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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
9/23

09話 「可憐なメイド」

 トットンのおかげか、兵士に見つかることなく、俺たちを乗せたトラックはダンヘルガの領地を抜けた。


 山を抜け、最初に見えたのは巨大な炎の壁だった。


「でっけぇ」


「わぁ、すごい……」

 俺に続き、声を上げたのは舞香だった。


 夜闇の中、空にぽっかりと浮かぶ白い月。その淡い光を掻き消すかのように、メラメラとその炎は燃えており、壁のように連なりながらずっと奥まで続いている。


「……炎の壁? なんなんだ、これは」


 見る者を圧倒するであろう、その壁に沿う形で軽トラは進んでいく。


「この炎の壁は、救いの炎壁と呼ばれています」

 そう答えたのはククリカさんだった。


「救いの炎壁?」


「はい。かつて人と吸血鬼を滅ぼしかけた黙示の木。それから守るように展開されたのがこの炎の壁です。この壁より内側が我々生命に許された最後の生きる領域なのです」


 淡々とした説明に、ついていけない。


「……黙示の木って何なんだよ」


「それについては、あっしが説明しましょう!」

 と運転席の窓を開け、ノアさんが叫んだ。















 ♦♦♦



 かつて、栄えた人の時代。


 それを急激に終わらせたのは人でもなく、彼らから進化した吸血鬼によるものでもなく……。



 急激に進化した植物であった。


 それは人と吸血鬼がいる限り、太陽の光を受けて成長を続けた。枝が伸びてきて串刺しか、幹と根の成長による圧死。もしくは咲かせた花から溢れる毒素により、人間と吸血鬼はその数を急激に減らしていった。


 やがて、惑星の9割以上を黙示の木が埋め尽くした後、まるで神からの救いのように、その壁は顕現した。



 黙示の木と呼ばれ、恐怖される樹木はその炎の壁を越えて浸食してこず……。



 生き残った者たちは、その壁を『救いの炎壁』と呼んだ。




 そして、その壁の中で吸血鬼が人間を狩る時代が訪れる。

 こうして、かつて惑星を支配した種族はその文明の光を消したのである。







 ♦♦♦



「――と、以上があっしらに伝わるこの世界の歴史でっせ。ちなみにこの壁の外側を、死んだ大地。緑葬の地とあっしらは呼んでるっす」


 とノアさんは言った。


 衝撃の内容、と言えば衝撃の内容だ。だけど、スケールが大きすぎるというか、上手く呑み込めない。


「……頭痛くなってきたんだけど」


「ギヒヒヒヒ。酔いましたか?」



 俺が吸血鬼の始祖だという事実も、人類が植物によって滅ぼされて、この世界の9割以上が呑み込まれたのも。


「……その植物ってなんで急激に進化しちゃったの?」


「それが、不明なんですよね。遺伝子改造による暴走。人類または吸血鬼を滅ぼす兵器。あるいは世界の怒り、なんてものもありますし、中には神の意思なんて噂もありますね」


 ともかく、この世界は急激に進化した植物によって滅ぼされ、生き残った吸血鬼が人間を管理し、支配している。という訳だ。

 本当に頭の痛い話だ………。


 しかも、俺がその吸血鬼の始祖だって?



「それって、何年前の話よ」


「400年くらいでっせ」



 そこで、俺は重要な問いに気付いた。



「……そういえば、今って暦ってあるの? 西暦何年とか」


「ないですね」

 と答えたのはククリカさん。


 この感じだと、もしかしたら数千年先の世界という可能性もある。

 本当に頭痛い……。





 軽く一週間くらいは眠りにつきたい。






 そう思わせる話だった。























「あ、あの!」

 と揺られる軽トラの上で、声を出したのは舞香だった。


 彼女は意を決した様子で、こちらを睨んでいる。



「……どうしたんだ?」


「こ、これは………どこに向かってるんですか」


 それは当然の質問だった。俺はここに至るまで、舞香に何一つ説明せずに連れ出した。

 と言っても、俺もこの軽トラがどこに向かっているのか知らない。


 俺はククリカさんに視線を移した。


「えっと、知ってる?」


「いえ、存じません」と無表情で応える。





 俺は荷台の上から、ノアさんに向かって声を飛ばす。


「ノアさん! これってどこに向かってるの?」


「バーミリオン領の西側でっせ。そこにゲートがあるので、そこまで運ぶ依頼でっせ」



 ………また知らない単語が出てきた。




「……ゲートってのは何?」

 と俺はククリカさんに聞く。


「この時代における長距離移動のための設備です。各地にゲートが設置してあり、それを潜ることで、リンクしているゲートの先へ移動できます」


「……ま、まじで!?」


 開いた口が塞がらないとはこのことだった。


「未来の技術ってすげぇー!」


「…………」


 感動で震える俺を傍目に、ククリカさんは黙ったまま俺から視線を逸らし、俯いたように見えた。


「ん、どうかした?」


「いえ、なにもありません」



「と、いう事らしい」

 と俺は舞香に向けて言った。


「何がよ!」


 俺の言葉に、舞香が突っ込む。


「お、今の舞香っぽい。チョップか突っつきがあれば満点だった」

 と俺は舞香に笑いかける。


 すると舞香は、「――――っ!」と意味ありげに黙ってしまう。





「あれ? 俺何か言っちゃった?」


「とばり様は他人への配慮みたいなものがないですよね」

 とククリカさんが無表情で呟く。





「………わ、私には、ここで目覚めるより前の記憶がない」

 と舞香が語り出す。


「…………うん。それは知ってる」


「でも、貴方のような幼馴染みがいたような………そんな気はしてる。なんていうか、変なんだけど。懐かしいって感覚が、私のここを苦しくさせる」

 そう言って舞香が握り締めたのは自分の胸の辺りだった。





 囚われていた時は薄い生地のただの布のような衣服を着せられていた。だけど、ククリカさんが着替えさせたことにより、舞香は白のブラウスっぽいシャツと丈の長いスカートといった服になっている。

 改めて見ると、何かそそられるものがあって、すごくいい………。


 ………なんの話だ?



「えっと、聞いてますか?」

 と舞香に訊ねられ、我に返る俺。


「………ごめん。聞いてなかった」

 と返すと、若干引いた眼で俺を見ている舞香の顔がそこにはあった。




「私は頑張って、とばり、さんとの記憶を思い出したい。って考えてます」


「うん。ありがとう。じゃあ先ずは、とばりって呼び捨てで呼んでくれると嬉しいかな」


「い、以前はそのように呼んでたのですか?」


「いや、前はダーリン呼び」


 そんな俺に引くような感じで距離を取られた。


「うそうそ、冗談だって。前はとばり呼びだった。敬語もなかった。もっと砕けた感じだった」

 笑ってごまかしながら、本当のことを伝える。


「…………勇気出して、真剣に伝えたつもりなんですけど」

 その声は震えていて、少しだけ怒っているのが分かった。


「…………ごめん。違うって分かってるんだけどね。………君の前だとどうしても、気が抜けちゃうんだよね」







 その時だった。


「おい、そこのトラック。止まれ!」


 と後ろから声が響いた。


 夢から一瞬で現実に戻されるような、嫌な感覚に、全員の気が引き締まる。


「しっかり捕まってください。飛ばしまっせ!」

 運転席からノアさんがそう叫び、アクセルを全開で踏む。


 急な加速感に身体を持っていかれそうな感覚が襲ってくる。それに耐えつつ、後ろを確認する。

 すると、月夜の中を駆ける、吸血鬼の姿が3つある。


 追手のスピードは速く、今すぐにでも追い付かれそうだ。


「まずい、まずい、まずい。これ以上スピードは出ねぇのか!」


 軽トラは体感、120キロは超えてるようなスピードだが、吸血鬼の速度はそれよりも早い。追手の吸血鬼と軽トラの間が徐々に狭まっていく。そんな中、静かに立ち上がる少女の姿があった。


「――え」


 短く息をこぼした俺に、ククリカさんは無表情で口を開く。


「…………どうやら、私もここまでのようです」


「な、ダメに決まってるだろ!」

 咄嗟にククリカさんの腕を掴む。



 トットンが戦えることは知ってる。だけど、ククリカさんは戦えるのか?

 いや、そもそも………。この手を離したくないと、がっしりと掴む。



「すみません。これはメイドである私の仕事です」


「降りる必要はない。俺も協力して一緒に戦えば………」


「ダメです。ここで時間を食えば、アリーシャ様やレインケル様に補足される危険性があります。それに、このままもう少し進めば、黙示の木である森の一部に差し掛かります。そこまでいけば追手は来ません。逆に、そこまでこの追手を連れて行けば、とばり様たちの逃亡先を悟られる危険性があります」


「…………だ、だから?」


「迅速に追手を撒いて、逃亡先を誤魔化す役割が必要なのです。トットン様がいない今、その役割は私のものです」


 ジッとククリカさんと見つめ合う。相変わらず無表情で可愛らしい。

 銀髪ツインテールの上からヘルメットをかぶる不思議なメイドの女の子。


 今思えば、きっと彼女がいたから。俺はあの屋敷で楽しい時間を過ごせた。




「嫌だ。この手は離さない」


 俺がそう言うと、「困ったお方ですね」とククリカさんは少しだけ微笑むように口の端を曲げた。それは見間違いだと思ってしまうほど本当に些細な変化だった。



 それから直ぐに無表情に戻り、視線を荷台に向けた。


 俺が掴んでいる反対側の手で、いつも愛用していたランマ―を掴む。

 そして、再び視線が合う。



「とばり様と出会えて、良かったです。それでは少しの間、暇をいただきます」



 腕を振り払われ、俺は荷台の上に転がされる。そして、ククリカさんを掴んでいた腕を剝がされる。それは、女の子のものとは思えない力だった。



「――ククリカさん!」


 荷台から飛び出し、ランマーを追手の吸血鬼に向かって振り下ろす。


 それと同時に綺麗に着地し、こちらを振り返る。

 そして、メイド服のスカートの端の部分をつまみ、お辞儀をした。

 その姿はまさしく。

 可憐なメイドだった。


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