第82話:これからも、不協和音を響かせて
数日後。成田空港の到着ロビーは、凱旋した世界王者を一目見ようと集まったファンと報道陣で、身動きが取れないほどのごった返しとなっていた。
「――Trinity Raidの皆さん! 世界一、本当におめでとうございます!」
「最後の試合、ねね選手の『人間遮蔽物』は作戦だったのですか!?」
「レイ選手、世界を制した今、次に見据える目標は!?」
無数のフラッシュとマイクが向けられる中、三人は戸惑いながらも、しっかりと金色のトロフィーを抱えて笑顔で応えていた。その背後で、ジャージの襟を立てた葉月が「ほら、さっさと行くぞ」とぶっきらぼうに促し、人混みをかき分けていく。
ようやく喧騒を抜け出し、お馴染みの練習拠点である一軒家へと戻ってきたのは、夕方に差し掛かる頃だった。
玄関の扉を開けた瞬間、懐かしい香りと共に、一人の女性が飛び出してきた。
「みんな、おかえりーーーーっ!!!」
エプロン姿のMintyだった。彼女はレイ、ねね、ほむらの三人を、折れんばかりの力でまとめて抱きしめる。
「Mintyさん! ただいま帰りました!」
「苦しいよ、Minty姉! でも、ただいま!」
「……ただいま、Minty」
三人の顔に、ようやく張り詰めていた緊張が解け、本当の安堵の笑みが浮かぶ。
リビングのテーブルには、Mintyが腕によりをかけて作った、手作りの料理やケーキが所狭しと並べられていた。世界一のパーティーとしては少し不格好で、だけど何よりも温かい、彼女たちの「ホーム」がそこにあった。
「葉月も、本当にお疲れ様。……みんなを、あの場所まで連れて行ってくれて、ありがとうね」
みのりが少し悪戯っぽく微笑むと、葉月はバツが悪そうにそっぽを向き、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「俺は何もしてねえよ。勝手にあの3人が、俺たちの古い計算機をぶっ壊して走り抜けただけだ」
プシュ、と小気味いい音を立てて喉を鳴らす葉月。その横顔には、かつてOUKAとして失った日の陰りは、もう一片も残っていなかった。
夜が更け、賑やかなお祝いの宴も一段落した頃。
レイは一人、夜風に当たろうとベランダへ出た。
見上げる東京の夜空は、ロンドンのそれとは違って星はあまり見えない。けれど、街の灯りが優しく世界を照らしている。
耳を澄ませると、遠くを走る車の音、夜風が木の葉を揺らす音。かつて、自分を恐怖させ、現実から引き剥がそうとしていた世界の「ノイズ」たちが、今はとても愛おしく聴こえた。
「……何、一人で黄昏れてるのよ」
サッシが開く音と共に、ほむらが缶コーラを片手に現れた。
「あ、ほむらちゃん」
「まったく。世界一のストライカーが、こんなところで風邪ひかないでよね」
そう言いながらも、ほむらの表情はとても穏やかだ。
「私も混ぜてよー!」
さらに、ねねがスナック菓子の袋を抱えて飛び出してくる。狭いベランダに、三人が肩を寄せ合うようにして並んだ。
「ねえ、二人とも」
レイが夜空を見上げたまま、静かに口を開く。
「私ね、この3人で戦えて、本当によかった。耳がいいせいで、他人の悪意とか、焦りとか、そういうのばっかり聴こえて……ずっと戦うのが怖かったの。でも、二人の音は、いつだって真っ直ぐで、私を現実に繋ぎ止めてくれた」
ねねがスナック菓子を食べる手を止め、少し照れくさそうに笑う。
「何言ってるの、レイ。私の方こそだよ。レイが『行って!』って言ってくれるから、私はどこにだって怖がらずに突っ込めるんだもん」
「そうよ」
ほむらがコーラを一口飲み、小さく息を吐く。
「あなたの耳が私たちの進む道を調律してくれるから、私は迷わず引き金を引ける。私たちは三人で、やっと一人前のゲーマーなのよ」
ほむらの言葉に、レイの胸がじわがと熱くなる。
かつてマキナは、それを「脆弱性」と呼んだ。ヴィクターのような完璧な個の強さこそが正解だと。
だけど、自分たちは証明したのだ。お互いの欠点を補い合い、信じ、未来を託し合う不確定要素こそが、何よりも強固な「強さ」になるのだと。
「明日から、またスクリムが始まるってコーチが言ってたよ。世界王者になったから、今度は世界中から追われる立場だって」
ねねがニシシ、と不敵に笑う。
「望むところよ。誰が来ようと、私たちの不協和音で全員返り討ちにしてあげるわ」
ほむらが眼鏡のブリッジを指で押し上げる。
レイは二人の顔を見て、それから声を上げて笑った。
これからも、彼女たちの道は平坦ではないかもしれない。ぶつかり合い、すれ違い、不協和音を響かせる日もあるだろう。
だけど、この3人なら、そのノイズさえも最高にクールな音楽に変えてみせる。
「うん!……いこう、みんな。私たちの、最高のステージへ!」
夜空に向かって、三人の手が重なり、そして固く、固く握り合わされた。
彼女たちの調和は、終わらない。
世界を揺るがした不協和音は、それぞれの明日へと、どこまでも、どこまでも響き渡っていく。




