第3話「封印の意味と、新たなる来訪者」
遺跡の発見から一夜明けた朝。ハルトは牧場の丘に立ち、封印扉の方向を見つめていた。リュカはハルトの足元に寄り添い、きゅい、と小さく鳴く。
「昨日のあれ……夢じゃなかったよな」
『命の知識』と呼ばれた古代の記憶。人と動物の共生の在り方、環境の魔法的制御、そして崩壊する未来の幻影。
それらが頭の中で渦巻いていた。
シエルがふわりと現れ、ハルトの肩に乗る。
「ねぇ、まだ頭痛い? 昨日はすごい情報量だったし、あたしでも混乱したよ」
「うん、大丈夫。整理する時間が欲しいだけ」
ハルトはゆっくりと息を吐いた。
そのとき、牧場の門の前に一台の馬車が現れた。外装は黒く、紋章のない無印のもの。門を開けて現れたのは、ややくたびれたローブをまとった壮年の男性だった。
「ここが……アマギ・ハルト氏の牧場ですかな?」
男は低く響く声でそう尋ねた。
「はい。僕がハルトですが……」
「ほう、なるほど。やはり、あなたでしたか。私の名はクロード・レイフォード。西部の聖導師協会より、遺跡の封印と“継承者”についての報告を受け、調査と補佐のためにまいりました」
ハルトは驚いた。
「聖導師協会……って、魔術院とは別の組織ですよね?」
「ええ。魔術院が学術機関であるのに対し、我々は宗教的・倫理的な立場から古代魔法や遺物に関与します。特に“命”に関する知識や魔法は、取り扱いを誤れば神聖秩序を乱す恐れがある」
クロードはハルトをまっすぐに見据えた。
「あなたが継承した知識、それは世界に大きな影響を及ぼしかねません。ですので、正式に協会より“監督者”を派遣することが決まりました」
「……監督者?」
その瞬間、馬車の扉が再び開き、中からひとりの少女が現れた。
年のころは12〜13歳ほど。深紅の瞳に白銀の髪、落ち着いた身のこなしだが、その背には光の羽のような魔力が揺らめいていた。
「はじめまして。私はセレナ・ルシフェル。この地であなたを見守るよう、神殿より命じられた者です」
「見守るって……え、ここに住むの?」
セレナは小さくうなずいた。
「はい。あなたの選択が、世界の行く末を左右する可能性がある以上、私たちはそれを放置できません」
ハルトは内心うんざりした。
(やっとのんびり牧場生活ができると思ったのに……今度は監視かよ)
それでも、拒否はできなかった。すでに自分は何か大きな渦の中にいるのだ。
「……わかりました。僕の牧場は誰にでも開かれています。けど、ここでのルールは守ってもらいます」
セレナは静かに笑った。
「もちろん。私はあなたの敵ではありません。むしろ……あなたが希望を選び取る者であることを、願っています」
その日の夕方、ハルトは鶏舎の整理をしていた。セレナは一輪車を押すのを手伝ってくれている。
「まさか、神殿の使いが掃除をするとは思わなかったよ」
「この世界の命に触れるのが、私の役目ですから」
リュカがセレナのそばに寄り、きゅい、と甘えるように鳴いた。
「……不思議な子ですね。この幻獣は」
「リュカは、転生したときから一緒にいた存在なんです。僕にとっては、家族みたいなもので」
セレナはしばらくリュカを見つめ、ふっと微笑んだ。
「あなたには、命の重みがわかっている……だからこそ、継承者として選ばれたのかもしれませんね」
夜。ハルトは久しぶりに焚き火を囲んでいた。
シエル、リュカ、そしてセレナがそばにいる。
「これから、どうなるんだろうね」
「それはあんた次第さ」
シエルがぽんと肩を叩くように笑った。
セレナは静かに目を閉じ、星を見上げる。
「封印が開かれる日。それは世界が変わる時です。その時、あなたが何を守り、何を選ぶのか——私は、それを見届けたい」
ハルトは薪をくべながら、心の中でそっとつぶやいた。
(命の知識、世界の鍵、監視者の少女……俺は、何を選ぶんだろう)




