第42話 卵生成スキルで家計も大助かり、ただ、ギルド案件が重いです
夏休み四日目、七月二十四日(土)。
(はー、気が重いや)
湿気があって蒸し暑いのは、富山の夏場なら日常のこと。
今日の天気は曇り空。
僕の心も、それに負けないくらい曇り模様だった。
昨日の黒田さんのメールを読んでから、僕はずっとこんな調子だ。
そんな一日の始まりは、フェアさん考案、十秒重圧負荷トレーニングからだった。
『スキル:窒息耐性を習得しました』
『スキル:放射能耐性を習得しました』
『スキル:紫外線耐性を習得しました』
『スキル:精神抵抗のレベルが上がりました』
『スキル:魂魄保護のレベルが上がりました』
『スキル:精神防御のレベルが上がりました』
『スキル:精神障壁のレベルが上がりました』
『スキル:精神干渉耐性のレベルが上がりました』
『スキル:憑依耐性のレベルが上がりました』
核の傘ならぬチートの傘の下に居続けたいなら、自分も早くチートになれ、みたいなフェアの過去の体験談が、定期的に刷り込まれる睡眠学習用の夢動画の中に混じっていた。
これ一体、どこの異世界軍隊の話を持ちだしてきたのか、詳しく説明を求めたいところだ。
更に付け加えると、今日から始まったこの睡眠学習、ほとんど洗脳学習と大差ないって、やる前に気付いてほしかった。
そもそも、こういうのは、まず本人の同意を得るのが先じゃないの?
ちなみに今日の朝練は、いきなり宇宙空間にひとり放り出されて、息ができないくらい苦しむコースだった。
「……地球は青かった」
そして、地球人類の希望の星として火星移住に向かう大規模移民船、ニュースでもよく見るスペースコロニー宇宙船が見えたから、もがき苦しみながらも一応手を振っておいた。
船外活動中の宇宙飛行士のみなさんは、すごくびっくりしていた。
そりゃ、そうだ。
宇宙ステーションの周りでも、日が当たるか当たらないかでプラス百度からマイナス百度まで振れ幅があって、空気がないから普通は九十秒くらいで人間は窒息死するらしい。
息を止めても耳とか他の穴から空気が漏れて、だいたい十数秒で人間は気絶するっていう話も、その睡眠学習用の夢動画に入ってた。
一応シールドを張って人間が生きれるギリギリまでしてくれたみたいだけど……
これ、ただの異星人による人間人体実験でしかないと思うのは、僕だけかな?
(……もうさ、いい加減、勘弁してよ)
「はー、はー、はー、フェアさん、いつになったら、手加減してくれんの?」
「えー、だいぶ手加減してますよ~」
目を覚ました僕はそのまま宙に浮かされて、十人のフェア複製体の妖精たちにパジャマをはぎ取られ、お出かけ用の服に着替えさせられる。
気分はもう、ただのマネキンだ。
聞いたところによると、人を《《招き》》寄せるのが語源らしいけど、今の俺には招くどころかしゃべる気力すら残ってなかった。
まあ、直ぐに完全回復してもらったけど、こんな毎日、もう嫌だ。
招き寄せたのが、こんな外見詐欺の借金大好き妖精だったなんて、いくらなんでもあんまりだ。
誰でもいいから、変わってほしい。
出来れば、可愛い天使さんとチェンジをお願いしたいところだ。
(お願いします。迷宮神様、早くサイコ妖精フェアさんを引き取りに来てください)
心の底からお願いしたら、迷宮神様の代わりにサイコ妖精フェアのお告げが念話を通して流れてきた。
(残念でした~。迷宮神様からは~、しっかり任務を果たせって指令が来たんで、無理ですよぉ。というわけで翔太様~、これからもしっかりお世話させていただきますので、ヨロシクデース!!)
フェアからの念話は非情なものだった。
(はー、人生、オワタ)
(あ、もう一つご報告デース。これまで分析させていただいた翔太様の趣味嗜好のご希望に沿うように~、昨日、石碑オークションで落札購入した大天使ちゃんを大天使メイドに変身させてます。只今誠意特訓中ですから~、もうしばらくお待ちくださいですぅ)
そして、更に不穏な念話が追加され、僕はもう考えることを放棄した。
◆◇◆◇◆◇
その後、いつものようにダイニングルームに足を踏み入れる。
家族団欒の場では、八神家の優斗兄さんも小恋路も料理を並べるのを手伝い、朝倉家のみんなもそれぞれ自分の分のご飯をよそったりしていた。
「おはよう、小恋路」
「おはよ、翔太。お、今日はおめかしして、イケてるよ」
「嬉しいね。卵あげるけど、いる?」
「じゃあ、半熟卵を二つほど、おねがいしようかな」
「よしきた。待っててね。直ぐに用意するから」
(――卵生成×2)
心の中で念じると、僕の翳した右手から魔力粒子がドバーッと噴き出すと、直ぐに宙に卵を形作る。
イメージした物が出来た瞬間から重力の法則が動き出し、ぽちょんとピザ風食パン二枚の上にゆるゆるの半熟卵が、二個乗っかる。
「ありがと」
小恋路は、いつもパン食だから、蕩けた半熟卵が好みなようだ。
「翔太の卵生成スキル、やっぱり便利よね~。うちの冷蔵庫の卵も補充していてもらってもいいかしら」
好奇の視線を向ける母さんから、お仕事が回ってきた。
「了解」
母さんからのご要望があったので、冷蔵庫の卵も補充しておく。
冷蔵庫のドアを閉めてから声を掛ける。
「母さん、補充しといたよ。そういえば、ここ二日、職場に、僕の卵使ったホットケーキ差し入れしてるんでしょ。みんなの反応どうだった?」
「これまたすごい大好評よ。みんな美味しいって、全部残さず完食してくれてるし。経理の山下さんなんて、翔太の回復卵の効果で目の下の隈が全部取れて、肌のツヤもスベスベになったって大喜びしてたわ」
「へー、そりゃあ、よかった」
自分のご飯をよそって席につく。
「じゃあ、いただきます」
そう言って、卵かけご飯を食べ始めた矢先。
「美穂、昨日の夜から元気ないけど、どうしたんだ?」
父さんから、美穂を心配する声が掛かる。
「うん、ちょっといろいろあってね……」
美穂が父さんに答えるが、やっぱりいつもの元気がたりてない。
美穂は、昨日は洗脳されていたとはいえ、小恋路に暴言を吐いたうえで襲い掛かった自分の行動を、頭の中でまだ正当化しきれずにいるようだった。
「美穂ちゃん、昨日、ゲームしすぎて、まだちょっと疲れてるんじゃないかな」
小恋路が、超無理筋なこじつけで乗り切ろうとするけど、当の本人は上の空。
その後、まだ美穂がいろいろ引きずっていて、母さんと父さんに言い訳するのが大変だった。
ただ、優斗兄さんが『大丈夫か?』って声を掛けた瞬間、美穂の顔が一気にデレ顔になってた。
「優斗兄さんが途中で抜けるから、あれから、すごい寂しかった……」
うるうるしながら、自分のお気持ち表明をする美穂。
「ごめん、ごめん。今日はしっかり家庭教師するから、勘弁してくれよ」
優斗兄さんが優しく接すると、美穂は頬を赤らめつつ、小さな声で礼を言う。
「嬉しい。ありがとう」
これは当分、美穂の心のケアは優斗兄さんに任せとけば問題無さそうだ。
なんだか、ホッとした空気に包まれていく気がした。
ただ、警戒することがあるとすれば、その先にあるのが、優斗兄さんハーレム化計画に美穂がどっぷり嵌っていくことだ。
お兄ちゃん的には複雑な心境ではある。
それは険しい表情を浮かべた小恋路も、僕と一緒の価値観を抱いているようだった。
まあ、ここまで来るとこれは二人の問題だから、余り深く追求しないほうがいいのかもしれないけど、やっぱ、気になるな。
(じゃあ、二人ともその辺の恋愛感情をパパッと消しちゃいましょうか?)
(フェアさん、お口チャックで夜露死苦!!)
(はーい)
そういえば、昨日の夜、山ほど収穫した昆布を母さんに少し渡しておいたおかげで、“昆布入りダシ入り卵焼き”が朝の献立に加わっているのを発見した。
箸に取って口にしてみたら。
これ、メッチャ、美味しい。
昆布のコリコリした食感と醤油を煮詰めた甘辛さ、卵焼きの甘さの相乗効果がきいて、大好物の一品に見事ランクインを果たした。
それもあって箸も進み、卵かけご飯を三杯もかき込んだ。
朝御飯を食べながら、ふと思いついたことを、僕の身体に憑依してるフェアに魔力パスを通じて相談を持ち掛ける。
(ねえねえ、フェアさん。この“昆布入りダシ入り卵焼き”をネタにしてお寿司を握ったら、絶対うまくない?)
(いいですね~。じゃあ、フェアのほうで、昨日お世話になった昆布大将の板前さんに、お昼ご飯のお弁当として他のネタと合わせて、黒田さん達の分も合わせて注文しとくのはどうですか~)
(おっ、飯で釣ろうという作戦か。いいね。それ採用、でおねがいしてもいいかな?)
(アイアイサー)
探索者ギルドとの話し合いで、僕が出せる切り札が一つ増えた。
同時にDP借金も増えるだろうけど、そこはどうしようか?
(それでしたら~、探索者ギルドに向かう道すがら、いいダンジョン物件の更新情報があるので、その時にご紹介しますね~)
(ははは、じゃあ、それで……)
今日もいい感じにフェアに転がされてる自覚はある。
ただそれを言い出したら、まだ迷宮術師として、自分ひとりの足で立てていない。
だから当面は、フェアの教育方針に従うのが得策だ。
そう決断を下した途端、物凄い数の不平不満の小言が僕の頭の中に一斉に湧いてきたけど、そこは心に蓋をして無視を決め込んだ。
朝のニュース番組にたまに目を向けつつ、小恋路と話しながらご飯を食べてたら、ゴホンと咳をした父さんから話しかけられる。
「今日から、探索者活動始めるらしいな。気を付けるんだぞ。父さん、誘ってくれたら、いつでも一緒についていくからな」
「だから、それはいいって。父さんがついて来たら、確実に接待討伐アンド特設サイン会になるから嫌なんだって」
二日続けてこの話題を振ってくるとか、うちの父さん、ホントしつこいな。
そんなに親のカッコイイ姿を子供に見せつけたいのかね。
とはいえ、実際のところ、思春期を迎えた中学生になってからは、親とどっかに行ったという記憶がなかった。
なぜかと言えば、両腕が魔導義手の元A級狩猟者である地元の有名人なんて、好き好んで連れて歩けるわけがないからだ。
そう、俺の息子です攻撃の連打に付きあった挙句、帰る頃には精神がヘロヘロになっていた幼い頃は、これが普通の家庭なんだと思ってたけど、あれは大間違いだった。
笑顔の仮面でごまかしてまで経験しなきゃいけない歳でもなくなった。
僕自身の自立心を養わせる意味でも、親の子離れを促したいところだ。
そもそも今日は、父さん母さんにはまだ内緒にしてる、探索者ギルドとの協議の日だ。
僕は約束を果たした。
御経塚ダンジョンの魔物進軍掃討戦を過去最短日数で鎮圧した。
探索者ギルドの管理下に入るとも告げた。
政府がやってくれと言われたことを、文句ひとつ言うことなくやり遂げた。
こんな大事な日に、これから僕の役割の話をする場に両親同伴になったら、どうなる?
話が輪を掛けてややこしくなること、請け合いだ。
そういう訳で朝食を食べたら、何かツッコミが入る前に、ここから離れるのが、一番の有効策と言えるだろう。
「ごちそうさま」
僕はそう言って手を合わせると、食べ終えた茶碗を洗面台に片付け、この場を後にした。
◆◇◆◇◆◇
ご飯を食べ終えたら身支度を整えて、今日は久しぶりの一人きり外出を決め込むつもりだ。
そしたら、マンションの自転車置き場まで小恋路が付き添ってくれた。
「なんか、翔太だけだと不安かな。この前みたいに、余計な仕事おしつけられそうになったら、ちゃんと断るのよ」
身内ノリで心配してくれる。こんな小恋路ママも悪くない。
「わかってるって。そんなことより、ハグとかキスでお見送りしてくれたら、頑張れるんだけどな」
ちょっと照れながらも、軽口に乗せて言いたいことを伝えた。
そしたら、小恋路はフフンと上から目線で言う。
「そういうのは、男の子のほうからしなきゃね。翔太からしてくれるんなら、わたしは受け入れる用意あるけどさ。どうする……モバイルバッテリー彼氏君」
基本ヘタレな僕は、いきなり瀬戸際に立たされた。
優しいムードで軽く済ませればいいものなんだろうけど、心臓はバクバク爆音を立ててる。
いろんな感情の波が一気に頭に押し寄せてきて、考えがまとまらない。
そこで僕は先送りすることに決めた。
「……ごめん、まだ無理みたい」
そのまま小恋路の真横を素通りして、自転車置き場から、僕の自転車を取り出し、小恋路の前まで戻ってくると、
「じゃ、行ってきまーす」
そう言って、にこやかにお別れの挨拶を繰り出した。
「あーあ、じゃあさ、今日はこれくらいでいいんじゃない?」
その発言とほぼ同時に、僕の額に小恋路から軽くデコピンが当たる。
痛いけど嬉しかった。
「ところで、小恋路たちは今日、どうするの?」
「わたしたちは、魚津初心者ダンジョンで、マリアと上杉君と武田君の四人で初探索する予定よ」
「そうだったね。じゃあ、小恋路のほうこそ、気をつけないとだね」
「大丈夫! 危ないことには手を出さないから安心して。それに、初探索を適当にちゃちゃっと終わらせた後の、マリアたちのケアもしなきゃだし」
結局、昨日小恋路に襲撃事件の真相を迫ってきた件だけど、上杉、マリアにもまだ打ち明けてない内容を武田だけに先に打ち明けるのは、どうにも依怙贔屓な気がしたので、まだ駄目とバシッと断った。
そのことをフェアに魔力パスを通じて相談したら、こういう返事が返ってきた。
フェア自身は表立って三人の前に姿を現すことは、前に僕に宣言した通り、今後もしない。
とはいえ、フェア自身のことを隠して、気難しくてシャイな翔太の召喚守護聖獣という感じで、お茶を濁して説明する手法をとるなら、三人に事情説明してもよいと承諾を得られた。
この対応は、黒田さんたち探索者ギルドの人たちに対しても同じようにしてほしい、とフェアから要望があった。
三人に説明をするのは、今日一緒に初心者ダンジョンにいく小恋路に任せることになった。
そうフェアが妥協した理由――それは、小恋路自身にフェア複製体が憑依しているからで、何かあれば心の中にカンペを用意したり、途中で介入したりもできるからだそうだ。
眷属契約した主人である僕にはさすがに逆らえないけれど、契約を結んでいない小恋路なら、まだフェアの考えを差し込む余地がある、という理屈らしい。
「そうだね。じゃあ、みんなにヨロシクね」
「うん、伝えとく」
「じゃあね、今度こそ行ってきますだね」
「うん、バイバイ、気を付けてね」
真っすぐ見詰める小恋路に、余韻がまだ残ってるから、頬が火照る。
まだ続いている心臓のバクバク爆音――
これが、これからギルド交渉に臨む不安の表れなのか。
はたまた純粋な恋心なのか。
自分でもよくわからないまま、この場を後にした。
こうして僕は、小恋路からの愛の鞭を受けて、自転車に乗って走り出した。




