第5話「黒い貴族の陰謀と新たな仲間」
数日後、牧場に戻ったハルトは、朝から風に乗って届く微かな気配に気づいていた。
「シエル……。誰か、こっちを見てる気がする」
「うん、わたしも気づいてた。たぶん……監視されてる」
ハルトは深く息を吐きながら、牧場の丘の上に立った。
初夏の風にそよぐ牧草、のんびり草を食む《陽光鶏》たち。そして、遠くにぼんやりと佇む黒い馬車。
「あれ……エイベル家の紋章じゃない?」
シエルの言葉に、ハルトは眉をひそめた。
「やっぱり、こないだの件から何か動いてるんだな……」
そこに、牧場の門を叩く音が響く。来客だった。
現れたのは、柔和な表情の青年だった。栗色の髪に浅い笑み、だがその眼は冷静で、何かを測るような鋭さがある。
「初めまして、ハルトさんですね。僕はキール・グラン=ベル。元・王都の魔導士で、今は……ちょっと訳あって旅してます」
「旅の魔導士?」
「はい。少し前に、あなたの卵を使った料理を食べて、どうしても牧場を見たくなって来てしまいました」
キールはそう言って、広い牧草地を興味深そうに眺めた。
「……なんというか、魔力が『癒されてる』感じがするんですよね。ここはただの牧場じゃない」
「そんな風に言われたの、初めてだな……」
その瞬間、キールの瞳が細められた。
「それに……あなた、狙われてますよね? 今日、森の中に隠れてたの、暗視魔術で見えました」
「やっぱり……」
ハルトは事情を説明した。エイベル家の嫌がらせ、市場での混乱、そして広がる噂。
「だったら……僕も力になっていいですか? 見返りは要りません。強いて言えば、しばらくこの牧場に住まわせてください」
シエルはすぐに頷いた。
「この人、信用できそう。魔力の流れが綺麗だもの」
「……じゃあ、ようこそ、キール。牧場へ」
その夜。
牧場の小屋に泊まったキールは、夜空を見上げながらつぶやいた。
「——本当に、ここなら……僕の『罪』も、少しは浄化されるだろうか」
そして翌日。
ハルトたちは市場で、新たな商会からの提案書を手にする。
「《ファルド商会》? ……あれ、これって……セラフィム商会と対立してるはずの……」
「うん。“黒い貴族”とも関係が深いはず。どうして、今になって?」
提案書には、セラフィムよりもさらに好条件の取引内容が記されていた。だが、そこには不穏な一文が——
『市場での評価が下がるような“事故”が今後も続けば、契約の価値も再評価されるべきでしょう』
「……つまり、“うちに乗り換えろ”って、脅しだよ」
キールは低くつぶやいた。
「このままじゃ、本当に何か仕掛けてくる……牧場に、被害が出る前に、手を打たないと」
「そのためにも、周囲を味方につけないとね」
ハルトは強く頷いた。
「よし、次は『試食イベント』を牧場で開こう。市民を呼んで、卵やミルクの魅力を直接届けよう」
「いいね! 私、レシピ考える!」
「俺は防御魔法陣、あちこちに貼っておくよ」
それぞれが動き始める。
この小さな牧場を守るために。
そしてその夜。遠くの城館で、黒いローブの貴族が呟いた。
「この程度の牧場が……ここまで抗うとは。面白い」
その声に応じるように、魔眼を持つ獣が鎖を引きずりながら立ち上がる。
「次は“影の猟犬”を送れ。……潰せ」
不穏な闇が、静かに動き始めていた。
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