第12話 「こうだよね、魔法使いって!」
「うら若き淑女が、銃士などと親しくしては……ご評判に傷がつきますぞ」
声をかけてきたのは、三十手前ぐらいの男だった。中肉中背。穏やかな顔に、口ひげをたくわえている。服装は一見豪奢だが、よく見ればボタンを付け直した跡がある。他にも、袖口や裾をわざわざ丁寧に繕った様子も窺えた。
そのくせ、身に着けた装飾品は真新しいのが、妙にちぐはぐだ。
屈強そうな大男が二人、両脇を守るように付き従っている。従僕だろう。ただ、貴族のお供にしては、人相がよろしくない。
「街歩きなら、小生がご案内しますよ。最近評判の喫茶など、いかがですかな」
口ひげをひねりながら、男がスピネに微笑みかけた。誠実そうな笑みだが、ひげをいじる手にはめた指輪がぎらりと光る。お付きの巨漢たちも、腕組みしつつ肩を揺すって笑っている。
そんな胡乱な連中に、ニースの観察眼が頭の中で警鐘を鳴らした。
お付きの巨漢に、ではない。声をかけてきた、冴えない男の方だ。
(帯に短杖。たぶん家伝の、古式の装束)
間違いない。貴族の魔法使いだ。
ニースは、視線をさえぎるように、スピネの前に立った。
それを見て、男が片眉を跳ね上げる。
「小生が話したいのは、その見目麗しいご令嬢です。銃士などという〈かすれた青い血〉の輩は、この場を外すのが礼儀ではありませんか?」
彼の声がすっと低くなる。明らかな圧と、視線の鋭さ。
ニースは顔をしかめた。売られた喧嘩、さていくらの値をつけるべきか。
と、そこへ後ろから外套をくいくいと引っ張られた。
「――そなた、〈かすれた青い血〉とは何かや」
声をひそめて魔女が訊ねてくる。少女は軽く肩をすくめた。
「銃を使うには、魔力が必要なの。できそこないの半端者のおちこぼれの、そのまた一割ぐらいのすっごく微妙なのがね。雷管を叩くには、それより多くても少なくてもだめ」
「なんと。合理の産物に、よもや魔が必要とは……待つがよい。ならば、そなたには貴族の、魔法使いの血が入っているはずではないかや」
「だから〈かすれた青い血〉。まあ、わたしには縁がないけどね」
「それはどういう――」
ひそひそと言葉を交わしていると、男がいらだたしげに声をあげた。
「ええい、小生を無視するな。作法がなっていませんね」
うんざりした目を男に向けつつ、少女は魔女に確認した。
「なんか大安売りみたいだから、ついでに買っといていい?」
「市場の果物かや……ゆるす。あるじの露払いも、つとめであろう」
ふっと口の端で笑む魔女に、少女はたまらず頬を赤くした。
(こいつにしもべ扱いされると嬉しくなっちゃうの、どうにかならないかな!)
不本意な喜悦の感情を、ひとつ深呼吸して意識の隅に追いやる。
茶色の目を琥珀にきらめかせつつ、少女はわざと歯をむいてみせた。
「――残念だけど。相方と話をしたいなら、わたしを通してよ」
拳を鳴らしつつ、男に向けて、だんと一歩踏み出してみせる。
「いたしかたないですね。荒事をお見せするのは本意ではありませんが。高貴な義務として、教育してさしあげましょう」
男の指が、ぱちん、と鳴らされる。
それに応えて、供の大男たちが、ずいっと前に出てきた。
ぎろりとニースを見下ろすや、一斉につかみかかってくる。
だが、次の瞬間。
「フッ」
片方をするりとかわし、もう片方の腕をとる。
そのまま脚を刈って重心を崩す。
どうと倒れた巨漢の腹へすかさずブーツの底を踏み込む。
瞬く間に一人を気絶させたかと思えば、
「ハッ」
残った大男の勢いに合わせ、掌底を打ち上げる。
あごへ痛烈な一撃。たちまちに脳が揺れること、うけあい。
たちまちに巨漢が苦悶の声をあげて、倒れ伏す。
やんや、と周囲の野次馬から喝采があがった。
少女が、大の男をたちまち制圧したのがウケたらしい。
「……蛮族だの」
スピネがぼそっと言うのを、ニースは笑顔で聞かないことにした。
もっと問題なのは、残ったやつだ。
無意識に、腰の留め具に収めた銃へ手を伸ばす。
「な、ななな……銃士ふぜいが、なんと、なんという」
男が顔をひきつらせ、帯の短杖を抜いた。
宙に図形を描くように振りつつ、口から唄うような声が流れ出す。
「〈地獄の釜、小人の炉、竜の舌、滾り流転するもの〉」
大仰な言葉選びに、古式ゆかしい音韻。
銃士は不敵な笑みを浮かべた。
(やっぱりこうだよね、魔法使いって!)
心の中で得心しつつ、ニースは手早く点検した。
相手が唱えた言葉を。視線の動きを。短杖が宙に描く大まかな紋様を。
「〈燃え盛る炎、わが裡の怒り、侮辱されし祖の憤り〉、行きなさい〈炎矢〉!」
男の前に燃え盛る矢が浮かぶや、ただちに火線となって宙を走った。
少女を取り囲むように、巧みに弧を描く。
野次馬たちから、声があがった。
驚き。悲鳴。怒号。魔法使いに逆らった者の末路は、明らかに見えた。
だが、銃士はいまさら慌てない。不敵な笑みすら浮かべている。
「ふふっ――」
ひとつめ。肩をかすらせつつも、これをかわし。
ふたつめ。ブーツのかかとで蹴り飛ばしてみせ。
みっつめ。かかげた脚を戻す勢いで踏みつけて。
「――おしまい!」
よっつめ。しなやかに身体をそらせ、背中をくぐらせて避ける。
華麗な体捌きに、野次馬からどよめきの声があがる。
すすっと姿勢を戻したニースに、男は口をぱくぱくさせていた。
「そ、そんな、バカな……」
「あんたみたいな魔法は、分かりやすいのよ」
ニースは事もなげに言ってみせた。
「だから先読みできんの。さて――」
すちゃりと銃を抜いてから、しかし。
少女は、野次馬たちの多さに顔をしかめた。
思ったより人が集まっている。どちらに賭けるかという声まで聞こえる始末だ。
(だめじゃない。ここで撃ったら、誰かに当たるかも)
無論、はずす気はないし、はずす腕でもないのだが。
万一、というものがある。
銃士隊心得、第一条。民を守り秩序を保て。ただし善き民を。
「――銃士として当然の判断だから、うん」
銃を腰の留め具にしまい、ひとりごちる。
賭けをしている連中が善き民かどうかは、いったん考えないことにしよう。
「こほん。あんたなら、捕縛術でなんとかできるね」
ニースは構えると、わずかに腰を沈めた。
「避けないでよ。結構痛いからね」
「き、ききっ、きききき」
顔を引きつらせていた男は、しかし。
次の瞬間に、哄笑した。
「きひ、ひはははは! わたしの力を、舐めるんじゃあない!」
男が――魔法の発動具であるはずの短杖を、指でへし折る。
予想外のことに、ニースが目をぱちくりさせるのに構わず、
「――おぉ、〈炎よ、炎よ、炎よ! 渦巻け、吠え猛ろ!〉」
優雅さのかけらもなくなった詠唱、いや、叫び。
思わず、ニースの全身が総毛だつ。
(こいつ、この叫び方!)
男の右手がふくれ、血管が浮かび上がる。
それに沿うように、青い線が肌の上を走るように表れていく。
そんな、まさか。
驚きと既視感が、銃士の頭の中で交錯する。
たちまち炎の柱が現出し、少女を呑みこまんと噴き上がった。




