ルドウィグの辺境生活:一日目
ルドウィグは不摂生な生活を営んでいたらしく、歩行障害以外の面でも問題があった。
「栄養はギリギリ満たしておられるようですが、長年の運動不足と薬物接種、それに酒の暴飲で弱っておられますな」
その手の貴族にありがちな女遊びは無かったようですが、健康面では問題を抱えていますね、と医者は臆面も無く言い放った。
エルディスと名乗った、ゼルツお抱えの老いた名医は、メガネを光らせながらクドクドと言い募った。
「宜しいですかな、ここへ来たのであれば貴方様の健康の全ては私が管理致します。無論、不要な薬や酒は全て禁止、食事も口出しさせていただきますので、お覚悟下さいませ」
そう言い切る相手は、ルドウィグがどれだけ反論し詰ろうが痛痒すら感じていない様子で出ていった。それにルドウィグは憎々しげに睨めつける事しか出来ない。
同じように、ルドウィグ付きとなったゼルツの侍従達もまた、慇懃無礼だが快活に口を回しながら新しい主人の世話を焼いた。
特に侍従達を纏める青白い肌の男は、大柄な体躯と傷のある顔とは相反した、愛嬌のある笑みを浮かべつつ、サバサバと言い放つ。
「失礼ながら閣下、貴方様はまず辺境伯様の隣に座れる程度には、身なりを人間に戻していただきたく存じます。そのような不健康そうな面構えで過ごされては辺境伯様が気にされます」
「……貴様らの主人がよほど、大切なようだな」
「無論でございます。レオノーラ様はご幼少の頃からお世話をさせて頂きました。剣を持たせれば大人顔負けで振り回し、我々の教えを次々と吸収されたものです」
自慢げな侍従だが、外見は五十代くらいの男性だ。おそらく長らくこの家に仕えているのだろう、とルドウィグは推測する。
「貴様も騎士なのか?」
「昔は、でございますな」
退役した騎士たちの中で、ゼルツに残ることを決めた者たちはこうして侍従として働いているようだ。何分、空飛ぶ魔物達が飛び降りてこないとも限らないこの都市では、時には市民ですら剣を持って戦う事を要求される。戦えない者は真っ先に防護壁に囲まれた地下壕へ隠れる事が義務付けられている程だ。
それ故に、退役騎士であろうとも戦力となる存在は貴重なのだ。老いた老兵はされど、年老いた者特有の落ち着きを見せてルドウィグの身の回りの世話をする。
ルドウィグもルドウィグで、傅かれて世話をされることには慣れているので、さして抵抗なくそれを受け入れた。
伸びっぱなしの薄い金髪は荒れ、手入れをしていないから光沢も失せている。それを侍従達は梳き、絡まった部分はハサミで切り取り、それが終われば香油で整える。同じく身体も拭かれて着替えさせられ、そのままベッドに放り込まれて絶対安静と言い渡された。
「宜しいですかな、閣下。貴方様に必要なのは療養、そして健康的な食生活でございます。明日から毎日、朝昼晩と食事を摂って頂いた後に庭の散策やリハビリなども行って頂きますので、ご了承下さいませ」
まさしく有無を言わせぬ相手は、好々爺の如き笑みを浮かべて微動だにしない。
元騎士が相手の分の悪さを察し、ルドウィグは早々に抵抗を諦める。
とりあえず不貞寝してやる、と、ベッドに潜り込んで毛布に顔を突っ込んだのだった。
・・・
「彼の様子はどう?」
執務室、溜まっていた仕事を片付けているレオは、死んだ魚のような目で家紋入りの判をポンポンと押していく。
仕事はゼルツが所有している子爵位を継承した兄のジョアンや、優秀な家臣達が全て回しているので、彼女の役回りは文字通りに判を押すだけの機械のような物である。それでも、一応は中身を理解する必要があるので読む必要がある上に、山と積まれた書類を前に気が遠くなるが。
自他共に認める脳筋な辺境伯へ、ルドウィグ付きの侍従となった青肌の男、ハリーは、やはり好々爺な笑みを浮かべて報告する。
「当初は随分と暴れておられましたが、ようやく落ち着かれましたな。いやはや、あのヤンチャっぷりはレオお嬢様と良い勝負かと」
「あら、アタシと張り合えるだなんて問題児だわねぇ、彼」
「現状、不貞腐れた子供のような行動しか見られませんが、医師によれば薬物症状による思考の鈍麻が影響を及ぼしているのだろう、と。ルーヴェ侯爵の話通りならば、昔はもっと快活で社交的であったとか」
「まあ、不貞腐れもするんじゃないの? 実家に売られて連れて来られたのが、ここなわけだし。あと相手がアタシだし」
「お嬢様の貴族らしからぬ物言いは、さぞや仰天されたことでしょうなぁ。あのお嬢様が礼節を覚えれば、この爺やも腰を抜かすやもしれません」
しみじみと言うハリーに、レオは黒髪を払いつつうんざりする。お年寄りムーブが過ぎる。
この屋敷で辺境伯をお嬢様扱いできる数少ない男へ、レオは重ねるように言う。
「何度も言うようだけど、彼の身に危険が無いように細心の注意を払って。外への散策の際も紅石の騎士を連れて行って良いわ。団長には既に話しておいたから、後で紹介してもらって」
「おや、騎士団の中での精鋭をお貸しいただけるとは、ありがたいことですな」
「彼は、アタシが伴侶として引き取った。仮面夫婦であろうとも、彼に不自由を掛けさせるような真似はしない。本当の配偶者だと思って接しなさい」
「心得ました。重ねて周知しておきましょう」
契約結婚であるという点は、既に皆が知るところだ。隠したところで無意味であるし、むしろ事情を知らないと「ゼルツの伴侶ならば戦場で戦果を上げるべきだ!」などと声を上げられかねない。
故に、彼が病人であり、療養と領地の利益の為に婿としてやって来ただけで、戦える身体ではないと領民に向けて布告する予定だ。何分、この都市の市民は外から名声と金銭を求めて魔物と鎬を削る荒くれ共か、その末裔だ。とても血気盛んなのである。脳筋と言ってもいい。
とはいえ、脳筋でも彼らなりに「病人か、なら仕方ねぇな!」と納得してくれる程度には、大らかではある。或いは性格が適当とも言う。
「アタシが戦果を上げて、辺境伯でいる限りは、彼の身は安全が保証される。だが、もしアタシの身に何かがあれば、真っ先に彼をルーヴェ侯爵へお返しして」
「御意に。……書記官を呼んで、遺書を書き換えねばなりませんなぁ」
「いつ死んでもおかしくない地位なんだから、仕方ないのよ。それに、アタシはこの地位に楽しんで就いているし」
ニヤリ、と獰猛な笑みを浮かべるレオは、戦闘狂の如き光を瞳に宿す。
血と狂騒に駆られるゼルツには、大地に竜が眠っていると言われている。
かつて、この大陸は魔王と呼ばれる巨大な竜の王に支配されていたが、ゼルツの祖先は大聖女と共に竜王を殺した。その際に竜は大地に血を染み込ませて呪い、以来、その地に生まれる者の中で、呪いに身を浸される者が出るようになった。その辺の平民ですら、強靭な肉体を持って生まれてくる確率が高いのだ。
そしてその超人達は皆等しく、戦いを求める戦闘狂な性質を持っているのである。
「さぁて、次の戦いはどんな相手が待っているのかしらねぇ。血が騒ぐわ」
そんなバトルジャンキーな連中は、誰も彼もこぞって戦場に出たがる阿呆共である。
ある意味で業の深い地であった。




