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2/2

■ 後 編

 

 

 

 『 Can I go ・・・ into your room? 』

 

 

 

緊張しながらシュウの部屋に入ってもいいか訊くと、

シュウは少し驚きつつも頷いた。

 

 

 

 『えーぇっと・・・ 


  Do you ・・・ have any brothers or sisters? 』

 

 

 

訝しげに眉根をひそめていたシュウだが、アキが懸命に英語で会話を

しようと頑張っていることに気付く。


気怠げにベッドに腰掛けていた体勢からイスに移ると、アキと向き合うように

して姿勢を正し座りなおした。

 

 

アキの中学英語のようなぎこちない会話は、その後も続いた。

しかしシュウは文句も言わずそれに付き合った。

まずは通常のスピードで返事をし、アキが聞き取れないと少しゆっくりと

同じことを言う。


それを、飽きもせず延々繰り返してくれた。

気が付けば何時間も何時間も・・・

 

 

アキが思わずクスっと笑った。

 

 

 

 

  (メアリーが言った通り、ほんとはやさしいんだ・・・。)

 

 

 

 

そっと目を伏せて口許を細い指先で押さえ、大きな笑い声が出ないよう

堪えたアキへシュウがぽつり言った。

無意識に出たその言葉は、完璧な日本語だった。

 

 

 

 『はじめてちゃんと笑ったな・・・。』

 

 

 

『え?』 アキが小首を傾げると、

 

 

 

 『愛想笑いばっかしてんじゃん、アキって・・・。』

 

 

 

愛想笑いを見抜かれていたこともさる事ながら、”アキ ”とはじめて名前を

呼ばれた事に心臓がきゅっと掴まれた思いで、やけに瞬きが落ち着きない。


シュウが学校の友人にアキのことを頼んでくれたのも、胃痛で苦しむアキを

いち早く助けてくれたのも、この、シュウだったのだと確信した。

 

 

その夜は、辞書片手に色々な話をした。

この数か月同じ屋根の下にいながら、殆ど交わすことのなかった互いの事を

英語と日本語を織り交ぜながら夢中になって話し合った。

 

 

アキが愉しそうにクスクス笑う。


頬は赤く染まって、やわらかい空気をまとって、まるでその背中には羽根でも

生えているのではないかと思うほど眩しい。

 

 

 

 

  (そんな顔で笑ってたら・・・ 学校で目立つじゃんか・・・。)

 

 

 

 

突然、胸に生まれたモヤモヤした言葉で表せないものに、

なんだか居ても立ってもいられなくなったシュウ。

 

 

 

 『あのさ・・・ コッチって、やっぱ色々キケンだから・・・


  あんまりニコニコしない方が、いいよ・・・ 家の外では・・・


  日本人ってだけで充分、目立つ、からさ・・・。』

 

 

 

すると、『えー・・・ 今のぜんぜん英語使ってないじゃな~い。』


アキがまたクスクスと笑う。

 

 

そして、『・・・ぁ、私もだ。』 やさしく目を細めて、顔を綻ばす。

 

 

 

 

  (まじで・・・ やめろって・・・。)

 

 

 

 

 『 No laughtingっ!! No smilingだっ!! 』

 

 

 

不機嫌そうにそう怒鳴るシュウをアキは意味がわからずぽかんと見つめていた。

 

 

 

 

 

それ以来、ホストファミリーと囲む毎日の食事中も、メアリーの手伝いをする

時もシュウと交わす英会話の練習中も、アキはよく笑うようになった。

アキが笑うようになった途端、シュウもつられてよく笑うようになった。


家の中が花が咲いたように、なんだか華やかでパッと明るくなっていった。

 

 

 

とある休日、メアリーからクッキーを焼くのを手伝ってみないかとアキに声が

掛かった。 目を輝かせ、喜んで頷いたアキ。


メアリーから少し大きめのエプロンを借りて、ふたり愉しげにキッチンで

生地をこねたり型抜きをしたりしている。

2階の自室からキッチンへやって来たシュウが、仲良さそうなふたりの背中を

見付けた。

 

 

『 What are you making? 』 アキに目を向けると、

『ナイショでーす。』嬉しそうに肩をすくめて笑う。

 

 

『・・・クッキーかぁ。』 ぼそり呟くと、

『なんだ、分かってるんじゃなーい。』


そう愉しそうに笑うアキをまっすぐ見ていられなくて、シュウは咄嗟に目線を

はずすと『出来上がったら食べさしてくれんの・・・?』 とチラリ横目で

アキを確認する。

 

 

すると、

 

 

 

 『 Please talk in English!! 』

 

 

 

シュウは緩くポニーテールにしているアキの白い首筋ばかりに目が

いってしまってすっかり日本語になっている事に気が付かなかった。

食べさせてくれるのかどうかの返事は、結局保留のままで。

 

 

その夜、シュウの部屋をノックして入って来たアキの手には大きな皿があった。


そしてその皿には、

アイシングでにこやかな表情を描かれたジンジャーマンクッキー。

どの顔もどの顔も眩しいほどの満面の笑みが描かれていて、

それはどことなくアキに似ている。

 

 

『 I am very grateful to you ですから~』 と微笑み、


『 ”お世話になる ”ってナンてゆうんだろ・・・』 辞書をひこうとするアキ。

 

 

 

 『コレ・・・ 全部?』

 

 

 

結構な量のクッキーにシュウが少し笑いを堪えると可笑しそうにアキは笑った。

 

 

 

 『全部はムリでしょ~? 食べれるだけ取って。


  余ったら明日、学校に持って行くから~・・・。』

 

 

 

すると、一瞬の間があり、シュウがアキの手から皿を受け取った。

そして、『食べれるから。』 ぼそり呟く。

 

 

 

 『全部、食べる・・・から。』

 

 

 

『えええ! だってこんな量あるんだよ、ムリしなくていいから・・・。』 

眉根をひそめ逆に気を遣わせてしまったかと申し訳なさそうな顔を向ける

アキに、シュウは言った。

 

 

 

 『ムリじゃない、から・・・。』


 『でもー・・・。』

 

 

 

 『俺に、作ってくれたんでしょ・・・?


  ・・・なら、全部・・・ 俺んでしょ。』

 

 

 

頑ななシュウの態度に、アキが困った顔で笑った。

 

 

 

 『いっぱい作りすぎちゃったよねぇ・・・


  ・・・逆に、迷惑になっちゃったかな・・・。』

 

 

 

 

  (ったく、なんでそーなるんだよ・・・。)

 

 

 

 

 『嬉しい、から・・・


  だから、ひとりで食べたいだけだから・・・

 

 

  だから、


  だーからー・・・ 変に気ぃまわして謝ったりとか、しないで。』

 

 

 

シュウの途中詰まりながら呟いたその言葉に、アキが赤くなって目を落とした。


互い、途端に感じたどうしようもなく照れくさい空気に、なにか話題を探すも

二の句を継げず、胸の奥でドクン ドクン鳴り響く音だけが耳にやたらと

うるさかった。

 

 

 

 

 

毎日がキラキラと輝きだした途端、

無情にも時間はあっという間に過ぎ去ってゆく。


夏が終わろうとしていた。

それはアキが帰国する事を意味していた。

 

 

その日が近付くにつれ、アキの心はざわめきだした。


日本に帰ってみんなに会えるのは本当に嬉しいけれど、ホストファミリーの

ご夫婦や学校の友人たちや、この街や、この景色や、シュウや・・・

 

 

 

 シュウが


 シュウと離れるのが


 シュウともう会えないかもしれないのが


 どうしようもなく胸を締め付ける。 息苦しいほどに寂しさが込み上げる。

 

 

 

それを考えるとツラすぎて苦しすぎて、シュウと顔を合わせるのすら

避けたくなる。

 

 

本当はもっともっと話したいことがあるのに。


本当はもっともっと笑い合っていたいのに。


本当はもっともっと一緒に・・・

 

 

 

 

『来月、帰国だな・・・。』 ぽつり。シュウが切り出した、とある夜。


この話題は極力避けていたアキ。 分かりやすく話題をかえようと試みるも、

言葉に詰まり二の句が継げないでいた。

 

 

 

 

  (ダメだ・・・ 泣いちゃう・・・。)

 

 

 

 

 『シュウ・・・ 私、あんまり・・・ その話したくないなぁ・・・。』

 

 

もう涙声で痞えしまった。慌てて下を向くアキ。

 

 

『日本語じゃん。』低く呟いて、『ぁ、俺もか。』不機嫌そうに続けたシュウ。


すると、シュウがイスから立ち上がり、

ベッドにちょこんと腰掛けるアキの前に立った。


アキが首を反らせてシュウを見上げる。

その目には、いまにも零れ落ちそうな涙が揺れている。

 

 

シュウはアキをまっすぐ見つめていた。

その顔は、やさしくて、あたたかくて、でもどうしようもなく哀しい。

 

 

 

 『よく笑うようにもなったけど、泣くようにもなったな。』

 

 

 

アキが瞬きをひとつした瞬間に目尻から流れた涙を、シュウが指先で拭った。

 

 

 

 『私・・・ 帰るのやめちゃおっかな・・・。』

 

 

 

半分冗談、半分本気で言ってみた。


シュウのことなら、すぐ『なに言ってんだ。』 って叱るはずだ。

叱られるはずだった。

 

 

しかし、シュウは目を逸らしてなんの反応もしなかった。

それに対して、一言も言葉を発しなかった。

 

 

 

 

  (ぁ・・・ 私、困らせてるんだ・・・。)

 

 

 

 

距離が近付くにつれ溢れだした想いは、アキのそれとシュウのそれとでは

別の物だったのだとその時悟ったアキ。


慌てて笑顔を作って大袈裟に言った。

 

 

 

 『うそうそ!冗談だから・・・ It's a joke!!』

 

 

 

ケラケラ笑い続けるアキの目から涙がまた流れた。


苦しくて苦しくて、

もう会えないのも、

もう話せないのも、

想いは通じ合ってはいなかったのも、


全部、苦しくて苦しくて涙が出た。

 

 

その夜、アキは久々にベッドに突っ伏して声を殺して泣いた。

 

 

 

 

 

そして、帰国の朝を迎えた。


空港ロビーにはホストファミリーの老夫婦や友人の姿があった。

そして、シュウがどこか遠慮がちにみんなと離れて後方で佇んでいる。


見送りに来てくれた一人一人とハグをして別れの挨拶をするアキ。

みな涙で頬を濡らし、アキとの別れを惜しんでくれている。

たくさんの感謝の気持ちを、所々言葉に詰まりながら懸命に伝えた。

 

 

最後に、シュウに目を向けたアキ。


ゆっくり歩みを進め、その目の前に立った。

まっすぐ見つめると、シュウはどこか不機嫌そうに目線を足元に落とし

口をつぐむ。

 

 

 

 『シュウ・・・ ありがとう。


  いっぱい、いーっぱい・・・ ありがとう。』

 

 

 『いや・・・ 俺は、別に。』

 

 

 

泣きそうで仕方がないけれど、シュウとは笑ってさよならをしたかった。

震える胸で大きく大きく深呼吸をする。

 

 

 

 

 (泣かない 泣かない 泣かない・・・)

 

 

 

 

 『ほんとに、一番お世話になったのがシュウだから・・・


  シュウがいてくれて、ほんと、良かった・・・


  シュウがいてくれなかったら、きっと、すぐ諦めてた・・・。』

 

 

 

シュウは尚も目を落としたまま、なにも言わない。


その不機嫌そうな様子に、同じ日本人が帰国することが一応寂しいと思って

いてくれている事は伝わった。

 

 

 

 『ねぇ、シュウ・・・ 私、ね・・・。』

 

 

 

伝えたい想いが喉元まで込み上げる。

言ってしまおうか、もう会えないのなら伝えてしまおうか・・・

 

 

 

 

 (でも言ったって、困らせちゃうだけだよね・・・)

 

 

 

 

言葉を継げずに口ごもったアキを、シュウがまっすぐ見つめた。

その顔はやはり、やさしくて、あたたかくて、でもどうしようもなく哀しい。

 

 

すると、アキの手を取ってシュウがなにかを手渡した。


シュウの手の平の熱が吸収されたそれが、やさしく伝わる。

そしてそのままぎゅっと握りしめた手は、はじめてアキの華奢な手に触れ

小さく震えている。

 

 

 

 『手紙・・・書いたんだ。

 

 

  アキが ”帰るのやめようかな ”って言ったあの夜から。


  ここに、全部、書いた・・・


  気持ち、全部・・・ 隠さずに、全部・・・

 

 

  だから・・・ 読んで・・・。』

 

 

 

いつまでもいつまでも離すことが出来ずに、ふたりは手を握り合ったまま

歯がゆい距離を保ってただ空港の片隅で立ち竦んでいた。


抱きしめたいという想いを必死に堪えれば堪えるほど、その反動で互いの手は

小さく震えた。

俯くふたりの頬に、透明な雫がつたっては落ちていた。

 

 

 

 

 

成田空港の到着ゲートが開き、大きなスーツケースを細い腕で引くアキを

誰よりも早く見付けて駆け寄ったのはナツだった。

 

 

 

 『アキィィィイイイイイイ!!』

 

 

 

アキの姿を見付けた途端、ナツの目からは涙が溢れアキに抱き付くその力は

小さい体のどこから湧いて出るのかと思うほど強い。

 

 

 

 『ただいまぁ・・・ ナツぅ・・・。』

 

 

 『おかえりぃー!! アキぃー!!!』

 

 

 

1年ぶりのアキは、ほんの少し日焼けして痩せてそしてどこか大人びて見えた。


話したいことが山ほどあって、でも何から話したらいいか分からなくて互いに

もどかしそうな顔を向け合うアキとナツ。

 

 

ナツが嬉しくて仕方がない顔で、アキに言う。

 

 

 

 『なんかイイコトあった・・・? なんかアキ、キラキラしてない?』

 

 

 

すると、そっと目を細めて微笑んだ。

遠く海の向こうの、不器用で照れ屋でぶっきら棒なあの顔を想う。

 

 

 

 『ナツにねー・・・ 会わせたい人がいるの。


  来年の秋にコッチに戻って来るから、その時に・・・。』

 

 

 

 

 

  ”来年の秋に帰国するから、その時に絶対会いたい。”

 

 

渡された手紙には、シュウのPCアドレスと実家住所が記載されていた。


そして、シュウの溢れる ”アキへの想い ”が、そこには在った。

何度も何度も書き直した跡が残るそれは、最後の方が丸くいびつに付いたシミで

よれている。


その手紙に目を落とすアキの目から落ちた雫も、同じように紙面にいびつな

シミを付けていた。

 

 

 

 

手紙を胸に抱きしめるアキの頬が、薔薇色に染まってあまりにキレイで、

ナツは息を呑んで目を見張った。

 

 

                         【おわり】

 

 


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