第15話「夜が終わるのが、少し嫌になった」
日高 恒一は、終電の時間を覚え始めていた。
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以前は気にしたこともない。
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仕事が終われば帰るだけ。
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だが最近は違う。
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“いつまでいられるか”を考えている。
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会社。
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朝。
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眠い。
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でも不思議と嫌ではない。
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田辺が欠伸をしながら言う。
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「昨日ちょっと長くいたな」
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平岡は笑う。
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「気づいたら時間飛びますよね」
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岡本は缶コーヒーを開ける。
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「居心地いいからな」
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その言葉に、
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誰も否定しない。
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日高も。
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昼休み。
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スマホを見る。
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何気なく、店の営業時間を確認している自分に気づく。
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(何やってるんだろ)
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少しだけ笑う。
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でも手は止まらない。
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夜。
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エレベーター。
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もう迷いはない。
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数字が上がるたび、
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少しだけ気持ちが軽くなる。
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扉が開く。
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音。
光。
人。
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その空間に入った瞬間、
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日高は自然に息を吐く。
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(ああ)
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落ち着く。
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その感覚が危険だと分かっている。
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でも否定できない。
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真白が近づく。
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「こんばんは」
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「こんばんは」
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もうこの挨拶だけで空気が変わる。
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真白は少しだけ笑う。
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「最近、来るの早いね」
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「そうですか?」
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「うん。前より“帰ってくる感じ”ある」
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その言葉に、少しだけ胸がざわつく。
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“帰ってくる”。
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その表現が、
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最近しっくり来てしまう。
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奥では美玲が煙草を吸っている。
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こちらを見て、静かに言う。
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「もう夜の方が本体じゃん」
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日高は苦笑する。
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「そんなことないです」
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だが声に自信がない。
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美玲は続ける。
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「最初はみんな、“遊び”って言うんだよね」
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「でも気づいたら、“必要”になってる」
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その言葉が妙に重い。
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必要。
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本当にそうなのか。
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でも最近。
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ここに来ない夜を想像すると、
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少しだけ落ち着かない。
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その時点で、
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答えは出ている気もした。
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席。
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会話。
笑い。
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時間が流れる。
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以前なら、
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「そろそろ帰るか」と思っていた。
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でも最近は違う。
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(もうこんな時間か)
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“終わる”のが早く感じる。
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終電のアナウンスが、
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少しだけ嫌だった。
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帰り道。
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夜風。
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ネオン。
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田辺が笑う。
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「日高、お前ほんと変わったな」
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「そうですかね」
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「前より人間っぽい」
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その言葉に少しだけ驚く。
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人間っぽい。
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以前の自分は何だったんだろう。
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電車。
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窓に映る顔。
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少しだけ表情が柔らかい。
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でも同時に。
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何かを失い始めている顔にも見えた。
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(これ、いい変化なのかな)
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問いは浮かぶ。
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だが。
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その答えを考える前に、
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また次の夜が来る。
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第15話 終




