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第25話 新人探索者の朝

第25話 新人探索者の朝


 窓を開けて寝ていたせいか、ひんやりした空気と、小鳥の鳴き声が部屋に入り込んでくる。

 その穏やかな音を、けたたましい目覚ましのベルが乱暴にかき消した。


「……うるさいなあ」


 布団の中から手を伸ばして、目覚ましのスイッチを叩く。

 ようやく静かになった部屋の中で、しばらくぼんやりと天井を見つめた。


 あ、自分の部屋だ。


 見慣れた天井。角のところの、小さくはがれかけたクロス。壁に貼ったままの、ちょっと古いゲームのポスター。鼻をくすぐる、洗いたての布団の匂い。


 なんか、すごい夢を見た気がする。


 御経塚ダンジョン十階層で、押し寄せてくる魔物の大群と向き合って。

 最後には、ダンジョンそのものを「支配下に置いた」とかなんとか、そんな、とんでもない話にまで発展して──何とか生き延びて、無事に家に帰ってきた、現実味のない光景。


 昨日のことは、夢……かな。


 そう思いたくて、まだ半分寝た頭のまま、寝返りを打って横を向く。


「もぐ、もぐ……この卵、おいしいです~。黄身がとろっとしてて、芳醇な魔力が癖になる味で、幸せです~」


 僕の視界の端で、小さな女の子が、ゆで卵を両手で抱えるみたいにして、むしゃむしゃやっていた。

 腰のあたりからは、光を受けてきらきら光る羽が生えていて、ふわふわと空中で揺れている。

 昨日、何度も見た、見慣れたはずの非常識な光景。


「翔太様~、目が覚めましたか? 朝ですよ~。お目覚めのチューいりますか~」


 卵を頬張ったまま、フェアが嬉しそうに僕のほうへ飛んでくる。


「……夢じゃなかった」


 僕は布団の中で、両手で頭を抱えた。


 昨日のことを、端から順番に、巻き戻すみたいに思い出していく。

 新人研修の実習で、まさかのステータスエラー表示。

 卵生成スキルに初挑戦したら、まさかのサイコ妖精と眷属契約。

 何故か、はぐれた仲間が襲撃事件に巻き込まれ。

 その襲撃事件を、サイコ妖精がものの見事に鎮静化。

 仲間達も無事で、ギルド関係者から事情聴取を受けていたら。

 いつの間にか政府のお偉いさんが出てきて、二つの選択肢から選べと迫られ。

 人類の味方であることを証明しろと圧力をかけられ。

 御経塚ダンジョンの魔物進軍掃討戦ダンジョンパレードウォーへの参加を強要されて、結局、参加を決意して。

 その果てに、フェアと一緒に御経塚ダンジョンの「支配者」になった、なんて話になって。


 もしあれがただの悪い夢だったなら、どれだけ気が楽だっただろう。

 でも、目の前でもぐもぐ卵を食べている妖精が、その願望をあっさり否定してくる。


 布団から上半身を起こして、部屋の中を見回した。


 昨日の朝、家を出るときに持って行ったバッグは、部屋の隅に転がったまま。中身を出す余裕もなくて、そのまま放り出して――いる、はずだった。


「……あれ?」


 バッグはちゃんと棚の下段に収まっていて、チャックもきちんと閉じられている。

 床に脱ぎっぱなしだったはずの靴下も、見当たらない。

 制服のジャケットは、椅子の背もたれにぐしゃっとかけてあったはずなのに、今はハンガーにかけられてクローゼットの扉から少しのぞいていた。ネクタイも、きれいに巻き直されてフックに引っかけてある。


 部屋の床は、ほこり一つ落ちていない。

 なんなら、ほんのりフローラルな香りまでしてきた。


「いやいやいや、僕の部屋だよな、ここ」


 慌ててよく見てみると、勉強机の上には、見慣れないクリスタルガラスの花瓶が置かれていた。薄い水色の花弁に、中心だけ金色に光る、見たことのない花が一輪、すっと挿してある。花瓶のまわりには、うっすらと光の粒が舞っていた。


 どう考えても、昨夜の惨状から一晩でここまで片付くはずがない。

 人間の手作業で、という前提を置くなら、の話だけど。


「はい、フェアが翔太様の部屋をお片付けしました。どうですか、それ、フェアのお気に入りの聖花なんです~」


「ははは、現実逃避する暇すら潰すフェアさん、マジ半端ないよね」


 思わず、乾いた笑いが漏れた。


 そうだ。昨日は帰ってきて、ご飯だけかきこんで、「風呂は明日の朝入る」と言い残して、そのままベッドに倒れ込んだんだ。

 遅くなった僕を見て、父さんと母さんが、めっちゃ心配して、めっちゃ怒ったことも思い出す。


 でも、あのときはもう頭が働いていなくて、魔物進軍だとか十階層だとか、ちゃんと説明できる状態じゃなかった。

 お説教が終わったと思ったら、すぐに眠気に負けて、そのまま意識が途切れた。


「そういえばさ、フェア。いま相談したい事があるんだけど」


 僕はベッドの端に腰を下ろして、まだ卵をかじっている妖精に声をかけた。


「“どこまで家族に話すべきか”ってお悩みでしたら、翔太様の好きにしていいですよ~」


「え、いいの?」


「はい~。その代わり、何か事件に巻き込まれた時は、関係者の記憶、ちょちょいっと消しちゃうかもです~」


 背筋がひやりとした。

 このサイコ妖精は、本気で言っている。


「ちょっと待って。それ、さらっと言っていい話じゃないからね?」


「でもですね~、秘密を知ってる人が増えるって、そういう“処理対象”も増えるってことですから~」


「……記憶を弄るのも、消すのもなしって言ったら?」


「うーん、その場合は~、危険が過ぎ去るまで、監禁ですかね~」


 その瞬間、僕の頭の中に、真っ白な空間に並ぶ巨大な卵と、その中に押し込まれた父さんや母さんたちの姿が、鮮明に流れ込んできた。


(軽いノリで言っていい話じゃないからね、それ)


「でもでも~、安全性はばっちりですよ~? フェアの管理下に置けば、命の危険はゼロですから~」


「その前提が怖いんだけど……。とにかく、記憶いじったり勝手に卵に入れたりは、なしだから」


「了解しました~。でしたら今は、家族へのカミングアウトは保留でいいと思いますよ~」


「……そうだね。もう少しフェアとじっくり話し合ってから、話すかどうか決めるよ」


「はい~。ではまず、朝ごはん行きましょ~。翔太様のために、冷蔵庫に濃厚卵、ぎっしり詰めときましたから、気が済むまで卵かけご飯召し上がってくださいね」


 フェアはそう言うと、ふわりと透明になって、僕の肩の“指定席”にちょこんと腰を下ろした。


「ははは、ありがとう。じゃあ、ご飯食べてくるね」


 本当は、もっとちゃんと考えないといけないと分かってる。

 フェアの言う「安全」と、僕が守りたい「自分の心」や「家族の暮らし」が、どこまで両立できるのか。

 甘い飴をいくらでも差し出してくるこの妖精に、どこまで頼ってよくて、どこからは自分で足を動かさなきゃいけないのか。


 けれど、その線をどこに引くかを決めるには、今の僕の頭も心も、まだちょっと息切れしていた。


 現実は、やっぱり優しくはない。

 でも、なるべく優しいところから、少しずつ向き合っていくしかないか。そんなことを、ぼんやり思いながら。


 僕はようやく布団から抜け出して、冷たい床に素足を下ろした。


◆◇◆◇◆◇


 廊下を歩いていると、キッチンのほうから聞こえてくる話し声に、なんとなく昨日の夜のことを思い出す。


 昨日、家に戻ってきてからは、そのまま小恋路と優斗兄さんも一緒に、うちの食卓を囲んだ。さすがにシャワーや寝床は八神家だけど、晩ごはんを一緒に食べるのは、もう我が家ではすっかり日常になっている。


 八神家は探索者一家で、他県に遠征に行って一週間帰ってこないことなんてざらにある。そのあいだ、小恋路と優斗兄さんのご飯は、うちで面倒を見るのが暗黙のルールになっていた。もうずっと昔からそうだ。


 うちの父さんと母さんも、元は探索者だったけど結婚を機に引退して、今は細々と探偵家業で生計を立てている。現役時代は別パーティ同士だったけれど、何度もクエストを組んで背中を預け合ってきた仲だ。


 遠征から小恋路の両親が帰ってくると、必ずお土産を抱えて現れる。高級ダンジョン産のS級お肉やS級お魚、美容と健康にいい迷宮産聖水にお酒、さらには迷宮産の魔道具まで。うちの父さんと母さんは、それを楽しみにしていて、帰宅した夜は必ず大人四人で飲み明かす。笑い声が夜遅くまで響いて、僕と美穂はそれぞれの部屋で、頭まですっぽり布団をかぶるのも、もうすっかり朝倉家の恒例行事だ。


 要するに――孫同士が一緒にご飯を食べていても、誰も不思議には思わない関係だ、ということだ。


◆◇◆◇◆◇


 ダイニングキッチンに入ると、さっそく母さんが、毎朝お決まりのくどくどした文句を飛ばしてくる。


「翔太、起きてくるの遅いんだから、さっさとご飯食べちゃって」


 エプロン姿の母さんが、フライパンを振りながら、振り返りもせずに言う。


「おはよう、翔太。また寝ぐせついてるよ」


 食卓の一番奥、いつもの席で小恋路が笑った。長い髪をひとつにまとめて、もう食べ終わりかけている。


「眠そうだな。先にシャワー浴びてきたらどうだ」


 小恋路と向かい合う席で、優斗兄さんが、いつもの落ち着いた声で言う。手元には、きれいに骨だけ残された焼き魚の皿。


「ねえねえ、翔兄。ご飯食べながらでもいいから、昨日のこと、話してよ」


 一つ下の中二の妹、美穂は、炊きたてのご飯茶碗を抱えたまま、身を乗り出してきた。


 優斗兄さんと小恋路からの視線が僕に向く。二人とも、僕がどう対処するのかを見定める無意識の心理状況が見て取れる。


 僕が取れる手段は今は限られてるので、先送りする答えを美穂に突き返す。


「あとで、気が向いたらね」

「ケチ、いいもん。優兄に聞くから」


 美穂は、もう僕に興味を無くしたようで、あからさまに優斗兄さんのほうに身体の向きを変えた。


(はあ、また嫌われたよ)


 とりあえずテーブルに目を向ければ、温かい湯気があがる朝ごはんが沢山並べられていた。焼き魚と味噌汁、卵焼きにサラダ。フェアが「ぎっしり詰めときました」と豪語していたとおり、冷蔵庫のドアポケットにある卵用トレイには、生卵が一つ残らずぎっしりと並んでいた。


 冷蔵庫から冷たいお茶のペットボトルを取り出し、コップに注いでテーブルに置く。僕の席の前には、お味噌汁以外のいつものおかずに加えて、三個の生卵を入れた茶碗とネギのみじん切りの小皿、練りからしチューブまで、平然と並べられている。


 そんな、いつもと変わらない朝の日常の風景に、僕は少しだけほっとした。


「先にご飯食べてから、シャワー入るよ」


 指定席に腰を下ろす前に、炊飯器からご飯をよそいながらそう答える。


「翔太、探索者になったんだったら、体調管理はちゃんとしなさいよ。疲れてるんだったら、今日はしっかり身体を休めること。わかった?」


 僕用の味噌汁のお椀をテーブルに置きながら、母さんがじろっと僕をにらむ。


「わかってるって。今日は家にいるって」


「ええー、翔太いかないの? わたし、行く気満々だったのに」


 僕の指定席の隣に座る小恋路が、あからさまに肩を落とした。いつもの“来客用”の席が、もうすっかり小恋路の定位置になっている。ちなみに小恋路は朝食はパン食だ。毎朝、食パンの上にピザ風の食材を散りばめてオーブンでチンしたピザトーストと、コーンスープ、ベーコン付きの目玉焼きを合わせた朝食が、小恋路の朝のスタイルとなっている。


「小恋路ちゃんも、ちゃんと自分の身体をいたわらないと駄目よ。ダンジョンはね、甘く見たが最後、支払う対価は自分の命なのよ。あとで後悔しても遅いんだからね」


「はーい、わかりました……あーあ、行きたかったな」


 小恋路は視線を落として、指先でコップの縁をくるくるとなぞっている。

 母さんと小恋路のやり取りを横目に、テーブルの反対側では、別の世界が広がっている。


「ねえねえ、優兄。昨日の冒険談、もっと聞かせてよ。どんなダンジョンだったとかさ、どんな魔物と戦ったとか、色々あるんでしょ。優兄が活躍したとことか聞きたいなあ」


 美穂は僕の真正面の席から、茶碗を抱えたまま、身を乗り出している。

 真横の席にはしっかり優斗兄さんが座っていて、今にも抱き着きそうな距離感だ。


「活躍か……そうだな。じゃあ、とっておきの話だけど、昨日、俺たちは遂に空を自由に駆け回ることができたんだ。吹き付ける風が、本当に気持ちよかった。美穂にも体験させてやりたかったな」


「もう優兄、嘘ばっか。わたしがチョロインだと思って、またそんな嘘つくんだ。ふんだ」


「嘘じゃないから。ほら、これが証拠だ」


 優斗兄さんが、スマホを取り出して、美穂のほうへ傾ける。


「スマホの動画だから大分ブレてるけど、空から下を見下ろしてるだろ」


「あれ、本当だ。え、凄くないこれ。優兄、ついに天使にジョブチェンジできたんだ」


「俺は天使ってガラじゃないから違うよ。ダンジョンカートの中から、外の景色を映してるだけだよ」


 優斗兄さんが、どこか得意げにスマホを傾けてみせる。


「優斗兄さん、最初、凄いビビりまくってたけど、それ言わなくていいの?」


 つい口が滑って、昨日の様子をバラしてしまう。


「翔兄は黙ってて」


 即座にツッコミが飛んできて、僕は肩をすくめるしかない。


 優斗兄さんと美穂は、完全に“理想の優しいお兄ちゃんと、ちょろい妹”ワールドを築いていて、こっちのツッコミなんか聞いちゃいない。


 それにしても、美穂の僕と優斗兄さんへの態度の違い。分かりやすすぎて、涙が出そうだ。


 一方、母さんと小恋路のほうは、すっかり探索者としての心構え座談会みたいになっていた。


 みんなの笑い声の中で、僕だけが別の世界に立っているような気がした。


 ひとり話から取り残された僕は、卵かけご飯をかき込みながら、テーブル横のテレビに目をやる。ダイニングの隅の棚の上、小さな画面の中では、今の時間帯らしく、いつもの朝のワイドショー番組が流れている。世間の関心のあるニュースを次々取り上げているはずなのに、今映っている内容だけは、無視できないものがあった。


 リモコンを手に取って、音量を少し上げる。


「……あれ? 昨日の、全国ニュース規模だったんだ……」


 画面の中では、報道の自由を盾にした“独自の切り口”とやらで、昨日の魔物進軍掃討戦の話題に切り込もうとしているらしい。


 スタジオのキャスターが、いつもの調子で中継先を呼び出す。


『現場の山下さん。中継お願いします』


 画面いっぱいに、御経塚探索者ギルドの建物が映し出された瞬間、胸の奥がきゅっと縮まった。


『はい、お伝えします。こちらは現場レポーターの山下です。御経塚探索者ギルド前から、最新情報をお伝えします。昨日正午過ぎに発生した御経塚ダンジョン十階層での魔物進軍掃討戦ですが――』


 昨日のあの時点では、自分達のやらかしたことが、全国ニュースになるなんて、正直そこまで頭が回っていなかった。今の気分は、期末テストの点数発表と、高校入試の合格発表を同時に待たされてるみたいな感じだ。胸の奥が、ずっとざわざわしている。


「昨日正午過ぎに発生した御経塚ダンジョン十階層での魔物進軍掃討戦ですが、一時は第二防衛ライン目前まで追い込まれたという情報が、現場とメディア関係者の間で錯綜しました」


 昨日、黒田さんたちと共有した状況説明が、他人事みたいなニュース原稿の言葉に言い換えられていく。そのギャップが、妙に現実味を削いでくる。


「こうした事態の悪化を懸念した前田知事は、速やかに緊急事態宣言を発出した模様です。これを受けて、富山・福井の両県知事が、それぞれ県内の探索者ギルドに対し、直接の応援要請を行いました」


(政府に無理やり駆り出された身としては、ここから先の話の出方しだいで、こっちにどんな火の粉が飛んでくるか分からない。どこまで俺たちのことが表に出てるのかも、ちゃんと確認しとかないと)


「その結果もあってか、昨夜十時半過ぎ、探索者ギルドは魔物進軍掃討戦の終結を正式に発表しました。発生から終結までに要した時間としては、過去最短記録の更新になるということです」


 最短記録。テレビ越しに聞くと、大型台風の予想進路が急に変わったみたいな、軽い言い方だ。けれど、あの十階層で見た光景を思い出すと、その一言が妙に空々しく響く。


(翔太様、御経塚ダンジョンに残しておいた複製体からの情報によるとですね~。あの程度の魔物の湧きですら、人間だけだと一カ月くらい手間取るみたいですよ~。雑魚ですね~)


(雑魚ってフェアさん。まずは、その口の利き方から直していこうか)


 画面の隅に映るワイプ越しに、キャスターが質問を投げかける。


「なるほど。過去最短記録の更新ということですが、その裏での被害の規模は分かっているのでしょうか?」


 画面の中では、キャスターと現場レポーター同士による、軽快な言葉の掛け合いがなされている。


「はい。現在分かっている範囲では、初動の犠牲者がおよそ千人。ちょうど北陸地区のC級探索者昇格試験中に魔物進軍が始まったということで、その後の戦闘での死者を含めると、現時点で死者は千二百人前後という数字が、御経塚ギルドから発表されています」


 現場レポーターの淡々とした口調で語られる犠牲者情報が、黒田さんから聞かされていた潜入前のブリーフィングと、昨日の掃討戦で戦った記憶、そして今ニュースで語られることが結びつき、徐々に現実味を帯びていく。その瞬間、その数字が、妙に生々しく響いた。


「千人単位の犠牲者が出ていて、それでも“最短記録更新”というのは、なかなか重い数字ですね……。これは、自衛軍所属のS級探索者が投入されたと考えていいのでしょうか?」


 さっきの説明を受けて、画面の隅のワイプに抜かれたキャスターが、いつもの調子で質問を重ねる。


「いえ、そこが少し不可解なところでして。取材を進めたところ、自衛軍の切り札とも言われる特殊作戦部隊『アマテラス』『スサノオ』『ツクヨミ』の三隊は、現在、A級ダンジョンの魔物増加を抑えるための特殊任務中だという情報が、自衛隊関係者筋からの取材で明らかとなりました。初動の自衛軍の対応は、周辺住民の避難誘導と周辺道路の完全封鎖、バリケード設置に追われていたようで、自衛軍の投入は日が明けて、翌朝からになる予定だったとのことです」


 テレビでしか聞いたことのない日本の三本柱の部隊名が、さらっと並べられる。現場で魔物と向き合っていたあいだ、自分たちの知らないところで、そんな“切り札”の動きまで絡んでいたんだ。そう思うと、なんだか背筋が少し冷たくなる。


 そんな僕の事情などお構いなしに、お茶の間にはレポーターの取材情報が、次々と流し込まれていく。


「北陸三県では、首都圏への実力者流出の影響もあって、A級探索者はいてもS級探索者はいないと言われています。本来であれば、時間をかけてじわじわ押し返していくような戦局だったはずです。そのなかで、この短期間で終結に至ったというのは、やはりギルド側が何かを隠しているのではないか、という印象も受けますが……」


 何かを隠している、か。そう言われると、昨日のギルドの対応や、あの政府の人間とのやり取りまで、頭の中で一気につながっていく。どこまでが“仕組まれていたこと”で、どこからが“たまたま”だったのか、自分でも判断はつかない。けれど、一つだけ確実になったことがある。


 それは、今後もこういった災害対応に、僕が関わらされるということだ。


「私もその点は気になっています。ただ、今のところ取材で分かっているのは、所属不明の‟木属性系の魔物使い”と見られる人物が戦況に大きな役割を果たしていたという情報と、昨日、探索者講習を受けたばかりと見られる“新人探索者”の姿が現場映像から複数確認されている、という程度です。」


(所属不明の木属性魔物使い。どう考えても、フェアと僕のことだよな……)


 フェア特製回復卵の情報は、まだメディアが掴んでないみたいだけど、それも直ぐに漏れそうな予感がする。


 レポーターの言葉が、さらりと次の話題へと移っていく。

 その中で出てきた「新人探索者」という言葉に、思わず手が止まった。


「ギルド側は『安全を最優先したうえで、必要な人員配置を行った』とのコメントにとどまっており、いまだに詳細は明らかにしていません。この件について、政府および探索者ギルドは週明けにも合同会見を開く予定となっています。現場からは以上です。今後も引き続き、取材を続けてまいります」


「はい、現場の山下さん、ありがとうございました。さて、今回の御経塚ダンジョンでの戦闘では、探索者ギルドの部隊に加えて、女神教団の精鋭部隊『聖棺騎士団』富山支部も前線に投入されたということです。

 現場で指揮を執った立花誾子たちばな ぎんこさんからも、コメントをいただいています」


「こちらは、立花さんへのインタビューと、当時の現場映像を合わせたVTRになります。では、どうぞご覧ください」


 画面が切り替わると、御経塚ダンジョン十階層の通路や広場の映像が映し出された。画面の隅の小さなワイプには、教団の紋章入りの制服を着た女性の上半身が映っている。


『今回は、沢山の人が犠牲になりました。まずはご冥福をお祈りいたします。その上での話になりますが、御経塚での戦いは、決して誰か一人の力や、一つの組織だけでどうにかなったものではありません』


 立花誾子たちばな ぎんこの声に合わせて、映像の中では前線で防衛線を張るギルド部隊のシルエットが流れる。顔の部分には、うっすらとモザイクがかかっている。


『ギルドの探索者の方々や、現場で支援に回ってくださった多くの方々が、それぞれの持ち場で踏みとどまってくださった結果だと、我々は強く感じています』


 画面は、負傷者を運ぶ担架や、治療エリアで動き回るスタッフたちの様子へと切り替わる。誰の名前もテロップには出てこない。ただ、画面下には「御経塚ダンジョン十階層 当時の様子」という、ざっくりした字幕だけが表示されている。


『女神教団としては、今回の出来事を“女神のご加護”と呼ぶこともできます。

 けれど、私個人としては、あの場で命を懸けた人たちの努力まで、すべて「奇跡」という一言だけで片付けてしまうことには、少し抵抗があります』


 ワイプの中の立花誾子たちばな ぎんこは、言葉を選ぶように一瞬だけ視線を落とし、それからもう一度カメラをまっすぐ見つめ直す。


 タイミングに合わせるように、画面が切り替わっていく。その中で、見過ごせない映像が紛れ込んでいた。


 新人研修の実習時に貸し出された、青と赤の新人装備。あの見慣れた軽装備を着た探索者たちが、次々と映し出されていく。


 顔をモザイク処理された武田が、台車を押して迷宮ポーターから届いた荷物を運ぶ姿。

 同じくモザイク処理された上杉が、迷宮ポーター付近で人の流れを整理する姿。

 モザイク処理されたマリンが、治療エリアで真剣な面持ちで負傷者の応急処置にあたる姿。


 そのどれもが、証拠映像としてしっかりと画面に収められていた。


 青と赤の軽装備が画面いっぱいに映し出されている、そのときだった。

 食べ終えた食器を流し台に下げて戻ってきた母さんが、テレビの前で足を止める。


「あれ、この子たち、翔太の友達のように見えるけど……」


 心臓がどくんと大きく跳ねた。画面の中の光景と、昨日の記憶が一瞬ごちゃ混ぜになって、頭の判断が一拍遅れる。


「気のせいじゃない。その時間にはもう新人研修終えて、ワクドナルドで祝勝会してたし、ねえ、小恋路」


 自分でも驚くくらいスムーズに、口が勝手に嘘をついていた。本当は、その映像がいつの時間帯のものなのか、画面からは分からない。それでも、今ここで「そうじゃない」とだけは言い張るしかなかった。


「え、わたしに振る? うん……そうね。みんなで楽しくワクドで新人研修のこと話してたらすっかり遅くなったんだったよね、ねえ兄さん」


 小恋路は、一瞬だけ目を丸くしたあと、どうにも気まずそうに笑って同意する。


「……ああ、そうだよ。昨日、説明したはずだけど……」


 優斗兄さんは、言いながらも視線をほんの少しだけ泳がせた。嘘をつき慣れているわけではないのだろう。だけど、こちらの意図を汲んで、あえて乗ってくれているのが分かる。


 母さんは、そんな三人の顔を、順番にじっと見比べていた。テレビの音だけが流れるなかで、ダイニングの空気が一瞬だけ重くなる。


「まあ、優斗ちゃんと小恋路ちゃんがそう言うなら、これ以上は深く追及しないけどね。その分、結果責任はちゃんと自分たちに返ってくるってことは覚えておきなさい。無理だと思ったら、早めに相談するのよ」


 母さんの気遣いが身に染みるけど、まだ昨日の今日で、僕らの今後の対応もまだ完全に定まっていない訳だし。フェアというサイコ爆弾が、我が家の平穏な空気をぶち壊すような結果も望んではいない。


 僕としては帰るべき場所は、ずっとあり続けて欲しいと、心の底から思うけど、話はそう単純なものじゃない。もっと今後のことについて、フェアと真剣に話し合う余地がまだまだ残されている。


 だからこそ。


(……守らなきゃ。この日常も、小恋路も、家族も)

 応援よろしくお願いします!


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「この後一体どうなるのっ……!?」


 と思ったら


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