失われたもの
メアリーは何故か客人の女に付け回されていた。メアリーは誰かにかまわれるのは嫌いだ。ナニーも母も何もかも鬱陶しい。だから誰かに話しかけられてもつっけんどんな返答にしかしない。
なのにどんな返答をしてもその女はしつこく付け回してくる。
何なのと女を睨む。
「何か用なの」
いかにも鬱陶しそうにメアリーはとげとげしく言った。
「町の話を聞きたくない?」
そう水を向ければメアリーは首を横にぎこちなく振る。
これからどんどん華やかなものにあこがれを強くする年頃だ。それにこの娘は街の暮らしをおぼろげながら覚えている。
「ねえ、話を聞きたくない?」
さらに水を向ける。しかしメアリーは伸ばされた手を振り払った。
「お母さまが近づくなって言ってたもの」
この田舎では両親の圧力は相当強い。
口では生意気を言っていてもメアリーは家族に逆らう愚策を犯す勇気はないようだった。
このまま取り付く島のない家族から秘密を聞きださなければならないのか。
すでに女にやる気はなかった。
「一つだけ聞いていい、この詩のことを」
女はメアリーに依然バドコックから届いたという市の一部を見せた。
「これを作ったのはあなたでしょう?」
「知らないわ、代替タイプライターを使うのはアリスよ」
タイプライターの練習をするのは長女だと先入観からメアリーだと思い込んでいた。しかしそれを製作したのはアリスだという。
またやり直しか。
女はそっと唇をかんだ。
不意にメアリーは紙を手に取った。しばらくその髪を凝視していた。心持顔を上にあげてメアリーは歌い始めた。
奇妙な抑揚で紙に記された詩を歌い始めたのだ。
メアリーはしばらく歌い続けていた。
「これ、知ってる、誰かが歌っていた」
メアリーはしばらくしてからようやく我に返ったのか、赤くなったほほを抑えて慌てて逃げだした。
誰かが歌っていた。その言葉をしばらく女は反芻していた。
「この村は詩人ゲートが生きて死んだ場所」
先ほどの、メアリーのように抑揚をつけて歌うようにつぶやく。
「まさかと思うけれど、ゲートの発表されていない詩をこの村で歌として歌い継いでいるなんてことないわよねえ」
そう呟いてみて、ありそうな話だと思われた。
しかし、それならメイフェザーが欲しがっていた詩人ゲートが発表しなかった詩集など存在しないことになる。
ゲートの詩を書いた現物は存在しないことになるのだ。
それを確認するには村人に確認するしかないのだが、こんな田舎者たちにかかわりあうなどまっぴらだ。とにかく現物を手に入れられる可能性はだいぶ低いのだ。
もういいか、ならあの男にも潮時だと女は思った。
このまま放っておこう。
完全にメイフェザーに対する気持ちは失っていた。




