1.首席入学
ステラはこの上なく緊張していた。
今日は王立魔法学院の入学式。
王都にあるアルカニス魔法伯邸でステラは震えそうになる体を必死に抑えていた。
ここは一応ステラの実家だが、ステラの育ちは田舎にある領地の屋敷だ。
自然にウェーブがかかった栗色の髪。
本当は白銀とも言えるくらい色が薄いのだが、父からもらった魔道具の指輪で母の髪に似せた色にしている。
小さい頃は魔法で髪の色を変えることに疑問を抱いたこともあったが、「王家の色」である白銀の髪なんてきっと目立つし、母の栗色の髪が大好きなので今では好きでこの髪色にしている。
まとまりにくい髪は侍女に編み込んでもらい、王立魔法学院の黒色のローブをまとって、白い手袋をはめて、儀仗をしっかりと握って息を整える。
「私は、お父様とお母様の娘だもの。
大丈夫。できるわ。」
キッと無理矢理目に力を込めて、口元には少し笑みを作って、凛として見えるように繕ってから玄関で待つ騎士に一礼する。
「首席入学生、ステラ様。王国騎士団が責任を持って王立魔法学院までお送りいたします。」
◇◇◇
「目立たず生きろ」と言い聞かされて育ってきた。
その言葉通り、十七歳までは領地で目立たず地味に学問に励んでいたが、王国魔術師団の師団長であり国王陛下の近衛魔術師でもある父の背中を追って、十八歳になる年に王立魔法学院に入学することになった。
出世したいわけじゃない、むしろ権力は嫌い。
でも父のように誇れる人間でありたかったし、父の子として恥ずかしくない地位に立ちたかった。
だって、本当の子ではない私にこんなに愛情をくれる人だから。
王国魔術師団に入るには王立魔法学院へ入る必要がある。
領地の学校に通っていた私が王立魔法学院へ入学したいと言ったのは、生まれて初めてのわがままだった。
ステラの王立魔法学院への入学は領地にとっては一大ニュースだ。
国中の魔法使いの頂点で、毎年二十名しか入れない難関の試験。
一般魔法から古い魔術まで、知識だけでなく実技も難関の試験を突破するのはほとんどが貴族で、王立魔法学院と隣り合って建っている王立学園の出身者だ。
父が王国魔術師団長とはいえ、それまで大した、魔力や才能も見せず、田舎の領地で目立たず生きてきたステラがまさか王立魔法学院を受験するなんて誰も思っていなかった。
ステラは幼い頃から膨大な魔力を持っていたが、母が「お願いだから目立たず生きて」と懇願するものだから常に魔力を制限し、外に出さないでいたのだ。
父はそんなステラを哀れに思ったのか、母の目を盗んで魔法を基礎から教えてくれたし、父の書斎にあるたくさんの魔導書はいつでも読んで良いと言ってくれた。
ステラが魔法を練習するのは父の書斎か屋敷の庭だけ。
だから誰もがステラは人並みの魔法使いで、父に守られ平凡に領地で暮らしていくものだと思っていた。
そんなステラが王立魔法学院に合格した報せは、瞬く間に噂となって領地中を駆け巡った。
領地が隣り合っていて(…と言っても我が家とは規模が比べ物にならないくらい大きいし彼の家にとっては数ある領地の一つに過ぎないけど)、母の血縁もあって幼馴染みのレオナルド・リュクス公爵令息は合格したその日に特大の薔薇の花束を贈ってくれた。
レオナルドは初等部から王立学園に通っていて、今は四年制の王立魔法学院の三年生だ。
初等部の頃から長期休暇は必ず領地の別荘に帰ってきていて、田舎の狭い社交界で年の近い子供だったことから恐れ多くも仲良くしていただいている。
ステラが入学しても一年で卒業してしまうのは寂しいが、初めて王都で暮らすステラにとって同郷の友がいてくれるのは心強い。
「君が王都に来てくれるなんて最上の幸せだ。入学を楽しみにしているよ、首席殿。」
伝令からレオナルドの「首席」の言葉を聞いたときは信じられなくて、受け取ったばかりの特大の花束を思わず落としそうになったが、公爵令息の高貴なご冗談だと気がついた。
「レオ様ったら、ご冗談が過ぎますわ。寿命が縮まりました…。」
伝令は微笑むだけだった。
信じられないことに事実だとわかったのは一週間後のことである。
◇◇◇
真っ黒の鎧を纏った騎士が王家の紋章の入った二頭立ての馬車を背に言った。
「ステラ・アルカニス魔法伯爵令嬢、貴殿は今年の王立魔法学院首席入学者となります。これより厳重に警護の上、王都へお送りいたします。」
「…え?もう一度お聞かせ願えますか…?私が…え?」
崩れそうになる膝を奮い立たせて問うが、騎士はもう一度同じことを繰り返した。
「私が…首席……?」
今度こそ膝から崩れ落ちた。
あり得ない。田舎育ちの私が王都の高貴なお貴族様を差し置いて首席なんて。
王立魔法学院の首席入学者はほとんどが王国魔術師団に入団し、国家の要となるような重要な人物となっている。
中には才覚を認められて在学中に入団する者もいる。
その秀でた力を守るため、そして力に媚びる余計な者を寄せ付けないため、入学までは護衛の騎士がつくのだ。
そして首席入学の栄誉として、入学式に列席する王族や国の中枢のお偉方の前で宣誓を行うこととなる。
宣誓の様子は毎年噂になるので田舎育ちのステラでもその文化を知っていた。
(わ、私が王族の前で宣誓…?)
地味に生きてきた田舎育ちのステラは混乱の境地に陥り、意識が遠退いた。
「お嬢様っ!ステラ様!騎士様、申し訳ありません、一旦邸内へお入りください…。」
じいやの声が聞こえ、私はそのまま気絶した。
「お嬢様、出立のお時間でございます。」
気絶して数分後、じいやに運ばれた屋敷のソファで意識を取り戻した私は、騎士を待たせるわけにもいかないので大急ぎで準備をした。
と言っても、明日には自前の馬車で出発する予定だったので荷物をまとめるだけだ。
「どうしてこんなことになったのかしら。私に首席なんて務まらないわ…。」
アルカニス家に仕えて五十年、ステラを赤子の時からみてくれている、じいやことトムス家令に嘆くも、じいやは輝くばかりの笑みを浮かべていた。
「旦那様も奥様もきっと王都で喜ばれていますよ。我らの自慢のステラ様、自信をお持ちください。」
目立つのが嫌いなお母様が喜んでいるかは別として、お父様は喜んで下さるのかな。
そう言われると少しだけ勇気が出て、私も無理矢理口角を上げて微笑んだ。
「ありがとう、じいや。行って参ります。留守を頼みますね。」
騎士が先導を勤める馬車は今まで乗ったことのない最上の乗り心地だった。
王都へは早馬で一日、馬車で三日かかるが、三日間があっという間に過ぎていった。
そしてステラは恐縮しながらも両親が待つ王都のアルカニス魔法伯邸に無事に送り届けてもらったのだった。




