かぼちゃの季節にはまだ早い。
施設所有の体育館で従業員の人から合宿上の諸注意などを受けた私たちは、宿泊棟へ移動した。
各々あらかじめ割り振られていた部屋へ入り、荷物の整理と着替えを済ませてから、また体育館へ戻ることになっている。
宿泊棟は一階に女子、二階に男子の部屋があり、男子のほうはわからないが、女子の部屋は十六畳の和室で、そこを九人で使用する。
部屋割りはグループごとで、同室になる他のグループは例のごとくあみだくじで決めたのだが……はっきり言って八百長含む。
私たちと同室になったグループは、月翔九十九派だけど極めて穏健的な子たちのグループと綾里さんの友達のグループだ。出来すぎだと思うだろう。
さすがに子供でも誤魔化されない。部屋割りが決定したとき当然のごとく過激派の子たちが抗議した。
けど先生は「私に神が降臨したんです」と大昔の予言者めいたことを言って知らぬ存ぜぬを貫いた。最終的に頑なな先生の態度に彼女たちのほうが折れた。まあ、口々に「大人って汚い」って悪態ついてたけど。
彼女たちが部屋割りになぜそこまで情熱を注いでいるのか不思議だろう。この部屋割り、実はそっくりそのまま食事の時の座席となるんだよ。
私たちと同室になれば、もれなく月翔九十九と一緒に食事ができるというわけだ。先生は食事時に起こり得る”月翔九十九の隣の席争奪戦争”を未然に防いだんだよ。
なんというかさ、私も彼の一挙一動にドキバクしてるわけだけども、先生も大概大変だよね。この苦労をあと二年も続けなくちゃならないんだからさ。
ほら、五・六年ってクラス替えないし。
余談だけど、うちのクラスの担任は仁義なきじゃんけん大会で決めたらしい。
情報源は……言わなくてもわかるよね。
「京くん京くん、ちょっとこっち来て」
「……ん? なにかな?」
いかんいかん。ちょっと思考をパーンしすぎた。
相原さんに手招きされたので、荷物の片づけをいったん中断する。
ちなみに彼女は四年のときも同じクラスだったのだが、覚えているだろうか?
もう一人、吉田さんという女の子がいたが、残念なことに彼女は他のクラスになってしまった。
「先生から渡されたこの袋なんだけどね……ちょっと見てくれる?」
「構わないけど……」
困惑の態の相原さんに首を傾げつつ、渡された袋の中を覗き込む。
「…………え……」
その中身に、私は思い切り顔を顰めた。
体育館の中は、まさに混沌と形容するにふさわしい有様だった。
そこかしこに魑魅魍魎が跋扈……もとい、仮装した同級生たちがいる。
――――相原さんが私に見せたあの袋の中身は、仮装衣装だったのだ。
衣装には様々な種類があるみたいで、主に童話系のものが多いことがわかった。まあ、今確認してわかったんだけどね。
パッと見る限り、ブレーメンの音楽隊と傘地蔵、三匹の子ブタと大きなカブの仮装をしている子たちがいる。
というか、これから野山をかけずり回らなきゃならんのに、なんで仮装なんてしてるんだ私たち。
今何月だと思ってるの? ハロウィンはまだ遠いよ。
どう考えたっておかしいでしょ。なんであえて動きにくくて汚したらやばそうな格好に着替えてんの? ふつうジャージだろ。こういうときに大活躍すんのがジャージだろ。なにジャージの利便性全ムシしてんの。
「な、なんだかすごいね……」
「……うん、そうだね……」
かなり引き気味に仮装集団を見つめる綾里さん。私も同意だよ。
なにがすごいって、仮装の当たり外れが激しいところかな。
さっき私がブレーメンの音楽隊とか傘地蔵とかの仮装をしている子たちがいるって言ったでしょ。彼らの仮装さ、総じて着ぐるみなんだよ。
頭に被り物してるだけじゃないんだよ。なぜか。
それから動物主体の童話が多い。さっきあげたのもそうだけど、他にはみにくいあひるの子とかアリとキリギリスとか、もう動物しかいないじゃん。
もちろん赤ずきんとかシンデレラとか、人間主体のものもあるんだけど、明らかに過半数は動物主体の童話だ。
ゆえに、滑稽な格好になってしまってる子がかなりの数いる。てか、動物主体の童話はそんな感じの子しかいない。
仮装をする意味が甚だ分からないけど、先生たちの悪意が詰まっているような気がするのは気のせいかな。
……あ、私の仮装?
私のグループはね、少数派な人間主体の童話だよ。それはいいよ、うれしいよ。動物主体の童話よりはるかにマシだよ。
でもね、私これはないなって思うんだ。
「いーなー、京くんはアリスの恰好で」
桃太郎に出てくる犬の仮装をした相原さんが羨ましそうに私を見る。相原さんの恰好もとてもよく似合っているよ。いや、嫌味ではなくてね。
現実逃避をしたい気持ちでいっぱいだけど、私のグループは”不思議の国のアリス”の仮装だ。で、なぜか私がアリス。
これ以上の人選ミスはない。
一応、金髪のウィッグつけてるけど、これがなかったらただの女装した男だよ!
自分で言ってってちょっと悲しくなってくるけど、事実なんだからしょうがない。
気分だけなら十分アリスだけどね。ここも奇奇怪怪な不思議世界になってるし。
あ、茅島さんはハートの女王だよ。あれもはまり役だと思うんだ。
我儘ってわけじゃないんだけどね。
綾里さんは三月ウサギ。ウサギ耳がとても可愛いです。でも、じゃあ白兎はどこに行った?
「うわっ、そこにいんのって京?」
たぶん、私の班の誰かが着ているんだろうなと思って探していると、背後から実に不愉快な声が聞こえた。
振り返るのも憚られたけど、意を決して振り返る。
案の定、そこにいたのは幽だ。頭に猫耳をはやしているところを見ると、チェシャ猫の仮装だろう。
が、気に食わない。猫耳に首に鈴、あとは付け尻尾だけとか納得がいかない。
「きゃー! 冥間くん、かっこいい! チェシャ猫の恰好すっごくよく似合ってる!!」
「……ああ、どうも」
テンションマックスな茅島さんにおざなりに返事をする幽。
その態度も大概ムカつくが、それよりもやはり奴の恰好だ。
「……幽、おまえはなんで他の子たちのような着ぐるみじゃないの? おまえだけその装備って不公平すぎると思わない? 他の子たちが味わった屈辱を、おまえも味わうべきだ」
茅島さんには聞こえないように小声で非難する。
「綾里だって似たようなもんだろ」
「女の子を引き合いに出すな。彼女は可愛いからいいんだ。おまえは胡散臭さしかないからダメ」
「俺だって絶賛されたじゃん。てか、衣装がこれしかないんだからしょーがねーだろ」
「他の子と交換してきなさい。今すぐに」
あそこにいる大きなカブの、カブの衣装を着ている子を見てみろ。動きづらそうによたよたしているじゃないか。
「ダセェからやだ」
「彼らに聞こえたらどうするんだ。おまえと違って繊細な子たちが多いんだからな」
「京のが神経図太いだろ」
「失礼な。おまえのほうが図太い」
「どう考えたっておまえのが図太いし」
「幽ほど図太くないと自負して」
「……なにやってんだよ、おまえら」
女の子たちの黄色い声援のBGMとともに、呆れ顔の月翔九十九が現れた。幽と言い争いをしていて、まったく気づかなかった。
気づかないのがおかしいくらいの大絶叫なんだけどね。
そして、私は探していた白兎を見つけた。月翔九十九の頭に、立派な白いウサ耳がその存在を主張するようにピンと立っている。
首には赤い蝶ネクタイ、胸ポケットには懐中時計が入っている。服もちょっと燕尾服っぽくて、見るからに白兎だ。
てっきり、彼は帽子屋のほうだと思ってたんだけどな。ウサ耳とか嫌がるかと思ったけど、そうでもないのか。
「月翔くん、よく似合ってるよ」
「うれしくねえよ。そういうおまえは…………」
私の恰好をじっと見つめ、黙り込む月翔九十九。
似合ってないのはわかってるから、いっそ笑い飛ばしてくれ。
黙ってられるのが一番辛いんだぞ。
それから幽、おまえあとで体育館裏に集合だ。思いっきり爆笑しやがって。
「あ」
呵呵大笑する幽を睨みつけると、その後ろに岸山くんを偶然見つけた。
彼はトランプ兵の恰好をしていた。帽子屋を差し置いてのレギュラー入りだ。
なんであえてのトランプ兵チョイスとか思うけど、そんなことは別にいいんだ。むしろトランプ兵の槍とハートのロゴが入った肩掛けしかない大雑把なところが、逆にいいと思う。
「……ねえ岸山くん、僕と衣装を交換しない?」
「え!? そっそれはちょっと……」
「岸山くん、かわいい顔してるから僕なんかより絶対似合うよ」
「そんなことはないと……」
「物は試しでちょっとだけ……」
「やめろ」
岸山くんににじり寄る私の首根っこを月翔九十九につかまれて、やむなく断念。
彼にもひどく怯えられてしまった。反省。
もうすぐハロウィンですね。
仮装はしないけど、友人にお菓子はたかろうと思います←




