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第十七章・いまだ切り札は伏せられたまま

 カレドラセルと老人たちがいなくなった部屋で、イルシアはメルの様子をうかがう。

「メル、大丈夫だなんて言うんじゃないぞ。その真っ青なツラで言っても誰も信じないからな」

「うう、だよね」

 かろうじて言葉を返すも、メルの小さな体は感情の動きに揺り動かされた影響がいまだ抜けていない。感情自体、さきほどのイルシアの力技で多少マシにはなったものの、それでもメルはしばしば目をぎゅっと閉じたり、唇をかみしめたり、感情の本流を必死でせき止めるかのような形相だ。

「お茶をお持ちしました」

 メルの副官、ロキスタがイルシアに目配せし、茶の配膳の動きにの死角でイルシアの手に小袋を握らせる。イルシアが目で問うと、ロキスタは軽くうなづく。お茶で落ち着かなければこれを使えと、ふたりは言葉を交わさず暗黙の同意に至る。

 ロキスタは最小限の動きで礼をし、席をはずした。ただでさえ不安定になっている主には、イルシアとの対話が最も効果的だろうと判断したのだ。

 ロキスタが立ち去り、イルシアはゆっくりとした動作でメルの向かいの椅子に腰かける。そして手にしていた四角い箱の残骸をそっとテーブルに置いた。

 それをみたメルはぎょっとした。

「もしかしてそれ、さっきの?」

「ああ、花を咲かせて内臓魔力が空になったこの装置が容量オーバーでぶっ壊れた」

「うわー、見たくないよー」

 メルは涙目でその残骸を見つめる。

「なにが気に入らないんだ?」

「その、ごめんなさい」

「そうじゃない。子供のころからお前を見ているが、今日ほど激したお前をおれは見たことがない。だが、おれにはあの老人どものたわごとの意味も分からなければ、お前が奴らに告げたことにどんな意味があるのかも理解できん。だがおれは今のお前をなぜかほっとく気になれないんだ」

 メルは湯気の立つカップを抱えて、はふう…とため息をつく。

 イルシアはメルをせかさない。ゆったりとしみいる沈黙は、いまのメルに必要なものだ。どれほどあっても足りないかもしれない。

 穏やかな沈黙とイルシアの常と変らぬ不動の存在感にメルの緊張は少しずつとけていく。

「うん、いま考えればあの興奮状態の爺様たちから引き出そうと思えばありったけのものを引き出せたかもね。おれがあそこで感情に支配されなきゃ…」

「制御できない感情に、珍しくお前が引きずり回されたということか」

「だねえ…途中から頭の中真っ白になったし」

「あの爺どもが調子に乗り出してからだな」

「うん、おれが魔術を行使した瞬間のあいつらの顔…たしかにこちらの期待通り、驚きと衝撃は与えられたよね。そのあとがいけない。彼らは…歓喜した」

 その時の気持ちを思い出したのか、メルの口元がきりっと引き締められる。

「この世界の災厄を、彼らはよりにもよって福音だと…。分かるか?シア、あいつらにはな、罪の意識なんて皆無なんだよ。文明レベルの低い低級な生命体の怒りの感情は、彼らにとっては全く理解が及ばない領域。おれたちが動物の心理を理解できないように、彼らもおれたちの自我を理解できないんだ。要するにあいつらはおれたちの存在はただの風景としか映ってないんだと思う」

 かみしめた唇は真っ白だけれど、わずかな朱のひと刷毛がじわりとメルの唇をいろどる。

「なるほど、罪をあがなう意識もなく、ただ幼子のように喜んでいたのもそれならうなづける」

「本質的に無関心なんだよ、彼らの本質は。この世界に対して。ただ、労力としての価値がなくもないから、奉仕したければすれば?みたいな感覚じゃね?彼らはただひたすらにおのれのことしか考えていない。いや、おのれの種族のことを…だ。おれたちのことなんてハナから目に入ってすらいなかったのかもな。うざい羽虫くらいの認識はしてたかもだけど」

「だが…」

 イルシアとて先ほどの老人たちの会話から、この世界に住むおのれをはじめとする生き物が不当な評価をされていることはなんとなく感じられた。しかし、いきなり隣人が異種族であると認めることは簡単ではない。

「メル、この国の王族の祖が異星人という説はまだ仮定か?それとももう確定か?」

「おれさ、あのときは頭の中が嵐みたいでぐっちゃぐちゃになってはいたけど、それとは別に状況をありのままに把握する冷静な自分もちゃんといたんだ。一応あの場での爺さんたちの発言、一言一句覚えてるよ。ま、最低でもおれたちを下等生物、自分たちをはるか高次の存在…くらいには思ってたみたいだね」

「だが解せぬのは…あれだけ不利な立場にありながら何故自らの優位を明かす?なにか切り札でもあるのか?」

「うーん…」

 メルもイルシアも真剣に考える。

 普通に考えれば、最大の優位である魔術を封じられ、拘束され、監禁されている状態だ。今回特例として老人どもを塔から出してきたが、彼らの持つ情報をうまく引き出すことができればその時点で用済みだ。まあ感謝のしるしとして多少はお年寄りに優しい牢獄生活を提供してもいいとは考えている。が、政権は奪取した、魔術は封印した。彼らの言うところの「うつほ船に御饌が満ちる」ということが何なのか分からないが、それはこの状況を逆転しうるほどの切り札なのか。

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