25.実の父親
もしかしたら自分が「王家の巫女」かもしれない。
でも、だからといってそんな物でヴァレン殿下を縛りたくない。
それに、本当に「王家の巫女」と認められるためには出自も調査されるだろう。
母の辛い過去を掘り返したくない。
聞かれても絶対に否定しようと決めていた。
「いいえ、ヴァレン殿下。私は違います。」
「そなたは王族を欺くのか。
今ならば罪には問わぬ。言え。
『王家の巫女』だと認めよ。」
向けられた威圧感に、硬直していた体が震えてくる。
ヴァレン殿下は本気でステラを罰しようとしている。
決心が揺らぐが、ステラの命一つでヴァレン殿下がお幸せになれるならそうした方がいい。
「いいえ、第二王子殿下。
私は『王家の巫女』ではありません。」
ステラはヴァレン殿下の目を真っ直ぐ見て答える。
ヴァレン殿下は厳しい顔でステラを見つめる。
何を言ってもそう返ってくると気付いているかのような表情だった。
「…ステラ、こんなことはしたくなかった。」
急に優しくなった声に驚いて殿下を見ると、その瞳が瞬く間に紅く染まった。
「《武器を奪え》」
「ヴァレン殿下!」
いつの間にか杖を手にしていたヴァレン殿下にステラの杖を奪われる。
今のは「王家の魔法」ではなく普通の攻撃魔法だが、ステラが防御する隙もなかった。
まさかヴァレン殿下から攻撃を受けるとは思っていなかったので油断していたのだ。
杖がないと高度なことは出来ないが、一応魔法は使える。
ステラが手を出して詠唱をしようとすると 、それよりも先に詠唱を終えたヴァレン殿下の魔法によって応接室全体に魔方陣が浮かび、金色に染まった。
その瞬間、ステラを満たしていた魔力が消えた。
目を見開いたステラを見て、ヴァレン殿下はステラの両手を一纏めにして押し倒し、ぐっとカウチに押し付ける。
乱れた白銀の髪の隙間から見える紅く染まった瞳はステラの心を見透かしている気がして、目をそらしてしまう。
「この魔法は魔道具の効果も奪う。」
ヴァレン殿下の言葉にステラは慌てて自分の髪を確認する。毛先がだんだん色を失っていた。
「頼む、ステラ。言ってくれ。
これ以上酷い真似はしたくない。」
ヴァレン殿下の懇願するような口調にステラの心は揺らぐ。
みるみるうちに髪全体が色素を失っていく。
ステラはそれでも否定しようと首を振った。
我慢していた涙が目の端から溢れ落ちる。
「ステラ。」
ヴァレン殿下の優しい声に耐えきれなくなった。
「…ヴァレン様。嘘をつきました…っ。罰してください。」
言わないと決めていたのに、できなかった。
ステラは自分の弱さが悔しくて、声が震えた。
部屋に展開されていた魔方陣が消え、ヴァレン殿下の瞳も金色に戻った。
消えていたはずの魔力はすっかり元に戻り、髪の毛もいつもの栗色に戻る。
ヴァレン殿下は拘束していた手を解くとステラを抱き起こし、そのまま抱き締めた。
ヴァレン殿下から香る、胸がぎゅーっとなるような甘い香りに感情を抑えられなくなり、堪えていた涙がぽろぽろと溢れだした。
「こんな手荒な真似はしたくなかった。
でも君を守りたかったんだ。すまない、ステラ。」
ヴァレン殿下の声も震えている気がした。
「実は試験の少し前に、アルカニス魔法伯と話したんだ。」
ステラは驚いて、思わず顔を上げる。
ステラの視界が潤んでいるせいなのか、ヴァレン殿下の濃い金色の瞳も涙を湛えているように見えた。
「君が授業を受けている間に学院に来てもらった。
夜会ではアルカニス魔法伯のことも騙し討ちにしてしまったからね。
『信頼していたのに、娘に手を出された』とそれは怒られたよ。」
微笑むヴァレン殿下に、父の様子が想像できて涙が引っ込みそうになる。
「でも事情を説明したら、最終的には魔法伯も認めてくれた。」
ステラは今度こそ本当に涙が引っ込んだ。
王族や貴族とステラが繋がるのをあれほど恐れていた両親だ。
そのためにステラは王都の両親の元ではなく、領地の家令や騎士達の元で育った。
そんな父が、ステラがヴァレン殿下のお隣に立つことを認めていたなんて信じられなかった。
「お父様はなんで…。」
思わずステラが口に出すと、ヴァレン殿下は驚きの言葉を発した。
「君が『王家の巫女』だと認めたからね。」
ステラは信じられない言葉に、口を覆う。
(お父様が…認めた…?私が本当に『王家の巫女』だというの…?)
「君にしたような手荒な真似はしていないよ。
さすがに私も父上の、国王陛下の近衛に手を出すことはできない。」
ステラは少しほっとした。
「王家の魔法」の圧倒的な力を見せられて、父に使われていたらと思うと申し訳なくなったのだ。
「私は入学式の時点で君がほぼ確実に『王家の巫女』だろうと思っていたけど、証拠はあの魔力のうねりしかなかったからね。
他の証拠を探していたんだ。」
ヴァレン殿下が独自に動かれていたことに驚き、ステラはなぜそこまで…という気持ちでヴァレン殿下を見つめる。
「私は『王家の巫女』が欲しいと望んだことも、言ってしまえば王位継承を望んだこともなかった。
貴族達は騒いでいるが、私は第二王子として生まれたからね。兄上をお支えするつもりでいた。
周りに媚を売らぬように、私に王位を、との声が高まらぬように生きてきた。
ステラと出会うまではね。」
ステラが聞くには恐れ多すぎる発言をしたヴァレン殿下に、息を飲んで言葉を失う。
ヴァレン殿下が「氷の殿下」と呼ばれる理由も知った。
「ただステラと出会って考えを改めた。
君が学院を卒業したら、君のその強大な魔力は、『王家の巫女』であるという事実を知られなくとも貴族達の奪い合いになるだろう。
君のように純粋な子をつまらない政争に巻き込みたくなかった。
だから、あの場で近衛魔術師にして私が囲うことにした。
…でも、君と過ごしていく中で、君が『王家の巫女』でなくとも一緒にいたいと思うようになった。
ただもし君が『王家の巫女』であった場合、君を大きな危険に晒してしまうことが容易に想像できて、なんとかして君を守りたいと思った。
そのためには、私が王位を継いで力を持つ必要があると思った。
それがちょうど夜会の頃だ。」
ステラは夜会の前に「私が守る」と言われたことを思い出した。
あの時は護衛なのに守ってもらう必要はないと思っていたが、ヴァレン殿下はステラには想像できないほど大きな意味でおっしゃっていたのだ。
「夜会の前に、私の侍女が君の指輪に触れただろう。」
「えっと……はい。」
そういえば、指輪を綺麗にしてもらったことがある。
ステラの使い古した指輪がピカピカになって、王城の侍女に伝わる魔法はすごいと思ったのだ。
「あれは私が王国魔術師団から引き抜いた者でね。
あの時、君の指輪にかけられた魔法を解析してもらった。」
「っそうなんですか…。」
ステラはまたしても目を見開く。
立ち振舞いが完全に侍女だったので全く気付かなかった。
完全に侍女だと信じ込ませた上、あの一瞬でそんなことをやってのけるなんて、王国魔術師団はどんな組織なんだろう。
「だから、君の髪の色は魔力で変えた物だと知った。
元の色まではわからなかったけど、常に魔法で変えなければいけないような色なんて一つしか考えられない。」
ステラは気まずくなって目を伏せた。
「隠したかった理由はわかるから咎めないよ。
むしろ、君の許可も得ないで勝手に調べて悪かったと思っている。」
「い、いいえ…ヴァレン殿下。私が悪いのでいいんです。」
調べたらすぐにわかってしまうようなことなら、入学式のときに言っておけばよかったのだ。
「そして、『王家の巫女』の件とは別に君の出自も調べさせてもらった。
私の近衛魔術師として問題ないか確認する必要があってね。
君が魔法伯とは血が繋がっていないことと、君の母君が侍女として出仕した先で君を授かったことがわかった。」
今度こそステラは本当に気まずくなって、顔を伏せた。
ステラがアルカニス魔法伯の実の子でないことは領地では知られていることだけど、王都で知っているのはレオナルドとレオナルドの実家のリュクス公爵家くらいだ。
「君の血縁上の父君について知りたいかい?」
ステラははっと顔を上げた。
母には聞けなくてステラ自身も知らないことだったが、ヴァレン殿下はご存知なのだ。
ステラは動揺したが、この際ヴァレン殿下がご存知のことはステラも知っておきたいと思った。
「……はい。」
頷くステラを見て、ヴァレン殿下は表情を変えずに告げた。
「ノクティス公爵家の当時の嫡男だ。
現在は当主になっている。
会ったことは…ないだろうね。」
「っそんな……。」
ノクティス公爵家。
先々代の王弟が興した名家で第一王子派の重鎮だ。
第二王妃陛下の生家、フォード伯爵家の後ろ盾にもなっている。
レオナルドの実家で第一王妃陛下の生家、リュクス公爵家とは敵対する存在だ。
ヴァレン殿下を傷つけようとしている第一王子殿下の後ろ盾になっている家。
ステラは急に自分に流れる血が、自分のことが恐ろしくなって震えた。
そんなステラを見て、ヴァレン殿下はステラの肩を抱き、落ち着かせるように、とんとん叩いてくれた。
「私は君の血縁上の父君のことは全く気にしていないよ。
君はアルカニス魔法伯の娘だからね。」
ヴァレン殿下の濃い金色の、ステラの大好きな瞳に見つめられて、少し落ち着きを取り戻した。
「…ありがとうございます、ヴァレン様。」




