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或る武器商人の物語  作者: ぽこっち
第二章 死を売る仕事
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第十一話 失ったものを数える人あり。 与えられたものを感謝する人あり。

 事件が起こった次の日の朝、騎士団が建てたロバートの墓で、ひっそりと葬式が開かれた。

 葬式とは言えども、一人っ子であるロバートの両親は早くに亡くなっていたので、参列者は急な収集に応じた僅かな友人たちだけだった。

 ある友人は泣き崩れ、またある友人は歯を食いしばりながら黙りこくり、それぞれ花を添えている。

 ロバートの墓がある丘から少し離れた場所で、オズとアリスはその様子を眺めていた。

 二人の背後にある木々が風に揺られてざわざわと囁きだす。


「ロバートのことは、ノックスが友人たちにうまく説明してくれたらしい」


「……」


 アリスは騎士団の事情聴取が終わって以来口を開いておらず、未だ俯いたまま手を強く握りこんでいる。

 スカートのギャザーに隠されたその手がガタガタと震えていることに気づいているオズは、わざとらしく小さく息を吐いた。


「そんなご機嫌ナナメな嬢ちゃんにお客さんだ。ぜひ恩人と話させてくれってな」


 オズが背後を振り返り手招きすると、木々の間から黒い衣装に身を包んだノックスが姿を現す。


「おはようございますオズさん。それに、アリスさん」


「ノックスさん……」


 思わず顔がこわばるアリス。

 ノックスはそんなアリスに申し訳なさそうな顔を見せるが、すぐに決意したように深く息を吸った。


「お二人とも、この度は本当にお世話になりました。僕が昨日騎士団の方々に伝えたことは、その場限りの出まかせではありません。僕の命だけでなく、僕が救えなかったロバートまで……。臆病な僕の代わりに、貴方の手を汚させてしまった。オズさん、アリスさん、本当にすみませんでした!」


 深く深く頭を下げるノックス。

 オズはぽりぽりと首の裏を掻きながら、あーうんと曖昧に続ける。


「本来なら出張代として、おたくからいくらか頂戴したいとこだけどな。今回は騎士団、っつうかハンターギルドの方からそこそこな額の報奨金が出たから、そいつで我慢しておくよ」


 アリスはロバートを見ようと顔を上げるも、目を泳がせながらぼそぼそと呟いた。


「の、ノックスさん……謝罪なんて……私の方こそ」


 そこでアリスの口を塞いだのは他でもない、オズの手だった。


「嬢ちゃん、今ここでそれを言うのは野暮ってやつだぜ。ちゃんと見ろ、ノックスがいま俺たちに向けてる顔を。お前を恨んでるように見えるか?……前に言ったろ。商売ってのは、相手がこれで良かったって思ってくれたらそれでいいのよ」


 アリスは不満そうな顔をしたが、オズの手が口から離れていくのを確認すると眉をひそめて押し黙った。


「……そうだ。この後、供養の食事会を開くんです。良かったら、お二人も宴会に参加されますか?」


 アリスはすぐさま首を横にブンブンと振り、オズも彼女をちらりと見て頷く。


「いや、ありがたいけど遠慮しとくわ。俺たちはそんなガラでもないんでね。それに、俺らのことは友人たちに話してないんだろ?急にお邪魔しちまったら、混乱を生んじまうしな」


「そうですか……。分かりました。お気遣いありがとうございます。では、友人に声をかけなくてはならないので、僕はここらで失礼しますね」


 ノックスはもう一度二人に深々と頭を下げると、ロバートの友人たちと話すべく、墓の方に戻っていく。今度は振り返らずに。

 今朝からずっと晴れているというのに、彼が立っていた場所の植物に小さな水滴が落ちていることをオズは見逃していなかった。



 翌朝、部屋にはアリス一人しかいなかった。

 朝に弱いアリスと違いオズは毎日早起きしていたので、初めは朝食を買いに行っているのかと考えたが、机の上に置いてある銭袋と書置きを見つけ嫌な予感を覚える。

 慌てて書置きを掴み凝視すると、顔に似合わずチマチマとしたオズが書いたと思われる文字が並んでいた。


『これまでの賃金……っつっても一日分だけど。あとはハンターギルドからの報奨金の一部ね。それら諸々がここに入ってる』


 思わず銭袋を確認するアリス。そこにはちらほらと金貨も見える。


『それとだけど、この町アッセルデーツに孤児院があることは調べておいた。一応、書置きに地図を挟んでおいたから。まあ、その額があれば当分は食うのにも寝るのにも困らねえと思うが……なんかあったら尋ねてみれば?』


「ちょっとまってよ」


 混乱するアリスだが、無情にも手紙はオズの意向を正確に示していた。


『嬢ちゃん元気だから、どこでも食っていけるんじゃない?多分だけど。そんじゃ、達者でな』


「何言ってるの、馬鹿オズワルド。本当に最低な奴ッ」


 アリスは手紙を力いっぱい握り締めると、勢いよく扉を開けて部屋から飛び出した。



 オズが王都に向かう馬車を探しているときだった。


「待ってよ!」


 自身の背後から投げかけられる、聞きなれた声を無視してオズは歩き続ける。

 だが、後ろから小さな白い手に服の裾を掴まれたことでオズはようやく動きを止めた。


「待ってったら!!」


 先ほどより数段音量の上がったアリスの叫び声が辺りに響き渡る。


「どうした嬢ちゃん。急に大きな声出して」


 さりげなく両耳を塞いでいたオズは、そのまま右手で耳をほじりながら、まるで何事もなかったかのように言った。


「なんで私がこの町に残る前提で勝手に一人で進めてるわけ!?」


 額に青筋が浮かぶんじゃないかという形相で、アリスはオズを責め立てる。


「邪魔」


「は?」


 はあ、とオズはため息を吐いてアリスの額を左手でちょんちょんとつつく。


「商売の邪魔なの。俺の仕事はハンターじゃなくて、武器商人だぞ?今回みたいなことにいつも首を突っ込まれたら、商売あがったりだし。なにより、俺の命がいくつあっても足りやしないわ」


 激怒して、今にも暴れだしそうなアリスをよそに、オズは相も変わらずやる気なさそうな欠伸をしている。


「ここなら他の町よりは治安もいいし、腰を落ち着けるにはいいんじゃない。まあ今回みたいなことがこれから増えていくとは思うけど」


 アリスは自分に伸ばされたオズの指をガシッと掴んだ。 


「だから、私だけ置いていこうって?」


 腕輪が金色に光りギリギリと自らの腕を締め上げるのも気にせず、アリスはオズの指に力を籠める。


「私が、そんな中途半端な覚悟であんたについてきたと思ってるってこと?どれだけ私のことを舐めたら気が済むの!」


「はいはい。分かったから、嬢ちゃん一旦落ち着いて。俺、指痛いから」


 オズはアリスの手を振り払おうとするが、アリスの力は想像よりずっと強かった。


「わかったって。そうやってまた嘘ばっかり。どうせあんたの言ってることは、大体が本心じゃないんでしょ?」


「いや、嘘じゃねえよ。正直、嬢ちゃんがそこまで俺と旅することにこだわりを持ってるとは思わなかった。だけどな。……また、今回みたいなことが起こったらどうする。二人してトンズラするか?」


 オズはアリスの目を真っ直ぐ見つめる。

 なぜかその顔はいつもの憎たらしく胡散臭い顔ではなく、アリスを対等に見てくれている、一人の商人の顔に見えた。


「私は、誰も見捨てたくないよ。あれからいろいろ考えたけど、やっぱり私、苦しんでるその人をそのままにしておけない」


『青いねえ……』


 アリスはオズの指から自らの手を放す。 腕輪の下、彼女の手は紫色に変色していた。

 曇りを知らないアリスの瞳を見てオズはふっと息を零した。


「ん?誰もって、嬢ちゃんが守り切るものの中に俺も入ってるわけ?」


「お父さんとお母さんの仇は私が殺さないと意味ないから」


 アリスの答えを聞いて、オズはやれやれと頭を振った。


「まあ、これに懲りてちょっとは嬢ちゃんが大人しくなってくれることを願うよ」


 まるで期待の籠っていない平坦な声でオズが言った。

 


 馬車が進む街道の遠くからやってきた焚火の香りがアリスの鼻をくすぐる。


「あーあ。馬車って思ってたよりも不快だな。舞い上がる土で埃っぽいし、新品の服に馬の臭いが付いちゃうし」


 ぶつぶつと文句を口走るアリスは、深く被った帽子の奥から静かにこちらを覗く、金色の三白眼に気づかない。


「そういえばこの腕輪、さっきオズワルドの指を掴んだ時よりも最初に会ったときナイフで殺そうとしたときの方が強く締め付けてきてたけど、なんでだろう?」


 ふと思い浮かんだ疑問を口にして首を傾げるアリス。

 その後ろから、眠そうな欠伸交じりの答えが返ってきた。


「そりゃそうだろ。その腕輪は俺に対する殺意とか敵意の強さによって締め付け方が変わるんだよ」


「あ、あんた起きてたわけ!?」


 独り言に思わぬ返答があったアリスはビクッと身を震わせる。

 が、驚いて身を強張らせたのはアリスだけではなかったようだ。


「おい、嬢ちゃん。その腕……」


「え?なにかへんなの?」


 珍しく僅かに目を見開いたオズが指さしたのはアリスにはまっている腕輪の下、今朝強く締め付けられたことで青く変色していたはずの細腕だった。


「あっ!」


 アリスも異変に気付いたようで、顔を白黒させる。

 掲げられた彼女の腕は青あざなど跡形もなく、白くきめ細やかな肌が輝いているばかりだった。


「いやいや、どんな手品だよ」


 辛うじて口では否定したオズだが、脳裏には初めてアリスと出会ったときの記憶が蘇る。

 夜の奇襲に失敗して落とし穴に転げ落ちたアリスは、あちこち擦り傷が出来ていたはずなのに翌朝には傷一つなくなっていた。


「嬢ちゃん、今まで生活してておかしいとは思わなかったのか?」


「しらないよ!確かにケガの直りが早いねとは元いた孤児院の先生にも言われたけど、今まで大怪我したこともなかったし。数年前に流行り病に罹ったくらいで……」


 あたふたと言い訳するアリスだが、オズは彼女が嘘を言っているようにも思えなかった。


「まあ、医者でもない素人の俺たちがここであーだこーだ言っても仕方ねえか。それについてはまた今度考えることにするわ」


 目的地まではまだ距離があるからと、三度寝しようとしたオズの帽子をアリスが取り上げた。


「ねえ、私たち次はどこに向かってるわけ?」


「ん?そういえば、嬢ちゃんにはまだ伝えてなかったかもな」


 オズは垂れ下がった眉の下で、胡散臭いニヒルな笑みを浮かべる。


「我らがペンフォス王国王都、アーチストンさ」


 胡散臭い武器商人と、不思議な身体を持つ少女。

 異質な旅人たちは次なる物語の舞台、思念と活気が混ざり合う混沌の町、王都アーチストンへと向かう。

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