断髪式
「え、本当にいいの?」
「はい。」
「ルディ様の許可は貰ったの?」
「勿論です、湯浴みに困っていると言ったら渋々ですが了解してくれました。最初は自分が手伝うとか言ってましたけど、ふふ。いくらなんでもそれは・・・」
「そうねぇ、それはちょっと。でも惜しいわね、こんなに綺麗なのに。」
朝からカリンとフェンリルが話し合っているのは腰近くまで長く伸びたカリンの銀の髪の毛についてである。年末を迎えお腹も妊婦らしくなってきて湯浴みのたびに洗うのや乾かすにも一人では苦労する様になってしまった。どちらにしてもお腹がすぐに硬くなって困るのだ、そこでカリンの髪の長さを左右する権限のあるルディに懇願した。以前ウルリヒの鉱山の中、仕方ないとはいえ目前でざっくり切って喧嘩になって以来カリンは律義に髪の長さは常にルディに意見を求めていた。
「そうねぇ、私一人で切るのも勿体無いわ。ねぇ、ここは一つ断髪式なんてどうかしら?」
「えぇっ⁉︎」
「だってほら、皆あなたが子どもの頃からを知っているでしょう?こう、なんていうのかしら母親になる機会に幼かった自分にお別れする意味も込めて・・・うん、いい。すごくいいわ!そうしましょうよ、ご馳走並べて皆でお祝い・・・あら、お祝いでいいのかしら?ま、いいわ。今日ルディ様が帰って来たら早速話をまとめましょう。」
腰に手をやりウンウンと楽し気に頷くフェンリルに、カリンがあれやこれやと説得を続ける間に夕刻を迎えた。
「断髪式⁈いや、そんなに大袈裟にしなくても。」
その隣でカリンが被りを振り呟く。
「ダメ、ダメよルディ。今日一日私も説得したの、でもフェンリルさんの中で何かが盛り上がってるのよ〜。」
困惑する二人とは反対に自分の案を気に入っているフェンリルがにこやかに話す。
「折角だからいいじゃないですか、最近はカリンの身体を気遣ってお客様も少なかったし、カリンにとっても気晴らしになると思うんですよ。」
「う〜ん、そう言われるとなぁ。アニエスのとこにも引っ越しのお祝いもしてないしな、こっちに招いてそれも兼ねる・・・ん〜、カリンの体調はどうなの?」
「最近は落ち着いてるの、だからまぁいいっちゃいいんだけど。他の人がどう思うかが心配。」
するとフェンリルが更ににっこり笑う。
「それなら、大丈夫ですよ。昼間奥様方に聞いてきましたから。」
カリンとルディはその用意周到さに脱帽し、年末の休みの最初の日にフェンリルの言う通りに断髪式を行うことに同意した。
「一体何人の人に切ってもらう事になるのかしら・・・」
「一軒一人としても四人、それに僕も鋏を入れたいから少なくとも五人だね。」
五人・・・!ああ、たかが髪の毛を切るのになんでそんなに沢山の人が・・・。
「で、どのくらい切るつもりなんだい?」
「肩の上辺りが一番楽だと思うんだけど。」
「「そんなに⁉︎」」
「え?あ、ほらだって私は髪を結い上げて何処かへ出かけるって事もないわけだし。いいんじゃないかな〜って・・・あれ、駄目ですか?」
「せめて、結い上げられる位の長さはとっておいたら?」
「そうだよ、僕の代理で公式の場に出ることもあるかもしれないんだよ。」
「でも〜、折角何人もの人が鋏を入れるならこうバッサリといった方がよくない?」
「「駄目駄目駄目、却下。」」
頑として譲らぬ二人の返答にがっくりと肩を落としたカリンであった。そしてあっという間に時は過ぎいよいよ断髪式当日となった。ガウス邸にはクラーク夫妻・ヴィグリー一家・オブリー一家に、フェンリルの家族それに話を聞きつけたルディの養父母が訪れた。居間と客間を解放し、それぞれが持ち寄ったご馳走を並べる。主役のカリンは家で一番ゆったりとしたソファに腰掛けその時を待っている。結局鋏を入れるのは公爵家の離れで共に過ごした三人になった、その前にフェンリルが長さをカリンと話し合って決める。
「うーん、じゃあ肩の少し下の方でどうですか?」
「ええぇ?そりゃ短いわよ!楽ではあるだろうけど、この前の話とあんまり変わらないじゃない。」
「だって、赤ちゃん生まれたら多分自分の身なりなんて構う暇ないでしょう?それに、しばらくは外出もしないと思うし短いと感じても春には伸びてるだろうと思いませんか、ね?お願いフェンリルさぁん。」
「駄目駄目、ルディ様に聞いてみないと。」
早速ルディも交えて検討会が開かれる。
「だから、髪はまた伸びるから。」
「なんか昔も聞いたことがあるその台詞、ん〜でも今回は確かにカリンが扱い辛いのはわかるよ、わかるけどさ・・・うん。わかったよ、君の言う通り肩の下で妥協しよう。」
「いいんですか⁉︎ルディ様そんなこと言って。」
「今回一番大事なのはカリンにとっての便利さです。心身共に負担ならそれを取り除いてあげないと・・・。」
「ありがとう‼︎そうと決まれば早速切らないとっ。」
「待ちなさいカリン、私が皆さんをお呼びするからあなたは座ってて。」
飛びたして行こうとするカリンを慌ててフェンリルが止める。そして木製の椅子に腰掛けさせると皆を呼びに行った。
「じゃ、いくよ。」
片手にハサミを持ったルディがフェンリルが付けた目印の場所に鋏を入れる。ザクリ・・・と切り落とされた一房はルディの手に収まった。振り返ってルディがオブリーに鋏を渡す、オブリーも神妙な顔つきで一房切り落とす。その後フェンリルが同じ様に切り落とした後、長さを整えて断髪式は無事に終了した。
希望通り肩の少し下で切り揃えられた髪の毛はかなりの長さを切り落としたお陰て随分と軽く感じながら、カリンは改めてオブリーとフェンリルにペコリと頭を下げ礼を言う。
「オブリーさん、フェンリルさん。今日は・・・ううん、今迄ありがとうございました。」
「ちょっと、どうしたの突然。」
突然の感謝の言葉に虚を突かれた二人が顔を見合わす。椅子に座ったまま二人を見上げカリンが微笑う。
「小さい時からお世話になって、私にとってお二人は本当に育ての親だなぁって急に思っちゃいました。もうすぐ私も人の親になるんだなぁ、今迄とは変わるんだなぁって思ったらなんかお礼をいいたくなっちゃって。」
初めて離れにやって来たとき、小さな女の子はずっとカーテンの中に隠れていた。何度呼びかけても出てこない少女に手を差し伸べた少年魔法師は今では立派な魔法使いになっている。オブリーとフェンリルは二人のために擬似家庭を作り上げ日々成長を見守って来た、そんな二人だからカリンの挨拶にはまるで娘が嫁ぐ様な感じを覚え二人とも目頭が熱くなった。
「そうね、あなたのお世話をしてたから私も子育てに変な迷いがなくやってこれたわ。ふふ、でも親は嫌よせめて姉にして頂戴。そしてこれからも頼ってね。」
「そうだよカリン、君やルディ様の成長を側で見るのは楽しみだった。母親になる君を見る日が楽しみだ、困ったことがあればいつでも私たちを頼りなさい、」
「はい。ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。」
もう一度カリンは頭を深々と下げた。そこへ少尉が三人を呼びに来る。
「カリン!主役がいなきゃ始まんねーぞ。」
カリンが会うことの叶わない父親の面影を重ねた少尉に笑いかける。「今行きます。」義理の養父母もカリンのお腹を愛おしそうに眺める、アナスタシアとイェンナがカリンのための席を用意し小さな子ども達がひざ掛けやクッションを持ってくる。新しくオルボアの町に加わったルリが手編みのショールを贈ってくれた、この幸せがずっと続きます様にとカリンは胸の中で小さく祈りを捧げた。




