第十章・むしろ異端のイレギュラ男
「えっ!?ええーっ!?」
あまりの驚愕にほぼ素の状態になったロヴノールはただ疑問符を繰り返すしかできなかった。気の利いた受け答えも学術的な分析もなにもかも意識のかなたにすっ飛んでしまっている。
「やっぱり驚くよな…うん」
驚愕の事実を告げた当のメルトーヤは改めてロヴの反応に軽くうなづいて同意を示す。
驚愕の事実とは、王家に縁もゆかりもない地方貴族であるメルトーヤが魔術を使えるということ。それはこの世界の理としてありえないことといえる。
「まーね。王族でもないのに魔術使えるとかどう考えてもありえないよな」
「ありえないっていうか、それ魔術?ってか予備軍の才能が開花したとかそういうオチ?」
「そっちの予備軍はずいぶん昔に退役したからそれはない。あと、母にずばりと事実を告げてみたけど真顔でないない言われた」
「ガラス張りの親子関係にちょっとほっこりきた」
「王族の血を一滴でも入れたら魔術が使える。それはそれで動かせない事実だよね。でも逆もまた真なり。王族の血が入らなければ魔術が使える道理はないわけよ」
「もしや、ニュータイプ?」
「どうしてもそういう方向性に結論付けたいみたいだなあ」
「いや、でもさあ…」
ロヴノールは言いかけてふと考え込む。
「そういや叔母様のとき長老連がなんか気になること言ってたなー」
「なんて?」
「たしかおれのかわいそうな記憶によると、取替え子がどうのとか」
「取替え子?それって妖精がこっそり自分たちの子供と人間の子供をすりかえるっていう民間伝承のあれ?」
「いや、わっかんねーし。おれ的専門外だし…。」
「…魔術が使えない王族と魔術を使える貴族。これってまさか、そういうことなの?」
「さー。そのころ長老はお前の存在なんか知らないはずだし?でも王妹の誕生がなにかの予兆だって言う一派が確かにいたよーな気はするなー」
「民間伝承とはいえ微妙にこう、もにょもにょっとした符号がある感じでわきわきするね」
「あー、ニュアンスで語られても…。でもまあそんな感じだな。びみょーになんかあるよな。ここまでひっぱっといてただの偶然ですとか世界の運命つむいだ責任者出てこいよって感じだよな、うん。…常に無く先の読めないこんな状況でおまえ、どーするつもりなの?」
メルは軽く肩をすくめる。
「政権交代しかないじゃん。この状況。それ以外にあるならおれのが聞きたいね」
「やー、そんな面倒なことしなくてもさ、先王の落とし子です。正統です!とか主張して王の首だけすげかえるとかさー、そんなんでいいじゃん。なにも現在の体制全部壊さなくてもさー」
「ロヴおまえの言う王の首ってのはお前の父の首なんだぞ。もすこしオブラートにくるもうか…」
「いやいや、こんだけぶっちゃけた話してる時点でそーゆーオプション外したから。だいたいメルはさ、王なんかになりたいの?べっつにたいしたもんじゃないよ?それなりに仕事あるし、面倒くさいよきっと」
「あー、うん」
メルは眉間をもみこむとちょっとだけ表情を硬くした。
「ちょっと真顔で話させてね。あのね、あんたら王族の統治、すっごいめちゃくちゃ。民的にはそろそろ我慢の限界とかそんな感じなの、知ってた?」
「え?そーなん?」
ロヴは軽く流した。彼にとってそんなことは重要な問題ではないとでも言いたげである。だがそこを正すために立ったメルは自らの主張をここで改めてきちんと王族の一員に伝えておきたかった。
「あのさ、ちょっと前に王がメヒスアルワの植民地だったギーヴリアを取ったじゃん。あれってさ、国と国との間の約束事とか全部ガン無視でさ、言葉は悪いけど切り取り強盗とか諸国に言われてるの知ってる?」
「うん、知らないし、興味もない。だいたいなんでうちの王はそんな辺鄙なとことったんだろうね」
「お気楽だね。そこらへんがちょっと問題なわけよ。いきなりそんな問題の土地に封じられたうちなんか非難の矢面に立ったさ。地付きの民は抵抗するし、入植するうちの民は虐げられるしさ。そこをホントの夜盗がめっさ押し寄せてくるしさ、治安最悪。だいたいギーヴリア取ったのってアレだろ?南方の蛮族や北方の騎馬民族とかから収穫を掠め取られまくってさ、それに対する措置も何もなしで放置。弱ったトコをほかの国から切り取られて肥沃な耕地がどんどん減ってった。その減った分を取り返そうとぜんぜん関係のない土地を獲得した。こんなめちゃくちゃ、文化的国家の名折れだよ、あんたらの政治はさ、とにかく大雑把なの。しわ寄せは民や貴族に直でくるの、そこんとこわかって欲しいのよ」
メルにしては珍しく長広舌である。しかしメルの論は多くの民や貴族の代弁でもあった。浮世離れした王族はうつしよの細かいことにはあまりこだわらない。そのせいで深刻な問題が発生してしまっても気にすることもない。
長い期間、統治することになれ、ぼこぼこ沸いてくる諸問題は無視していればいずれ消えてなくなる。怠惰、無関心、それが王族の慣わしとなっている。
「んー、でもさ。おれら、結構長いこと統治してきたじゃん。そりゃ長いこと治めてりゃいざこざのひとつやふたつおきるさ。なんだかんだで続いてんだぜ?いまのごたごただって百年たてば消えてなくなってるって。体力とか知力使って改革とかしなくてもそれなりに可もなく不可もなく生きてくことに満足してくれりゃこのままの統治で問題ないじゃん」
「んー」
メルは微笑みながら困ったような表情を浮かべた。
「こっから先はちょっと専門的な話とかになるし、うちも副官とかと話さなきゃだし、なにより君らのね、長老とやらにも話を聞きたいんだよね。まあ…実際クーデターかますかどうかはその意見交換会如何かな。確かにこれまでの王族の統治に問題があるのは確かでそれだけでも十分クーデター起こす理由にはなるんだけど、じつはもうひとつ理由があるんだ」
「ふうん、なに?」
「うーん、まあそれがねえ。ちょっと結果待ちというか、まだ公表する段階じゃないって言うか」
ロヴは首をかしげる。
「はあ?ここまできてその及び腰はなんなの?」
「うーん、なんて言ったらいいのかなあ。確かにこれまでこの国は君らのいい加減統治でも余裕でやってける国力あったのは事実だけど。…その国力、ここ数年で顕著に落ち込んでるんだよね。一時的なものならまあ思い過ごしかもしれないけどさ、おれの異能とかも含めてさ、なんかの前触れかもって気がするんだ。それを知るためにも行動を起こしたわけよ。実のところ情報はまだ出揃ってないんだけどね。王妹殿下もはりきって見つけてこなきゃいけないし、王族の実態も知りたいし。それによっておれらの仮説裏打ちされればおれらもやっとまともに動けるんだよ。いまがそのときなのか。それともまだ時間は残されているのか。おれは次の一歩をどこにおけば生きていられるのか…」
「ちょっと話通じないんですけどー」
「こっちも断言はできないんだ。悪いね。ただ、古事に詳しい長老を何人か、そちらで選んでもらえるかな。いろいろと聞きたいことがあるんだ」
「んー、爺ぃども、おれ苦手」
「いま職人にガトー・オ・ショコラとミルフィーユ。クロスグリのタルトを焼かせている」
「あいあいかしこまり!古事に詳しい長老三名ですね!ご一緒にポテトはいかがですか?」
「それ自分が食いたいだけだろ」
ロヴは無言で期待に満ちた目を向ける。
「あー、わかったよ。先に極上スイーツと各種紅茶でハイティーにするか…」
職人に追加で焼かせるケーキのレシピを考えていると、開いていた窓から白い伝令用小鳩が飛び込んできた。
足環にくくりつけられている小さな紙片を取り出して細かい文字を追う。
「なんか見つけた。わかったらまた連絡する。メルへ。シアより」
メルは何度も読み返した。何度読み返しても文章はそれ以上でもそれ以下でもない。
「…なにが言いたいんだこれ。あいつ、久々の外周りで浮かれてんのか?」
外を見やると暗雲が近づいてきている。
メルは窓を閉め、鳥を鳥かごに入れてレシピの続きを考えた。




