第7話 「うってつけの者」
あらためて、執務室の一同に茶が振る舞われた。
エルスピネスが、磁器のカップを手に取る。
優雅なしぐさで、ほんのわずかに口をつけ――なかった。香りだけを楽しんで、すぐカップを置く。薄い唇が開いて、話題を切り出した。
「……刺青をした者をな、探しておる。心あたりはないかや」
問われた総隊長は、あごをさすりながら、ふむとうなった。
「さて。彫り物をしている者は、公都ならそれなりにいるが」
「飾り彫りのたぐいではない。かくかくと曲がったような紋様なのだがな」
彼女は人差し指を立てると、やおら茶のカップに指を差し入れた。
そうして、濡れた指をそのまま、ニースの手の甲に近づけるや、
「このように、優美さのかけらもない線がな、これこう」
ついついっと魔女の指が、ニースの手の上を躍る。
突然の愛撫めいた感触に、思わず口が緩みかけたニースだったが、
「え……あれ?」
指でこすりつけた茶が、ぽうっと青く光る。少女は目をぱちくりとさせた。
エルスピネスが、こくりとうなずいてみせる。
「分かりやすく光らせたが、およそ似た感じであろう。そやつら、普段は刺青など、まるで見えない肌をしておる。だが、ある場合にだけ、紋様が浮かぶ」
「……そして、紋様が浮かぶのは、その者が魔法を使うとき」
総隊長が低い声で言うのに、魔女はふんと鼻を鳴らした。
「やはり、銃士隊も知っておったか。やつばらがどの程度潜んで――」
「――って、ああああ!?」
訊ねようとした彼女の言葉を、素っ頓狂な叫びでニースがさえぎった。
「この、あの。刺青の人、わたし知ってる! えっと、昨日……」
どこから話したものか、と銃士の少女が口をぱくぱくさせていると、
「まあ、貴様も飲め。それから話せ。最初から最後まで」
総隊長はそう言うと、堂に入ったいかめしさで、カップの茶をすすった。
「――というわけでして、えっと……」
クーン先輩の時に比べ、気恥ずかしさ百倍で、少女は己の失敗談を話し終えた。
横で聞いていた黒衣のご令嬢が、目をぱちぱちとさせて、ひとこと。
「のう。そなた……『勇者』とか言われることが多いのではないかや」
「うぐ」
「図星か」
「うるさいわ」
「――おい。仮にも命の恩人に、その物言いはないぞ」
噛みつき返すニースに、あきれた声で総隊長が言う。
「血みどろになっていた貴様を救ったのは、隣のそのご令嬢だ」
「へ?」
今度はニースが目をぱちぱちさせる番だった。
「そうなの?」
「使い魔の契約を結んだ、と言うたであろう。まあ、そなたの命を救うには、それしか手がなかったから、致し方なくではあるが――」
エルスピネスはまだ握っている手を、軽く振ってみせた。
「――思ったより面白い猟犬であることに、われは満足しておる」
魔女の唇から、ちろりと舌が覗く。薄い唇をそっと舐めずってから、言う。
「あの時の口づけも、なかなかに甘露であった」
「そういえば、乙女の大事な何かが奪われたような……」
「……仲が良いのは結構。その魔法を使う刺青者と、貴女。どういう関係が?」
総隊長が魔女を窺う目つきは、少し剣呑だった。
そんな視線を涼しい顔で受け流しつつ、エルスピネスは口を開いた。
「わがリュミネンスの領国、ある村のことになる。公都への出稼ぎから戻ってきた男の様子がおかしい、と。家に引きこもって、うなるような声がするだけでない。その家の煙突から、尋常ではない火柱が立つ、とな」
話しつつ、魔女はテーブルに置かれたカップを、こつこつとつついた。
「一族の名代として出向いた。ただならぬ魔の気配がしたからの。それで――」
「――どうなったの?」
横で聞いていたニースが訊ねると、魔女は目を伏せて言った。
「手遅れであった。われらが駆けつけた時は、村が炎に包まれていた。人も家畜も皆焼かれて、広場にひとり、泣いているか笑っているか、定かでない男がおってな」
辺境伯のご令嬢は、カップを指でぴんとはじいてみせた。
「男の全身に、くだんの刺青があった。広げた両腕から、火をまき散らしてな」
魔女の頭に生えた鴉羽根。それが、ぱたたと軽くうごめいた。
「われが、始末をつけた。それしか施す手がなかった……そして相対して分かった。こやつは魔法使いであるが、魔法使いではない。生まれついての者ではない。魔力の汲み上げ方が、明らかに異様であった。そなたが遭遇した男も、同類であろうよ」
魔女は、総隊長をじっと見つめた。
「棟梁どのは、くだんの刺青について、詳しいのではないか? 公都で何かあった。否、何かされたのでは、と疑わざるをえぬ」
問いかける声が、鋭い刃物を思わせる。
隣で聞いていたニースは、思わずごくりと唾を呑んだ。
「……まだ公にはしておらん。また、公にするべきでもない」
ずしっと低い声が、重々しく発せられた。
「人造魔法使い。機密には、そう記した。春の終わり頃から目撃報告がある」
「なんとも、味気ない呼び方だの」
「おかげで、事情を知る一部の貴族から、せっつかれていてな」
総隊長は眉をしかめてみせた。
「尊き伝統を汚すような者を、放置するのか、と――さて、リュミネンスのご令嬢」
銃士隊を統べる男は、居住まいを正すと、じろりと魔女をねめつけた。
「再度、問わせていただく。その人造魔法使いと、どういうご関係が?」
「怖い顔をするな。簡単なこと。捨ておけぬ」
鴉羽根をぱたたと羽ばたかせてから、彼女は負けじとにらみ返した。
「伝統ある魔法使いとして。リュミネンスの血統として。われらの領民を、あのようにした外道のやつばらを放っておくわけにはいかぬ。一族にだまっ――こほん、無理を通して、はるばる公都へ来たのはそのため」
「貴女の復讐に、われら銃士隊の手を貸せ、とおっしゃるか」
「しかるべき制裁を見届けられればよい。だから、融通を利かせてもよい」
そう言うと、エルスピネスは口の端をにんまりとつりあげた。
「われが、そなたたち銃士隊に手を貸している形にすればよい。使い走りできる活きのよい銃士が、われの護衛に付く。顧問の体裁ならば、おかしな話ではあるまい?」
魔女は、まだ握ったままの手をくいっと引っ張った。うわ、と声をあげてニースが体勢を崩し、もたれかかる形になる。しれっと魔女は言ってのけた。
「おや、ちょうどよい。ここにうってつけの者がいるではないか」
彼女の言葉に――総隊長はテーブルを軽くつついてから、顔をニースに向けた。
「やむをえん。特例だが、貴様とご令嬢で結番を組め」
「えっ!?」
ニースは目を白黒させた。〈結番〉、つまりは、巡回中の相方を指す。
「そんな声をあげるな。またぞろ、同期に敬遠されたあげく、昨日のていたらくだろう。貴様と相方になってくださるという奇特なお方だ。さっさと僚友宣誓書を書き上げて来い」
総隊長は、魔女の頭に生えた鴉羽根を横目で見つつ、言った。
「ご令嬢を野放しにする方が厄介だ。しかと手綱を取れ。あと、あくまで推測だが」
「はい?」
「この依頼を断った場合――おそらく貴様の命が危うい」
彼の言葉に、魔女は無言で目を細めた。
――ひとしきり目を回しつつ、ニースが思い出した数日前の出会いであった。
いま思うと、魔女に会った日の晩も、波乱続きだったのだが。
全37話の第7話になります。お読みくださりありがとうございます!
ここまでで第一章になります。続く第二章は本日夜に!




