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ギルティヴァンプ  作者: 福部シゼ
屋敷逃亡編
15/16

15話 「島の外3」

 目の前の山に向かい、トットンは俺と舞香を抱えながらトップスピードで走っている。


「主様。事前に申し上げておきますが、ここからが正念場です」


「……分かってる。時間との勝負だな」


 トットンの後ろからは追手の兵士たちが軍となってこっちへ向かってきている。

 ククリカさんとノアさんが立ち向かったとしても、流石に追手の全てを止めれたわけではない。


 2人の無事を祈りながら、俺はトットンに身を委ねる。


 数分も経過すると、トットンは山道に入った。舗装された道ではなく、草木が生い茂る中を無理矢理進んでいく。だが、俺や舞香に木々が刺さることはなく、トットンのメイドとしての力を改めて思い知らされる。


 その甲斐もあり、追手の姿は見えなくなった。

 山の中で少し開けた場所に出る。そこで俺と舞香はトットンに下ろされることになった。


「ゲートはこちらです。お急ぎくださいですわ」

 トットンは急いでゲートへと向かう。だが、俺と舞香はその場に立ち尽くすことになる。

 それに気づいたトットンはこちらを振り返る。


「何をしているんですか」


 追手が迫っているのは分かっている。でも、これを見て現実を直ぐに受け入れる事なんてできない。


「――――神社だ」


 そう呟いたのは隣にいる舞香だった。

 大きな鳥居は昇りはじめた朝日を受けて、朱色が柔らかく輝いていた。夜露を含んだ柱の表面には細かな水滴が残り、光を受けて小さな粒がきらりと弾ける。足元の玉砂利はまだ冷たく、踏むたびに澄んだ音を立てて静寂を揺らす。


 参道の先にある拝殿は、朝の光を受けて静かに目覚めたように見える。ヒノキの屋根は薄金色に輝き、木材の深い色合いと美しい対比を成していた。太い縄に垂れさがる白い紙が朝風に揺れ、かすかな音が境内に溶けていく。


 人気をまったく感じない自然に囲まれた小さな神社がそこにはあった。


 トットンの話から推測するに、ここは元の時代から500年後の世界のはずだ。それでも、それだけの時の風化を感じさせない威厳がその神社からは感じられる。


 ――――いや、そもそも。


「……この島は日本なのか?」


「とばり、急ぎましょう!」

 感動から解放された舞香に急かされ、俺も我に返る。トットンについていく形で鳥居を潜る。


「ゲートは神社の裏手にありますわ」


 そう言いながら進むトットンの進路を塞ぐように人影が現れた。

 それは頭上から降り立ち、綺麗に着地する。


「ようやく現れたか。待ちくたびれたっつーの」

 その女は、額に紅色の角があり、綺麗な黒の髪をたなびかせ、スラッと細いスタイルをした美少女であった。


 左の目尻にある黒子が見る者を惑わす魅力がある。


「…………………………この綺麗なお方は?」


 頭を真っ白にしながら、俺はそう尋ねていた。


「ここの門番でしょうね。悪いけど、構っている暇はないわ!」

 そう答えながら、トットンは地面を蹴った。

 勝負は一瞬で決着がついた。少女は反応すら許されない瞬きの電光石火による一撃で、はるか後方へと吹き飛んでいった。


「あっ、綺麗なお方が!」


「ちょっと、とばり! 時とタイミングを考えてよね」

 舞香に注意されながら、止まることなく進むトットンを追いかけて走りを再開させる。




 それは洞穴の中にあった。

 神社の裏手にある林を抜けると、大きな崖があり草木に隠されるように人工的に掘られた洞穴を見つける。

 その中は、不気味な紫色の輝きに満ちており、その中にまるで異物のように立つ二本の柱。高さは5メートルほど、漆黒のという色が不自然なまでに硬質なシルエットを描いている。柱の表面には、遺跡の紋様を思わせる凹凸が走り、その継ぎ目から紫色のネオンライトが静かに脈打つ。




 柱と柱を繋ぐ天井部分には、ファンタジー世界のクリスタルを思わせる装飾のようなものが施されている。その表面には回路のようなものが紋様として刻まれており、僅かな振動と共に、光の反射が揺れている。

 一定の間隔で繰り返される反射。


 ――それは、まるで鼓動のようだ。




 柱と柱の内側には闇が膜のように広がっている。その表面を満たすように、紫色の波紋がゆらゆらと広がっていた。向こう側は何も見えない。


 これが、ゲートと呼ばれる転移装置のようだ。



 俺と舞香は言葉を発せず揃って息を呑んだ。

「先に潜ってください。本来であれば、あーしが先行してゲート先の安全を確認したいところですがこのゲートは破壊しなくてはならないので」


 そう言いながら、トットンは屋敷を出た時からずっと背負っていたリュックをその場に裏返した。

 中から血液パックや替えの衣類と一緒にゴトッと鈍い音を立てて金属が地面の上に転がった。


 それはゲームや映画の中でしか見たことのない手榴弾そのものであった。しかも一つではなく、

 何個も落ちてくる。


「そ、それってもしかしなくても爆弾?」


「えぇ。見るのは初めてですか?」


「うん。すごーい。本物だぁ」


 俺は地面に落ちた手榴弾を拾って近くで観察しようと試みる。


「ちょっと、迂闊に触ったらだめよ!」

 と舞香に怒られる。


「えー、折角なのに!」


「トットンさんも、危険物の扱いは丁重にお願いしますね」

 舞香は俺の反応を無視してトットンにそう言った。


「充分存じています。安全装置のチェックは屋敷を出る前に済ませていますので」


「そう言うわけじゃないんだけどなぁ」

 と舞香は口を曲げた。






 その時だった。洞穴の外が騒がしくなる。

 人の気配が急に増し、「探せ!」という声が聞こえてくる。


「もう追手が!」


「あーしが最後に爆発させます。ですのでお早く」


 そう言うトットンの顔を、俺は見詰める。


「……こんなもので、壊せるものなのか?」


「普通のゲートなら壊せませんが、これはダンヘルガが内密に造らせたものです。製作時間は普通のゲートの半分もかかっていません。見た目こそ立派ですが、実際はハリボテに過ぎませんわ」


 真剣に解説しながら応えるトットン。


「……信じていいんだな?」


「えぇ。あーしは主様一のメイドですわ」

 そう言って厚いまな板を見せびらかすように胸を張るトットン。


「わかった。俺が最初に潜ろう」


「待って! 行くなら私を連れてって!」

 俺が決意を決めたその時だった。第三者の声が洞穴に響いた。


 振り返ると、そこには門番の美少女が立っている。



 俺たち三人の時が止まる。洞穴の入り口で叫ばれたら外の追手に気付かれかねない。だからと言って、あの女を先程のように攻撃してもここが見つかる可能性は高い。


 嫌な緊張感に包まれる中、門番の少女は続ける。



「私はずっと独りだった。ダンヘルガにもいいように利用されて捨てられた。ここで貴方達にも捨てられたら、私はあいつらに捕まって殺される! だから、私も連れてって!」


 それは悲痛に満ちた声だった。演技かもしれない。信用なんてできない。

 それでも――――。



「信用できません。主様!」

 トットンはそう叫ぶ。



 それでも――――。




 彼女の姿は無視なんてできない。少女の涙を見て見ぬフリできるほど、俺は人間を辞めていない。

 それに、脳裏に昔の自分がよぎった。


 気付いた時には駆けだしていた。

 ゲートとは反対側へと。


 彼女の手を取り、こちら側へ引き寄せる。


「なっ――――」とトットンが啞然とした表情を向ける。


 舞香はどこか嬉しそうに微笑んでいた。


「わかった。一緒に行こう」


 俺はその手を握りながら、ゲートへと飛び込む。

 闇の幕を突き抜けながら、目に見えないその先へと思い切って進む。


 舞香も俺の後に続いてゲートへと飛び込んだのが分かった。



 臭いはない。色は紫色の闇のみが広がっている。感覚は水の中に飛び込んだ時と似ている気がした。

 どこか遠くで大きな炸裂音が響く。それは直ぐ真後ろから聞こえたような気がして、直ぐに大きな衝撃が伝わってきた。



 見えない景色の向こうが現実を帯び始める。

 現実味のないい世界から身体が引っ張られる。まるで深い眠りから目を覚ますときのように。

 世界が俺たちを見つける。














 初めてこの世界で目を覚ました時のことを思い出していた。









 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 ♦♦♦




 とばりたちが島を脱出したころ。


 時を同じくして、島と本島を唯一繋ぐ橋に展開された兵士たちが抜かれるという事件が発覚した。


 その報告を受けたレインケルはため息をこぼす。


「……捕えきれなかったか。被害は?」


「すみません。報告では端に展開された200の兵士は全滅したとのことです」

 と兵士が簡潔に情報を伝える。


「報告ご苦労。俺は奴を追う。兵にも先行させろ」


「承知しました。……ですが、あれは?」

 踵を返すレインケルに、兵士はその背後の光景を指さす。



 そこには、おびただしい死体の数と赤く染まった平原。そして、その中心に立つ一人の兵士長の姿があった。

「包囲して絶対に逃がすな」


「……承知しました」




「おいおい、逃げんのかよ。英雄様がよぉ」


「貴様の挑発には乗らぬさ。それに、あの執事はよっぽど貴様より危険だよ。プロロイト」


「はっ。その誤認、直ぐに改めさせてやるよ!」





 衝突は激化する。











 ♦♦♦


 もう一方。


 兵士に囲まれたメイドは息を荒げながらも表情を崩さず奮闘している。

 だが、それももう尽きるだろう。そう判断した運び屋は苦し紛れに笑みをこぼす。








 ♦♦♦




 島を脱出し終えたダンヘルガは、昇る朝日に顔を向けニヤリと口の端を曲げた。


「またすぐにでも再会できることを願っていますぞ。主殿」

 と虚空に呟いて。













 ♦♦♦



 そして、どことも知れぬ空間。




 一人の吸血鬼が呟く。




「――――また、会う日まで。行ってらっしゃい。とばり、君の人生に祝福があることを祈って」









 様々な思惑が募り、物語は加速する。




 これは救いの物語ではない。


 これは英雄の物語ではない。



 これは自覚なき罪と向き合う、罪人の物語。





『ギルティヴァンプ』




 ――――その罪は世界を変えるに足るか。




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