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おまえの存在忘れてた。

 あれから一週間が経過した。

 簡潔に述べよう。――変化はあった。

 月影九十九は給食の時間に消えることはなくなった。

 朝も「おはよう」と挨拶をすれば、最初は無視をするけど、みんなが席に戻った後に小さく「はよ」と言ってくれるようになった。

 授業で二人組やグループを作るとき、頼めば入ってくれる。が、向こうからは来ない。

 単にほかの奴よりマシと思われただけかもしれないけど、初対面のときに比べれば態度が軟化したと思う。

 特に挨拶を返してくれたときなんかは、某名作劇場に出てくるお嬢様が立ったとき並の感動を味わった。

 

「――というわけだ」


 私がここ一週間の近況を語ると、赤髪の男子は机に肘をつきながら、ふーんと興味なさげに呟いた。


 この男子、名前を冥間幽くらまかすかという。


 私が一週間前、月翔九十九へ猛攻を仕掛ける際に役立てた助言をした幼馴染だ。

 それにしても自分から話せと言ったのに、この明らかに興味がありませんという態度はなんだ。いつものことだが。


「にしても、大げさすぎ。好きな男と目が合っただけで浮かれてる女子みてえ」


 そう言って、幽はシニカルに口角をあげた。

 …こいつのこの態度は昔からだ。口を開けば相手の神経を逆なでするようなことばかり言う。

 しかも見当違いなら一蹴できるのに、性質が悪いことに的を得たことばかりを言う。

 だから顔はいいのに女子の人気はそこそこ。男子からは忌避対象なのだ。

 小学生としての可愛げは皆無だ。私も人のことは言えないが。


「で、京はそのイケメン転校生くんとやらに絡みに行かなくてもいいわけ? 見ての通り、このクラスの女子の大半はおまえのクラスに行ったけど」

「それで仲良くなってくれるならよし。あと、避難しに来いって言ったのはおまえ」


 こう言ったが、到底仲良くなっているとは思えない。おそらく月翔九十九は現在、逃走している最中だろう。

 一週間経ったが、まだ彼女たちの情熱は冷めないらしい。

 昼休みのたびにクラスの人口密度が急激に上昇するので、今までは様々な場所へ避難していた。

 場所を変えているのは、連続で同じ場所に逃げたら運悪く遭遇してもみくちゃにされたからなんだけどな。

 今はなるべく嵐が過ぎ去ったあとの場所を選ぶようにしてるよ。

 今日は幽に呼び出されたため、こいつのクラスに避難してきたというわけだ。


「いや~? おまえが楽しそうにそいつのこと話すからさあ。可愛い幼馴染の、可愛い嫉妬じゃん。睨むなよ」


 にっこりと笑って言われても説得力がない。悲しそうな顔で言われても胡散臭さしか感じないが。

 あと幽は私が月翔九十九に恋愛感情を抱いていないと知っている。そして

こんなことを言っているが、幽自身は私に恋愛感情を抱いていない。

 すべて理解したうえで茶化しているのだ。本当に性格が悪い。


「あはははは、私は呆れてるだけなんだけど? 睨んでるように見えるってことは、睨まれるようなことを言ってる自覚があるからじゃないの?」


 同じくにっこりと満面の笑みを浮かべて皮肉ってやった。幽は鼻で笑った。殴りたい。

 思えば、こいつも権力者の息子なのに月翔九十九が私のクラスに来たのは、この難有りすぎる性格のせいだろう。


 絶対そうだ。断言しよう。


 ちなみに幽との腐れ縁は私が前世の記憶を取り戻す前からなので、私の本性(と言ってしまうと聞こえが悪いが)も知っている。

 私が素のまま皮肉を言える相手は少ないので、性格に難は有りすぎるが貴重な友人と言えるだろう。

 かなり癪だから本人にはぜぇったい言わないけど。

 笑顔でにらみ合いをしていると、遠くからバタバタと走るような音が聞こえてきた。

 その音はどんどん大きくなっていき、こちらに近づいてきていることがわかった。だんだん足音は数を増し、地響きのようになる。 

 言うまでもないが、月翔九十九と彼を追いかける女の子たちだろう。

 幽から視線を外し、廊下を見やる。


 ちょうど廊下を彼が通った。が、突然地響きが止んだのに伴って、彼は止まった。

 後ろを振り返っている。ここからでは状況はわからないが、おそらく集団は先生にでも捕まったのだろう。

 彼は自分も捕まらないように隠れようとしたのか、キョロキョロと辺りを見回して――私と目が合った。

 月翔九十九は一瞬目を丸くし、すぐに険しい顔つきで教室の中に入ってきた。

 後ろ手で扉を閉めて、足早に私たちのほうへやってきたかと思うと、「かくまえ」と短く述べて私たちの机の陰に隠れた。

 程なく女の子たちの集団が教室の前を通った。

 先生に捕まっていたならなかなか早い釈放だな。おそらく生徒指導の先生ではなかったんだろう。

 彼女たちは消えた月翔九十九を探して、教室の扉を開けた。


「あれー、おかしいよね? 月翔くん、確かにこの教室に入ったと思ったんだけど……」

「うん、あたしも見たから間違いないよ!」


 月翔九十九を見ると、青い顔をしている。

 彼は私にとっとと追い払えと目配せをしてきた。

 まあ黙っていれば彼はそのうち見つかってしまうし、さっさとどうにかしないと幽がバラしてしまいそうだ。

 彼女たちに声をかけようとすると、それよりも先に幽が口を開いた。


 「おい女子、転校生ならテラスから後ろの教室に逃げたぜ。さっさと追いかければ?」

「え?」


 予期せぬ人物からの助言に、彼女たちは怪訝そうな顔をする。

 あの子たちの半分は幽と同じクラスの子みたいだから、幽が親切心でこんなことを言うわけがないと知っているのだ。

 嘘かもしれないと疑っている。最も親切という言葉が似合わないのだから、気まぐれでも黙っていればいいものを…。

 仕方ないからフォローしようとすると、先ほど同様、また幽に遮られた。


「俺の気まぐれ。逃げられたいなら、信じなくても別にいーけど」


 興味が失せたとばかりにそっぽを向く幽。

 彼女たちは互いに顔を見合わせて迷った結果、幽の言葉を信じてもと来た道を戻っていった。

 その様子を眺める幽は、実に楽しげだ。

 悪戯が成功した子供のようだが、無邪気さとはかけはなれていっそ禍々しい。

 月翔九十九にもう大丈夫だと声をかける。

 彼は警戒しながら顔をのぞかせ、彼女たちがもういないことを確認すると、安堵して机の陰から出てきた。


「お疲れ様、月翔くん。毎日、大変だね。大丈夫?」


 労りの言葉をかけながら、断られる可能性大だけど、椅子を勧めてみる。

 だが、意外にも彼は座った。

 そしてなぜか私を睨みつけている。

 はて、私は彼に睨まれるようなことをしただろうか。

 思い当たるような別にないような、首をかしげると、彼は目をそらし、ぼそっと呟くように言った。


「オレに友達になろうっつったなら、逃げてないで助けろよ」

「…………え?」


 幻聴だろうか?

 今、確かに彼から”友達”というワードが飛び出したような……。

 え、つまり私を友達として認めてくれたと?

 友達なら助けるのは当然だと咎めているのか?

 遠回しなデレなのか? そうなのか?

 …それとも、友達になりたいならそういった誠意を見せろということなのか?

 ツンデレなのか俺様なのか、どっちだ。


「……ごめんね。初日にもみくちゃにされて、それから逃げ腰になってたみたいだ。友達になろうって言ったのは僕なのに、無責任すぎたね。本当にごめんなさい」


 舞い上がってしまったが、冷静になって考えると私の取った行動はよくない。

 私は彼に友達になろうと申し込んだ。それが口だけではないと証明するために、私は彼に誠意を見せなくてはいけなかった。

 なのに私はそれを怠った。距離が縮まったかもと浮かれて、一番大切なことをやらなかったのだ。

 もしかしたら失望させたかもしれない。

 もう友達になってくれないかもしれない。

 そう思うと、とにかく謝罪を言うことしかできなかった。

 こんなときでもキャラを保とうとする自分自身が、本当に嫌になる。

 俯いているので、彼がどんな顔をしているのかわからない。

 顔をあげてもし彼が怒っていたらと思うと、あげられなかった。

 

 痛い沈黙が続く。


「――…キモい」


 沈黙を破ったのは、おおよそ場の空気が読めてないとしか思えない幽だった。


「京が殊勝すぎてキモい。悪いと思ってるのがキモい。素直に謝ってんのがなおキモい」

「ちょっと黙ろうか、KYくん」


 人の気も知らず平気で「キモい」を連呼するバカをねめつけた。

 こいつの空気読まなさ加減は知っていたが、なぜそれを今発揮した。

 だが幽は黙らなかった。


「そもそもなんで京が謝んの? 女子に追いかけられるとか、そんなん全部こいつがなんとかすりゃいいじゃん。友達ってそんなことまでしなきゃなんないわけ? 俺だったら遠くで見て笑ってるけど~?」

「すべての人間をおまえ基準で考えるんじゃない。そして私は遠くで笑って見てる奴を”友達”とは認めないぞ。だから某猫型ロボットの持つタイムマシーンを持ってきてくれ。さっきどこぞのKYを友人と思ってしまった自分を殴りに行くから。むしろ私の期待を裏切ったおまえを殴りに行く」


 そこまで言って、はっと我に返った。

 幽にのせられて素で言い返してしまった。

 恐る恐る月翔九十九のほうを見ると、ぽかんと口を開けて目を丸くされておりました。


 うん、決めた。

 こいつ(幽)死刑だ。


 机を叩いて喜色満面するバカに鉄槌を下すべく、拳を握りしめる。

 気づいたバカはようやく笑うのをやめ、目に溜まった涙を拭った。


「なに、怒った? これやるから機嫌直せよ」


 そう言って取り出したのは、白い長方形の箱。中にはいつもケーキなどのデザートが入っている。

 この男、こんな毒しかないような性格をしているが、これでも製菓会社の社長息子なのだ。

 見えないよな? 私は性質の悪い冗談かと思った。

 が、こうして新作お菓子の試作品やら、新作そのものやらを持ってくるので気にしないことにした。

 幽はあれだけど甘いものは好きだから。


「…仕方ない。そのかわり、おまえの分は私と月翔くんでもらう。というわけで、月翔くん。はい、フォークとお皿」

「えっ?……あ、あぁ……」


 いまいちついていけてない感じの彼に、フォークとお皿を押し付ける。

 私も自分の分を取り出して、机の上に置いた。

 どこから取り出したんだとか、野暮なことは聞いちゃいけない。

 幽から箱を受け取り、ふたを開ける。いつものように色とりどりのおいしそうなケーキがずらりと並んでいた。


「わあ、美味しそう~……あ、月翔くんはなに食べる? そもそも甘いの平気?」


 やっぱここは彼から選ぶべきだよね。ほら、罪悪感とかあるし。

 え? さっきまでのシリアスな雰囲気はどこいったのかって?

 甘い物の前ではすべてが無力になるんだよ。

 彼は困惑気味にうなずき、箱の中を覗き込んでイチゴのショートケーキを選んだ。

 私はザッハトルテに決めて、それぞれをお皿に乗せた。

 さあ食べようと思ったが、大切なものを忘れていることに気が付いた。


「あ、飲み物忘れた」

「紅茶ならあるけど」


 そう言って水筒を掲げる幽。


「よし、よくやった。特別にさっきのはなしにしてやろう。はい、幽の分のフォークとお皿とコップ」

「俺、いつでも食えるから別にいらないんだけど……」


 幽のぼやきは全無視の方向でお願いします。

 食器も渡し、紅茶も注ぎ終えた。私は手を合わせて「いただきます」と言って、嬉々としてケーキを頬張った。

 口に広がる濃厚なチョコレートが、なんとも言えない。

 やばい、めっちゃ幸せ……! 甘い物を食べている時が、私は一番幸せだ。

 思わず緩んだ顔を、幽が「間抜け面」と言って笑ったけど、今の私は寛大だ。特別に許してやろう。が、二度目は容赦しない。


「もぐもぐ……月翔くん…もぐもぐ…さっきの話なんだけど……もぐもぐ…」

「……もぐもぐ……なんだ?……もぐもぐ……」


 月翔くんはケーキを租借しつつ、私のほうへ目を向ける。というか、なんか嬉しそうに食べてる気がする。

 もしかして、結構甘い物好きなんだろうか…?


「ほら…もぐもぐ……君が毎日、女の子に…もぐもぐ……追いかけられて困ってるって話…もぐもぐ……」

「…ああ……もぐもぐ……もぐもぐ……」

「……なあ、食うか喋るかどっちかにするって選択肢はないわけ? つーか転校生、さっき俺がおまえのこと助けたんだからお礼とかないわけ?」

「あっ……悪い。…助かった、ありがとう」


 食べながら話を進めようとする私達に、呆れた様子の幽がツッコミを入れる。

 幽にしては珍しく正論なので、いったんフォークを置く。

 行儀が悪くてごめんね。

 ついでに幽はさっきのお礼を月翔くんに要求した。言い方はあれだけど月翔くんも悪いと思ったようで、気分を害した様子はなく素直に幽へお礼を述べた。


「話してもいいかな?」

「…ああ」

「つーか、今さらそのキャラ演じる意味あんの?」

「はい、口チャック!」

「むぐ」


 余分なことしか言わない幽の口に、無理やりケーキをねじ込んで黙らせる。

 「フォークを突き出すな」と怒っているようだが、言葉になっていないので聞こえないふりだ。


「女の子たちの件なんだけど、月翔くん、昼休みは幽のところに来たらどうだろう? あ、もうわかってると思うけど、紹介しておくね。君の隣でフォークくわえてるのが冥間幽。僕の幼馴染」

「…どうも」


 今さらな感じがしないでもないけど、幽に会釈をする月翔くん。

 幽は目だけで応じる。というか、いい加減フォーク抜けばいいのに…。

 さしたのは私だけどもさ。


「この幽はね、顔はいいのに性格が最悪なせいで女の子たちがあまり近寄ってこないんだ。だからほとぼりが冷めるまで、昼休みはここに来るといいよ」

「おーい、俺の意見は丸無視なわけ?」

「もちろん決めるのは君だけど……どうする?」

「………………」


 幽の発言はスル―して尋ねる。

 月翔くんは眉根を寄せて、考える素振りを見せる。

 ちょっと接触しすぎだって思う?

 執着されない程度に仲良くなるっていう、当初の目的は見失ってないよ。

 けど、このくらいはやらないと月翔くんに”友達”と認められないような気がするんだ。

 なによりまずは”友達”になること。でなければ何も始まらない。


「――…わかった」


 長い間を置いて、月翔くんはうなずいた。私と幽に視線を投じ、俯く。


「……………………よろしく」


 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声だったけど、確かに彼はそう言ったのだ。

 あの日の返事を貰えたような気がして、私の顔は自然とほころんだ。


「うん、よろしくね」


 今はまだ打算でしか行動できないけれど、いつかそんなもの全部抜きにして、彼と本物の友達になれたらいいな。

 そんな日が来ることを願いながら、私は彼へ精一杯の笑顔を向けた。


「……てか、俺のことは最後まで無視?」


 ひとり除け者にされた幽の呟きは、私たちに届くことはなく、むなしく消えていった。

京の幼馴染、冥間幽が登場しました~!

現在、登場人物が圧倒的に少ないので、こうしてどんどん増やしていけたらいいなと思います!


幽の名前ですが、この漢字を使うことは決めてたんですけど、”ゆう”と”かすか”どう読ませるか悩みました…。

最終的に、京が悪口を言いやすいから(バ幽)という理由でかすかに決定しました。

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