↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/38

第12話 「こうだよね、魔法使いって!」

「うら若き淑女しゅくじょが、銃士などと親しくしては……ご評判に傷がつきますぞ」


 声をかけてきたのは、三十手前ぐらいの男だった。中肉中背。穏やかな顔に、口ひげをたくわえている。服装は一見豪奢(ごうしゃ)だが、よく見ればボタンを付け直した跡がある。他にも、袖口や裾をわざわざ丁寧に繕った様子もうかがえた。


 そのくせ、身に着けた装飾品は真新しいのが、妙にちぐはぐだ。

 屈強そうな大男が二人、両脇を守るように付き従っている。従僕だろう。ただ、貴族のお供にしては、人相がよろしくない。


「街歩きなら、小生がご案内しますよ。最近評判の喫茶など、いかがですかな」

 口ひげをひねりながら、男がスピネに微笑みかけた。誠実そうな笑みだが、ひげをいじる手にはめた指輪がぎらりと光る。お付きの巨漢たちも、腕組みしつつ肩を揺すって笑っている。

 

 そんな胡乱うろんな連中に、ニースの観察眼が頭の中で警鐘を鳴らした。

 お付きの巨漢に、ではない。声をかけてきた、冴えない男の方だ。

(帯に短杖。たぶん家伝の、古式の装束)

 間違いない。貴族の魔法使いだ。


 ニースは、視線をさえぎるように、スピネの前に立った。

 それを見て、男が片眉を跳ね上げる。

「小生が話したいのは、その見目麗しいご令嬢です。銃士などという〈かすれた青い血〉のやからは、この場を外すのが礼儀ではありませんか?」


 彼の声がすっと低くなる。明らかな圧と、視線の鋭さ。

 ニースは顔をしかめた。売られた喧嘩、さていくらの値をつけるべきか。


 と、そこへ後ろから外套をくいくいと引っ張られた。

「――そなた、〈かすれた青い血〉とは何かや」

 声をひそめて魔女が訊ねてくる。少女は軽く肩をすくめた。


「銃を使うには、魔力が必要なの。できそこないの半端者のおちこぼれの、そのまた一割ぐらいのすっごく微妙なのがね。雷管を叩くには、それより多くても少なくてもだめ」


「なんと。合理の産物に、よもや魔が必要とは……待つがよい。ならば、そなたには貴族の、魔法使いの血が入っているはずではないかや」

「だから〈かすれた青い血〉。まあ、わたしには縁がないけどね」

「それはどういう――」


 ひそひそと言葉を交わしていると、男がいらだたしげに声をあげた。

「ええい、小生を無視するな。作法がなっていませんね」


 うんざりした目を男に向けつつ、少女は魔女に確認した。

「なんか大安売りみたいだから、ついでに買っといていい?」

「市場の果物かや……ゆるす。あるじの露払いも、つとめであろう」

 ふっと口の端で笑む魔女に、少女はたまらず頬を赤くした。


(こいつにしもべ扱いされると嬉しくなっちゃうの、どうにかならないかな!)

 不本意な喜悦の感情を、ひとつ深呼吸して意識の隅に追いやる。

 茶色の目を琥珀にきらめかせつつ、少女はわざと歯をむいてみせた。


「――残念だけど。相方と話をしたいなら、わたしを通してよ」

 拳を鳴らしつつ、男に向けて、だんと一歩踏み出してみせる。

「いたしかたないですね。荒事をお見せするのは本意ではありませんが。高貴な義務として、教育してさしあげましょう」


 男の指が、ぱちん、と鳴らされる。

 それに応えて、供の大男たちが、ずいっと前に出てきた。

 ぎろりとニースを見下ろすや、一斉につかみかかってくる。

 だが、次の瞬間。


「フッ」

 片方をするりとかわし、もう片方の腕をとる。

 そのまま脚を刈って重心を崩す。

 どうと倒れた巨漢の腹へすかさずブーツの底を踏み込む。

 瞬く間に一人を気絶させたかと思えば、


「ハッ」

 残った大男の勢いに合わせ、掌底を打ち上げる。

 あごへ痛烈な一撃。たちまちに脳が揺れること、うけあい。

 たちまちに巨漢が苦悶の声をあげて、倒れ伏す。


 やんや、と周囲の野次馬から喝采があがった。

 少女が、大の男をたちまち制圧したのがウケたらしい。

「……蛮族だの」

 スピネがぼそっと言うのを、ニースは笑顔で聞かないことにした。

 もっと問題なのは、残ったやつだ。

 無意識に、腰の留め具に収めた銃へ手を伸ばす。


「な、ななな……銃士ふぜいが、なんと、なんという」

 男が顔をひきつらせ、帯の短杖を抜いた。

 宙に図形を描くように振りつつ、口から唄うような声が流れ出す。


「〈地獄の釜、小人の炉、竜の舌、滾り流転するもの〉」

 大仰な言葉選びに、古式ゆかしい音韻。

 銃士は不敵な笑みを浮かべた。


(やっぱりこうだよね、魔法使いって!)

 心の中で得心しつつ、ニースは手早く点検した。

 相手が唱えた言葉を。視線の動きを。短杖が宙に描く大まかな紋様を。


「〈燃え盛る炎、わが裡の怒り、侮辱されし祖の憤り〉、行きなさい〈炎矢〉!」

 男の前に燃え盛る矢が浮かぶや、ただちに火線となって宙を走った。

 少女を取り囲むように、巧みに弧を描く。


 野次馬たちから、声があがった。

 驚き。悲鳴。怒号。魔法使いに逆らった者の末路は、明らかに見えた。


 だが、銃士はいまさら慌てない。不敵な笑みすら浮かべている。

「ふふっ――」


 ひとつめ。肩をかすらせつつも、これをかわし。


 ふたつめ。ブーツのかかとで蹴り飛ばしてみせ。


 みっつめ。かかげた脚を戻す勢いで踏みつけて。


「――おしまい!」

 よっつめ。しなやかに身体をそらせ、背中をくぐらせて避ける。


 華麗な体(さば)きに、野次馬からどよめきの声があがる。

 すすっと姿勢を戻したニースに、男は口をぱくぱくさせていた。

「そ、そんな、バカな……」


「あんたみたいな魔法は、分かりやすいのよ」

 ニースは事もなげに言ってみせた。

「だから先読みできんの。さて――」


 すちゃりと銃を抜いてから、しかし。

 少女は、野次馬たちの多さに顔をしかめた。

 思ったより人が集まっている。どちらに賭けるかという声まで聞こえる始末だ。


(だめじゃない。ここで撃ったら、誰かに当たるかも)

 無論、はずす気はないし、はずす腕でもないのだが。

 万一、というものがある。


 銃士隊心得、第一条。民を守り秩序を保て。ただし善き民を。

「――銃士として当然の判断だから、うん」

 銃を腰の留め具にしまい、ひとりごちる。

 賭けをしている連中が善き民かどうかは、いったん考えないことにしよう。


「こほん。あんたなら、捕縛術でなんとかできるね」

 ニースは構えると、わずかに腰を沈めた。

「避けないでよ。結構痛いからね」

「き、ききっ、きききき」


 顔を引きつらせていた男は、しかし。

 次の瞬間に、哄笑こうしょうした。


「きひ、ひはははは! わたしの力を、舐めるんじゃあない!」

 男が――魔法の発動具であるはずの短杖を、指でへし折る。

 予想外のことに、ニースが目をぱちくりさせるのに構わず、


「――おぉ、〈炎よ、炎よ、炎よ! 渦巻け、吠え猛ろ!〉」

 優雅さのかけらもなくなった詠唱、いや、叫び。

 思わず、ニースの全身が総毛だつ。


(こいつ、この叫び方!)

 男の右手がふくれ、血管が浮かび上がる。

 それに沿うように、青い線が肌の上を走るように表れていく。


 そんな、まさか。

 驚きと既視感デジャヴが、銃士の頭の中で交錯する。

 たちまち炎の柱が現出し、少女を呑みこまんと噴き上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。