{魔力知覚~滞留削りまで}
食事が運ばれてきた。メニューはいつもとなにも変わらない。
手下の女はいつも通り、無表情で檻の隙間からトレイを差し込むとさっさと出ていった。
受け取り、パンをかじりながら考える。脱出するためにどうしたらいいのか。ルゼにできることはなにか。
さしあたっての問題は翼だ。結晶竜の翼は重たい。歩けはするが走れない。もちろん飛ぶことなどできるはずもない。だが脱出するためには俊敏さがどうしても必要だ。
たとえば何かのきっかけで檻の外に出られたとして、外界に出るまでの道のりで男の手下たちに会わないなんてことは絶対にないはずだ。理想は飛んで逃げること。だめならせめて走って逃げられるようにしたい。
そのためにはどうしても、重たい翼を軽くする術が必要だ。ルゼはトレイについていたフォークを見つめた。
「…………さすがに、これじゃ無理か」
切り落とすことも考えたが、一日に三回、手下が食事を運びにくるし、その間にフォークで翼を切り落とすのは無理がある。翼がなくなれば絶対に気づかれるし、怪我を負った状態でまともに動けるかも怪しい。
食べ終わったトレイを檻の外に出し、腕を組んで引き続き考える。
「…………なんで、翼だけ重いんだろう?」
しばらく考えていると、そんな疑問が湧いた。
結晶竜には竜宝がついている場所が五か所ある。心臓はいいとして、なぜ角や尻尾は重たくないのか。竜宝のせいで重いのだとしたら、角や尻尾も重たくなければおかしい。
「別の原因がある……?」
情報が少ない現状では、そうとしか考えられない。
もうひとつ疑問がある。人間以外の種族は、ほとんど魔法が使えないのだという。父母と腹立たしいがルゼを捕えた男たちの言葉を総合すると、そうなる。
気になるのは、魔法が使えないかわりに別の能力が秀でたりしているわけでもないという点。そのせいでこの世界では人間種が最も優秀な種族とされ、それ以外の種族は劣等種として蔑まれているのだ。神に見放された種ともいわれている。
しかしそんな種族でも、魔力は平等に有している。使う場面は少ない。基本的に種族固有のスキルか個人特有の特殊スキルを使用する時くらいしか使わない。魔道具というものもあるが、亜人種には職人があまりいないので、流通数も少ないという。
ルゼはもしかしたらなにか特殊なスキルでも有していないかとあれこれ試してみたが、スキルが発動する気配もなかったのでおそらく何のスキルも持っていない。なので考えるのは、魔法が使えないかだ。
ルゼは純粋な結晶竜ではない。半分、人間の血が通っている。純粋な結晶竜は使えなくても、ルゼなら魔法が使えるようになる可能性があるのではないか。
問題は母が魔法を使う時に魔力を感じると言っていたが、ルゼは一度も自分の魔力を感じられたことがないことだ。結晶竜である父も感じたことはないと言っていた。おそらくそこが、人間種と亜人種の差なのだろう。逆に言えば、使えるようになれば差はなくなる。
ルゼは魔法を使えるようになることを目指すことにした。そこにしかルゼが生き残る道がないと感じた。
まず最初に行ったのは、魔力を感じられるようになること。母が心を穏やかにすれば感じると言っていたことを思い出し、食事と睡眠以外の時間を瞑想にあてた。できる限り心を落ち着け、体内にあるはずの魔力を探す。この時は死の恐怖も期限が迫る焦りも未来への不安も、全部全部排除して心を無にする。
そうして一週間が経つ頃には、朧気ながら魔力の流れのようなものを感じられるようになっていた。脳で発生した魔力は、心臓まで下りてくると血流と同じ方向で体を循環する。
さらに一週間後、完全に魔力の流れを感じられるようになった。そして気が付いた。脳からの循環の途中で滞留しているところがあった。場所は角、喉、心臓、背中、尻尾。すべて竜宝がある場所だ。
竜宝とは魔力の結晶のようなので、そこで滞留していることは然程疑問を感じなかった。角、喉、心臓、尻尾の滞留も微々たるものだ。
だが背中―――つまり、翼の滞留は他と比べて明らかに多かった。
しかも翼以降の魔力の流れは明らかに量が少なく、翼で魔力の大半を持っていかれているのは明白だ。
ルゼはこれだと思った。
翼が重たい原因は、間違いなく滞留した魔力のせい。この滞留を消すことができれば、翼は軽くなり飛べるようにもなるかもしれない。そうとわかればルゼがやることはひとつ。滞留した魔力を削り、本来の魔力の流れに乗せる。
ルゼは瞑目し、翼に全意識を集中させた。イメージは血流。留まることなく体内を循環する血流に合わせて、徐々に徐々に滞留した魔力を流すイメージをくみ上げる。
すると、どうだろう。
翼に滞留していた魔力が、まるで激しい水流によって少しずつ削られていく岩のように、小さくなり始めたのだ。魔力が削られていくのと比例して、背中の魔力もほんの少しではあるが軽くなってきた。手ごたえを感じ、沸き上がる喜びを落ち着いて抑える。
まだやりきったわけではない。血が血管に覆われているように、魔力も魔力回路というものに覆われている。焦って流しすぎれば魔力回路を傷つけ、二度と魔力が使えなくなるなんてことになるかもしれない。
焦らず、慎重に。さらに数日かけて、翼に滞留していた魔力を別の場所で滞留する魔力と同じくらいまで削ることができた。
ルゼは大きく息を吐きだし、立ち上がった。試しに、翼を広げてみた。これまで緩慢な動作でしか開かなかった翼が、バサッと軽快な音を立てて開いた。
以前とはまったく違う動きに感動しつつ、本番はこれからだ! と気を引き締めて、翼を思い切り羽ばたかせる。羽ばたきによって生じた風が、部屋中の埃を巻き上げるが、そんなことは気にもならなかった。
―――ルゼは飛んでいた。
足元三十センチほどの高さだが、確かに飛んでいたのだ。
全身を包む浮遊感。文字通り地に足がついていない感覚。すべてが新鮮で、状況も忘れてはしゃいでしまう。
「や……やった……! うわっ……!」
どすんっ
嬉しさのあまり翼への意識が散漫になってしまい、ルゼは落下して尻もちをついた。幸い三十センチほどしか飛んでいなかったので、お尻は痛いが怪我はない。
尻もちをついた体勢のまま、ルゼは頬を押さえた。痛みよりもなによりも、初めて脱出の糸口を得たことが、たまらなく嬉しい。頬はにやけて緩みっぱなしだ。
「ダメ……これから……」
ぱちんっと自分の頬を叩き、気合を入れ直す。魔力を感知できるようになった。魔力操作にも成功した。だけど、飛べるだけじゃ逃げられない。
もっと実用的な方法を考えろ。鎖を引きちぎり、この狭苦しい窮屈な空間を壊せるだけの力を手に入れるのだ。
「……よしっ」
ルゼは小さく拳を握りしめた。
魔力感知と魔力操作に成功してから一週間が経った。
この一週間、魔力操作の訓練に重点を置いて行ってきた結果、ルゼの魔力操作の腕はかなりあがっていた。だが魔法は使えなかった。
試しに母が使っていた水を出す魔法を唱えてみたが、何も起こらなかった。魔法陣のようなものが必要なのか、別の要因なのか不明だが、現状ではどうしようもなかった。
だがルゼは一切悲観しなかった。別の方法を思いついたからだ。
それは竜宝を意図的に作り出すこと。竜宝は結晶竜の魔力によって形作られている。で、あるならば自らの意思で練り上げることもできるはずだ。
竜宝はかなり硬質な宝石だと言われている。あまりに頑丈なので削るのに苦労するそうなのだ。もし竜宝を自在に作り出せて、それを戦闘に用いることができればどうなるか。例えば砲弾のように飛ばしたり、逆に体に纏って防御したりなんかできたりするのが理想的だ。
我ながらいい案だとルゼは自画自賛したし、それが自分にできる唯一の道だとも思った。
ただ、言うは易く行うは難しだ。
魔力を体外へ放出し、それを腕に留めるイメージがなかなか難しく、何度魔力を放出しすぎて魔力枯渇で動けなくなったかわからない。固定化のイメージがなんとか掴めるようになると、今度は成形の問題が出てきた。
魔力を徐々に結晶化していくイメージを持つのだが、結晶化のイメージに意識を割きすぎて、今度は固定化が不安定になり魔力が霧散してしまう。固定化、結晶化をなんとかクリアしたら、次に問題となったのは質量操作。軽くし過ぎてすぐに壊れてしまったり、逆に重くしすぎて動けなくなってしまったり……。
あれこれ出てくる問題をなんとかクリアして、ルゼが命名”竜晶化”を完成させたのは、それから一か月後のことだ。
「むぅ…………」
眉間に皺を寄せ、意識を右手に集中する。凝縮された魔力によって、右手がキラキラと淡く緑色に輝きだす。手首から爪先へ、ゆっくりと波紋を広げるように始まった竜晶化は、ほどなく右手全体を包み込んで、竜の爪と称するにふさわしい様相となった。
ゆっくりと手を開閉する。
指同士がぶつかって、ガチガチと音を立てるが不便はない。――問題なし。
床に指を突き立てて、軽く引っかいてみる。
労することなく床に五本の線が刻まれた。――問題なし。
これで最後。鉄格子のポールの一本に、人差し指を押し当てて、力を込めてスライドする。
パラパラと床に黒い欠片が散らばって、ポールには一筋の深くえぐれたような傷ができた。――問題なし!
「…………くふっ」
油断すると大声で喜んでしまいそうになる口を、咄嗟に両手で押さえて防ぐ。だが彼女の発する雰囲気は、嬉しくてたまらない! という心情を如実に語っていた。
「まだ……まだだ……」
展開速度が遅い。もっともっと早くしなければ。集中せずとも瞬時に展開できるようにするのだ。
でも、その問題を解決したら……準備完了だ。あとは決行するのみ。
展開速度向上の訓練を行いながら、実行日について考える。
できる限り警備が薄い日が望ましい。そしてそういう日に思い当たることがある。
数か月に一度、手下の女が夜と次の日の朝ご飯を運んでこない日があるのだ。大体昼になってようやく持ってくるのだが、そういう時の女は少し酒の臭いがする。宴会にでも行っているのかもしれない。
ふとそういえばあの女はなんなのだろうと考える。ここに来た最初の一年間、食事を運んできた男たちとは明らかに地位が異なるだろう女。気づいたら食事を運んでくるのが女に変わっていたのだが、どう見てもただの下っ端ではない。
着ている服は上等なものだし、外見も美しく、よく手入もれされている。誰か幹部の妻か愛人だろうかと考えるが、そんな地位の者がここに食事を運んでくるのはおかしい。女の組織での地位に疑問を抱くものの、そこは重要ではないので考えるのを放棄する。肝心なのは、その日は誰もここに来ないということ。それだけわかっていればいい。
それよりも問題なのは、
手のひらを天井へ向ける。意識すると手のひらの中心に鋭い杭のような形の竜晶が形成されていく。見つかった場合、迅速に相手の息の根を止める必要があるということだ。
中途半端に情けをかけてはいけない。それは自らの死に繋がる。もし脱出に失敗し捕まろうものなら、もう二度とチャンスはやってこない。
無限に竜宝を生み出せる結晶竜。竜宝が人間たちの価格でどのくらいの金額なのかルゼは知らないが、希少性という面で考えればとんでもない額になるだろうことは予想できる。まさに金の生る木。喉から手が出るほど欲しい存在だとしても、管理が難しければ話は別だろう。
竜宝の生成が同時に攻撃の手段と知られれば、どれだけ希少な存在だろうと最後には始末を選択するだろう。始末されなくても、五体満足でいるのは難しいだろう。動けないように翼と両足くらいは最低でも持っていかれる可能性が高い。
生き残るために、誰が立ちはだかろうとも絶対に躊躇わない。
杭を高速で回転させる。どのくらいの速度で射出できるのかわからないが試すわけにはいかないので、せめて貫通力だけはアップさせる。狙うのは頭。もしくは喉。声をあげる暇もなく絶命させる。
手の中の杭への魔力供給を切ると、一瞬のうちに杭が消失する。その時になってみなければ自分が動けるのか動けないのかわからない。だが心構えだけはしっかりしておく。
そして十日後、ついにその時が訪れた。




