある。
『鼻』はここにはいない。だが、『鼻』は確かにいるのだ。
散歩に出かけるような足取りで、絵から抜け出たような女性が雲から一歩を踏み出す。
空白に浮かんでいた唯一の足場から離れると、次の瞬間には彼女は街中の景色に溶け込んでいた。誰が見てもありふれた再生者の女性でしかない。今や当然となった第五階層の風景、その一部となった貴婦人は祝祭の日を謳歌していく。
骨組みで膨らんだスカートと豊かなシルエット、女の装いは華やかに街を彩り、退屈を吹き飛ばす非日常で世界に色を付けていった。
全ては遊戯、全ては自由、あらゆるものは閑暇を楽しむぶらつき遊び。
これより始まるのは楽しい祝祭。九日九晩に渡る時間の全ては遊びとなる。
たとえそれが、どんなに悪趣味で過酷な試練に形を変えようと。
戦争も闘争も、競争の形態には違いないのだから。
「かくて機織りの女王は地獄の前で立ち止まる。古き神話より怪物たちが蘇り、天形を気取る不遜な英雄たちに試練を課す。ああ、こうしてまた巡る。時代は折り重なり、古き世界は踏みつけられる」
過去の残滓。目に見えぬ芳香を嗅ぎながら女が歩む。
空虚に続く永劫の未来へ。
遥か頭上を見上げれば、立体幻像の窓に機械仕掛けの少女と氷のような少女が映し出されている。妄想の姉妹が仲睦まじく言葉を交わすのを、女はじっと観察していた。
「ですから、味方キャラの未来視って持て余すから面倒なんですよ。次ターンの敵の行動を予測とかシステムに組み込むような制限をつけないのであれば、逆に盲目にすることで達人系キャラとしての強化とキャラバランス調整の方向性が見えてくるわけです」
「えー、でもそれクレイとキャラ被るよね。で、何の話これ? 脱線?」
世界は遊び。世界は競い合い。世界は楽しい。
虚しさと共にある享楽主義。教え子たちがしっかりと彼女の流儀を受け継いでいることに満足して、魔女は優雅に休暇を楽しむことにした。
作り物のような骨人形。
操り糸も冥府の気配も寄せ付けず、このようにして魔女は第五階層に降り立った。




