5.公爵令息
大聖堂に着くと、新入生と在校生で道が分かれていて、新入生は大聖堂の外階段を上り二階に行くようだ。
既に輪を作りながら階段を上っていく新入生達を見て、私もそっと着いていこうとそちらに向かった、その時だった。
「ステラ!」
急に背後から抱き締められて一瞬心臓が止まる。
ふわっと薫る薔薇の香りに、ステラを包み込む正体に気付いてほっとする。
「レオ様…!もう、驚かせないで下さい…。」
レオナルド・リュクス公爵令息。
ステラの幼馴染み兼対人魔法の練習相手で、王立魔法学院に入学できたのもレオナルドのおかげだ。
レオナルドは魔力を消すのが上手く、油断していると本当に気付かない。
小さい頃から何度も魔力を消して近づかれては、驚かされてきた。
「それに、公衆の面前で抱きつかないで下さい。目立って恥ずかしいです…。」
領地ならともかく、ここは王立魔法学院。
黒髪に青い瞳、整った顔にスラッと背の高いリュクス公爵家のご嫡男は領地の娘たちを虜にしてきたが、王都でもさぞ人気のことだろう。
見知らぬ令嬢に抱きつくレオナルドを見て皆、度肝を抜かれた顔をしている。
「ステラ、恥ずかしがらなくても大丈夫。僕達の仲を知らしめないと。」
「知らしめるも何もただの幼馴染みです。それよりもレオ様。」
レオナルドの腕から抜け出して、もう抱き締められないようにその腕をギュッと掴む。
「しゅ、首席のことをご存知だったのならもっとちゃんとした手段で知らせて下さい!
ご冗談でからかわれたのかと本気で思いましたわ。」
「ちゃんと知らせたじゃないか。
公爵邸の薔薇をたっぷり使って。」
その言葉にギクリとする。
リュクス公爵家の紋章にもなっている薔薇。
領地のお屋敷にも薔薇が咲き誇っていたが、本邸の庭園も立派なものだと聞く。
まさか公爵家の薔薇を使っていただなんて。
リュクス公爵家にとって大切な薔薇の花をあんなにたくさん摘むなんて、お父上のリュクス公爵様もお許しにならないのではないか。
「あんなに大きな花束、将来ご結婚の約束をされる方に差し上げるべきですわ。
私なんかにそんな貴重な花束を贈られたことをお知りになったら、リュクス公爵様もお怒りになられます。
あまりの重量に花を活けるじいやの腰が震えておりましたもの。」
「彼には悪いことをしたな。でも君が喜んでくれたようで何よりだ。」
「た、たしかに嬉しくは思いましたけども…私、もう行かなくては。
レオ様、それでは失礼いたします。」
目立たず地味に生きてきたのにレオナルドといると目立ってしょうがない。
父のこともあり、今日は今までのステラの人生を全部合わせたのよりも人目を引いてしまっている。
「ステラは素直じゃないんだから。
そこが可愛いんだけどね。
あ、ヴァレン!君にも紹介したいんだ。」
頼むからもうこの衆目から解放してくれ、と本気で思い始めていたとき、朝ステラを送ってくれた騎士と同じような格好をした護衛と共に大聖堂に入ろうとしていた、長めの白銀の髪を耳にかけた背の高い青年を呼び止めようとした。
(白銀の髪のヴァレンって…
ヴァレン第二王子殿下のこと?!)
「レ、レオ様!!私、本当にもう行かなくては!失礼いたします!!」
もうこれ以上注目を浴びるのはご勘弁願いたい。
しかも入学初日から、きっと王立魔法学院でも大人気であろうレオナルドと第二王子殿下とお話しする姿なんて見られたらこの先どう思われるかわからない。
ステラは逃げるようにその場を辞し、淑女のマナーには反するが大聖堂の外階段をこれでもかというくらい全力で駆け上がった。
「ステラ・アルカニスですね。
首席入学おめでとう。
私はこの学年の主任で結界魔術担当のアンデモールです。よろしく。」
新入生が集まる部屋の入り口で、周りにばれないようそっと儀仗に体を預けつつ乱れた息を整えていると、ステラの胸元の首席の徽章を目に留めたであろう、ひっつめ髪のスラッとした女性に声をかけられた。
「アンデモール先生、ステラ・アルカニスです。どうぞよろしくお願いいたします。」
ステラは制服のローブを持ち、一歩足を引いて一礼する。
アンデモール先生からも燃えるような大量の魔力を感じる。
王立魔法学院の教師ともなると王国魔術師に匹敵する実力者揃いなのだろう。
「アルカニス、今日の動きを説明するのでこちらにいらっしゃい。」
「はい。」
アンデモール先生に連れられて中に入り、部屋を通り抜けると、大聖堂を見下ろすバルコニー席があった。
既に在校生の席は埋まっており、保護者が入場しているのが見える。
保護者席の端の方で母が一人で心配そうに座っているのが見えて、
(娘がこんな目立つイベントで目立つことをするなんて…ごめんなさいっ)
と、胸が痛んだ。
「正面の祭壇にはこれから来賓の方が来られます。あなたのお父様もいらっしゃるはずね。」
アンデモール先生に言われて恐る恐る正面を見ると、広い祭壇にいくつも椅子が並んでいた。
「新入生が入場するときあなたは儀仗を持って先頭で入場した後、あちらの椅子に向かうの。」
先生が指したのは最前列の真ん中だ。
(…ひっ)
すごく目立つ席に思わず息を飲んでしまって、アンデモール先生に見咎められる。
「そのまま生徒が分かれて着席したら、式が始まるわ。関係者とご来賓のお話が終わったら、あなたの出番よ。」
「はい…。」
消え入りそうな声で返事をする。
「名前を呼ばれたら立って返事をして、正面の祭壇に上がって跪くの。
中央の魔方陣を踏まないようにね。
あなたの準備ができたら、術を執り行うヴァレン第二王子殿下がいらっしゃるから、殿下の指示に従って向かい合って立つ。」
「は、はい…」
(王族とは聞いていたけど今年は第二王子殿下なのね…先程の全力疾走を見られていないといいけど…)
「あとは礼をして、宣誓を始めるのよ。
言葉は考えてあるわよね。」
「はい。父にも手伝ってもらいました。」
「それなら大丈夫ね。
あなたは魔方陣に魔力を込めるように宣誓するだけ。
あとは殿下にお任せすれば術が始まるわ。
終わったらまた一礼して自分の席に戻る。あなたがすべきことは以上よ。」
「ありがとうございます、先生…。」
王族と至近距離で向かい合うなんて死にそうなほど緊張してきたが、なるべく表情に出さないように気を付ける。
震えた声を気取られて、アンデモール先生に心配の眼差しを向けられ、なんとか微笑み返す。
「質問はないかしら。
では、皆と一緒に時を待ちましょうね。」
アンデモール先生に一礼をして、先生と一緒に新入生が待つホールに向かう。
足が震えそうになるが、ホールに入るとクリスフォードがブンブン手を振っているのが見えて少し安心した。
「あら、アストラとお知り合いだったのね。
では、呼びにくるまでこちらで待っていて。」
「まぁ、えぇ…。先生、ありがとうございました。」
アンデモール先生がホールから出ていくと、クリスフォードがニコニコしながらこちらにやってきた。
「さっきぶりだね、ステラ。
今年の新入生は君以外は王立学園出身だから、ぜひ僕に紹介させてくれ。」
「いいの?ありがとう、クリス。私ここには知り合いがほとんどいないから嬉しいわ。」
クリスは言葉通り、残り十八名の新入生全員を詳らかに紹介してくれた。
頭の中の貴族名鑑をフル稼働させながらなんとか顔と名前を一致させる。
情報量に気が遠退きそうになった頃、アンデモール先生が戻ってきた。
「皆さん、時間になりましたので参りましょう。アルカニス、こちらへ。後の者も順に並びなさい。」
儀仗をギュッと持ち直して、先生の隣に立つ。
(お父様もお母様もレオ様もいるし大丈夫。クリスとも新入生の皆ともお話しできたし、一人じゃないわ。きっと大丈夫)
何度も大丈夫大丈夫、と自分に言い聞かせて息を整え、目を開ける。
「王立魔法学院へようこそ。教師一同、皆さんを歓迎します。」
にっこり微笑むアンデモール先生に続いて階段を降り、列になって一階に向かった。




