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第15話 「書類は銃で撃てないし」

 目の前の光景に、ニースは頭をかかえていた。


 帳簿。帳面。台帳。冊子。綴じられずに積みあがった紙、紙、そして紙。

 要するに書類の山である。

 銃士隊でこんなのと仲良くできるのは、幕僚部か主計部ぐらいだ。


「見たくないものを、見てしまった……!」

「嘆いている暇があったら、早くめぼしいものを探すがよい」


 スピネはと言えば、ちぎっては投げという感じで、次から次へ書類に目を通している。頭の羽根がぱたぱたとせわしない。おそらく魔法を使っているのだろう。


(ずるいなあ)

 床に転がした男二人をよけつつ、少女は手近な帳簿を手に取った。

 二人が押し入った先は、ここの事務所とおぼしき一室である。


 帳簿を開くと、文字と数字がびっしり隊列をなして、目に映る。

 戦列突撃が肉薄してくるのを感じて、ニースはぱたんと帳簿を閉じた。

(うん。無理。書類は銃で撃てないし、投げ飛ばせないもん)


 ひそかにひとりごちていると、唐突に相方の声がかけられた。

「そなた。少しよいかや」

「わあ、すみません、ごめんなさい! 読みます読みますッ」

「何をあやまっておる。そなたの知識を借りたいだけぞ」

「さ、さようですか」


 揉み手をしそうなニースに、スピネは怪訝けげんな顔をしたが、

「公都での名前に、われは疎い。そなた、わかるかや」

「ええと、どれどれ――」


 相方の手から帳面を受け取って――開くのに深呼吸がひとつ要ったが――ニースは、文字を追って、記憶とあてはめた。


「コリース、トーラン、スタパン……全部、金貸しの名前だね」

「金貸し、とな。ここのやからは、借金してわざわざ血を買っていたのかや」

「言い方がまずかったわ。ええと、最近の言い方だと投資家ってやつ」

「……ふむ?」


「事業にお金を出して、利益があがったら、合わせて元のお金も返してもらう。お金を貸す、っていうか、お金を預けて増やさせる、っていうやつよ」

 話を聞いたスピネの鴉羽根が、ぱたぱたと羽ばたく。


 かるく首をかしげつつ、彼女は言った。

「例えると、こうか? 困窮こんきゅうした農家に、領主が種もみをほどこす。種もみを元に、農家が小麦を育てる。収穫になると、領主が租税のほかに、種もみぶんとお礼ぶんを取っていく」

「……すごくお貴族様なたとえだけど。うん、だいたい合っている」


 そこまで言って、ニースは不意に首をかしげた。

「あれ? なんか、おかしい」

「そなたの頭が、とか悲しいことは申すな。そこまで残念ではないゆえ」

「大きなお世話! って、そうじゃなくて」


 頭の中でつっかえている違和感に、ニースは額を指でつついた。

「この場所はさ。あの貴族の男が、貧乏貴族に紹介してるんだよね」

 スピネがこくりとうなずき、真剣に相方を見つめる。

 その視線に促され、少女は言葉を続けた。

「それで、実際に来ていたのは貴族のお嬢さま。だから……」


「……ふむ。われも、公都の貴族ゆかりの何か、と見ておった」

 魔女が腕を組みつつ、口を開いた。

「魔法にまつわるものゆえ、どこぞの外法の術者に違いない。名誉にかけて、われが制裁してやらねばと思うていた」

「でも、そこで食い違うのよ」


 ニースが声をあげ、相方に帳面を見せつつ、『投資家』の名前を指で示す。

「コリース、トーラン、スタパン。こいつらはどこの貴族にも投資や金貸しはしない。取引相手は職人工房とか、中小の商会とか、大きい荷馬車の隊商とか」

「つまり?」

 僚友の問いに、ニースは無意識に声をひそめて、言った。


「ここの資金源、共和派の連中だと思う。貴族派に対立する富裕市民だよ」


 聞くや、スピネの顔が、さあっとくもった。

 ちぎっては投げしてきた書類から、いくつかをがさがさと拾い、再度目を通す。ややあって、普段の彼女には似つかわしくない、軽いうめき声が口から漏れ出た。


「え、なに、どうしたの」

「われが思っていたより、外道であると知った」

 吐き捨てると、魔女は、半ば自分に言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「魔法は、開祖――〈はじまりの魔女〉さまがもたらした恩恵であろう」

「……そうなの?」


「〈はじまりの魔女〉さま。この方は国を興した〈英雄女帝〉でもあらせられる。魔法を受け継ぐというのは、いと尊き御方おんかたよりたまわった恩寵おんちょうを、守り続けていくということ」


「う。うん」

 圧に押されているニースに構わず、スピネは言葉を続けた。


「ゆえに、魔法使いは貴族たらねばならぬ。力をもつがゆえに、振る舞いに誇りと責務を負う者。それがわれらの生き様ではないか――だというのに!」


 魔女は鋭く声をあげた。頭の鴉羽根が威嚇するかのように大きく開く。

矜持きょうじと義務を持たず、力だけを欲するやつばらは、外道と呼ぶしかあるまい!」


 もはや怒声にほかならない彼女の言葉に、ニースは目を白黒させた。

「ごめん……説明して。つまり?」

 少女の問いに、魔女は手にしていた書類を突き出し、じろとにらんだ。



 説明を聞き終えたニースは、なるほど、と納得顔をした。あくまで推測だが、書類と照らし合わせると、次のことが浮かび上がる。


 あるところが、金を出す。

 その金で、生活に困った貴族から血を買う。

 買った血を素材に、〈あるもの〉を作る。


 〈あるもの〉を使って、生きている人間に〈措置〉を施す。

 〈措置〉を施された者は、人工的に魔法が使えるようになる。

 一族に継承された〈みしるし〉も、家伝の鍛錬も必要とせず。


 そして、金を出しているのは、共和派の金融業者だ。


「魔法の力がほしくて、こんなことを……?」

「共和派とやら、どのようなお題目を掲げておるか知らぬが」

 鴉羽根をばたつかせながら、スピネは書類をいまいましげににらみつけた。

「ずいぶんと強欲であさましいと見ゆる」


「いやいや。でも、もうひとつおかしいことがあるよ?」

 ニースは胸の前で手をわたわたさせながら、言った。

「わたしが出くわした男は、お貴族様はもちろん、金持ちの市民にも見えなかった。いかにも朝市で芋の値段に頭を悩ませてそうな感じだったもん。それに」


「われが出くわした者も、公都へ出稼ぎに出向いておった者だの」

「それって……それってさ――」

 少女が、たどりつきかけた言葉を発そうとした、その時。


 事務室の大扉が、激しく叩かれる音がした。

「間違いない! この中にいやがる!」

「ちくしょう、八人も転がしやがって! ただで返すな!」


 大扉ごしの怒声に、ニースは目を丸くした。

「――やばい、もうバレた!?」

「われは、道すがら止めておったぞ」

「あんただって、さっき大声あげてたでしょ」

「言うておる場合か。逃げるしかあるまい」

「とりあえず、あいつらとは反対の方!」


 お嬢様にふんした銃士と魔女が、スカートをひるがえす。

 二人は、そのまま奥の扉へ走った。

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